goo blog サービス終了のお知らせ 

山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

三浦綾子『氷点』(上下巻、角川文庫)

2018-02-22 | 書評「み」の国内著者
三浦綾子『氷点』(上下巻、角川文庫)

辻口は妻への屈折した憎しみと、「汝の敵を愛せよ」という教えの挑戦とで殺人犯の娘を養女にした。明るく素直な少女に育っていく陽子…。人間にとって原罪とは何かを追求した不朽の名作!(原田洋一)

◎原罪を糖衣がけして

三浦綾子『氷点』は、1963年朝日新聞の懸賞小説当選作です。当時、1000万円の賞金に驚き、しかも受賞者が雑貨屋のおかみさんであることにも驚かされました。芥川賞の賞金は100万円という時代でした。カレーライス120円(現在580円)、コーヒー80円(現在320円)、あんぱん20円(現在100円)、大卒の初任給48000円(現在199600円)という時代です。

そして驚きは、あっという間に賞賛にかわりました。北海道発の小説が中央の文壇を制覇したのは、2度目のことでした。最初は原田康子『挽歌』(新潮文庫)で、釧路の幣舞橋を一躍有名にしました。

木原直彦『北海道文学史・戦後篇』(北海道新聞社)に、受賞作『氷点』が朝日新聞で連載されたころの評価について書かれた文章があります。紹介させていただきます。

――キリスト教を据えて〈原罪意識〉を追求したといわれるこの小説の人気の秘密について、尾崎秀樹は、道徳性・情緒性。救い、という家庭小説の三大条件を今日的な姿で巧みに甘いオブラートに包んだところにあるとしている。江藤淳も「大衆的家庭小説のわくと手法によって展開されている作者の人間観や生活感覚の新鮮さ」とほめた。(木原直彦『北海道文学史・戦後篇』北海道新聞社P180より)

『氷点』は当初、「風」というタイトルで考えられていたようです。新聞(「朝日新聞」2014.6.28)で「創作ノート発見」の記事を読み、本書のなかを吹き荒れる風と雪の場面がよみがえってきました。冒頭の最初の1行はつぎのとおりです。

――風は全くない。東の空に入道雲が、高く陽に輝やいて、つくりつけたように動かない。

無風状態ですべりだした物語は、行方不明のルリ子捜索場面あたりから一変します。つぎの引用は捜索中に夏枝を回想する新婚旅行からの帰途のシーンです。

――その夜は激しい風が吹きまくっていた。林の樹は口のあるもののようにわめいていた。夜がふけるにつれて、ますます風は吹きつのった。林はごうごうと土の底から何かがわき返るような恐ろしい音を立てていた。/その時夏枝は、この風が、自分の結婚生活を象徴しているような不吉な予感に襲われて、思わず啓造の胸にすがりついたのだった。(本文P35より)

◎氷点とは?

『氷点』の舞台は、旭川市郊外の個人病院です。病院院長の辻口啓造と妻の夏枝のあいだには、2人のこどもがあります。夏枝が応接室で村井眼科医と密会しているとき、3歳のルリ子が誘拐されます。ルリ子は翌朝、美瑛川の河原で扼殺死体で発見されます。犯人の佐石は、留置所で自殺してしまいます。

夏枝は事件のショックから、精神病院に入院します。退院してからは、娘がほしいとひんぱんにいうようになります。夏枝は避妊手術をほどこし、こどもがさずからない身体になっています。そんななか啓造は、妻の夏枝の不倫を察知します。

啓造は友人の産婦人科医・高木が嘱託医をしている乳児院から女児をもらう決意をします。啓造は妻への復讐のために、ルリ子殺しの犯人・佐石の遺児を要求しました。女児には陽子という名前がつけられました。陽子はかしこく、素直なこどもとして、すこやかに成長します。

陽子が小学校にあがった年の暮れ、夏枝は陽子の出生の秘密を知ります。やさしかった夏枝は、てのひらをかえしたように陽子を処遇します。陽子は母の豹変に驚き戸惑います。冷遇され、いじめがどんどんエスカレートしてゆきます。陽子はひたすら耐えます。

兄の徹も陽子の秘密を知ります。徹はずっと陽子をかわいがっていました、秘密を知ったとたん、それが結婚を意識する愛にかわりました。しかし陽子には秘かに思いをよせる人がいました。兄の友人の北原です。夏枝は強引に2人の仲を引きさきます。

この先のエンディングには、ふれないでおきます。かわりに林真理子の一文を、ご紹介させていただきます。

――物語は結末に向かって、ひとつの疑問を読者につきつけるのだ。/「人は本当に許すことが出来るのであろうか」/許すことが出来ぬから憎しみが生まれる。そしてその憎しみがまた別の事件や不幸をつくり出す。人間はそれを繰り返すのだろうかと、作者は問いかけているわけだ。(林真理子『名作読本』文春文庫より)

『氷点』はたしかに、原罪と救済をテーマにしています。しかしそうしたキリスト教的なテーマは、あまり色濃くでていません。氷点ブームまでまきおこした本書は、いまも旭川の原生林とともに、しっかりと人々の心に根づいています。
(山本藤光:2011.11.14初稿、2018.02.22改稿)

宮本百合子『伸子』(新潮文庫)

2018-02-20 | 書評「み」の国内著者
宮本百合子『伸子』(新潮文庫)

17歳の時に『貧しき人々の群』で文壇に登場、天才少女として注目を集め、その後もプロレタリア文学の作家、民主主義文学のリーダー、左翼運動家として活動した。日本共産党元委員長宮本顕治の妻で、宮本と共に投獄、執筆禁止などを繰り返した。(宮本百合子について)

◎『伸子』は近代文学の最高峰作品

宮本百合子は、文化的にも経済的にも恵まれた家庭で育ちました。そんな環境のなかで、17歳(数え年18歳)のときに『貧しき人々の群れ』(角川文庫)を発表しています。その序には、武者小路実篤の詩文集「小さな泉」が引用されています。人道主義作家への傾倒は、祖父・中条政恒の影響によるものとされています。
 
祖父は幕末の米沢藩に籍をおき、北海道開拓を建議しています。百合子は幼時祖父母のところ(開成山桑野村)をたびたび訪れていて、祖父の志に影響されました。百合子の父は明治の先進的な建築家で、こうした環境が天才少女誕生のゆえんです。
 
宮本百合子は1918(大正7)年、小ブルジュア的・排他的な家庭がいやで、アメリカに遊学しました。コロンビア大学の聴講生となった彼女は、古代東洋語学の研究者・荒木茂と結婚します。しかし結婚生活は、『伸子』に描かれたようなすれちがいの連続でした。帰国後離婚し、宮本百合子は『伸子』の執筆を開始します。
 
その後彼女は、1930(昭和5)年プロレタリア作家同盟に加入し、翌年日本共産党員になっています。1932(昭和7)年に宮本顕治と結婚しましたが、1ヵ月後に彼女は検挙され、顕治は地下にもぐりました。翌年に小林多喜二が虐殺され、顕治も検挙されています。宮本百合子は顕治と12年間娑婆(しゃば)で会っていません。
 
神田の古本屋で、中条百合子『伸子』という本を見たことがあります。おそらく最初の『伸子』作品は、旧姓で発表されていたのでしょう。買っておけばよかったと、後悔しています。いまでは『伸子』の作者は宮本百合子と定着していますが、おそらく旧姓での本もあるはずです。
 
