町おこし129:入寮式
――『町おこしの賦』第5部:クレオパトラの鼻06
ひぐま寮の入寮式は、在寮生が主体で運営されていた。新寮生十四人を上座に置き、在寮生はそれと向き合う形で着席している。寮務委員長の富樫は、よく通る声で歓迎のあいさつをした。
「今日からみなさんは、兄弟です。ひぐま寮は寮生の手で、自主運営されています。みなさんに求められていることは、規律を守りしっかりと勉強することです」
液体の入った、紙コップが回ってきた。幸史郎は匂いで、酒だとわかった。
「新寮生の前途を祝って、カンパイ」
乾杯がすむと、新寮生は自己紹介を求められた。幸史郎の番がきた。
「標茶高校出身。札幌学院大学文学部の宮瀬幸史郎です。貧乏だったので中学を出てすぐに、土木作業員として四年間働きました。だからおっさんの新人ですが、よろしくお願いします」
どよめきと、拍手が交錯した。新寮生は、全道各地からきていた。幸史郎と同じ、札学生は三人いた。自己紹介が終り、宴会となった。一升瓶を抱えた先輩は、次々にお酌にやってきた。幸史郎は飲んだ振りをして、少量だけついてもらった。
お開きになったとき、幸史郎は塚本輝正から声をかけられた。
「ぼくの部屋で、少し話しませんか。富良野ワインを、持ってきたんです」
塚本は富良野高校出身で、酪農学園大だと自己紹介している。二百十二号室に入ると、先客がいた。塚本が紹介してくれた。
「おれたちは、二日前に入寮したんです。彼は帯広出身、教育大の佐々木くん。こっちは函館出身、札学大の友永くんです」
二人はそろって、頭を下げた。幸史郎は色あせたじゅうたんに座って、紙コップを受け取った。
「宮瀬さんのあいさつで、ガツンとやられました。中学を出て、四年間も働いていたんですね」
佐々木は真っ赤な顔で、幸史郎にいった。
「同級生なんだから、呼び捨てでいいよ」
幸史郎はそうたしなめて、注がれた赤ワインを飲んだ。いよいよ大学生活がはじまる。夢のような新生活は、養子に迎えてくれた父・宮瀬哲伸と母・昭子からの贈り物だった。幸史郎は心のなかで、両親に感謝を捧げる。
「ひぐま寮はね、ぼくたちの寮費と卒業生の寄付だけで、運営されているんだ。先輩たちは金を出すけど、口は出さない。入寮式にも卒寮式にも、誰もこない。完全におれたちに、任せ放しにしている」
友永は寮の概要を、熱っぽく語った。
「その伝統が四十年も続いているんだから、すごいことだ」
塚本はあぐらを組み替えて、しみじみといった。おれたちの寮費は、たかがしれている。幸史郎は頭のなかで、素早くそろばんを弾いた。
「ということは、ほとんどが寄付でまかなわれているってことか?」
「そう。うちの兄貴は、ここでお世話になったんだけど、ボーナスの五パーセントを寄付する慣習になっているようだ」
友永の言葉が、身にしみた。性善説だけで、成り立っている世界がある。「ひぐま寮」の善意のバトンリレーの走者として、おれは選ばれた。幸史郎の心に、熱いものがたぎった。
――『町おこしの賦』第5部:クレオパトラの鼻06
ひぐま寮の入寮式は、在寮生が主体で運営されていた。新寮生十四人を上座に置き、在寮生はそれと向き合う形で着席している。寮務委員長の富樫は、よく通る声で歓迎のあいさつをした。
「今日からみなさんは、兄弟です。ひぐま寮は寮生の手で、自主運営されています。みなさんに求められていることは、規律を守りしっかりと勉強することです」
液体の入った、紙コップが回ってきた。幸史郎は匂いで、酒だとわかった。
「新寮生の前途を祝って、カンパイ」
乾杯がすむと、新寮生は自己紹介を求められた。幸史郎の番がきた。
「標茶高校出身。札幌学院大学文学部の宮瀬幸史郎です。貧乏だったので中学を出てすぐに、土木作業員として四年間働きました。だからおっさんの新人ですが、よろしくお願いします」
どよめきと、拍手が交錯した。新寮生は、全道各地からきていた。幸史郎と同じ、札学生は三人いた。自己紹介が終り、宴会となった。一升瓶を抱えた先輩は、次々にお酌にやってきた。幸史郎は飲んだ振りをして、少量だけついてもらった。
お開きになったとき、幸史郎は塚本輝正から声をかけられた。
「ぼくの部屋で、少し話しませんか。富良野ワインを、持ってきたんです」
塚本は富良野高校出身で、酪農学園大だと自己紹介している。二百十二号室に入ると、先客がいた。塚本が紹介してくれた。
「おれたちは、二日前に入寮したんです。彼は帯広出身、教育大の佐々木くん。こっちは函館出身、札学大の友永くんです」
二人はそろって、頭を下げた。幸史郎は色あせたじゅうたんに座って、紙コップを受け取った。
「宮瀬さんのあいさつで、ガツンとやられました。中学を出て、四年間も働いていたんですね」
佐々木は真っ赤な顔で、幸史郎にいった。
「同級生なんだから、呼び捨てでいいよ」
幸史郎はそうたしなめて、注がれた赤ワインを飲んだ。いよいよ大学生活がはじまる。夢のような新生活は、養子に迎えてくれた父・宮瀬哲伸と母・昭子からの贈り物だった。幸史郎は心のなかで、両親に感謝を捧げる。
「ひぐま寮はね、ぼくたちの寮費と卒業生の寄付だけで、運営されているんだ。先輩たちは金を出すけど、口は出さない。入寮式にも卒寮式にも、誰もこない。完全におれたちに、任せ放しにしている」
友永は寮の概要を、熱っぽく語った。
「その伝統が四十年も続いているんだから、すごいことだ」
塚本はあぐらを組み替えて、しみじみといった。おれたちの寮費は、たかがしれている。幸史郎は頭のなかで、素早くそろばんを弾いた。
「ということは、ほとんどが寄付でまかなわれているってことか?」
「そう。うちの兄貴は、ここでお世話になったんだけど、ボーナスの五パーセントを寄付する慣習になっているようだ」
友永の言葉が、身にしみた。性善説だけで、成り立っている世界がある。「ひぐま寮」の善意のバトンリレーの走者として、おれは選ばれた。幸史郎の心に、熱いものがたぎった。
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