深*龍宮の使いのブログ

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新自由主義という反自由主義、

2007-08-30 12:35:03 | 社会

    どうもこんにちは



  新しい内閣が発足して、色々言われているようですが、私が興味を持ったのがその内閣の世論調査が結構ばらばらだったことで、この結果は世論調査というものがいかにあてにならないかということをあらわしていると思います。 例えば今回の調査は、ちょうど内閣改造をしている最中に電話をかけて調査をしていたので、これでは客観的なデータは得られず、データに大きなずれが表れるのは当然なわけです。


  誰だって内閣改造の発表をしている最中に電話をかけられたら、不支持とはいえないわけで、今回の調査はそういう意味では作為的な面もあったと思います。

  こういう調査は月末に行われることが多いですから、たぶん内閣改造をそれにあわせてやったのでしょう、相変わらず自民党はせこいのよう連中ですから。


  まあ何にしろ今回のような調査では、世論調査ではなく、世論操作になってしまうので、次回からは調査する側の人も考えてほしいものですね、こういう調査は嘘を言っているのと同じわけですから。



  あとはそうですね、、今回の国会の最大の争点といわれている、テロ対策特別措置法の延長問題を反対すべきか否か、という議論があるようですが。

  私の個人的意見を言わせてもらうと、反対してもいいような気がします、反対するとアメリカとの関係が悪化するという意見もありますが、私の見た感じそうでもないような気がします。


  何故かというと、まずアメリカでは共和党の支持が急激に減っており、共和党の立場は殆どない状態らしいのですね、例えばアメリカの次期大統領を選ぶ選挙でも、民主党候補の演説には数万の人が集まるのに、共和党候補には数十人しか集まらないとか、そんなニュースを聞いたので、まあ誇張があるにしろそこまで差があるのならば、多分アメリカの人も今回の戦争は共和党がやったことであり、アメリカがやったことではない、という意識で動く可能性が高いように思えるのです。


  日本にしろ、アメリカにしろ民主主義国家であるわけですから、民意がすべてを決めるわけで、アメリカとしてもそれだけ世論が変化しているのならば、今回の戦争をやめる可能性は高いのではないでしょうか、それならば一回日本が手を引いて、アメリカの戦争行動が遅延を起こしたとしても、そもそもアメリカは今回の戦争に乗り気ではなくなってきているのだから、そんなに問題にはならないのではないだろうか。


  もちろん、アメリカが戦争をやろうとしているのに手を引けば問題ですが、アメリカが戦争をやめようとしているのならば、手を引いても何とかなるんじゃないですか、なんとなく潮時のような気もするので。  

 


  さて、それはいいとして今日は、新自由主義という反自由主義、ということでも書いてみようかと、最近は新自由主義という理論がよく言われるようで、新自由主義というのは経営者等の権利を強化し、それ以外の人々の権利を弱くして、全体の流れをよくしようという考えで、有名なのはイギリスのサッチャー首相が、イギリスの強固な労働組合を壊して、経済活性を行ったと言うのが新自由主義を説明したり、評価したりするときによく言われる例なわけですが。


  それを日本においても行い、結果日本の中流層は崩壊し、格差社会へと日本は変貌したのです、それが良かったかどうかというと、どう考えてもよくないですね、多分日本ではやるべきではなかったと思います。

  まあそんなことも含め、今の日本を蓋っている新自由主義というものと、新という言葉のないほうの自由主義の関係でも書いてみようと思っているのですが。



  それで、新自由主義という反自由主義ということで、まあもうタイトルでまた書いてしまっていますが、私に言わせると新自由主義というものは、反自由的なものだなと思えます、だって実際多くの人の自由を奪っているわけですから、これを自由というのは無理でしょう、間違いなく新自由主義は自由主義とは相容れない概念のはず。