前記のとおり『伸子』は、自伝的な作品です。近代的な自我と離婚の自由を描いた、近代文学では最高峰の作品です。読んでみて、なるほどと思いました。この作品には、続編があります。『二つの庭』と『道標』です。2冊とも文庫での在庫は、アマゾンで発見できませんでした。一方スーパー源氏には、たくさんの在庫がありました。近代日本文学を探すのなら、こちらのサイトをお薦めします。

◎張り詰めた風船がしぼむ

20歳の伸子は、父親・佐々のニューヨークでの仕事に随行します。母親の束縛から逃れたかったのです。伸子は、日本人学生クラブの茶話会に招かれます。しかし堅苦しい雰囲気には、まったくなじめませんでした。
 
そんななかで、司会をつとめた男が眼にとまりました。アメリカで15年間も古代ペルシャ語を学んでいる、35歳の苦学生・佃一郎でした。佃はたびたびホテルを、訪ねてくるようになります。
 
伸子はしだいに、堅物で根暗な佃を意識するようになります。そして母親の反対を押しきって、佃と結婚します。自立できない、経済的にも貧しい、自らの心のうちを明かさない。そんな佃に母性本能をくすぐられた伸子は、自ら結婚を申しでたのです。

帰国した伸子を、さまざまな困難が待ち受けています。書いた小説について、母親批判と受け止められます。佃は終始実家となじめません。伸子は現状を回復しようとつとめますが、優柔不断な佃は変わりません。結婚は2人の夢を語り合い、実現させること。伸子の夢は次第にしぼんでゆきます。自分のことしか語れない佃。いくら伸子がもちかけても、2人のことにふれようともしません。
 
伸子は離婚を考えるようになります。佃は世間体を第一義に、のらりくらりと拒絶します。『伸子』では、だれも亡くなりません。1人でふくらませていた風船を、2人でふくらませたい。しかし風船は目にみえて、勢いを失ってしまいます。切ない物語です。
 
最後の場面がきわだっています。これから読む人のためにあえてふれませんが、伸子の夫の正体があらわれるセリフが、読後の耳に残りつづけます。
 
宮本百合子は、プロレタリア文学作家という枠でくくられています。しかし本書はそうした枠から、はみだしています。その点についてふれた文章があります。興味深いので、転記させていただきます。
 
――彼女(註:宮本百合子)の文学的才能の素晴らしさ。人間的な強さと純潔さと進歩性を高く評価した日本共産党は非公然党員の手塚英孝をひそかに彼女のもとに送ってマルクス主義の道へと導いた。手塚英孝のあとを受けついだのが宮本顕治である。それが宮本顕治と中条百合子の間に熱烈な恋愛を生み出す第一歩となる。(『新潮日本文学21・宮本百合子集』のしおり「江口渙・宮本百合子について」より) 
 
時期は明記されていません。宮本顕治と知り合う以前の彼女は、マルクス主義など知らなかった、ということだけは確かです。そんな意味で、純粋な女性の視点で書かれた『伸子』には、政治色はありません。プロレタリア文学と毛嫌いせずに、ぜひ読んでいただきたいと思います。いま確認しました。アマゾンの中古は。千円(郵送料込み)くらいで購入できます。
(山本藤光:2010.01.29初稿、2018.02.20改稿)

三浦哲郎『忍ぶ川』(新潮文庫)

2018-02-20 | 書評「み」の国内著者
三浦哲郎『忍ぶ川』(新潮文庫)

貧窮の中に結ばれた夫婦の愛を高らかにうたって芥川賞受賞の表題作ほか「初夜」「帰郷」「団欒」「恥の譜」「幻燈画集」「驢馬」を収める。(アマゾン内容案内より)

◎身辺小説で血の浄化

三浦哲郎の死去(享年79歳)を知り、代表作『忍ぶ川』を再読しました。短編小説の名手として、「盆土産」や「とんかつ」は中学校や高校の教科書にも掲載されています。私も若いころは、「拳銃と十五の短編」(講談社文芸文庫)や「おろおろ草紙」(講談社文庫)などに夢中になりました。

『忍ぶ川』(新潮文庫)は、昭和を代表する名作です。三浦哲郎は血の浄化を志し、とことん身辺小説にこだわりました。三浦哲郎作品(血の浄化)を理解するためには、その生い立ちにふれなければなりません。
 
――青森県八戸市に生まれる。2人の兄と3人の姉がいた。37年の次姉の投身自殺をきっかけとして、以後長男、長姉、次兄が次々と自滅の道を辿ることになる。49年、早大政経学部に入学したが、世話になっていた次兄が失踪したため、帰郷して中学の助教諭となる。一族の血の問題をめぐって煩悶し、そのなかで次第に創作に活路を見出すようになっていく。(「現代の作家ガイド100」学燈社より)

『忍ぶ川』には表題作を含めて、7つの短編が所収されています。「忍ぶ川」「初夜」「帰郷」の3作品は、姉妹編としてくくってもよい作品です。いずれも実話です。そのあたりのいきさつについて、三浦哲郎は『雪の音雪の香り・自作への旅』(新潮文庫)でつぎのように書いています。

文中の「菅原さん」は、文芸雑誌「新潮」の編集部・菅原国隆氏のことです。菅原氏は挫折しかけている三浦を励ましつづけた恩人です。菅原氏は、三浦哲郎の師でもある井伏鱒二の担当者でもありました。

――私は、せっかくの機会だから、これまで何度も書こうとして結局書けずにいた自分の結婚のいきさつを書くことにしたいといった。それはいい、と菅原さんは即座に賛成してくれた。大学時代の恩師も、その作品の構想を話すと、それはきっといい作品になるだろう、できるだけありのままに書くといいと助言してくださった。(『雪の音雪の香り・自作への旅』新潮文庫P23より)

そうして書いた『忍ぶ川』は、芥川賞を受賞することになります。三浦哲郎29歳のときでした。芥川賞選考委員の石川達三の書評を紹介しておきます。
 
――私小説系統の作品で、古いと云えば古い、甘いと云えば甘い、きれいごとで済ませていると云うならそうも云える。しかしそれらはこの作品の場合に大きな欠点とはなっていない。私小説系ではあるが身辺雑記で終わっていない。そして何よりも私がこれを推そうと考えたのは、この作品が報告書や記録や日記や、そう云ったかたちのものではなく、小説の原型とも云うべき正しい形のものであることと、表現の一字一句がまさしく小説であって、それ以外のものではないということであった。(石川達三の『忍ぶ川』選評、「芥川賞全集第6巻」文藝春秋より)

◎寝るときはなにも着ないんだよ

東北出身の大学生「私」は、料亭「忍ぶ川」で働く「志乃」に出会います。志乃は深川で生まれ育ち、「私」にとっても深川は忘れがたい土地です。志乃はくるわの町・深川の射的屋の娘として生まれました。私には、兄との思い出が詰まった町が深川だったのです。
 
愛し合うようになった2人は、深川を訪れます。その場で志乃は、自らの出自について告白します。「私」も意を決して、自らの不幸な家庭状況を手紙で伝えます。志乃は母を亡くし、父は病床にあり、兄弟は栃木で貧しく暮らしていると告げました。「私」は4人の兄姉が次々に自殺や失踪したことを書き、自分には血の宿命があると告白しました。お互いにそれらを認め合いながら、次第に深く愛し合ってゆきます。
 
