子供の頃私の住んでいた家の西側に羽後街道が通っていた。道はまだ舗装されていなかった。そのために道路は2列の牛車の車幅の轍跡(わだちあと)がついていた。それをたった一人でツルハシを持ってわだちあとの両側を崩してわだちあとを埋める仕事を黙々とやっている人がいた。
中学校からの帰り道そこを通ると時々つむじ風が吹き土の細かいものが渦を巻いて舞い上がるのをみたことがある。それは学校の校庭でも起こりこちらはもう少し大きなものになることがあった。(著者注:つむじは頭髪が描く渦巻きを示す)
友達はそれを見るとカマイタチが来た。逃げろと言って遠巻きにその渦を見守っていた。カマイタチの中に入ると皮膚がおいりっと避けることがあるという。私は東京にいたときにはそのようなことを見たことがなかったので不思議に思った。それで父親に聞いたり、理科の先生に聞いたりしたがその現象がどうして起きるかについてはわからなかった。
ある日空きビンを洗っていると父がビンを回すと中の水が早く出るぞと教えてくれた。言われたとおりにするとなるほど中の水が勢いよく出るのだった。どうしてだろうとそれを何回も繰り返しているとビンの出口の所に穴が空いていることに気がついた。そして水はビンの中で激しく回っていて外へ引っ張り出されるように吹き出していた。激しく回っている水はまるでつむじ風のように見えた。それでつむじ風の起きる原因が理解出来たような気がした。普通に水の入ったビンを逆さまにすると少し水が出て空気がビンの中に入る。少しすると水は出なくなる。それでビンを振ると中の水が勢いよく出た。理科の先生に見たことを話したところ、先生は驚いたように私を見て説明してくれた。説明は難しかったがとても面白いと思った。
この現象が海上で起きると大変なことになることがある。海面付近の水温が高くなると水蒸気が激しく上昇する。そこへ周囲から低温の大気が流れ込むとその大気の温度が上昇し同様に水蒸気を伴って回転しながら上昇する。水蒸気を含んだ大気が上昇すると中心部の気圧は周辺よりも低くなる。それが大きくなると熱帯低気圧になりさらに台風へと発達する。
そんなある日、新聞の広告の雑誌の特集記事の中に「台風の眼」というのが載っていた。私は父に頼んでその雑誌を買って貰った。それは小説になっており一人の少年が父親の船に乗って釣りに出た。するとしばらくして一天にわかにかき曇り黒い雲がすごい早さで空いっぱいに広がった。父親は「これはどえらいことになるぞ」と言って嵐に備えた。やがてものすごい風が吹き荒れバケツの水をまけたような雨が突き刺さってきた。舟は木の葉のようにゆれた。しばらくすると突然風が止み波が小さくなった。空を見上げると星が見えた。嵐になったときにはまだ太陽が真上にあったのにと不思議に思っていると父親が今は台風の眼の中に入ったので風がなくなったのだと説明した。そしてこれからもう一暴れするから注意するようにと言った。そしてまた嵐の中に突入した。やがて風が弱くなり大きなうねりの中で舟がゆれていた。太陽は西方にかたむいていたがまだ空にあった。台風を無事やり過ごしたのだ。少年は台風を経験し台風の眼を初めて見た。
私はこの小説を読んでますます気象について興味を持った。