  私がこの新自由主義と自由主義の違いを考えさせられたのが、一ヶ月前くらいなのですが、とあるところで民主党の小沢氏が昔新自由主義者だったのに転向したのはなぜか?、ということが議論になっていて、私は小沢氏が日本改造計画という本を出していたころの話だったので、そのころは冷戦時だったので、新自由主義論的な本を出していた可能性はないのではないか、と答えたのですが、あとから調べていくとその当時、小沢氏が新自由主義者だったという意見が多く、間違ったことを書いてしまったのかなと思っていたのですが。


  ただそれから色々調べていくとやはり小沢氏は私の主観によると、昔から新自由主義者ではなかったように感じ取れます、なぜかというと、新自由主義というものは、市場を万能視する考えですが、小沢氏は市場の市の字も今まで言っていない、また、むかし書かれたその日本改造計画という本も、目次や断片的な文しか見ていないのですが、その本で書かれているのは、地方の中央からの自由、企業の国家からの自由、そして国民の企業からの自由、そういう下から上への自由論として書かれていて、これは自由主義には入りますが、上からの抑圧を認める新自由主義とは相容れないのではないかと思いました。


  そしてここで気づいたのが、自由主義と新自由主義は似て非なるものなのだな、ということに気づいて、新自由主義も自由主義もやることはかなり似ていますが、しかし結果や目的がまったく逆を目指すものであり、本来ならば新自由主義とは言わず、反自由主義というほうが正しいように思います。


  本来自由とは抑圧からの開放を目指すものであり、抑圧を認め増やそうとするものは反自由です。 ですので新自由主義とは正確には反自由主義といわなければならないものであり、それが事実なのではないでしょうか。


  そしてその上で新自由主義と自由主義の反する面を考えつつ、互いの両立を考えるべきなのでしょう、なぜなら新自由主義とは共産主義と同じく極論であり、自由主義を中立とした場合の共産主義の対極にあるものなわけですから、扱うには危険性を考えつつ扱わなければならないわけです。


  もちろん新自由主義のすべてが悪いわけではなく、消防署でもストライキをしていたサッチャー政権のイギリスならば、それなりの意味はあっただろう、しかし日本のように消防署がストライキをするような国でないのに、新自由主義を入れるというのは意味がない、多分日本では新自由主義を入れたデメリットはあってもメリットはまったくなかったと思う。


  そもそも、新自由主義と自由主義はそのほとんどが同じものであり、90%くらいまでは同じ事をする、問題はのこり10%で、この一割くらいのところのせいで方向性がまったく逆になる、つまり、全体を自由にするが権利は権力者にしか与えないのが新自由主義、そして権利を全体や弱い人に与えるのが自由主義、この最後に誰に権利を与えるのかというところで結果がまったく逆になる。


  そして今の日本はこの権力者しか生きれなくする、新自由主義によってどうも潰れつつある様な気がします、新自由主義とはガンにたいする抗ガン剤の様なものであり、そもそもは毒である、その毒をもって毒を制す必要がない限り使う必要はない、 それが過去の日本において必要だったかというと必要はなかったと思う、日本に必要だったのは自由主義であり、新自由主義はただの権力者(自民党)の延命策にしかならなかったといえる。


  その結果多くの人々の不幸と死が積み重なって、まあもう今の日本には見る影もありませんが、自由主義と新自由主義の微妙な違いと致命的な結果の差、これは多くの方が痛感しているのではないでしょうか、小泉というペテン師がやっていたことが正しいように見えたのは、この差をうまく使っていたからでしょう、また小泉という人物は小沢氏のその日本改造計画という本を読んでまねをしていたらしい、そこでこの新自由主義と自由主義の微妙な差を利用して国民をだましたのだろう。


  ただそろそろ国民は目覚めねばらぬ、今の日本に必要なのは自由主義であり、自由に反する新自由主義ではない、この一点を如何に守るかというのが、この国の命運を分けるのではないかと個人的に思っています。

 

 

    それでは今週はこれまでで、来週からは週一回になるので、次回は来週の水曜になります、では次回まで。