ある日、志乃の父親が危篤との知らせが入ります。2人は疎開先だった、栃木の志乃の家を訪れます。家は神社のお堂でした。父が死に、弟妹は離散し、志乃は「私」と暮らしはじめます。志乃の父の喪があけたころ、私は志乃をともなって、雪深い故郷へ帰ります。そこには年老いた父母と、目の不自由な姉が待っていました。
 
志乃と「私」は、身内だけのつつましい結婚式をあげます。その夜、2人は素っ裸で抱き合い、翌日新婚旅行へと出かけます。ものがたりは、ここで終わりとなります。新潮文庫『忍ぶ川』には、その続編ともいえる「初夜」「帰郷」が収載されています。
 
貧しい境遇に育った志乃。不幸な血を背負った「私」。2人の愛は、北国の雪のように清らかです。三浦哲郎は静謐な筆致で、暗い出自を真っ白な世界にすえてみせました。みごとな作品というしかありません。
 
まずは新婚初夜の場面から。
 
――「雪国ではね、寝るとき、なんにも着ないんだよ。生まれたときのまんまで寝るんだ。その方が、寝巻きなんか着るよりずっとあたたかいんだよ」/さっさと着物と下着をぬぎすて、素裸になって蒲団へもぐった。志乃は、ながいことかかって、着物をたたんだ。それから、電燈をぱちんと消し、私のもとにしゃがんでおずおずといった。/「あたしも、寝巻きを着ちゃ、いけませんの?」「ああ、いけないさ。あんたも、もう雪国のひとなんだから」(本文P49より)

私も気に入った場面なのですが、林真理子はつぎのように書いています。
  
――そしていよいよラストシーンの初夜となるのであるが、これほど綺麗でこれほどイヤらしい性描写もちょっとないかもしれない。今日びの小説と違って大胆なことはなにひとつ書かれていない。それなのにぞくぞくとくるのである。(林真理子『林真理子の名作読本』文春文庫P72より)

林真理子の文章をつづけます。
 
――そして無事に初夜を終えた二人は、静かな雪国の夜に耳を澄ます。やがて馬橇の鈴の音が聞こえてくる。二人は、ひとつの丹前にくるまり、真っ白い雪の道を走る橇を見つめる。まるで北欧の神話のような一シーンだ。ここが『忍ぶ川』をして、永遠の名作にした箇所ではないかと思っている。(同P73より)
 
三浦哲郎は、私の文章修行の師でした。特に前記『おろおろ草子』(講談社文庫)は、三浦が人肉食いに迫った作品として、高く評価しています。同様のテーマを扱った、武田泰淳『ひかりごけ』(新潮文庫)や野上弥生子『海神丸』(岩波文庫)などと併読してもらいたいと思います。
 
三浦哲郎は、どうしても読んでもらいたい作家のひとりです。できれば、『忍ぶ川』と『おろおろ草紙』を読んでいただきたいものです。あなたの読書の幅を広げるためにも、三浦哲郎は欠かせない作家なのです。
(山本藤光:2010.10.04初稿、2018.02.20改稿)


湊かなえ『告白』(双葉文庫)

2018-02-20 | 書評「み」の国内著者
湊かなえ『告白』(双葉文庫)

「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」我が子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」と次々と変わり、次第に事件の全体像が浮き彫りにされていく。衝撃的なラストを巡り物議を醸した、デビュー作にして、第6回本屋大賞受賞のベストセラーが遂に文庫化!“特別収録”中島哲也監督インタビュー『「告白」映画化によせて』。(「BOOK」データベースより)

◎新人作家としては合格

湊かなえは2007年「聖職者」にて、小説推理新人賞を受賞しています。この作品は処女作『告白』第1章として用いられています。それ以前に湊かなえは、2005年にBSi新人脚本賞佳作、2007年創作ドラマ大賞を受賞しています。
 
ところが当時は淡路島に住んでいたために、脚本の打ち合わせがひんぱんにできず、脚本家の道を断念しました。そんな環境下で、湊かなえは小説家の道を目指したのです。この転身は、湊かなえ作品にプラスとして現れています。
 
デビュー作『告白』(双葉社)は、まさにラジオドラマ仕立ての作品でした。発売時に読んだとき、私は「読書ノート」にこんなメモを書いています。

(以下転記)
湊かなえのデビュー作『告白』は、新人作家としては合格点をあげられます。これまでにも、日記、手紙、電話が小道具として使われる作品はたくさんありました。『告白』はそれらに、携帯、ブログ、地方新聞が加わります。

さらに登場人物も、今風の設定になっています。シングルマザー、ヤンキー先生、無気力な同級生、歪んだ母と子(中学生)が2組……。

書き出しのホームルームのところは退屈しましたが、あとは短くテンポのよい筆運びでした。筆力はありますし、登場人物の個性もみごとに描き分けられていました。読者の目先を変えながら、物語をつなぐのは割合容易なことです。できれば小道具に走らない作品を読んでみたいと思います。湊かなえの評価をするのは、それからになるでしょう
(「読書ノート」2009.05.04より)

その後、『少女』(早川書房、現双葉文庫)、『贖罪』(東京創元社、現双葉文庫)を読んで、私は湊かなえに本物の合格点をつけました。とにかく人物造形が優れているのです。登場人物ひとり一人の履歴書を作って書いている、と何かの雑誌にありました。どうやら、それは本当だろうなと思います。若手でここまで登場人物の内面に迫れるのは、たいへんな強みといえるでしょう。

◎巧みな人物造形と小道具の活用

『告白』は、6章で構成されています。前半は、いずれも「小説推理」に短篇として発表されたものです。『告白』はそれらに、書き下ろしの3章を加えて完成させました。前半は退屈でした。糸を引かない納豆みたいに、味気のない代物でした。それが途中から、喉ごしのよい蕎麦にかわりました。納豆そばは好きですけれど、融合していなければ味気ないものになります。

本書は本文からではなく、帯(単行本)からはじまっています。「愛美は事故で死んだのではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」のコピーが効いています。
 
第1章「聖職者」は、前記のように単独として「小説推理新人賞」に輝いた作品です。語り手は、「私」こと中学1年の担任女教師。結婚するはずだった男がHIVに感染していることを知り、未婚の母として娘・愛美を育てています。
 
ある日、一人娘の愛美は、学校のプールで水死体として発見されます。警察は事故死として処理しましたが、女教師・森田悠子は生徒のAおよびBが、殺害したと確信しています。終業式当日のホームルームで悠子は、2人の生徒が犯人であると名指しします。少年法で守られた、彼らの刑は重くありません。悠子は自分の手による、復讐を仕掛けたのです。
 
第2章、第3章も独立した作品でした。第2章「殉教者」は「小説推理」2007年12月号、第3章「慈愛者」は「小説推理」2008年3月号に発表されたものです。湊かなえはばらばらだった作品を、透明な糸でつないでみせました。それまで他人面して存在していた3つの個性が、融合しはじめるのです。そのための仕掛けは、多用な小道具の活用でした。小道具が多すぎると思っていましたが、やむをえないことなのかもしれません。

本書については、最後まで紹介できません。新人離れした人物造形と、コミュニケーション・ツールの機能に、注目していただきたいと思います。

改稿作業中に『Nのために』が文庫化(双葉文庫)されました。単行本で読んだ時点の「読書ノート」は未整理のままです。円熟したこの作品を、推薦作とするべきだろうな、と迷っています。
(山本藤光:2010.04.07初稿、2018.02.20改稿)


