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134:恭二の手紙

2019-09-14 | 小説「町おこしの賦」
134:恭二の手紙
 恭二の胸にぽっかりと空いた穴は、大きくなるばかりだった。受験勉強に集中しようとしても、気がつくと詩織のことを考えていた。夢にも詩織は、何度も出てきた。苦しげな表情の詩織が、手招きをしている。「恭二、きて!」と呼んでいる。行こうと足を踏み出した瞬間、詩織の姿はかき消えている。
 抗がん剤の副作用で、外向きにウエーブのかかった髪は、失っているかもしれない。激しい嘔吐に、苦しんでいるかもしれない。抗がん剤は、効いていないかもしれない。次々に不吉な思いが、襲いかかってくる。

恭二は詩織宛に、手紙を書くことにした。毎日、一通の手紙を書く。面会謝絶の今、できることはそれしかなかった。

――大好きな詩織へ。病気のことは、お父さんから聞きました。驚いています。でも詩織の方が、もっと驚いたことでしょう。病院のベッドで、病気と闘っている詩織を思うとつらいのですが、ひたすら全快を信じて待ちます。一日も早く、元気な顔を見せてください。おれはしっかりと、受験勉強をがんばります。
詩織、お見舞いの許可が出たら、黄色のストラップのついたスマホで連絡ください。おれも黄色のストラップのついたスマホで、その日を待ちます。
病室の窓から、お月さんは見えますか。うれしいときに歌う「月夜の散歩」をこれから歌ってあげます。耳を澄ましていてください。恭二。

――愛する詩織へ。昨日はよく眠れましたか。昨晩は詩織の夢をみませんでした。だからぐっすりと、眠ってくれたんだと思います。本日、雪虫第一号を発見しました。だんだん寒くなっています。詩織からプレゼントしてもらった、黄色いマフラーが必要な季節が近づいてきました。
詩織、今度のクリスマスプレゼントで欲しいものを考えておいてください。ウォーキング・ラリーの季節が終り、時々親父の調剤を手伝っています。だから少しは、お金持ちになりました。遠慮はいりません。恭二。

――愛する詩織へ。順調に回復していることと思います。何か読んで見たい本はありますか。何か聴いてみたいCDはありますか。遠慮なくいってください。
釧路へ行って、探してきます。もちろん往復は受験勉強をしますので、心配しないでください。今朝、登校中に、水たまりの初氷を発見しました。寒さが厳しくなってきました。風邪などひかないように。恭二。

 恭二は受験勉強の区切りのたびに、詩織へ手紙を書き続けた。返信はなかった。読んでもらっているのだろうか、と不安になった。しかしそれしか、詩織と向き合う方法はなかった。


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