GOCCIのオトコヲミガク旅(w)

旅行記や、日常の面白い、或いはキレイなモノの写真を中心に
取留めの無い話題を「備忘録」代わりに綴っております。

「Zephyr750」で「男を磨く旅(笑):初秋の青森(白神山地)」に出かけてきまた。28

2010年01月29日 | 「オトコヲミガク旅(w)」:国内編

「Zephyr750」で「男を磨く旅(笑):初秋の青森(白神山地)」に出かけてきまた。28


                                                                           RICOH Caplio GX100
   
本日は、いきなり「前沢サービスエリア」
の写真からのスタートです。

どうしてかと言うと・・・・・・

「現状維持」続いていたので、少々、なめていた「足の傷の状態」ですが、本日、大きな変化が生じました。

「右足が1.5倍」に腫れ上がってしまいました。熱も持っていて、痛みもかなり強いです。

東京に高速で帰るのに布のズボンで帰るのもどうかと思い、かなりの時間をかけて「革パンツ」を履いてみたのですが、右足だけが「パンパン」の状態でかなり辛いです。

本当に辛かった様で、写真は帰るまで3枚しか撮っていませんでした。「どこで休憩したか」とか途中で「何を食べたか」等の記憶が完全に飛んでいます。

3枚のうちの1枚目の写真はこの「前沢サービスエリア」
、多分、距離的な事を考えると一回目の休憩&給油だったのだと思います。

ホテルを出て、「右足が本当に痛く」バイクに跨るのが大変で、跨ったら跨ったで右足を「ブレーキの位置」に収めるのが「痛くて痛くて」大変でした。途中、少しの間、雨が降ったりはしましたが合羽を着るまでも無いくらいで止み正直助かりました。

右足をほとんど動かせないと言う不自然な状態のライディングの中、無事、なんとか、ここまで来られました。バイクから降りるのも「痛くて痛くて」一苦労でした。







                                             RICOH Caplio GX100

3枚のうちの2枚目の写真はこの「安達太良SA」です。多分、ここで2回目の休憩&給油だったのだと思います。

昨晩楽しく計画していた「平泉」の観光は当然の事ながら取り止めで、天気の良い「平泉前沢IC」を泣く泣くスルーしここまでやって来ました。

足の状態は最悪で「パンパン度」が朝より酷くなっている中、途中「仙台」あたりで渋滞があったり、また、所々、雨が降り出したりの散々な走行で、本当に心身ともに最悪の状態でした。







                                             RICOH Caplio GX100

3枚のうちの3枚目の写真はこの「上河内SA」です。多分、ここで3回目の休憩&給油だったのだと思います。

「安達太良SA」
から、ここまでは渋滞も無く、天候も安定して「右足の状態」以外はスムーズでしたが・・・・・・

無理な体勢で長距離を走っているせいもあり、上半身の「凝り」が半端じゃなくなってきました。あまりにも酷かったので、休憩はしませんでしたが「各SA・PA」でバイクに跨ったまま上半身の「ストレッチ」をしつつの走行でした。

足の「パンパン度」
は更に悪化し、バイクから降りるとき、休憩で歩くとき、バイクに跨るとき、それぞれ笑い事でなく本当に辛く大変でした。

ここからの写真は無く、多分後一回くらい休憩&給油をしたんじゃないかと思うのですが、全く記憶に残っておりません。

ここから東京まで、バイクに跨ったまま「各SA・PA」で上半身の「ストレッチ」
で痛みを誤魔化しつつの走行だったと思います。最後に「首都高渋滞」でとどめを刺されました。








                                             RICOH Caplio GX100

この写真は東京に帰ってきてから「修理・メンテナンス」時に撮った写真です。48185Kmからのスタートだったので、今回の走行距離は「約1745Km」と言うことになります。

「出発時の寝坊」やら「途中でのコケ」やら色々有り、予定通りの旅にはなりませんでしたが、「バイクも無事」に動き、右足も最終日以外は「現状維持」が続き「男を磨く旅(笑)」が継続できたのは、ある意味「相当ラッキー」だったのかも知れません。

今回の旅で「やり残した予定」「新たな課題」が出てきましたので、必ずや近い将来、懲りる事無く「リベンジ」の旅に出たいと思っております。

病院に行ってレントゲンを撮り検査をしてもらった結果、骨には異常が無いと言うことで一安心でしたが、「破傷風」の注射はしっかり打たれました。先生からは「びっくされるり」やら「呆れられる」やらで、最後は「治るまで相当かかるよ」のセリフまでいただく結果となりました。







<ペルー豪雨>マチュピチュ周辺の日本人観光客72人を救出

2010年01月29日 | ニュースと「オトコヲミガク旅(w)」

<ペルー豪雨>マチュピチュ周辺の日本人観光客72人を救出


                                                      OLYMPUS E-30+Leica Vario-Elmar 14-150/3.5-5.6

「男を磨く旅(笑):ペルーの旅 2008~2009」で訪れたで「マチュピチュ」で、豪雨の影響で鉄道が寸断され、2000人ほどの観光客が孤立したと言うニュースが26日に入ってきました。