三上延『ビブリア古書店事件手帖』(メディアワーク文庫)

2018-02-18 | 書評「み」の国内著者
三上延『ビブリア古書店事件手帖』(メディアワーク文庫)

鎌倉の片隅でひっそりと営業をしている古本屋「ビブリア古書堂」。そこの店主は古本屋のイメージに合わない若くきれいな女性だ。残念なのは、初対面の人間とは口もきけない人見知り。接客業を営む者として心配になる女性だった。だが、古書の知識は並大低ではない。人に対してと真逆に、本には人一倍の情熱を燃やす彼女のもとには、いわくつきの古書が持ち込まれることも、彼女は古書にまつわる謎と秘密を、まるで見てきたかのように解き明かしていく。これは〈古書と秘密〉の物語。(「BOOK」データベースより)

◎有川浩、三上延、桜坂洋が参入

古書にまつわるミステリーは数多くあります。紀田順一郎『古本屋探偵の事件簿』(創元推理文庫)や梶山季之『せどり男爵数奇譚』(ちくま文庫)などが代表格でしょう。

ところが古書店が舞台となると、頭に浮かぶのは、出久根達郎『佃島ふたり書房』(講談社文庫)くらいです。佃島の古書店「ふたり書房」をめぐる2人の男の友情物語で、直木賞を受賞しています。それから20数年、また行ってみたい古書店が生まれました。「ビブリア古書堂」といって、北鎌倉の駅のそばにあります。もっとも実際の北鎌倉には、1軒の古書店もないそうです。

三上延『ビブリア古書店事件手帖』(メディアワーク文庫)の6巻が、文庫で刊行されました。相変わらず高い人気のようです。三上延は電撃文庫などの、ライトノベル出身です。有川浩はその先達ですが、最近では桜坂洋(推薦作『ALL YOU NEED IS KILL』集英社スーパーダッシュ文庫)などが話題になっています。

ライトノベルという小さな支流から、一気に本流へとすぐれた若い作家が流れこんできています。彼(彼女)らは一様に、若い読者の掘り起こしに貢献しています。ビブリア古書堂シリーズでとりあげた、作品の紹介本『栞子さんの本棚・ビブリア古書堂セレクトブック』 (角川文庫)によって、古い作家の本を読む若者が増えたとも聞きます。『栞子さんの本棚』には。12作品の抜粋が収載されています。ダイジェスト本ですので、あまりお薦めできませんが。

――『落穂拾ひ・聖アンデルセン』を読みたいと思った。実際、本屋に行って探したが見当たらず、私の読みたいリストにアップされました。(ゆかりん・35・女性、『ダ・ヴィンチ』2012.6月号「百人書評」より)

書店員に聞いてみると、実際に引用例のような問い合わせが多いようです。『ビブリア古書店事件手帖』第1巻第2話の「落穂拾ひ・聖アンデルセン」は、小山清の著作で新潮文庫(絶版)です。アマゾン古書価格では、2500円にはねあがっています。小山清『落穂拾い/犬の生活』(ちくま文庫)は書店でも購入可能です。ただし「聖アンデルセン」は収載されていません。

◎古書の謎と人間ドラマの謎

『ビブリア古書店事件手帖』には、三上延の古書店でのアルバイト経験が盛りこまれています。そして古書によせる、慈愛にみちた眼差しが感じとれます。購入した日付、購入書店のレシート、線引きされた箇所、メモなど、古書にはときどきちょっとした情報がはさまれています。そんなことをものがたりにしたかった。三上延の思いは、みごとに花開きました。

苦労したのは、わかりやすいキャラクターの設定だったようです。店主の篠川栞子は若くて美人ですが、普段は内気で物静かな人です。いっぽうアルバイト店員の五浦大輔23歳は過去のトラウマがあり、本を読むことができません。

本書は大輔が語り手となり、「俺」という1人称でつづられています。栞子を客観的な視点で描く手法は、謎めいた女主人の素顔を少しずつ浮きぼりにする効果があります。さらに越島はぐのイラストは、視覚的に2人の外観をイメージさせてくれます。

第1巻は栞子と大輔との出会いから、はじまります。栞子は怪我で入院中です。大輔は祖母の遺品のなかから出てきた、署名入りの『漱石全集・新書版』第8巻(岩波書店)をもって、「ビブリア古書堂」を訪れます。入院中の姉にかわって、妹の篠川文香が応対します。大輔は病院へ行けば姉(栞子)が鑑定してくれる、といわれて病院へ出向きます。

病室のベッドのまわりには、古本が山積みになっています。彼女は入室してきた人影を見て、妹(文香)だと勘違いします。その場面を引用します。

(引用はじめ)
「文(あや)ちゃん?」/口から出て来たのは知らない名前だった。かぼそい、澄んだ声にどきりとした。声を聞くのはこれが初めてだった。/「本、持ってきたの……?」/眼鏡をかけていないせいか、俺を誰かと勘違いしているらしい。とにかく黙っていても埒があかない。喉の詰まりを吹き飛ばすように無理やり咳払いした。「……こんにちは」/今度は聞こえるようにはっきり言った。びくっと彼女は肩を震わせる。膝に置かれた眼鏡をかけようとあたふたするうちに、手にぶつかった本がベッドからすべり落ちた。(本文P38より)

文庫カバーの栞子は、肩までのびた黒髪の若い美人でした。眼鏡はかけていません。この描写を読んだときに、イラストとの違和感をおぼえました。

ともあれ、この出会いがきっかけで、大輔はアルバイトとして働くようになります。第1巻では、大輔がお客さんから持ちこまれた古書を、入院中の栞子のもとへと運ぶ展開となっています。栞子は本の話になると、とたんに饒舌になります。豊富な古書知識をフル活用して、古書の謎にせまります。もつれた糸をほぐるように。

第1巻は、栞子が退院してくる場面までを描いています。第2巻には、大輔の元彼女が登場します。そして栞子とはギクシャクした関係の、母親が登場します。このように『ビブリア古書店事件手帖』の登場人物たちは、少しずつ時を重ねていきます。

『ビブリア古書店事件手帖』は、「本の雑誌が選ぶ2011年度」の文庫ベストテンの1位になっています。そして「2013年度版この文庫がすごい」(宝島社)では、シリーズの第4巻が第2位となります。通常ならシリーズ物は尻すぼみになるのですが、『ビブリア古書店事件手帖』はいまだに健在です。また第3巻までは連作短篇集でしたが、第4巻は長篇になっています。

それは前記のとおり、古書の謎にせまるストーリと並行して、栞子と大輔、栞子と母親などの人間ドラマが動いているためです。
今後も読者は、栞子と大輔の成長を見守りながら、古書の謎解きを楽しみつづけることになるでしょう。
(山本藤光2015.01.18初稿、2018.02.18改稿)

宮下奈都『スコーレNo.4』(光文社文庫)

2018-02-18 | 書評「み」の国内著者
宮下奈都『スコーレNo.4』(光文社文庫)

自由奔放な妹・七葉に比べて自分は平凡だと思っている女の子・津川麻子。そんな彼女も、中学、高校、大学、就職を通して4つのスコーレ(学校)と出会い、少女から女性へと変わっていく。そして、彼女が遅まきながらやっと気づいた自分のいちばん大切なものとは…。ひとりの女性が悩み苦しみながらも成長する姿を淡く切なく美しく描きあげた傑作。(「BOOK」データベースより)

