膨大なデータを基に、資本を持つ者と持たざる者との
格差が広がっていると、平易に説明した
ピケティ教授の著書「21世紀の資本」が
世界中で話題になっています。
しかし、考えて見たら当たり前の話で、
世間の多くの人々は、とうの昔に気付いていた筈です。
ラテンアメリカに住んでいた30年以上も前の頃、
まさに、資本主義の縮図を実際に見ました。
それは、資本家が居て、その資本家が持つ
資本を運用する数少ない優秀な雇われ経営者が続き、
その下で働く学歴のあるホワイトカラーという中間層が続き、
更に工場で働く多数のブルーカラーが続き、
更には、その枠組みにも入れない多くの失業者が続く、
という構図でした。
しかし、当時の日本は違いました。
まず、資本家がどこに居るかが良く分かりませんでした。
例えば、日産の社主って誰だ? 或いは、三菱の社主は、
誰だと多くに友人に聞かれましたが、いわゆる社主はおらず、
多分、いくつかの銀行や生命保険会社だと思うとしか
答えられませんでした。
勿論、一般社員の100倍以上も稼ぐカルロス・ゴーン氏のような
高給取りもいませんでし、当時工員から社長に出世した
川島ホンダ社長のような人もいたものですから、
外国人の友人達には、「それは、社会主義ではないか?」
「日本は社会主義国か?」と聞かれたのでした。
私は「いやいや、日本は典型的な資本主義国家だよ
でも、中産階級が多く、突出した金持も居ない代わりに、
突出した貧しい階級も居ないんだよ! 世間では日本の人口が
1億だから、1億総中流社会とも言っているんだ!」
そう答えたのでした。
それから僅か30年余りで、今の日本を1億総中流社会と
呼ぶ人は、もう誰もいなくなりました。
2011年度所得に関する国税庁のデータによると、
27.6%の人達が個人所得の約70%を得ており、
72.4%の人々が個人所得の約30%を分け合っているそうです。
極端な言い方をすれば、
1/4の豊かな日本人グループAとAの所得の約1/6の所得の
3/4の貧しい日本人グループBに分類される格差社会が、
既に出来上がってしまっているようです。
この格差の始まりは、25年前の消費税導入からでした。
それは、皆が平等に税負担するとの大義名分でした。
そして、高額所得者達は、努力が報われないと日本から出て行く
と日本政府を脅し、最高所得税率と相続税をどんどんと下げさせ、
税率の累進制をどんどん下げてゆきました。
更には、彼らの資産の運用に対する配当税もどんどんと
優遇されて税率が軽減されてゆきました。
政府は、彼ら富裕層がその資金を再投資したり、
或いは、消費すれば、その見返りが必ず裾野に
広がって行くと説明を続けました。
その結果が、今の格差の拡大です。
ピケティ氏の言うとおり、適正な格差は必要ですが、
強者の理論では、強者はいつまでも強者で居座り続けて、
結局は、資本を蓄積した階級によって支配された
封建時代のような社会に逆戻りしてしまうのです。
やはり30年前に、一旦時計の針を戻して
税制を見直さないと大変なことになるかもしれません。
日本が高度成長できた最大の理由は、だれでも成功し、
飛躍する社会環境、機会があったからだと、
私は海外生活の体験から実感しています。
アメリカは貧富の格差は大きいのですが、
伝統的にアメリカン・ドリームを社会が受け入れ、
それを認め、トライする社会と文化が根底にあります。
しかし、日本は領主がいて、士農工商による
固定した封建的な身分社会が何百年も続いた国家です。
ですので、出る杭は打たれると言われるように、
そもそも日本社会ではジャパン・ドリームは
育ちにくい社会と文化が根底にあるのです。
では、どうすれば良いのか?
所得税の累進税率を上げ、特に超高額な相続者
への課税を強化します。
株式投資などの運用益に対する配当にも課税強化します。
そして、贅沢品や嗜好品への消費税率を25%~35%に
上げる一方で、食料品や日用品への消費税の無税化します。
この方向へ少しずつ持ってゆかないと、
「昔、昔、日本という先端技術国家がありました」
となりかねないと、私自身は思っています。
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