深*龍宮の使いのブログ

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大阪偽装問題と安部テロ静動と天安門事件の話、

2013-10-29 14:35:47 | 社会
地震関係のリンク、


義援金など、

自動車・通行実績情報マップ、

原子力の現場作業員は使い捨て、

国民の生活が第一

IWJ(ネットの情報サイト)


    どうもこんにちは、


  そういえばもう一つのブログでアニメの紹介をすべきかなと思ったりしました、

  いえね、これまでもやっていたので今回もやろうと思ったのですが、

  アニメは春夏秋冬と三ヶ月ごとに新しいのが出るので、秋だから何か書いても良かったのですけど、あまりいいのがなかったです、

  前回はジョジョの奇妙な冒険や進撃の巨人があって、かなりいい感じだったのですが、今回はあまりパッとしません、

  出来が悪いわけではないのですが、これというのがないですね、


  劇場版アニメがすごい人気だと聞いたので、そんな事を思ったのですが、それはともかく何か起きているかな、

  ネタ自体はあるのだけど、永遠に同じ穴を掘り続けるような、繰り返しになるものが多いですが、

  ちょっと違うものだと、偽装問題がありますね、

  
  何でも大阪のホテルで食品の偽装をしていて、高級レストランなのに安い材料を使って客を騙していたのではないかといわれている、

  それは味が分からないのに高級レストランに行く人にも問題があるかもしれないけど、ともかくキャビアが他の魚の卵だったり、特別な材料をそこら辺のスーパーで売っているものに変えて使っていたりと、そんな事をしたらしい、


  ただ詳しく見ると、それほど悪質というわけでもなく、勘違いも結構あったようだ、

  それに料理は味の問題であるから、料理の味がよければ少々材料が安くても大して違いではないだろうが、


  その結果社長が辞めることになり責任問題を問われている、

  私がこの件で気になったのは、昨日報道ステーションで古館のやつが、最初から謝っておけば良かったのに、謝らなかったからこうなった偉そうにいっていたが、そういう考えは間違いだと思いました、


  日本人は情緒と付き合いの社会なので、あいつを気に入る、気に入らないで物事を判断してしまうけど、

  問題は問題であって人間ではないのだから、人間的な善悪を問うても問題が解決するわけではない、


  今回の件でも、その古館のいうような謝っておけばいいというのは、誤っておけば何をしてもかまわないという事でしょ?、問題の検証などしなくていいといっているわけだから、返って問題は悪化する、


  問題は確かに人間が生むものですけど、問題そのものは人間ではないのだから、人間論で考えても仕方がない、

  車に乗って誰かが事故を起こしたとして、その乗っていた人の人間性を問うても、事故減るわけじゃない、事故は物理的に起こるのだから、人間はある意味関係ない、


  そういう切り離した発想で物事を考えるべきで、今回の偽装の問題も罪を憎んで人を憎まずで、何が問題であるかは考えるけど、誰が問題であるかとは考えない、そういう発想がいると思う、


  マスコミが発達して、悪人を仕立て上げるという風習が日本で強まって、そいつを叩けば問題は全て解決する、そういう考え方が日本人は強い、

  日本人のいじめ、集団リンチのようなもの、もしくは差別が強い原因は、問題そのものを考えるのではなくて、スケープゴートのような生贄をささげれば問題は解決する、そういう発想があるからだと思う、


  今回の偽装も、確かにホテルやレストランの問題はあるだろう、だけど何が問題かという議論は一切行われておらず、誰が問題かという議論しか行われていない、
  
  だから社長が辞めるべきだ、最初から責任を感じていればよかった、そういう話しか出てこない、


  日本人は問題を考えたり解くという事をしない、問題が起きたら誰かのせいにして、その人物を捧げれば問題は解決すると考えている、

  人柱、藁人形文化といいますかね、神様が全てを裁いてくれる、もしくは問題が解決したと思えれば具体的なことはどうでもいいと、そう考えがちだけど、

  それでは永遠に問題は解決しないわけで、どうもそういう欠点があるなと思ったのですが、


  広く見れば原発も小沢氏の事もそうだけど、原発事故が起きて誰かが悪いといいたかったが、誰もいなかったので結局何もしなかった、

  小沢氏は、小沢一郎という個人を叩けたので、その具体的な意味などどうでもいいと考えた、

  その両方とも問題は解決しなかったけど、誰も否定もしなかったわけで、


  日本人はもっと問題の解決を学んだらどうかなと、テレビを見ながら思ったのですが、

  古館がいうような謝っておけば、責任を感じるふりをすれば、具体的な問題は一切考えなくていいという、日本人の風習が日本をダメにしていると考えたのですけど、こういう所は変わりそうにないです、


  次に、自民党のやつが首相静動は国家の機密ではないかといったらしい、

  安部の動きなどどうでもいいことだが、首相が何をしたかの情報を出すのが問題とは異常なことだな、


  そもそも日本は民主主義国家だ、政治家は雇われたパートに過ぎない、政治家という仕事は非正規みたいなものだから、必要性があって一時的に雇われているだけであって、それ以外の意味はない、

  そして政府を運営する金を出しているは国民だから、国民が雇い主である以上、そこの従業員の行動を観察するは当然じゃないか、


  自民党のやつによると、首相の行動がばれるとテロの対象になるといっているが、 

  正直テロで首相が殺されても、それはたいしたことではないのだから、国家は国民であり政治家や役人はその作業のために雇われた従業員に過ぎず、それ以外の意味はないわけで変わりはいる、