◎『スコーレNo.4』は最高傑作

『羊と鋼の森』(文藝春秋、初出2016年)で本屋大賞を受賞した宮下奈都は、一躍時の人になりました。もちろん本書も、すばらしい作品です。しかし単行本デビュー作『スコーレNo.4』(光文社文庫、初出2007年)と、同じ水脈のなかで描かれた作品です。

宮下奈都は37歳のときに、「静かな雨」という小説を書きました。お腹には3人目のこどもがいましたが、育児で忙しくなるから今のうちにと書き上げた作品です。それが文学界新人賞佳作になりました。この作品は単行本未収載で、読むことができません。私が宮下奈都に触れたのは、『スコーレNo.4』からでした。

一人の少女の成長物語。簡単にいってしまえば、そうなります。ところが平凡な日常のなかで、微妙に揺れる心のひだがみごとに描かれていたのです。宮下作品はすべて読んでいます。しかしいまだに、『スコーレNo.4』の静かな感動が支配しつづけています。

『スコーレNo.4』は、主人公・津川麻子の4つのステージ(スコーレ)を描き分けています。麻子はマルツ商会という、古い骨董品屋の長女です。1歳年下の七葉(なのは)という妹と、年の離れたお豆さんと呼ばれる紗英という妹がいます。

物語は麻子が中学校へ入学して、3ヶ月目からはじまります。七葉は小学6年生です。麻子は七葉のかわいい顔や、自由奔放な性格にコンプレックスを覚えています。2人は仲のよい姉妹ですが、それは麻子の妥協により成り立っている関係です。麻子は自分の名前が古めかしく、七葉という名前をうらやましく思っています。そしてこんな文章がつづきます。

――名前だけなら目をつぶっていたかもしれない。だけど不公平なのは名前だけじゃない。七葉は実際にやさしくて可愛げがあり、機転のよく利く子だ。(本文P18)

◎心の成長を描く作家

第2章(スコーレNo.2)では、麻子の高校時代が舞台となります。麻子は従兄の愼に恋をします。しかし最終的には、七葉の強引さに負けてしまいます。高校を卒業し進学に備える麻子の唯一の希望は、七葉のいない世界へ行くことでした。麻子は念願を叶え大学生になり、一人暮らしをはじめます。麻子は得意の英語を生かして、輸入貿易会社への就職をきめます。

第3章(スコーレNo.3)では、新入社員の現場研修として靴屋に派遣された麻子が描かれています。大学時代同様に、麻子は靴屋の仕事に生きがいを見いだせないでいます。そして1年を店員として、覇気のないまま過ごします。そんなある日麻子は、店のレイアウト変更を提案します。

ずっと淡々と流れていた川が、突然パチンという音を立てて跳ね上がります。宮下奈都は、心の成長を表現することに長けた希有な作家です。それも短い文章のなかに的確な比喩をそえて、さりげなく読者に突きつけます。

第4章(スコーレNo.4)では、靴屋から本社に戻された麻子が描かれます。しかし何をやってもうまくいきません。そんな折りに、海外出張で靴の買い付けを命じられます。出張は2人の先輩男性社員と一緒でした。麻子は熱心に靴と向き合います。麻子はすてきな靴とともに、同道していた茅野さんという恋人をも獲得してしまうのです。

宮下奈都は、きわめて遅咲きの作家です。本作を読んで、短くつなぐほんのりとした文体のとりこになりました。それゆえ本屋大賞受賞は、大きな喜びをもって迎えました。宮下奈都作品には、大きな事件は起きません。それでもグイグイと読者を引っ張る筆力は、ただものではないと思います。本屋大賞作『羊と鋼の森』に感動した読者は、宮下奈都の出発点である『スコーレNo.4』に触れていただきたいと思います。
(山本藤光2010.12.04初稿、2018.02.18改稿)

宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』(岩波文庫『風の又三郎』所収)

2018-02-16 | 書評「み」の国内著者
宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』(岩波文庫『風の又三郎』所収)

宮沢賢治が1932年に発表した童話を、「銀河鉄道の夜」(85)も手がけた杉井ギサブロー監督がアニメーション映画化。1920年代の冷害にみまわれた東北の森を舞台に、厳しい自然と向き合う青年の姿を描き出す。イーハトーブの森で両親と妹と幸せに暮らしていたグスコーブドリは、森を襲った冷害のため家族を失ってしまう。やがて青年に成長したグスコーブドリは火山局に勤めるようになるが、再び大きな冷害が発生。被害を防ぐためには誰かが犠牲になって火山局に残り、人工的に火山を噴火させなければならず、グスコーブドリがその役割を担う決意をする。(映画の案内より)

◎宮沢賢治最後の作品を一押し

――雨ニモマケズ/風ニモマケズ/雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ/
丈夫ナカラダヲモチ/慾ハナク決シテ瞋(いか)ラズ/イツモシズカニワラッテイル……。

「雨ニモマケズ」の冒頭の一節は、だれもが知っています。宮沢賢治とのはじめての出会いは、おそらくこの有名な詩だったと思います。それから図書館で『銀河鉄道の夜』や『風の又三郎』や『注文の多い料理店』などを借りて読みました。

ところがある日、『論語』(角川ソフィア文庫)を読んでいて、ショックを受けました。そのなかで加地伸行はつぎのように書いています。宮沢賢治はシャカの「四門出遊」の影響をうけて、「雨ニモマケズ」を書いたというのです。

――世の中には、この詩をしっかりと読むことをせず、ただ「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」というところだけを引いて、がんばろうという意味に使っている人がいます。とんでもない誤読です。宮沢賢治はそんなことを言っておりません。熱烈な仏教信者であった彼は、苦しんでいる他人のために尽くしたいということを歌っているのです。その詩の中にこうあります。

東ニ病気ノコドモアレバ/行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ/行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ/行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクワヤソショウガアレバ/ツマラナイカラヤメロトイヒ
(『論語』角川ソフィア文庫「はじめに」より)

若いころに読んだきりで、ずっと宮沢賢治を読むことはありませんでした。日本の近代文学125作品を選ぶにあたって、当然宮沢賢治はリストアップしていました。しかし前記の作品のどれにすべきか、確固たる信念はありませんでした。

とりあえず『カセット文芸講座・日本近代文学』で、「黒井千次が語る宮沢賢治」を聞くことにしました。このカセットは全12巻あり、発行元はCBエンタープライズとなっています。ずっと以前に友人からプレゼントされたものです。
 
黒井千次(推薦作『時間』講談社文芸文庫)は私の好きな作家の一人です。黒井千次の落ち着いた声が流れてきました。黒井千次は「グスコーブドリの伝記」がいちばん好きだ」といいました。カセットを聞き終わってから、本屋へ走りました。「グスコーブドリの伝記」は、読んだことがありませんでした。
 
岩波文庫『風の又三郎』のなかに、「グスコーブドリの伝記」が収められていました。「グスコーブドリの伝記」は、非常に読みやすい作品でした。黒井千次が解説していたように、これは宮沢賢治作品の集大成だと確信しました。しかも宮沢賢治の最後の作品なのです。後日『ちくま日本文学003・宮沢賢治』(ちくま文庫)にも、収載されていることを知りました。

