深*龍宮の使いのブログ

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元厚生事務次官殺害に対する私の見方、と、中心はどこにあるか?、

2008-11-26 13:17:15 | 社会
    どうもこんにちは、


  日々世の中は動いていきますね、あんまりいいほうへ動いていないのがなんだか困りますが、どうなるんだろうかなこれから、


  テレビ見るとあの事務次官殺害の事件のことばかりだし、私も今日書いているから人のことは言えないけど、なんかやたらと張り切ってマスコミが騒いでいるのをみると、またなんかペテンなんだろなと思ってしまう、   

  今日長々と書いたその事件に対する話は、昨日書いたものなのでちょっとずれているのだけど、昨日まで出ていた疑惑、 犯行の計画性の高さ、犯人の財政問題、不明瞭な動機、このあたりの解明が一気に出てきて、正直胡散臭いですな、


  まるで計ったかごとくだからね、真なのか偽なのか?、マスメディアが発達した世の中では、それを見極めることは出来ないので、マスコミの騒ぎようから嘘なのではないかと見るしかないが、

  しかしそこまで証拠をそろえていると、つじつまは合ってしまうね、ただ逆に言うと証拠がそろうタイミング、疑いが広がないように早めに証拠を出すような動きというのは、巧妙な手口のようにも見える、

  話のまとまりが良すぎるし、流れが実情や世論に合わせたようにリアルタイムに反応する、この対応のよさは警察あたりも関与しているということかな、


  ただ全体的に見れば得をしたのは政府であり、損得で考えれば、そしてタイミングのよさを考えると自民党かその支援者によるものと見るしかないか、

  詐欺師の小泉のころの話と同じだな、複数の勢力の共同作戦と、国家ぐるみの隠蔽作戦、その二つが同時に行われ、リアルタイムに世論を操作しようとし、この突発的におきたように見える事件をネタに、二次三次的利益を得る。

  テロリスト的要素はエージェント(スパイ)的なものと合致しやすいといわれるが、今回のこともビジョン的にはテロリスト的要素が強いから、やはりエージェントによる情報操作と、何らかの工作とみるのが妥当だろうか、

  プロパガンダに必要なものはリアルタイムに必要な情報を提供し、そのタイミングと情報の性質を誤らないこと、起点は突発的な気を引くようなことを書き、内部や細部、根本はあいまいにし、イメージしやすい要素だけを前面に出すように計画性を持って、人間の認識を操作する、


  今回の事件はこの条件ぴったり当てはまっているのだが、もしこの事件が印象は強いが実態が弱く、冷静に見ると誰かの得になっていたら、そいつが犯人だと思ったほうがいいでしょう、





  さて、それではやたらと長くすまないのですけど、まずは厚生事務次官殺害に対する私の見方という事について書いてみようと思います、先週元厚生事務次官を連続して殺害する事件がおきましたが、どうも胡散臭いというか、動機等がおかしなところだらけなので、多くの方がこの事件について疑いを持っていると思います、

  私もこの事件は明らかに陰謀的なものだと思っていますが、その全体像についてまとめて描いてみようと思っています、


  それで今回の事件、誰がどう見てもおかしな事件であり、どう考えても誰かの命令による暗殺行為であったようにしか見えない犯罪ですが、その全体的な形を見てみると色々なことが見えてくると思います、


  根本的に言えば今回の犯罪は、日本の年金制度のでたらめさの現れであるといえ、それを隠蔽するための政府側の工作と見るのが妥当でしょう、

  で、まずは日本の年金制度の問題点について説明しないといけないので、書いてみますと、


  昔も書きましたが日本の年金制度というものは、そもそも今のような状況では絶対成立しません、
  なぜかというと日本の年金制度は相互扶助の制度であるので、少子高齢化社会では必ず破綻します、

