野口は「黄熱病の病因学」のタイトルでシリーズの論文を発表してきたが、今回はその最後の論文「黄熱病の病因学 第14報 動物への皮下接種後の抗icteroides免疫血清の防御効果の持続(1922年3月11日受付)」である。
論文の要約
ワクチン接種したのにもかかわらず黄熱病に罹った非免疫の人の症例記録を分析すると、ワクチン接種後まもなくにその病気の発症が起きている。その最も長い期間は
13日であった。黄熱病の平均潜伏期は6日であるので、いくつかの症例で防御が進みつつある間にその感染が起きたのであろう。
これらの症例は抗icteroides 血清の方法による即効の防御の可能性の研究に導いた。免疫血清は実験的icteroides感染において、直ちに防ぐことは既に示した。しかし、その防御はどれくらい長く続くかは分かっていない。
モルモットに免疫血清の種々の量を投与し、続いてLeptospira icteroides の有毒株で種々の間隔で感染させた。
5日間持続する完全な防御は、体重1000g当たり血清0.002ccの少量で得られた。
しかし、5日後、免疫物質は急速に減少した。
そして、動物を10日間防御するには100倍の量、すなわち0.2ccを投与する必要があった。
80kgの人のためには0.16cc(0.002×80)が理論上少なくとも5日間防御するのに必要になる。7日間では1.6cc、10日間では16ccである。
ワクチンの最終効果は少なくとも9~10日過ぎるまで期待できないので、この一時的な防御はワクチンが供給されるまでの有用な先行方法である。(以上)
これまで野口のワイル病レプトスピラと黄熱病に関する論文を見てきた。
黄熱病の論文の中で、野口はその原因はレプトスピラであるとし、それにLeptospira
icteroides と命名する大きな間違いを犯してしまった。
そのため結果的には彼の黄熱病に関する論文の殆どがワイル病に関するものになってしまっている。
それではなぜそのような間違いを犯したのか少し考察してみたい。
1.黄熱病とワイル病の症状が似ている。両疾病とも黄疸と出血を主症状とすることから、診断が十分になされない患者を研究対象にしてしまった。
野口はワイル病及び黄熱病の両方の臨床経験がなく、その区別が出来なかったと思われる。研究対象の黄熱病患者を選別したのは野口ではなく共同研究者の臨床医たちであったであろうが、彼らはワイル病の臨床経験がなく、黄疸と出血があれば黄熱病と診断した可能性がある。また当時、現地では環境状態も悪く二つ三つの病気を持っている人も多く、ワイル病と黄熱病の両方に感染していた可能性もある。
2.黄熱病のシマ蚊による媒介の証明実験が不十分であった。ワイル病と黄熱病の違いの一つは、黄熱病は蚊によって媒介されることである。ワイル病の病原体を発見した稲田らも言っているようにワイル病は蚊によって媒介されることはない。従って蚊によって媒介されることを証明することは非常に重要である。
しかし、以前にも記したように、野口の蚊を用いた実験は非常に雑な実験である。本当かを思われる記述もある。Leptospira icteroides を接種したモルモットを刺した蚊の体内にレプトスピラが暗視野顕微鏡で観察されたとかその蚊が刺した別のモルモットの腎臓中にレプトスピラが観察されたとあるが、なせそれを培養しなかったのであろうか。培養してそれが接種したLeptospira icteroides と同じものであることを免疫血清を用いて証明すべきであったにもかかわらず、それを行っていない。敢えて行わなかったのではないだろうか。微生物の狩人として当然コッホの原則は知っていただろうに。
3.黄熱病の病因は濾過性であることが当時知られていた。現在ではそれはウイルスであることを我々は知っている。従ってそれは当然濾過器を通過する。
一方、ワイル病の病原体であるレプトスピラも悪いことに濾過性なのである。レプトスピラは一般の細菌の大きさの5倍以上であるのにもかかわらずラセン状であるためか濾過器を通過するのである。レプトスピラの濾過性を確認した野口はこれが黄熱病の病原体であるとの確信を強くしたに違いない。