ものがたりはきこりのこどもが、成長するまでを描いたものです。グスコーブドリは、グスコー家のブドリというこどもの名前です。ブドリには、ネリという妹がいます。ブドリが生まれ育ったイーハートブ村は、ひどい冷害に見舞われます。一家は離散してしまい、家には子ども2人が残されました。
 
そんなおりに、妹のネリがひとさらいに誘拐されます。イーハートブの森は資産家にそっくり買収され、ブドリはてぐす工場で働くことになります。その後火山が大爆発し、工場も閉鎖されてしまいます。ブドリは農作業を手伝いながら、勉強に励みます。やがてブドリの勉強が実って、彼は火山局の技士となります。
 
ブドリの技術は向上し、27歳の年を迎えました。再び冷害がおそいかかってきました。ブドリは人工雨の技術を駆使します。妹のネリとも再会できます。ところがふたたび大冷害がおきます。カルボナード火山を噴火させれば地熱が上がると知ったブドリは、自らの命と引き換えに冷害を救います。イーハートブの森は、緑豊かな姿にかわりました。
 
「グスコーブドリの伝記」は、ハッピーエンドではありません。
人間に危害をもたらす自然のなかで、人間の力はちっぽけなものです。ときには命がけで、自然から社会を守らなければならない事態も起こります。宮沢賢治が最後につむぎあげた物語は、世の中には投げ出す命も必要だといっています。

井上ひさし(推薦作『吉里吉里人』上中下巻、新潮文庫)は著作のなかで、自らの命を投げ出す場面について、つぎのように書いています。

――浄土真宗は、どうせこの世は汚れ切っていて直しようがない、死んだら西方浄土の極楽へ行くというのが、その基本です。けれども、日蓮宗は、いま、ここを浄土にしよう、今、苦しんでいる人をこの場で救おうというものです。賢治が日蓮宗を選んだのはその激しい力を借りてお父さんを論破して乗り越えようとしたからではなかったでしょうか。『グスコーブドリの伝記』は、賢治の思想が実によくあらわれています。(井上ひさし『宮澤賢治に聞く』文春文庫P258より)

◎宮沢賢治の世界

宮沢賢治その人について、少しまとめておきたいと思います。

宮沢賢治は明治29年岩手県花巻に、質屋の長男として生まれました。37歳で死去するまで、独身をつらぬいています。生前に発表されたのは『春と修羅』(『ちくま日本文学003宮沢賢治』ちくま文庫所収)と『イーハトヴ童話。注文の多い料理店』(新潮文庫)のみで、脚光をあびるようになったのは没後のことです。詩人、児童文学者、科学者、農業学校教師、農業技師、宗教家、エスペランティスト、音楽家などとたくさんの肩書をもっています。(以上の履歴は『知っ得・幻想文学の手帖』学燈社を参考にさせていただきました)

宮沢賢治にはたくさんの顔がありますが、原点はつぎのことに尽きると思います。

――これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、虹や月あかりからもらってきたのです。(『注文の多い料理店』新潮文庫の序より)

そしてこんな文章がつづきます。

――なんのことだが、わけのわからないところもあるでせうが、そんなところは、わたくしにもわからないのです。(『注文の多い料理店』新潮文庫の序より)

『図解・宮沢賢治』(河出書房新社)の表紙には、白黒写真でよくみる、うつむき加減の宮沢賢治が、花畑にいる写真が掲載されています。背景には頂に雲をかぶった岩手山があります。2011年にちくま学芸文庫にはいった『図説・宮澤賢治』にも表紙はその写真が用いられています。しかし景色は削がれています。貴重な写真や資料が満載ですので、こちらもお薦めの1冊です。

『図解・宮沢賢治』『図説・宮澤賢治』には、『注文の多い料理店』の初出本(大正13年)が掲載されています。文字は右から左に書かれています。タイトルの上には、「イーハトヴ童話」とあります。「イーハトヴ」とは、エスペラント表現で「岩手」の意味のようです。宮沢賢治は「イーハトヴ」について、『春と修羅』のなかでつぎのように紹介しています。

――イーハトーブの宇宙における住所を正解に示すと次のようになる。/おとめ座超銀河団/局所銀河団/天の川銀河/オリオン腕/太陽系/地球/日本国、岩手県/(『図解宮沢賢治』河出書房新社より転載)

『注文の多い料理店』(新潮文庫)、『銀河鉄道の夜』(新潮文庫)、『風の又三郎』(岩波文庫)については、多くの書評が発信されています。私の稚拙な文章で泥を塗るのは、あまりにもおこがましいと思います。これらの作品はもちろんすばらしいのですが、黒井千次の一押しということで、あえて強行突破することにしました。

宮沢賢治の研究者として名高い天沢退二郎が、ユニークな宮沢賢治論を展開していますので紹介させてもらいます。

――賢治が最初に童話を書いたのは一九一八年夏のことで、「双子の星」や「蜘蛛となめくぢと狸」を弟妹に読み聞かせた。そしてその三年後,一九二一年一月(補:16歳)に無断上京しておよそ半年間、猛烈に多作した童話原稿を大トランクに詰め込んで夏に帰宅したとき、これらは「童子こさえる代りに書いたのだもや」というのである。/この言は、もう少し具体的に言うと、どういう意味かというと、次の二つが考えられよう。/第一に、これらの作品は、いってみれば自分の子どものようなものだ。/第二に、子育てという営為(もの)をしたいけれどもできない、その代償行為として童話制作というものをしたのだ。(天沢退二郎「賢治童話とは何か。『宮沢賢治の全童話を読む』学燈社所収)
 
夭折した宮沢賢治の、生の声を聞いているような切ない解説です。しかし病気がちで、独身生活を余儀なくされた宮沢賢治の本心は、ここにあると思いました。

そして、もっと進んだ読み方があると推奨している人がいます。私がもっとも評価している本の著者・花村太郎の文章を結びとして紹介させてもらいます。
 
――宮沢賢治を読みなおそうではないか、と呼びかけたい。仏教徒にして科学者、詩人、農民、童話作家、そしてなによりも地方に根ざした文化を育てようとしたエコロジスト賢治、はあらためて研究する存在だと思う。(中略)もうひとつ大事なことは、この物語(「グスコーブドリの伝記」のこと)の中心舞台が火山におかれていることだろう。噴火や地震は、現代科学のいまもってウィーク・ポイントになっている領域だ。(花村太郎『知的トレーニングの技術』JICC出版局P276より。現在はちくま学芸文庫)

『グスコーブドリの伝記』を読んでから、『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』に移行すると、信じられないほど読みやすくなります。とくに「注文の多い料理店」の皮肉なエンディングは、「グスコーブドリの伝記」と正反対になっていることに気づきます。また「狼森と笊(ざる)森、盗(ぬすと)森」にも、火山の噴火の場面が発見できます。

それまで流し読んでいた場面が、くっきりと絵を結ぶのです。宮沢賢治の作品は、どれも短くてみずみずしいものです。傍らに『図解宮沢賢治』『図説・宮澤賢治』のような本をおいて、ぜひ読み直してください。書き忘れていましたが、『新潮日本文学アルバム・宮沢賢治』も充実した1冊です。
(山本藤光:2010.02.27初稿、2018.02.16改稿)

宮本輝『泥の河/蛍川』(新潮文庫)