  いやそうではなく、日本の年金制度には積立金がある積み立ての制度ではないかと思われるかもしれませんが、確かにそういう要素はあるのですけど、積立金というのは年金の収支が余った分がたまっているだけで、積み立てを目的にして積み立てているわけではないのです、


  今の年金制度が始まったのは、第二次世界大戦の終わりのころらしく、そのころの時代背景ですから、人の寿命が短く年金をもらう人は殆どいない状況で、若いお金を払う人が大勢いた状態で作られた制度なので、多くの人が年金をもらうようにはなっておらず、あくまで払う人が多くてもらう人が少ない状態を念頭にしている制度のようです、


  だから日本の年金制度というものは、根本的な制度見直しをしない限り必ず潰れます、例えば給付方法を変えるとか、財源を税方式にするとかにしないと今の年金制度が機能することはありません、

  
  そして年金制度のねじれば、少子高齢化が早い段階から見えていたわけでしたから、もっと早い段階で修正を入れていればよかったものが、自民党が選挙に不利だからといってずっとやってこなかったわけです、

  
  そしてそれがずうっと来て、今になって年金が消えていたみたいな話になっているわけで、それは年金が消えたのではなく制度維持ができなくなってきたからといえるのではないでしょうか、


  今年金問題というと社会保険庁や厚生省が問題であると一般的に言われますが、しかし元々年金問題の修正に熱心だったのは役人のほうであり、それを握りつぶしていたのが自民党なのだから年金制度問題を起こしたのは、自民党である、

  それが一般論的に年金問題=役所の問題となっているのは、プロパガンダ的洗脳による、日本人の思考修正が効いていると言えよう、


  そしてそれに対して今回の犯行は、わけのわからない理由を犯人は言っているが、理由は年金制度批判をすることに対する恫喝に近いものだろう、これはすべてをつなげてみればわかるが、まず役所のせいにしてそれを反転させるというマッチポンプ的な発想に立っている、


  今回のことは状況があってそれに対する引き金が引かれたトリガーがあったように見え、状況があるだけではことは起きないから、何らかの着火点のようなものがあったのだろう、


  それがなんであるか?、一番大きいのは日本がIMFに出した十兆のお金であるような気がする、

  そもそも今回のようなことは昔は良く起きており、昔の詐欺師の小泉政権のころはこういうことはよくあった、

  あの人間はペテンがうまいから、人が死ぬ事は少なかったが、全体で見るとありえないようなものの流れが頻発していた、

  それは個人的運であるともいえるが、それ以外の協力者の介在がかなりあったのだろう、


  そしてその図式が今回は発生している、

  小泉政権ではその勢力の協力者が、アメリカ、日本の裏社会、マスコミ、創価学会、経団連、とまあこのあたりが協力をしているように見えたが今回のことはこのすべてが関連している、


  まずこんな巧妙な犯行をできるのはプロだけだろうし、日本の裏社会が協力をし、全体の計画はアメリカあたりが考えて、マスコミはネット社会批判を入れて、経団連はにあらかじめ批判をしておき、創価学会では連動したようなテロがおきると、


  書くと長くなるのだが、小泉政権にしろ今の騒動にしろその根底にあるのは、日米利権が消失するのではないかという恐れのような気がする、

  例えば今起きている金融恐慌によってアメリカの消費は衰退し、経団連のトップにいるトヨタ辺りでは、利益が一兆位なくなったらしい、

  時代はアメリカの弱体化と日本のアジア化を望んでいるが、日本の一部の輸出企業はあまりにアメリカ依存をしすぎていて、その流れに対応ができていない、

  だからその流れに対する反抗が小泉政権であったのだろう、


  しかし、例えば今回IMFに対する支援として出される十兆円の財源である、外貨準備というお金も、そもそもこれとておかしなお金である、

  そのお金は日本がアメリカと取引をして円高になって輸出ができなくなると、それを下げるために投入されるお金であり、つまりそれはそのままその分日米貿易の損失でもあるといえる、