寸断されたのは、上の写真の列車が「クスコ ⇔ マチュピチュ」間を通る鉄道で、オヤンタイタンボ」辺りからは「マチュピチュ」まで「ウルバンバ川」沿いにレールが敷かれています。

きっと「アグアスカリエンテス」の手前のどこかで土砂崩れ(土石流)が起きし、この事態が発生したんですね。







                                                      OLYMPUS E-30+Leica Vario-Elmar 14-150/3.5-5.6

上の写真は、2008年12月末の「ウルバンバ川」の様子です。天気は良かったですが、川は濁流が激しく流れていました。

「オヤンタイタンボ」辺りから「マチュピチュ」までは、車の通行出来ない「インカ道」が通るのみで、「マチュピチュ」に行くには鉄道を利用する以外は有りません。よって、鉄道の寸断=観光客の孤立となってしまいます。







                                                     OLYMPUS E-30+ZUIKO DIGITAL ED 9-18mm F4-5.6

泊まったホテルの部屋からの
「ウルバンバ川」の様子です。皆さん、このホテルのある「マチュピチュ(アグアスカリエンテス)」で約2000人が孤立状態となってしまったのですね。

邦人を含む観光客のヘリコプターによる救援が始まり、事態は収拾に向かっているようで一安心ですが、一年前の同じような時期に行って来たばっかりなので、人事のようには感じられませんでした。一日も早い、全員の救出と、鉄道の完全復旧を願います。










<ペルー豪雨>マチュピチュ周辺の日本人観光客72人を救出

【メキシコ市支局】南米ペルーのベラスケス首相は28日、豪雨のため世界遺産マチュピチュ遺跡周辺に取り残された観光客ら975人を新たにヘリコプターで救出したと語った。AP通信が伝えた。残っているのは約600人としている。日本の外務省によると、日本人観光客77人のうち同日夜までに計72人が救出された。残る5人は残留を希望したという。けが人などはいない。ペルー当局は29日までに全員の救出を目指しているが、寸断された鉄道などの復旧には数週間かかる見通し。現地では、救出のためのヘリコプターの順番待ちで特に中高年の観光客は疲弊した様子。一方で、若い観光客が遺跡近くの川辺で、現地住民と一緒に砂袋に土や石を詰めて、今後の雨に備える姿も見られた。【1月29日11時9分配信 毎日新聞】






邦人62人含む2千人孤立 マチュピチュ遺跡で豪雨

【サントドミンゴ共同】ペルーにある世界遺産マチュピチュ遺跡付近が26日までに集中豪雨に見舞われ、土砂崩れで鉄道や道路が寸断されるなどし、観光客ら約2千人が孤立した。在ペルー日本大使館によると、この中に日本や現地の旅行代理店を使った日本人旅行者62人が含まれる。別に個人旅行者がいる可能性もある。孤立している日本人とは旅行代理店を通じて連絡が取れているが、大きく体調を崩した人がいるとの情報はない。ペルー当局は26日中に全員をヘリコプターで救出する方針。AP通信によると、ペルー政府は25日、一帯に非常事態を宣言した。お年寄りや病気の旅行者20人を救出したが、お金のなくなった旅行者は食料や水が不足したまま、駅で過ごしているという。APによると、豪雨による洪水などで死者が少なくとも2人出ている。同大使館によると、24日から豪雨となった。孤立している地域はマチュピチュ遺跡と南部クスコの間の山間部。鉄道会社は線路上の土砂の除去作業を続けているが、付近の川がはんらんしており、作業は難航しているという。【2010/01/27 01:37 配信 共同通信】






マチュピチュ豪雨、邦人39人救出 ペルー大使館が確認

【ロサンゼルス=堀内隆】ペルーの遺跡マチュピチュ周辺の豪雨で鉄道が寸断され旅行者が立ち往生している問題で、在ペルー日本大使館は27日、26日に5人、27日に34人の邦人旅行者がヘリコプターで救出され、約80キロ離れたクスコに滞在していることを確認した。全員、健康状態に大きな問題はないという。大使館によると水害に巻き込まれた日本人は60人以上いて、20人以上がマチュピチュに残っている模様だ。 ペルーのラジオニュースによると、足止めされた旅行者が滞在しているマチュピチュ遺跡近くの町マチュピチュプエブロから約30キロ離れたオヤンタイタンボに27日午前、ヘリで運ばれた旅行者の中には、担架に乗せられた日本人もいたという。 27日夕方、クスコのホテルに着いたのは日本の旅行会社のツアー客。参加者の一人、千葉県船橋市の出口輝子さんによると、マチュピチュに3晩足止めされた。 マチュピチュプエブロのホテルで救出を待っている大学生小泉翔さんは27日朝、「周りの人は疲れが目立ち、下痢を訴える人も出始めた。水や食料が配られているが全員に行き渡っているとは思えない」と語った。 ペルーのメディアによると、同国のペレス貿易観光相は26、27の両日に約1100人がヘリで救出されたと明らかにした。マチュピチュプエブロにはなお約800人の旅行者が残っているが、周辺の山道で立ち往生している旅行者もおり、救出人数はさらに増える見込みという。