2018-02-12 | 書評「み」の国内著者
宮本輝『泥の河/蛍川』(新潮文庫)

戦争の傷跡を残す大阪で、河の畔に住む少年と廓舟に暮らす姉弟との短い交友を描く太宰治賞受賞作「泥の河」。ようやく雪雲のはれる北陸富山の春から夏への季節の移ろいのなかに、落魄した父の死、友の事故、淡い初恋を描き、蛍の大群のあやなす妖光に生死を超えた命の輝きをみる芥川賞受賞作「蛍川」。幼年期と思春期のふたつの視線で、二筋の川面に映る人の世の哀歓をとらえた名作。(「BOOK」データベースより)

◎生と死の宿命

宮本輝は「川3部作」によって、文壇に確固たる地位を築きました。3部作とはデビュー作にもあたる太宰治賞の「泥の河」、芥川賞の「蛍川」と「道頓堀川」のことです。前2作についてはことさら思い込みが深く、2作品を合わせると14、5回も1から書き直しているとのことです。(『ダ・ヴィンチ・解体全書Ⅰ』リクルートを参照しました)

『泥の河』の主人公は、板倉信雄8歳。大阪の土佐堀川筋でうどん屋を営む両親の一人っ子です。時代は昭和30年夏、世の中の高度成長から取り残されたような、寂れた風景が広がっています。うどん屋は、昔馴染みの労働者のひいきにより、つつましく営まれています。

信雄は2つの事故死に遭遇します。うどん屋でくつろいでいた、馴染みの馬車引きのおっちゃんが、くず鉄を満載にした馬車の下敷きになって亡くなります。窓から眺めていた沙蚕(ごかい)採りの老人が、ふと目を離した瞬間に舟から消えていました。転落死したのです。

2つの死は、信雄の心に重くのしかかります。そんな信雄を膝に抱いて、父の晋平はこんな言葉をかけます。

――なあ、のぶちゃん。一生懸命生きて来て、人間死ぬいうたら、ほんまにすかみたいな死に方をするもんや。(補「すか」に傍点)(本文P47)

馬車引きのおっちゃんの荷物は、何日も橋のたもとに放置されたままになっています。雨の日信雄は荷物の前で、同じ年頃の見かけぬ男との子出会います。

――「ぼくの家、あそこや」/突然、少年は土佐堀川の彼方を指差したが雨にかすんだ風景の奥には、小さな橋の欄干がぼんやり屹立しているだけだった。(中略)目を凝らすと、湊橋の下に、確かに一艘の舟が繋がれている。だが信雄の目には、それは橋げたに絡みついてた汚物のようにも映った。(本文P20-21)

少年の名は喜一といい、母親と姉の銀子とともに、橋の下の小舟に住んでいました。舟は郭舟(くるわぶね)と呼ばれていました。母が何で生計を立てているのか、幼い姉弟は何となく知っていました。信雄と喜一はすぐに仲良くなります。お互いの家を行き来しているうちに、信雄は姉弟が学校へ行っていないことを知ります。

信雄と喜一は信雄の母から小遣いをもらい、天神祭に行きます。しかし道中でお金を紛失します。喜一は欲しかったものを万引きしてしまいます。信雄は激しくそれをとがめます。機嫌を直してもらおうと、喜一は信雄を舟に連れていきます。そこで信夫は、郭舟の母親と客との交わりを見てしまいます。

彼は驚いてその場から逃げ出します。翌日信雄は、郭舟が牽引されて去ってゆくのを見ます。懸命に追いかけ「きっちゃん」と大声で呼びかけますが、喜一は顔をのぞかせません。

少年の出会いと別れ。そして戦争の傷跡を残したままの貧しい家族の営み。宮本輝は詩情あふれる細やかな文章で、少年の宿命としての生と死を描きました。泥の河は、その宿命の象徴として描かれています。

◎蛍の乱舞

『蛍川』は、昭和37年3月末の富山が舞台です。主人公の水島竜夫は14歳。父の水島重竜が52歳のときに、授かった初めてのこどもです。重竜には春枝という、長年連れ添った妻がいました。しかし子宝に恵まれませんでした。20歳も若い愛人千代が身ごもったのを知ると、春枝と離婚して千代と再婚します。

竜夫が中学3年に進級するころには、父の重竜の事業に陰りが出てしまいます。竜夫は幼なじみの英子に、淡い恋情を抱いています。しかし友人の関根も英子に好意を抱いており、竜夫の心は乱れます。関根は宝物のように、英子の写真を持っています。それは教室の英子の席から、盗んだものでした。

その写真を関根は、竜夫にあげるといって手渡します。その日関根は魚釣りに行って、用水路で溺れ死にます。

幼いころ竜夫は、銀蔵という老人から蛍の大群の話を聞いています。蛍が大量発生するのは、4月に大雪が降る年とのことでした。幼い竜夫は英子とその年がきたら、一緒に蛍を見に行く約束をしています。しかしその約束以来、中学生になった竜夫は英子と話すらできない日々を送っています。

父親が病院に入院し死期が迫ったころ、大雪が降り蛍の大群が現れる瞬間がやってきます。蛍が乱舞する日がきました。竜夫は勇気を出して、英子を誘います。銀蔵と母の千代が2人に随行します。陽は落ち、闇のなかを4人はひたすら歩きます。そしてまばゆいばかりの蛍の点滅を見ます。

死にゆく蛍の乱舞を重竜の死と重ねた本作は、宮本輝の情感溢れる筆運びで、みごとなクライマックスを迎えます。

大江健三郎は著作のなかで、宮本輝作品の「しくみ」について言及しています。

――幼・少年期にそれぞれ経験された、同性、異性の友達への愛を、突然に人をみまう死にかさねて描く。そしてともに、それぞれの美的情景を、作品いっぱいに拡大して、そのイメージでしめくくられる「しくみ」である。幼児のあこがれている友達の母が、客をとる。その暗がりをあかるませる花火。あるいは異様な群れをなす蛍の光。これらの美的情景のイメージは、受け身の読み手にも快感をあたえよう。(大江健三郎『方法を読む・大江健三郎文芸時評』講談社P45)

大江健三郎はこう書いたうえで、次のように結びます。

――これらの美的情景のイメージをつくりだすにあたって、この書き手は、魅惑と嫌悪、陶酔と恐怖、生と死という両義的な構造を、その「しくみ」としたのである。(同P45)

現在のような混沌とした時代に、こんなすてきな作品を紹介すべきと思いました。細部には触れませんでした。大江健三郎がいう「しくみ」をご堪能ください。
(山本藤光:2016.07.04初稿、2018.02.12改稿)

三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(文春文庫)

2018-02-05 | 書評「み」の国内著者
三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(文春文庫)

まほろ市は東京のはずれに位置する都南西部最大の町。駅前で便利屋を営む多田啓介のもとに高校時代の同級生・行天春彦がころがりこんだ。ペットあずかりに塾の送迎、納屋の整理etc.―ありふれた依頼のはずがこのコンビにかかると何故かきな臭い状況に。多田・行天の魅力全開の第135回直木賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

◎なんでも引き受ける

三浦しをんの父上には、お会いしたことがありません。でもお世話になりましたし、いまでも大切な人です。私の書棚の特等席に鎮座している『口語訳古事記』(文藝春秋2002年)の監修者が、父上の三浦佑之なのです。この本は古典の世界の楽しさを、堪能させてくれました。難解な字面の羅列を、わかりやすい拡大鏡で解説してくれたのです。

