寓居人の独言

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思い出話 沖縄つれづれなるままに②(20100426)

2014年07月15日 21時42分02秒 | 日記・エッセイ・コラム

沖縄

 1972年、沖縄県は26年ぶりにアメリカから返還された。当時私は、公立T大学に職を得ていた。そこの地理学科の方から沖縄復興計画というプロジェクトで沖縄県の自然調査を行うことになったので協力してほしい。といわれ石垣島の河川の調査を行うことになった。

Photo  学生時代に沖縄から来ていたクラブの仲間がいた。彼の話では、この大学に入学するのに渡航証明書が必要であったという。この返還でその必要がなくなったわけである。喜ばしいことであるが、後々まで尾を引く問題が残された。それは今も問題になっている米軍基地がたくさん残されたことである。当時はまだ、東南アジアはいろいろな国家間の問題が存在し不安定であった。戦略的に重要な地域であった沖縄に米軍基地が置かれることになったという。日本の独立を考えると複雑な感情がわいてくるのは私だけではないだろう。この問題は近いうちに取り上げたいとおもう。

 その年初めて沖縄に行く機会を得たのである。羽田から那覇空港へ行き、そこから400kmほど南西方向に飛ぶと石垣島がある。返還当時の石垣島は、現在のように整備されず野性的なところが多かった。島の中央に於茂登岳526メートルがある。この山は沖縄県で最高峰になる。この山を中心にいろいろな方向に川が流れている。北部の方はなだらかな丘陵地が広がり最北端に小さなラーメン屋があった。     

Dsc_0115_edited Dsc_0152                          名代の観光地は西海岸にある川平湾である。ここでは真珠を養殖していた。それは海水の流れが速く真珠貝に栄養分を運んでくるので、よく育つわけである。それは自然に存在しているサンゴにも好い影響を与える結果になる。川平湾には船底をガラス張りにした観光船が運航されている。海流が静かなときにはサンゴがよく見えるし、サンゴの中に泳いでいるいろいろな魚を観察できる。近年 はいろいろな観光スポットが出現し名物料理も食べられるようになった。石垣島を起点にして周辺の島々への観光も可能である。次回はそれらの紹介をしようと思う。


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