両陛下は公務とはいえわれわれよりずっとご高齢にもかかわらず。フィリピンに慰霊の旅に向かわれた、天皇陛下はことあるたびにさきの戦争で亡くなられた多くの人々に思いを馳せてと戦争に対する反省を述べられてきた。太平洋戦争では52万人にのぼる日本人とそれを上回ると言われるフィリピンの人々とアメリカ軍の兵士が亡くなった。両陛下はこれらのことが心残りであって今回の慰霊を無事に果たされた。話は変わるが私が大層お世話になった今は亡きK社長さん(kusaさんもよくご存じの、)は数少ないルソン島からの帰還兵である。WAKI は今から20年まえに著された手記〈わが胸の夕日は沈まず 嗚呼 慟哭のルソン戦〉 =鎌田初年兵物語= を戴いた、そこには壮絶な戦いの模様が記述されている。K社長は帰還後何回となくルソン島に遺骨収集と慰霊の旅に行かれた。自社の社屋の屋上には平和観音像を建立され平成3年には紺綬褒章を受章されている。この機にもう一度読み返してWAKIも心新たに多くの犠牲となった人々のご冥福を祈った。
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今の天皇のお心ずかいには頭がさがります。
とかく、天皇制がどうこうという輩がいますが、そう云う連中は歴史を正しく理解、把握為ていない浅はかな思想にしはいされているとしか小生には思えない。
今の天皇が立派と同時に父親である昭和天皇がさらに優れた天皇であったことは「昭和天皇録」を読めば歴然とする。
彼の占領軍総司令官であったマッカーサーが天皇制を擁護することになったいきさつが天皇との階段でゾッコンほれて天皇制廃止を唱える戦勝国のメンバーをときふせたとの話はそれだけ国を代表する言動で(自分の身はどうなってもよいから、日本国民をかばってくれとの要請)でマッカーサーは感動したとのこと。
こうした事実を日本国民であるわれわれはもっと知るべきだろう。
鎌田信号機の社長(後、会長)の戦記はWAKIさんの云われる通理、読む人に大きな衝撃を与えましたね。
今でも会長のお人柄を懐かしく思い出します。
私の知人でインドネシアのラバウルから復員された方から聞いた話ですが、そこでも壮絶な、言葉に絶する戦いだったと言っておられました。
こういうことからして、戦争はするものではないとよく言われますが、人間の歴史は戦争の歴史でもあったのですね。悲しいことです。だからこそ戦争は起こしてはならないという気持ちを新たにしなければならないと思います。
Montさん
鎌田初年兵の戦記によりますと戦地にに向かったものの後続の部隊はことごとく潜水艦にやられて補給を絶たれ連日の攻撃をうけ食べるものもない悲惨な状況であったとのことで、いかに無謀な戦いを戸民は強いられたかと言うことでした。でもえらいのはその供養を続けてこられたことですね。