深*龍宮の使いのブログ

色々なことを書いていきたいと思います、よろしくお願いします。

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金か信用か、

2008-10-30 13:39:15 | 社会
    どうもこんにちは、



  選挙は年内はないんですかね、う~む困ったなあ、私の予定だと去年のうちに解散総選挙は終わっているはずだったのだけど、なんだかまあ長くなりそうですね、

  今起きている経済問題は自民党がやったものだから、それで支持が下がっているようだし、それを気にしてということなのだろうな、


  ずいぶん大盤振る舞いをしているようだが、選挙をかねてか、いやなんとなくいやな予感がしていたのだが、そういう手で来たかなと今は思っています、

  短期的ごまかしを繰り返して逃げると、それがしやすい状況が来ているから、パフォーマンスを繰り返すのだろうけど、

  しかし根本的な解決はせず、ただごまかすだけだからトータルで見れば返って悪化するだろう、

  時代は破滅を望んでいるのかね?、未来より終わりがいいというのかな、やはりこの国の可能性はあまりないのかもしれません、なんというか運の悪いところがあるので、ちょっとまずくなってきていますね、



  あと金融の方は、どういうわけか株価が上がっていますね、アメリカの住宅の着工が良くなったとか聞きましたが、あとは国際的にいろいろ対策をしていたので、それで動きが変わったのだろうか、

  まあ短期的ぶれのようなものかもしれないが、人が今月いっぱいは下がるといったら上がるのはやめてほしいな、なんか恨まれているんですかね、


  しかしどうなるでしょうかね、今は変動が大きいのでよく分からないんですよ、そもそも投資資金自体はかなりあるわけだから、見た目上数値が上がることはけっこうあるだろうし、今みたいに上がっていくとこのまま上がっていくのかなと思ったりもするけど、


  けど、変動が大きいということは、何かがおかしいということなのだから、上がったしても下がったとしても、根本の問題は解決してないということなんだろうね、


  私の聞いた話だと十月は下がって、十一月あたりは上がるのではないかと聞いていたのだけど、ただそうだとしても問題の解決は出来ていないのだから、市場はぶれ続けるだろうし、数値の変動が大きいと実体経済のダメージも大きいですから、

  やっぱりうまくはいかないだろう、何かがおかしいのでしょう、何がおかしいのか良く分からないのだけど、アメリカの土地バブル自体は大きくはないし、やはり過剰に流れている資金に問題があるのだろうか、

  白血病みたいなものかね、血液の病気というか問題点が見えないんですね、今起きている問題は土地バブルにしては問題が大きいし、非常に強い連鎖性はあるが、具体的な問題点は見えづらい、

  問題が流動性の問題だとすると、解決案はなかなか難しいだろうね、答えがないようなものだから、


  金融自体が流動性だから、流動性で流動性を抑えるとどうなるのだろう、
  流動性を抑えれば金融恐慌は悪化するが、金融自身の問題に流動性を使うのは、何か矛盾がありますし、

  今起きているのは金融のメカニズム以上に流動性が供給されて、メカニズムが持たなくなってきていることなんだろうけど、それを持たせるためにさらに流動性を入れると、何になるんだろうか?、


  見た感じ恐慌が起きたほうが修正が出来ていいような気がするんだが、それがもし起きなくてムリムリ流動性で維持をしていくと、経済はどこへ行くんだろうね、


  なんとなく今起きていることは、根本の問題を直すか、それともごまかし続けるかという問題なんだろう、

  ああ日本の政治と一緒だね、、となると誤魔化し続けると、、今の日本みたいに世界経済がなってしまうということなんだろうか?。




    


  さて、それはいいとして今日は、金か信用か、という事でも書いてみようかと、最近はネタに詰まっているので、なんとなく話がうまくつながっていないような気がしますが、一応前回の続きで、前回は経済は信用で回っていて、その信用を具現化可視化して、それを金融で取り扱うようになったときに、金融によって信用というものの意味がゆがめられ、結果経済の消失のようなものが生まれるのではないか、という事を書いたのですが、


  で、今回はその続きなのですが、金か信用かという事で、人間が感じるものはそのすべてが抽象的なものであり、具体的なものはありません、臭いとか音とかそういう抽象的なものを、頭の中で具体的に組み立てているだけで、具体的に何かを感じているわけではない、


  そういう意味で言えば経済とは信用という感じで成り立っているものであり、信用という形で成り立っているものではない、

  しかしそれでは不便だからと信用の形成化のようなものをして、信用を目に見える形にして扱いやすくしたのが、お金とか債権とかなわけですね、


  しかし、前回も書きましたが、そういう金融的方向性はある意味信用の喪失でもあり、抽象的なものを具体化してしまえば、抽象的なものは失われるわけで、金融的方向性は信用の喪失とほぼ同義なわけです。


  ですから金というものは信用の具現化であり、信用の否定である、共産主義はたぶんこのあたりをつついていたのだろうけど、資本主義は信用の具現化を信じすぎて破滅したのだろうか?、


  それはさておき近代経済とは、信用を具現化して経済の形を可視化しやすくし、信用の循環を見やすくして、そして同時に経済のコントロールを考えたのだろうけど、

  その見やすくすることと、見やすくしたものをさらにコントロールできるように、簡易性を上げて扱いやすくどんどんして行こうとしたところに、経済の方向性の行き詰まりがあったのだろう。


  ある意味金融や経済論というものは、経済に背を向けつつ走っているものでもあると思う、
  経済が信用であるならば、そういう抽象性は具現化できないのだから、それを具体化すれば背を向けることになるし、それを進めれば経済の本質から離れることにもなる、


  それをどんどん進めていって、破綻しているのが今の状態なのだろう、しかし経済が抽象的ばかりでも、使い勝手が悪いし、そこら辺はさじ加減を考えるべきだったのだろうか、


  まあとにかく金か信用かというのは、進歩や進化というものはわからないものをわかりやすくする事によって、物事を扱いやすくして、便利性をどんどん上げていくという事を目指しているのだろう、

  しかし本来の意味はその判らないところにあるのであって、わかりやすくしてしまえばしまうほど、本来の意味から外れてしまう、

  そこは加減の問題で、まったく使いづらいものではいけないし、かといって本来の意味を失うほど、物事を作り変えてもいない、そこら辺を加減すべきことなのだろうけど、

  しかしそれが今、完全に狂ってしまってもうコントロール不能になっているわけだから、まったくというところですけど、まあ思い出すと馬鹿の顔ばかり浮かぶような世の中ですから、あのサルどもにさじ加減なんてものは理解できないだろうし、

  結局そこら辺は、人間の扱う道具の進歩ではなく、人間自身の進歩をしないとうまく行かないという話なのかもしれませんが。

  
  


    それでは今は週二回ですので、次回は来週の火曜になります、では次回まで。