深*龍宮の使いのブログ

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個人が全体を生かすという考え方、

2006-07-31 12:27:23 | 社会
    どうもこんにちは


  最近なんだか、安部とかいう人が美しい何とかとかいう変な本を書いているらしく、それでその中の内容に、私の考えとよく似た考えがあるようです、その考えとは、日本、アメリカ、インド、オーストラリア、の四カ国による連合をすべきと書いてあるようですが。 確かに一応あってはいると思います、ただし、この形の場合、東南アジアが埋没する問題と、そもそもこの形はようは冷戦の再来であり、中露に対する牽制を主とした連携であるとみていい。 少し前に書いた、「米国の狙いとは」の中で書いたのですが、アメリカの狙いは軍事的拡張であり、そのためには軍事を行う戦場の選別をするだろうと書き、それが悪の枢軸とアメリカが勝手に言っている国々なのですが、



  その戦場を選別するということは、同時に、その戦場のための前線基地を必要とするわけで、たぶんアメリカがそれとして選んでいるのが、インドと日本だと思います。 つまり、この本のような四カ国の形というのは、日本を北東アジアの前線基地とし、インドを中央アジア、アラブの前線基地とする、そういう狙いがあるのだと思います、オーストラリアとアメリカは、エシュロンとかいう盗聴組織でつながっていて、まあ、悪巧みをする仲間なので、たぶん日本、インドに戦わせ、それを裏で操りつつ世界覇権を目指すのが、この考え方の狙いだと思います。 その点を考えると、この次期総理とかいわれている安部とかいう変な人も、アメリカの飼い犬2号なのではないかと思ってしまうのですが、またアホな時代が来るんでしょうかね、まったく。





  さて、それはいいとして今日は、個人が全体を生かすという考え方、ということでも、個人が全体を生かすという考え方というのは、例えば今までは、組織のための個人という考え方が強く、その弊害が社会全体の崩壊を招いたと考えていい、ならば個人主義なら良いのかといえば、個人個人が勝手に生きればそれは摩擦を生み、それも社会全体の崩壊を招くだろう。 ならばどうするか、やはりその中間像というか、二つの合わさったような形を目標にしないといけない、個人と組織の関係は、極論は成り立たず、その中間のどこかに立たなければ、個人が組織を潰すか、組織が個人を潰すか、そのどちらかになってしまい、結果全体の崩壊が始まってしまう。



  だからそれを避けるために、個人と組織を分離した上で、その結びつきの点を重視し、個人と組織が並立的に存在した上で、その結びつきの良い形を模索して行く、そういう形が社会全体にとってはベターではないのかなと思うのです。 まあ、個人は集まれば組織になりますし、組織は分散すれば個人になりますので、個人と組織を分離して確定させるような考え方は、妙といえば妙なのですが、実際そうなっているので、そういう風に考えてみて、一つの考え方としてあるのが、個人が全体を生かすという考え方、なのではないかなと思います。



  個人が全体を生かすという考え方の成立のためには、個人の自立が大切になると思います、今までの日本では、個人の自立とは、自立して組織のために働くという、実は個人としては自立していない、奇妙な常態にあったと思います、ですからまず個人というものを、組織から分離し、個人的に生きるようにする、まあ、この辺りは段々良かれ悪かれ進んではいるようですが。 



  あとは、組織はそもそも成立しているので、組織と個人の関係、その辺りを安定した形で作り出すには、という事になると思います、組織でもだめ、個人でもだめ、だからその二つを成立するための、安定した関係、というものが必要になると思います。 たぶん、戦後の初期のころは、こういう形が成立していたのではないかと思うのですね、個人を生かしつつ、組織が成長する、その両軸の回転により、国家全体がフルスピードで走っていた、だからうまく行ったと。 しかし、その成長が組織の肥大化を招き、組織の肥大化が個人を潰し、個人と組織の安定した関係を破壊した、私が考えるに、戦後の後期にあった、組織主義的な発想は、戦後という時代の本来の形の奇形であり、根本的には間違いだったと思います、だから、今日本が目指すべきは、戦後の初期のころのような、個人と組織の並立した成立と、その二つの安定した関係の模索ではないかと思います。



  それで、その一つの考え方が、個人が全体を生かす考え方なのですが、では具体的にどうするかというと、私の一案としては、組織の中小規模化、というのはあると思います、まあ、時代変化のほうが早いので、こういう風に考えて書いてみると古臭いことを書いているような気もするのですが、とにかく、組織を中小規模化して、組織と個人が並立て存続できるよう、組織と個人のパワーバランスをとる、ネットワークが発達していってもう勝手になってしまっていますが、中小規模組織の連合による、全体組織という形がいいのではないかと思います。



  全体的に見て私が思うに、今のこの国は、組織と個人の並列的状態まではできているとは思います、しかし、ただ並列になっているだけで、つながりがない、だから今の状態では、過剰な個人主義による全体の崩壊と、過剰な組織主義による全体の崩壊、その二つが合わさって、二重の崩壊が起きているように見えます。 個人と組織の並列化は、その二つのつながりがあってこそ意味がある、ただ組織と個人を分離しただけでは、致命的な崩壊を起こしかねない、必要なのは、組織と個人の分離と、その二つの安定的な関係です、その二つの両立が出来なければ意味がない。



  だから、個人が全体を生かす考え方、のような個人と組織が分離をしつつ、つながるような考え方を持って、まあほかの方法でもいいにしろ、組織、個人の分離と、組織と個人の安定した関係、その両立の方法を模索するのが、現状では妥当だと思います。