深*龍宮の使いのブログ

色々なことを書いていきたいと思います、よろしくお願いします。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

精神的貧困、

2010-07-28 13:25:49 | 社会
    どうもこんにちは、



  なんだか涼しくなってきましたね、といっても30度以上はあるのですけど、やっぱり35度とかああいうのに比べると免疫があるようで、これくらいだとそう暑くは感じないものなんですね、



  さてと、相変わらず良く分からない政治の話ですが、うーん何かありましたかね、、

  そういえば検察審査会ネタが出ているようなので、ちょっと書いてみましょうか、



  検察審査会のことはちょっと分かりづらいのだけど、小沢氏のことについては二箇所で告訴をしているようです、

 
  第一と第五審査会が告訴をしているようで、2004年と2005年のものを第五審査会、2007年度分を第一審査会がやっているらしい、


  ただし私の見たところ同じものを、時期をずらして二つに分けてやっているだけで、同じものを対象にはしているようです、



  その審査会は、小沢氏の資金の問題とはいうのだけど、

  ここの連中がいっているのは、小沢氏が資金を提供したことを記載してなかったことをいっているようだが、



  小沢氏は4億円位のマンションを買うために手持ちのお金を3億円くらいを出して、それをもとに銀行から金を借りて買ったらしい、


  そのことについて小沢氏の収支報告書では、その三億を小沢氏が出したことを書いておらず、それを問題であるといっているのだが、


  しかし、一般的な経済行動では手持ちの資金があると便利ですから、手持ちの資金でお金を借りて借金をするということはけっこうあるらしく、それが問題というわけでもない、


  記載をしていなかったというのも、制度上は記載をしなくていいという規定に、政治資金規正法はなっているらしいので、検察にしろ検察審査会にしろいっていることは意味不明である、



  政治資金規正法では取り決めみたいなもので、日常的な取引については書かなくてもいいというのがあるらしいので、例えば今回のような借金のもとになったお金がどうとかいうのは、日常的な取引になるので別に書かなくてもいいらしい、



  それを政治資金として使った部分については書かないといけないのだけど、それについては時期のずれはあるにしろ一応書いてはあるので、現状で見ればそれ以上の罪状はない、



  なのに検察審議会の言いたいのは資金源がどうであるかということばかりで、

  それは政治資金規正法ではなく、贈収賄罪ですから政治資金規正法の中の話で、贈収賄の話をもってくるのはおかしい、



  検察審議会が指摘したいのは、贈収賄、つまりは水谷建設から金をもらって天の声だなんだとしたことについての指摘をしたいのだけど、

  しかし今とわれているのは、政治資金規正法の記載時期の問題ですから、それを贈収賄の話から問題視するのは異常であるといえる、


  贈収賄罪の真偽ならばまだ分かるのですけど、全然関係ないものから問題視してそれで告訴となったら、いったい日本の法制度はなんなんだろうと思ってしまいますね、


  例えば殺人罪で検察が不起訴にした人を、車のスピード違反で強制起訴することも出来てしまうわけですから、これはちょっとまずいと思うのですけど、どうなのでしょか?、



  次は何を書きましょうか、、そういえばみんなの党というプロパガンダ政党か何かいっているようですね、二代目アホの小泉みたいな連中のようだが、あんまり意味があるようには思えません、


  何故かというと、民主党とみんなの党を合わせても過半数には行かないわけですから、みんなの党が何をしても意味はないでしょう、

  公明党ならば別だけど、みんなの党は第三極にはなっていない、



  まあこれはたぶん参議院選挙で公明党あたりが計算でもしていたのだろうけど、

  もし民主党が46議席以上をとっていれば、みんなの党と一緒になれば過半数が取れて、みんなの党が第三極になる、


  しかしそれでは公明党の立場がないので、そのあたりに細工を打った様な感じは受ける、



  みんなの党と公明党では第三局でも性質が違って、

  みんなの党は自民党と民主党の接着剤になって、大連立からの政界再編を目指す党であって、自民党の別働隊として動き、自民党の延命を最大限に狙う組織であるといえる、


  そういう意味では詐欺師の小泉と同じように、自民党の延命させ出来れば国が滅んでもかまわないという考えの集まりであって、その分表面的には過激で都合のいい事をいう組織にはなるだろう、


  まああくまでみんなの党というのは自民党の、もっといえば森派の延命のだめの脱出路みたいなもので、自民党の森派がいかに逃げるかというためにあるものですから、民主党に近づいてきて何かをしてくる工作員みたいな連中だと見ていいでしょう、


  自民党=北朝鮮ですからやり口が良く似ているのですけど、みんなの党は自民党民主の大連立のための接着剤、使い捨ての道具あたりでしょう、


  それに比べると公明党は、スタンダードな第三極狙いで、持ち前の組織力を売りにして大きな政党に影響を与えようというのが狙いでしょう、


  だからみんなの党と公明党はともに第三極なのですけど、もしみんなの党が第三極として強い影響を与えてしまえば、公明党の立場は弱くなるし、

  公明党が第三極として強い影響を与えるのならば、みんなの党の影響が薄くなる、そういう関係があると思います、


  なので、これからどっちの第三極が強くなるか、というのも政治的な流れとしてはあるように思います、



  後は何かあったかな、、社民党の辻本氏が離党したらしいですね、マスコミの騒ぎ方からすると自民党つながりかな、


  不思議なのですけどね、ニュースでこれは民主党よりの話かな、と思ったものの多くがふたをあけてみると自民党の話になっていることが多いので、


  マスコミが多く言うということは、伏線か裏があることが多いので、どうなんだろうねぇ、


  今のところは民主党にプラスになりそうな話ではあるけど、ただの社民党の内部対立なのだろうか、


  社民党というと普天間基地でも、内部的に連立の離脱に反対する勢力がいたし、

  私の見たところ社民党は普天間基地で、小沢氏と関係が深くて普天間基地を足がかりに民主党の分裂を考えていた勢力と、

  民主党との友好関係を重視するという勢力に分かれ、内部対立が激しくなっていたようには見えた、


  その結果民主党との友好派が分裂したと見てもいいのだけど、マスコミの騒ぎ方からすると、みんなの大連立党がある程度スカッているので、そのスカを補うための手ごまの準備か、


