2058年10月23日の未明、曽根修はいつものように水平
線上を北東から南西にかけて超高倍率の天体望遠鏡を動か
していた。
曽根はこれまで42個の新彗星を発見して世界でも新彗星
発見王などと異名を付けられる存在になっていた。新彗星
発見発表会場で記者の質問に、もう妻以外の家族や友人た
ちの名前もみんな借りてしまい名前を何と付けようかと迷
っています等と冗談を言って集まった記者たちを笑わせた。
自宅の屋上に設置した天体観測ドームで一晩中観測して
いた曽根は今日の観測を終了しようと思い、その日最後の
ビュウアーをのぞいてゆっくり動かしていった。この領域
の星の配置はすべて頭の中に入っている。なぜか変化がな
いことにホッとしている自分であった。しかし瞬きをした
瞬間いつもと違った微かな光点の存在を発見した。目をこ
すってみてもその微かな光点は存在した。考えるより先に
高解像度カメラのシャッターボタンを押して撮影していた。
写真は高速自動モードで30枚連続撮影するようにプログラ
ムしてあった。
曽根は若しかしたら新しい彗星を発見したのではないかと
期待に胸が高鳴った。すぐにデータ室へ戻ってコンピュー
ターで発見した光点付近の詳細な星座図を開いて調べたが
該当するものは見つからなかった。曽根は東京第1天文台
へ新彗星発見の可能性を発見時刻と座標を添付してメール
で報告した。いつものことながらこれから忙しくなるなと
思いながら朝食をとりに一階のダイニングルームへ行った。
テーブルの上には妻の長子が作ってくれた朝食が用意され
ていた。長子はいつも愚痴も言わずに曽根のやっているこ
とを理解していた。
「今朝は何か良いことがあったのですか」
と妻が言う。
「もしかするとまた新彗星につながる光点を見つけたんだ」
「おめでとう。また忙しくなるわね」
「いつものことだけどよろしく頼むよ」
「でもこの頃は電話でなく、メールが多いから私はそんなに
忙しくならないわ」
朝食を終え自室でいつものように睡眠を取ろうとベットに
入った。が、その朝はなぜか直ぐには寝付けなかった。やは
り少し興奮しているのだろう。TVのスイッチをオンにして
朝のニュースを見ているといつの間にか眠ってしまった。
「あなた、起きて下さい。東京から電話ですよ」
とインターホーンで妻の呼ぶ声に目を覚ました。まだ起こさ
れる時刻じゃないのにと思いながら、
「ああ、今何時だい」
「正午を少しまわったところよ」
「もうそんな時刻か」
「早く電話に出て下さいね」
「わかった」
私は飛び起きてTV電話のところへ行き送受器のスイッチを
押した。
「もしもし、曽根ですが」
画面に映っている相手の顔には見覚えがなかった。
「あ、曽根さんですか。東京第1天文台の大導寺と申します。
お早うございます。いや今日はですかな」
「いいえ、お早うございます。いつもお世話になっています。
今朝のことでしょうか」
「そうです。いただいたメールを見て新彗星登録を受付けま
した。彗星の名前をお考えでしょうか。出来るだけ早く命名
して下さるようにお願いいたします。それから曽根様にもし
ばらく追跡観察して頂きたいと思います。またこちらでも追
跡したいと思います」
「はいありがとうございます。もちろんそうですね。軌道計算
などいろいろ解析しなければなりません。しばらくは追跡し
ていきます。それと新彗星は「Ochoh」と命名したいと思い
ます。よろしくお願いします。文字列はO,c,h,o,uです。ご連
絡ありがとうございました」
「奥様のお名前ですか。奥様もお喜びでしょうね。新彗星の
軌道追跡など世界中のコメットハンターが協力してくれると
確信しています。それでは取りあえず受理の連絡をしました」
「妻にはこれまでずいぶん苦労をかけてきましたので、一つ
くらいは名前を付けてあげようと思いました。よろしくお願
いします。ありがとうございました」
こうして新彗星発見の手続きは終了した。曽根はいつもの
ことだがこれからやらなければならないことを頭の中でシミ
ュレートした。
軌道計算にはまだデータ不足なのでこれから数ヶ月間追跡
が必要だろう。データを蓄積してから彗星の誕生からこれま
での経過を計算しなければならない。この作業は膨大なもの
になるので世界中の天文学者、いろいろな分野の専門家やコ
メットハンターに協力を依頼しなければならない。
翌日の新聞各紙は、
「曽根修氏43個目の新彗星を発見」
「新彗星に長子夫人の名前を付ける」
等と書き立てた。
外国メデイアは少し冷静な取り扱いになっていた。
新彗星発見から1ヶ月が過ぎ軌道が少しずつ明らかになっ
てきた。しかしこの彗星の明確な軌道を推測することはまだ
出来なかった。
さらに時間が経過して新彗星の軌道計算が概算値ではある
が出来た。それによると新彗星の初源は冥王星軌道付近と言
うことになるのだがそんなことはあり得ないという天文学者
が多くいた。これは天文学にとって異常事態が発生したこと
になるのかもしれなかった。こんなことが報道されると、無
関心だった一般の人たちもいつ頃見えるようになるだろうか
と話題にするようになった。
この間、世界中の大勢の天文学者が軌道計算を継続してい
たが、結論を出せるところまでいかなかった。どうやらこの
彗星は決まった軌道上を動いているのではなくゆれているよ
うな印象を与えた。
研究者の間でいろんな報告がでるようになったのを機会に、
この彗星に関する研究集会が東京で開催されることになった。
世界中の天文学者が研究会に押しかけ自分の研究結果につい
て報告した。それに対して多数の質問やコメントが出され、
研究集会はこれまでに無いほどの熱気を帯びたものになって
いった。
研究集会は激論に次ぐ激論を展開していたがなかなか結論
がでないので、W.C.トスカーニ国際天文学会長はさらに観測
を続けていき出来るだけ早く軌道を確定することを期待する
といい3ヶ月後に研究集会をアメリカ合衆国ハワイ州マウナ
ケアで開催することを宣言して閉会した。
多くの意見を集約すると、一つの仮定ではあるが新彗星
「Ochoh」は通常の彗星ではないと推定される事が明らかに
なってきた。そしてもしかするとこの彗星は太陽系外から進
入した遊星の可能性がある。その件も重要事項として検討され
ることになった。
報道によるとアメリカのUASAでは追跡衛星を打ち上げ
ることを検討し始めた。宇宙基地SSATでも観測を始めた。そ
れと宇宙望遠鏡を使用した観測も提案され宇宙深部の観測計
器の一部を変更して実行されることになった。
しかしTVやネットニュース報道には次から次へと日常的
な事件や話題が提供されて、彗星「Ochou」のことはすっか
り影を潜めてしまった。