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日本遺族通信 令和7年 6 月15日号「天皇皇后両陛下・愛子さま沖縄を訪問」・「にっぽん丸」神戸港を出港・遺書・九段短歌・のご紹介

2025年06月18日 16時32分38秒 | 日本遺族通信

                         

                         

                                               令和7年6月靖国神社社頭に掲示されました遺書 合掌

                        お若いお方が「義夫トシテハ本懐ノ至リデアリマス。」「喜ンデ護国ノ神トナッテ行キマス」。との遺書にご両親様をはじめご家族の皆様のお悲しみは
                                如何ばかりでございましたでしょうか。改めて長田 義夫様に心からご冥福をお祈り申し上げます。合掌 

                      

 

                          「九段短歌」
                          いつも多くの皆様にご覧頂いておりますことに御礼を申し上げます。遺児も高齢になりましたが、父を偲ぶ気持ちは永遠です。
                          このような歌を詠む遺児・遺族も後何年かで皆無となりますがお若い皆様に恒久平和を築いていってほしいと願っております。

                       

                           「シベリア朝顔」を知って頂きたく投稿しました。下段の(ネットより)の説明と共にご覧頂けましたら嬉しゅうございます。

                  2023年(令和5年)友人から苗を頂き始めて育てました朝顔が平和を願った種から広まった「シベリア朝顔」と言うことを知り毎年大切に育てております。

                  
                         友人から種を頂き育てましたアサガオ6鉢  2023.6.25撮影        6鉢の内の1鉢めが初めて開花しました 2023.7.4撮影

                   我が家に初めて咲きました美しいアサガオは「シベリア朝顔」と友人に教えて頂きました。まだ2鉢の開花ですが後4鉢の開花を楽しみに待っております

                  
                         最初の1鉢目の「シベリア朝顔」  2023.7.4撮影             2鉢目の「シベリア朝顔」  2023.7.6撮影
                                  
                                写真では大きく見えますが、直径5~6センチほどの可憐な青紫の花で、葉も小ぶりで丸いです。

                                                        「シベリア朝顔とは」(ネットより)
                               見慣れた朝顔よりふた回りほど小さい、直径5~6センチほどの可憐な青紫の花で、葉も小ぶりで丸い。
                                    戦後シベリアに日本兵が抑留され、その一部が中国の撫順戦犯管理所に収容された。
                                  管理所職員から「もう2度と武器を持って大陸に来ないで下さい。日本に帰ったらきれいな花を
                                   咲かせて幸せな生活を築いて下さい」と朝顔の種を数粒貰って帰国したと云ふ話があります。 
                                    その時の言葉が忘れられず帰国後、種をまき花を咲かせ、知り合いに種を配りました。
                           シベリアの抑留兵が中国の収容所で貰ったということで「シベリア朝顔」と呼ばれるやうになり、全国に広がってゆきました。
                                      普通の朝顔の様に葉に切れ込みがなくハート形で、昼になっても萎みません。                            

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Unknown (田中恭子)
2025-06-18 20:41:10
確かにアサガオですね。
赤紫色から青への変化,微妙な色合いが魅力です。
シベリア抑留の方の
心情が滲んでおられるようです。
とてもしみじみとした
戦後80年題詠と思ってうれしく拝見致しました。

毎日洋上慰霊の様子をご紹介頂き,まるで船酔いする私が参加させて頂いているようです。
慰霊に置かれましても海軍と陸軍の違いが思いやられました。。画像見聞させていただき羨ましくおもいます。南方慰霊は命がけ[おおげさですが]でした。
返信する
Unknown (田中恭子)
2025-06-18 20:47:28
新聞まだですがお早々と
ご紹介ありがとうございました。
5月は没でしたのでよかったです。
返信する
よかったですね。 (matsubara)
2025-06-19 05:58:43
短歌掲載おめでとうございます。
短歌によりシベリア朝顔を知ることができました。
毎年は続きませんので私は真似が出来ません。
何でも丹精こめられて凄いですね。

愛子様のニュースも詳しく教えていただきまして
ありがとうございました。

明日から佐渡に参りますので日記は少しお休みいたします。
夫が佐渡島の能舞台に立ち、能を舞う予定です
25人の皆さんとで。私は付き添いです。
返信する
田中恭子さま (oko)
2025-06-19 09:23:13
度々、ご丁寧にコメントを頂きましてありがとうございます。
この度の田中さまのお歌は心からの大きな叫びに素晴らしいお歌と拝読させて頂きました。

シベリア朝顔に思いをし、美しい朝顔の悲しみを知って頂きたくようやく詠む事ができました。

「南方慰霊は命がけ」ですね。
まだ洋上慰霊がなかった2000年、25年前に陸軍の皆様と一緒にフイリピンの島々の慰霊巡拝に
毎日ガタガタバスにスーツケースを積み込み、案内人の指示に10日間ジャングルの中で
スコールに会い、全身ずぶぬれになったことも、祭壇に供えたお供物は慰霊祭が終わるより早く住民が持ち帰り、
ある時、国歌などを吹き込んだテープレコーダーまでとられてしまいました経験をしております。

私はレイテ島にわたり海岸に祭壇を設けていただきレイテ湾に向かって追悼文を読み、献花を行いました。

以上の経験から洋上慰霊のみの経験者に厳しかったジャングルの慰霊のお話をさせて頂きました。

3回も優雅?な洋上慰霊に参加ができました幸せに心から感謝を申し上げております。
返信する
matsubaraさま (oko)
2025-06-19 09:38:24
いつもご丁寧にお言葉を頂きましてありがとうございます。
おかげさまで何とか気分がよくなりました。

「シベリア朝顔」の事実を知りました時の驚きに、毎年丁寧にお花を咲かせて眺めております。

ご主人様が「佐渡島の能舞台に立ち、能を・・・」↑ おめでとうございます。
ご盛会をお祈り申し上げております。

もう20年も前になりますでしょうか?遺族会レイテ班の旅に新潟県が幹事に能舞台を見学しております。
遠い昔の佐渡旅行を懐かしく思いだしております。
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