  なぜなら日本の富がアメリカの資産に変わってしまっているからで、そういう100兆くらいあるお金が、日米関係がいかに不利益な関係であるかを表しているのではないか?、

  例えば日本が中国と取引をするために100兆もの元を買わないと取引ができないとしたら、日本は中国と取引をするだろうか?、


  輸出というものは利益が上がればその分国内に富をもたらすと考えられているが、昔も書いたことがあるように基軸通貨との取引は、ある以上の輸出利益は損失になってくる、

  基軸通貨は絶対的基準であるので、それを超えるという事は数値で言えば0(ゼロ)を超えるようなものであり、その超えた分はマイナスになる、


  だから日本人は気づいていなかったようだが、日本がおかしくなっていたのはに日米貿易が原因であり、その関係の修正が日本の考える経済的問題だったのだが、

  しかし長年取引があり利益を上げていた関係者が、その流れに対する反発を強めていたというのが今起きていることの下地にある、

  嘘だと思うのならばここ十年くらいの日本の政治経済の流れを考えてみるがいい、そのどれもが日本をアメリカに支配させそして関係を強めようとする流ればかりではなかったか?、

 
  なんとなく話がずれたけど、話を戻して、今回の事件は色々な利害関係が絡まっているという事、しかし統一的にえるのは、その殆どがアメリカとの関係が切れていくことに対する反発が原因であるという事、

  発端は自民党と経団連だろう、この二つは日米関係で喰っているようなものだから、その二つが軸になってあれこれ巻き込んでいったのだろう、


  まあ今回のことは、まず経団連の人が犯行を匂わせるようなことを言って、犯行が起きて、そして自民党が経団連の人と同じ事を言う、となると自民党、実行犯、経団連は協力者である可能性が高い、

  犯行の目的は年金問題に対する批判の恫喝、と関係者殺害と証拠書類の押収あたりだろうか、後は民主党がテロ支援法に反対したころだったからそれに対する脅しでもあるかもしれない、

  マスコミもこの犯罪には関わっているかもしれない、そもそもマスコミは問題の多い世の中のほうが有利な存在であり、こういう猟奇的犯罪が起きてくれたほうがありがたい立場である、
  
  確かマスコミにメールが送られたらしいが、その辺りを見てもマスコミと犯行の関連性はありうるだろう、つじつまの合う犯行ならば個人的なことかもしれないが、こうもつじつまの合わない犯行の犯人からメール(本人特定ができないもの)を使って連絡があるというのでは、マスコミ自体が今回の犯行に一枚かんでいると疑われても仕方があるまい。

  またマスコミの人物像論も、秋葉原で起きた犯人像をイメージさせようとしていると事を見ても、この犯行自体がネットワークのイメージダウンになるのならばとマスコミが協力をした可能性もある、


  根底にある可能性はプロパガンダの究極的な形、人の死を利用したプロパガンダのようなものがあるのかもしれない、中世の魔女狩りのようなそういう考えが、今の日本には巣食っているかもしれない、

  そして発端は多分日本の10兆円に及ぶIMF支援だろう、そうやって金を出す分自民党を支援してくれと、そういう取引があったような気がする、

  今起きている金融問題は、アメリカ自身では解決できないので何らかの外部的対策が要る、それが日本に対して押し付けるという手なのだろう、自民党はそういう計画に協力を申し出ている可能性がある、


  ただし犯行自体は誰もが疑えるような、辻褄の合っていないものだから、それによってどうなるかというのはその裏にいた連中とは違う意味になるかもしれない、



  まあとにかく、奇妙な事件だなというのは感じますね、事件が奇妙だというよりは、事件の周りにいるやつらが奇妙だなと、だからやはりどう考えても権力抗争による謀略的なもの、そういうことだと考えたほうがいいと思います、

  いや正直素直に納得できる話ならこんなことは書かないのですが、自分の飼っていたペットを保健所に持っていって、殺されたので恨んだという理由では疑ってくれといっているようなものだし、ネットのヴァーチャルがいけないんだというのも、どう考えてマスコミのほうがヴァーチャル化してきている現状では説得力がない、

