牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

会うだけでホッとする出会い

2012-04-16 06:45:35 | Weblog
 人生は出会いで決まるとよく言われます。



 やる気の健康学(柳さかん著・発心社刊)に書かれているお医者さんの話があります。



 銀座内科病院の藤井尚治院長(故人)は、「風邪を引いた?そりゃ良かった!」そう言われたその瞬間、ほとんどの患者の病気は50パーセント分は治っているというのです。



 東京の商店街、オフィスのど真ん中、その摩訶不思議な人柄から、商店主から企業の経営者、エリート・ビジネスマンから女優やタレント、型破りのビジネスマン、ちょっとはみ出し気味の勤め人まで、病院に来る人たちはいろいろです。



 彼らに共通するのはただ一つ、常に忙しい人たちだということです。初期のうちに何としてでも治してしまいたいと考えます。



 その直してしまおう、何としてでもと考える人たちの治りは早いと医者は言ったのです。乱暴に言えば、そう考える人の風邪なら、放っておいても時間がくれば治るのです。



 そういう人たちが、忙しい時間をぬって藤井先生の顔を見に来たのです。「風邪尾引いた?そりゃ良かった!」

良かった!よかった!は藤井医師の信念のような言葉です。つまり患者は歓迎されているのです。



 いつ訪れても歓迎される場所があるのは、最高に幸せですね。いつでも気楽に話を聞いてくれる人、願わくば会うだけでもホッとできる友がいたら最高です。



 いっぱい飲み屋や夜の世界には、接客上手のベテランもたくさんいると聞いています。そこでしか重荷を下ろせない人もたくさんいるから、酒や快楽でごまかしてしまうのです。お金もいつのまにか亡くなり、快楽のストレスが心も身体も蝕みます。



 ホッとできる家、ホッとできるキリスト教会、いやそれよりも自分自身がホッとされるような人間になりたいものです。

 人を責めてばかりいると、ホッとできる出会いもあたえられません。



 クリスチャンになると最高の友ができます。その友は目で見ることはできませんが、きのうも今日もいつまでも変わることなく生きておられるイエスキリストです。

 

 わたしはあなたがを「友と呼んだと、人がその友のために自分のいのちを捨てる、それよりも大きな愛はない。



 いのちを捨ててまで愛してくださり、三日目に死を打ち破り、いまも生きておられる救い主が友となってくださるのです。



 いつくしみ深き友なるイエスの賛美歌を知った時から、愛してくださるイエス様が大好きになりました。友とは50対50の付き合いです。前途全能の神様が友として語りかけ、また願いも聞いてくださるのです。



 しかも、「わたしは決してあなたを離れず、あなたを見捨てない!」と、約束してくださいます。いつもホッとすることができるイエス様は、何とすばらしいことでしょうか。



 どうぞ招いてくださるイエス様のもとへ、信じます。アーメンと近づいてください。アーメンと言えば救われます。



マタイの福音書11:28 すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。

11:29 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。

11:30 わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。」



ヨハネの福音書 4:13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。

4:14 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」



7:37 さて、祭りの終わりの大いなる日に、イエスは立って、大声で言われた。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。

7:38 わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」

7:39 これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、御霊はまだ注がれていなかったからである。



ヨハネの黙示録3:20 見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。



ペテロの第一の手紙 1:8 あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。

1:9 これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。



いつも変わらず愛してくださり、ともにおられるイエス様こそ、最高のホッとする友です。



今日もまた天国の一日です!感謝します。