今後は野口の関連論文、書簡などを調べて行きたい。
論文の要約
ワクチン接種したのにもかかわらず黄熱病に罹った非免疫の人の症例記録を分析すると、ワクチン接種後まもなくにその病気の発症が起きている。その最も長い期間は
13日であった。黄熱病の平均潜伏期は6日であるので、いくつかの症例で防御が進みつつある間にその感染が起きたのであろう。
これらの症例は抗icteroides 血清の方法による即効の防御の可能性の研究に導いた。免疫血清は実験的icteroides感染において、直ちに防ぐことは既に示した。しかし、その防御はどれくらい長く続くかは分かっていない。
モルモットに免疫血清の種々の量を投与し、続いてLeptospira icteroides の有毒株で種々の間隔で感染させた。
5日間持続する完全な防御は、体重1000g当たり血清0.002ccの少量で得られた。
しかし、5日後、免疫物質は急速に減少した。
そして、動物を10日間防御するには100倍の量、すなわち0.2ccを投与する必要があった。
80kgの人のためには0.16cc(0.002×80)が理論上少なくとも5日間防御するのに必要になる。7日間では1.6cc、10日間では16ccである。
ワクチンの最終効果は少なくとも9~10日過ぎるまで期待できないので、この一時的な防御はワクチンが供給されるまでの有用な先行方法である。(以上)
これまで野口のワイル病レプトスピラと黄熱病に関する論文を見てきた。
黄熱病の論文の中で、野口はその原因はレプトスピラであるとし、それにLeptospira
icteroides と命名する大きな間違いを犯してしまった。
そのため結果的には彼の黄熱病に関する論文の殆どがワイル病に関するものになってしまっている。
それではなぜそのような間違いを犯したのか少し考察してみたい。
1.黄熱病とワイル病の症状が似ている。両疾病とも黄疸と出血を主症状とすることから、診断が十分になされない患者を研究対象にしてしまった。
野口はワイル病及び黄熱病の両方の臨床経験がなく、その区別が出来なかったと思われる。研究対象の黄熱病患者を選別したのは野口ではなく共同研究者の臨床医たちであったであろうが、彼らはワイル病の臨床経験がなく、黄疸と出血があれば黄熱病と診断した可能性がある。また当時、現地では環境状態も悪く二つ三つの病気を持っている人も多く、ワイル病と黄熱病の両方に感染していた可能性もある。
2.黄熱病のシマ蚊による媒介の証明実験が不十分であった。ワイル病と黄熱病の違いの一つは、黄熱病は蚊によって媒介されることである。ワイル病の病原体を発見した稲田らも言っているようにワイル病は蚊によって媒介されることはない。従って蚊によって媒介されることを証明することは非常に重要である。
しかし、以前にも記したように、野口の蚊を用いた実験は非常に雑な実験である。本当かを思われる記述もある。Leptospira icteroides を接種したモルモットを刺した蚊の体内にレプトスピラが暗視野顕微鏡で観察されたとかその蚊が刺した別のモルモットの腎臓中にレプトスピラが観察されたとあるが、なせそれを培養しなかったのであろうか。培養してそれが接種したLeptospira icteroides と同じものであることを免疫血清を用いて証明すべきであったにもかかわらず、それを行っていない。敢えて行わなかったのではないだろうか。微生物の狩人として当然コッホの原則は知っていただろうに。
3.黄熱病の病因は濾過性であることが当時知られていた。現在ではそれはウイルスであることを我々は知っている。従ってそれは当然濾過器を通過する。
一方、ワイル病の病原体であるレプトスピラも悪いことに濾過性なのである。レプトスピラは一般の細菌の大きさの5倍以上であるのにもかかわらずラセン状であるためか濾過器を通過するのである。レプトスピラの濾過性を確認した野口はこれが黄熱病の病原体であるとの確信を強くしたに違いない。
今後は野口の関連論文、書簡などを調べて行きたい。