  それともただ単にネタがなかっただけなのか?、はっきりはしませんが、まあこれからの政治的な流れに影響を与えるとは思いますね、





  さて、それはいいとして今日は、精神的貧困、ということでも書いてみようかと、

  なんだか奇妙なタイトルですが、別に精神論の話を書こうというのではなくて、日本の問題というのはを考えてみると、精神的なものが大きいのではないかなと思うのです、


  精神的な圧迫がひどくてできないこと、精神的に圧力を受けることが多すぎて、人間らしい生活ができないことが多いこと、日本てこういう物だらけなんですよね、


  今回はそういうことについて書いてみようと思っているのですが、



  それで精神的貧困ということで、私がこのことを考えたのは、少し前に見たテレビでインドのスラム街の話があって、


  そこは電車の駅のそばで、勝手に小屋を立てて多くの人が住んでいて、見るからに貧しい人が沢山いたのですけど、


  しかしそのほとんどの人が幸せそうで、非常に楽しそうだったんですね、



  こういう話はほかでも聞いたことがあって、

  例えばバングラディッシュという国は貧しいといわれていますが、しかしその国に住んでいる人によると、貧しいけど幸せに暮らしている人も多いらしいです、


  日本人て、貧しいこと=不幸せと考えがちだけど、実際はそうでもないんですよね、金持ちでも不幸な人はたくさんいるし、一概にそうだというわけではない、



  で、私が何を言いたいかというと、今の日本の衰退というものは、幸せが少なすぎることではないかと思うのです、


  そんな抽象的なと思われるかもしれませんが、幸せの少ない社会が豊かになるとは思えないんです、

  だから、人々が幸福を感じづらい社会であることが、日本が悪化し弱体化している原因ではないかと思うのです、



  それはいわゆる精神論の逆の意味で、精神的圧迫が多すぎるから、人々が精神的苦痛を受けて幸せを感じづらくなり、それが結果的に日本の衰退を生んでいるように見える、



  今までの日本の論では、人間に圧力をかけて活性化させようというのが多かったが、

  活性化が無限にできると勘違いをして、もしくは活性化自体が目的になってきて、人間に圧力をかけて活性化することだけを日本人はしているような気がする、


  活性化させるのならば理由か目的が要るけど、その理由も目的も今の日本にはない、

  少なくとも一般市民にとっては、今の日本に何らかの理由や目的を見出せるとは思えない、今の日本は特に理由や目的のない国だと思う、



  この辺りも矛盾があるんですよね、今までは確かに日本には目的があった、だから人々の精神に圧力をかけて活性化をしても、それを納得することができたのだけど、


  今は意味もなく圧力を受けることが多いので、何でこんなに精神的圧力を受けるのだろう?、と思っている人が多いと思う、



  そうなんですよね、今までの日本は日本人の精神に圧力を与え続けて、それを日本のエネルギーにしていたのだけど、

  今の日本にはその目的のないまま、ただ権力者が権力がほしいから、圧力をかけるようになって、精神的圧迫が活性に繋がっていない、


  圧力をかけて、精神論を言って、正統性を言って、日本人全体に凄まじい圧力をかけているけど、それが日本の悪化にしかなっていない、


  多分今の日本では人々の精神に圧力をかけても、それは活性を生むのではなく衰退を生むだけなのだと思う、


  今は精神論も正当論も、社会や世の中を悪化させ人々を不幸にする意味しかなく、まったく存在価値がないのだと思う、


  本来今の時代に要求されていたのは、そういう今までの時代の逆の発想で、

  人々の精神を開放して行って、精神的自由、精神的な幸せを最大化を行って、そっちから活性化をすべきだったと思う、



  圧力をかけて一つの方向性を持たせるのではなくて、圧力をかけないことによって、自然に物事が広がっていくような、そういう可能性の追求のほうが良かったような気はするんです、


  私も生きていて思うけど、やはりこの国は精神的圧迫が強すぎて、人が人として生きれるところが少なすぎるように感じるので、


  これからは、人々の精神的圧迫になるようなものは、できる限り排除し、日本にはびこる精神的貧困問題を解決する必要があると思う、


  今の時代には目的がない、だから目的に対してどうこうするという考えの殆どは間違いであって、成立しない、


  成立するとすれば、目的そのものを見出すものであって、それは人々にとっては精神的な幸せではないかと思う、


  何度も言うが今の時代には目的がない、だから目的に向かって人々を動かそうとする精神的圧迫というものは、何も生まないばかりか社会や世の中を悪化させてしまう、


  確かに論としては、分かりやすい話があって分かりやすい社会があって、そこに目的があるというのは分かりやすく、言いやすいだろう、


  しかし現に目的がないのだから仕方がない、今の時代の目的は個々人が自らの精神で見つけ出すしかないのだから、それを認めそれを広げるような形を社会や国家は持つべきである、


  そしてそういう形をもし持てるのならば、精神的貧困から日本人が立ち上がれるだろうし、また日本は生き生きとした国になれるのではないかと思います、





    それでは、今は週一回ですので次回は来週の水曜日になります、では次回まで、