  というわけで疑えるだけ疑ってくれというご要望だったので、徹底的に疑ってみましたが、ここで書いた話は疑ってみればそう見えるという話なので、あまり真に受けなくてもいいのですけど、どうも私の読みはある程度当たっているような気がします。



    


  さて、それでは次に、いつものごとくオマケになっている本題に入って、、中心はどこにあるか?、という事でも書いてみようかと、

  前回の続きに当たる話で、本当は経済論をここまでつないで、経済的な中心は何であるかという事を書きたかったのですが、途中でネタが切れてなぜか社会の中心論になってしまい、ちょっとどうしたものかと思っていますけど、、


  それでとにかく中心はどこにあるかという事で、今まで書いてきたことは多数、もしくは共通論的思考で物事を考えていくという事は、人間を相互にがんじがらめに固めるようなものであって、共通性を重視していくと身動きがとれなくなる、

  ならばと、そういう共通性からは遠い異端の人間を入れればいいのだが、それも難しいところもあるという事で、

  それで今回書こうと思っているのは、この二つのものの繋がりに現れる中心点、つまり共通性で動く組織性質と、非共通性で動く異端的性質が、全体て見るとどう見えるかという話にしようと思っているのですが、

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  全体というもの、一般的に全体といわれるのは、多数を全体と考えがちですが、多数に刺激を与え考えを与えるのは多数から離れら少数であり、その多数と少数の関連性は、例えるなら海の波の様なものな気がします、


  海の波はその方向性と全体の質量のバランスから発生していて、例えば大きな波が起きたときは、波が盛り上がろうとするけど、大きく盛り上がると今度は重さで潰れて、それが波が盛り上がってザブンと落ちてくる、そういう動きを形作っていますが、


  人間の全体としての生きようというのは、どうもそれに似ているような気がします、

  特定の少数が方向性を持って全体に指し示しても、それが全体の重量によって引き摺り下ろされる、

  じゃあ多数が正しいかというと、それでは停滞して何も起きなくなる、


  人の世の中心というものはこの二つの、少数の指し示す存在と、多数の重しになる存在の中間層にあるといえ、この二つの重心に当たるところが人の世の中心なのだと思う、


  そしてそれは、固定的中心点ではなく、動き回る中心点であり、ある意味人の世の中心というものは人には見えなくなっていると思う、

  そもそも人は生きねばならないのだから、特定の存在を軸にして生きることはできない、個人的にはそれが可能に見えるが、全体としての中心はたぶん人には見えないだろう、

  だから抽象性の強い人は、その見えないものをいつも指し示そうとしている、
  

  人の世が海の波のようなものだとすると、その中心は波の中心のようなものになり、刻々とそれは変わり、そして常に中心は消えていく、

  人間は中心の軌跡は感じることはできても、中心自体には触れることができない、

  人は、天動説のように考えの中心があって欲しいと考えるが、物の中心は地動説のように常に動くものであり、常に仮である存在なのだろう、


  だから今の社会や世の中でも、その多くの問題点は人の世の中心を固定化して考え、中心が常に仮のものであり、必ず消えるものであるという意識がないことが世の中の混乱の原因であるといえる。

  変な考え方だが、物事の中心というのは動くから中心たるもので、動かない中心は中心になれないという性質がある、
  しかし人間の考え方は基本的に、何らかの基本軸を考えての応用という見方か普通であり、その基本軸が常に動き続けているとは理解できない。


  理解はできないのにそれに対応できないとダメになるという、理不尽なシステムが人間の存在には組み込まれているっぽいですが、さて、今の世の中の中心が見えますか?、感じれますか?、むかしガリレオが言った様にそれでもこの世は動くんですよ!、






    それでは来週からはまた週二回に戻るので、次回は来週の火曜になります、では次回まで。