  昔の王政ならば、王様の跡継ぎ、代わりとなれば大変だったろうけど、民主主義国家では首相がいなくなっても誰も困らないし、別に代わりの人を入れればいいだけだ、

  もちろん安全対策等はすべきだろうが、そこまで政治家の価値を認める必要はないと思う、


  それは、民主主義である以上国民が主体であり、政治家はそれに属するだけの人だから、それに対する監視監査は当然しなければいけない、

  会社でいえば従業員が不正をしていないか、怠けていないかという事を調べるだろうけど、同じように国民が政治家をチェックするは当然の事である、


  それをテロにあうから情報を出すべきではないという考えとの釣り合いだが、まず政治家はそれほど価値がないというのがある、

  むかしの中世の様なシステムではないのだから、別に政治家の変えはいくらでもいるわけで、特定の政治家を重用する必要はない、

  たとえ首相であっても、一時的に立場についているに過ぎないのだから、そういう人間の権利を認める必要はあまりなく、あくまで国民にとってどう権利が成立するかを考えればよい、


  そう考えると、情報の開示のほうがテロリストの話よりも上回るだろう、もしそれがいやなら首相を止めればいいだけで、情報の開示がなければ国家制度が成り立たない以上、ある程度首相という立場は犠牲になるしかない、

  それは厳しい環境に転勤させられたときに付く手当みたいなもので、首相になって被るリスクを甘受できないならば、首相を止めてもらうのが筋であって、そんな下らない事を騒ぐやつに政治家たる資格はない、

  (と難しく書いてみましたが、根本的には自民党が権力欲だけで生きているのが原因で、自分に不利になるからそういう発言をしたのであって、社会的責務なんて意識は全くないのだろうけど、)


  ともかく、自民党のやつが首相静動を公開するのはテロの対象になるといい、それは国民の知る権利ではないのだから、情報の開示はやめるべきだといい始めた、

  しかし民主主義では、国民が主体であり政治家は従者に過ぎないのだから、管理監督権のある国民が政治家を監査する機会を失うわけには行かず、そんな連中の意見を聞く事は出来ない、

  それにそんなにテロが怖ければ首相を止めればいいだけで、代わりの人間はいくらでもいるのだから無能な人間の意見などどうでもいいわけです、


  まあ本質的にはこんなレベルの話ではなく、自民党のしょうもないゴミが下らない話をいっただけだけど、

  言えるのは自民党は民主主義を分かっていないということで、こんな連中が影響力を持っていれば日本の民主主義が破壊されるのはほぼ確実でしょう、


  後は、そういえば中国の天安門に車が突っ込んだようだね、

  昨日マスコミが嬉々として騒いでいたけど、本当マスコミは中国の悪口を楽しそうにいう、


  マスコミなんてのは誹謗中傷しか能のない連中ですから、人が不幸になるのが楽しくて仕方がないのでしょうけど、

  そういうゴミコミの騒いでいる事故ですが、聞いたところでは中国の少数民族の犯行ではないかといわれ、格差や民族問題をいわれているけど、


  個人的意見を言わせてもらうと、アメリカが臭いなという感じは受けました、

  情報操作の匂いがしたという感じなのですけど、まずマスコミの騒ぎ方が扇動的であったこと、それと天安門事件の報道を繰り返し流していた事、

  人間というのは知識を基にものを考えますから、そうなると天安門といえば昔の事件を思い出すので、そういう演出を考えていたのではないかと思う、


  そもそも天安門事件は民主化を目指す市民活動であって、民族活動でもなければ、格差是正の活動でもない、

  それなのにわざわざ天安門で行動するのは不自然な感じがする、


  それに犯人はウイグル人だといわれているが、ウイグル人といえばイスラム教徒であり、更に車が突っ込んだにしては爆発が激しいので、自爆テロのような意味もあったかもしれず、そう考えるとアメリカが怪しくなる、


  大体イスラム教徒のテロはアメリカと何らかの関りがあるので、

  今回の事も昔の天安門事件を思い出させる=人権問題へのイメージであるし、後は民族のナショナリズムを煽るのはアラブの春であった話である、

  何だろうね、はっきりし過ぎているのがおかしいというか、ピンポイントで狙いすぎていて逆に不自然というか、そんな感じを受けました、
  

  私が感じるのはやはり日本のマスコミの異常性で、中国を悪くいうことに徹底している点がおかしいというか、

  急に起きた事件ではなくて、マスコミは事前に知っていて映像を準備していたように見えるので、不自然さを感じます、


  マスコミは中国の悪口しか報道しませんが、それが過剰化しているような感じがして、

  ネットで調べるとマスコミのいうような形にはなっておらず、マスコミの中国報道はデタラメなものが多い、

  そういう前提で考えると今回の報道もそういうものではと考えてしまうのですが、 
 

  今回の事件が結局どういうものであるかは、暫く経たないと分からないでしょうけど、

  報道で感じた違和感は、なぜ日本のマスコミは中国をここまで悪く言うのか、そういう感じを受けたので、これからマスコミは何かギャップのある事実でない事を報道するのではないか、そんな気がします、