 その娘が書いた作品の存在は、知っていました。ところが娘の父上の誘いで、古典に目覚めてしまった私は、新しいものを読む暇がなくなっておりました。三浦しをんが森絵都(文春文庫)と同時に直木賞を受賞したとき、あわてて読んだのが最初でした。読んだ作品は、文庫化されていた『ロマンス小説の七日間』(角川文庫)でした。

 飾りっけのない素直な文章。ストーリーは平凡ですが、若い作家にありがちな、主人公だけが肥満してゆく悪癖もありませんでした。人物描写が巧みでした。なによりも読んでいて、おもしろいことが気にいりました。
 
 直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』(文春文庫)は、『ロマンス小説の七日間』よりも、はるかに上質の作品でした。舞台となっている「まほろ市」は実在していませんが、町田市と断定してよいと思います。「まほろ」という地名は、推理小説でときどき用いられています。「倭(やまと)は国のまほらま」あたりから生まれた、幻想的な単語なのでしょう。

 町田市には実際に、本書に出てくる「コーヒー神殿アポロン」と同じような店があるようです。三浦しをんの住まいも町田市にありますので、地元を舞台に選んだ作品なのでしょう。
 
 主人公は多田啓介。駅前で便利屋を営んでいます。ある日仕事中の多田は、高校時代の同級生・行天と出会います。行天は無口な変人として有名でした。多田は高校時代の事件で、行天に負い目を感じています。多田は愚直なバツイチ。行天も同じ境遇であることがわかりました。

 男2人の、不自然な同居生活がはじまります。便利屋は忙しい。病院への見舞い。チワワの世話。バスの運行状態の調査。建てつけの悪い戸の修理。物置の片づけ。小学生の通学の送り迎え。実母探し。ストーカー対策……。雑貨屋の店頭よろしく、なんでもありです。
 
 角田光代の直木賞受賞作『対岸の彼女』(文春文庫)にも、便利屋が登場します。女主人が応募者に仕事の説明をする場面です。まるで多田便利軒のことをいっているようで、印象的でした。

――だからつまり便利屋。私、大学一年だぶって、卒業してすぐこの仕事をはじめたのね。とはいえ、学生に毛の生えたようなものだもの、だれかが仕事を持ってきてくれればなんでも引き受けたの。それが会社のカラーみたいになっちゃって、でも、人脈はずいぶん広がったけどね。(角田光代『対岸の彼女』P29より)

 便利屋を利用したことはありません。これからもこの職業を描く作品は、増えるだろうことは予想できます。「家政婦は見た」のようなシリーズ化は、簡単にできてしまうでしょう。現に三浦しをんは『まほろ駅前番外地』(文春文庫、この改訂原稿を執筆中に文庫化されました)を書いています。
 
◎五感を総動員している 
 
『まほろ駅前多田便利軒』には、2人の主人公が存在します。三浦しをんは2人のさえない男を、均質に描きわけ融合させています。みごとな筆さばきです。欲をいえば脇役たちの造形を、もっとふくらませてもらいたかったと思います。これは2人の男がきわだっているので、脇役の影が薄くなっているともいえるかもしれませんが。

 高校時代同級生だった2人の出会いの場面から紹介しましょう。
――「変わったな、行天」
「そう? あんたほどじゃない」
「車で来てるから駅まで送る」
 多田は先に立って軽トラックに戻った。あとをついてくる行天が、ジーンズにサラリーマンが着るようなコートなのはいいとして、素足で茶色の健康サンダルを履いていることには、とうに気づいていた。すごくいやな予感がする。しかし駅まで行けば、それでもう会うことのない相手だ。(本文P27より)

 三浦しをんは意図的に主語を省略して、短い文を連ねます。うまいな、と思います。つぎの文章は、多田の内面を描いたものです。

――帰れと言いたくても、行天には帰るところがない。そういう相手に、どんな言葉を告げればいいんだ。俺につきまとうな、ではストーカーに悩む女みたいだし、さっさと仕事でも探したらどうだ、では母親みたいだ。(本文P46より)

 三浦しをんの文章は、五感を総動員しています。病院の場面を描いた小説は数多くありますが、ほとんどは「消毒液」のにおいでとどまっています。三浦しをんの感覚がするどいのは、そこに「アンモニア」をつけくわえているところです。私は若いころ、病院訪問が仕事(MR)でした。アルコール臭のすきまに、アンモニア臭がかすかに混じっていることを知っています。

――駐車場に停めた白の軽トラックに乗りこむと、心底ほっとした。どれだけ明るいクリーム色で壁を塗ろうとも、病院内の空気はなんとなくひとを陰鬱な気分にさせる。キーをまわしてエンジンをかけ、暖房が効くのを待ちながら煙草に火を移した。鼻のつけ根に、アンモニアと消毒液のにおいが混じって淀んでいる。車の窓を細く開け、煙と一緒に外へ流した。(本文P13より) 

三浦しをん作品にふれるときは、ぜひ五感の活用を意識してもらいたいと思います。ただし、視覚・嗅覚・味覚・触覚にくらべて、聴覚の表現に物足りなさがありますが。
 ――ぴちゃ、と濡れた音がして、多田は視線を落とした。(本文P213より)

 三浦しをんからしばらくは目をはなせません。現在、2012年本屋大賞にかがやいた『舟を編む』(光文社)の文庫化を待っています。この作品は「山本藤光の文庫で読む500+α」の「+α」で紹介したいと思っています。
(山本藤光:2012.10.11初稿、2018.02.05改稿)

三島由紀夫『潮騒』(新潮文庫)

2018-02-04 | 書評「み」の国内著者
三島由紀夫『潮騒』(新潮文庫)

文明から孤絶した、海青い南の小島――潮騒と磯の香りと明るい太陽の下に、海神の恩寵あつい若くたくましい漁夫と、美しい乙女が奏でる清純で官能的な恋の牧歌。人間生活と自然の神秘的な美との完全な一致をたもちえていた古代ギリシア的人間像に対する憧れが、著者を新たな冒険へと駆りたて、裸の肉体と肉体がぶつかり合う端整な美しさに輝く名作が生れた。(アマゾン内容紹介より)

◎「椿事を待った」とは

 三島由紀夫が文学に目覚めたのは、1931年学習院初等科に入学してからです。在学中に、小説や詩歌などの創作に励んでいます。つぎに引用するのは、三島由紀夫が15歳のときに「凶ごと」と題した詩作の一部です。
 
――わたしは夕な夕な/窓に立ち椿事を待った。
(「解体新書」リクルートの「三島由紀夫」より引用)

 この詩が脳内に、いすわりつづけました。短い言葉に、三島由紀夫文学の原点が凝縮されていると感じました。私は「椿事」を音読できませんでした。最初は「シュンジ」で広辞苑をあたりまし
た。ありません。考えこんでしまいました。しばらくたってから、「椿山荘(ちんざんそう)」という固有名詞が浮かびました。再度「ちんじ」で『広辞苑』にあたりました。ありました。「珍事」と同じ意味だと書いてあります。敬愛する『新明解国語辞典』(三省堂)でも「椿事とも書く」とすげません。
 
「椿事」の字面に、私は色恋のニュアンスを感じていました。しかし辞書的には、まったくそのような意味は有していません。「窓に立って、珍しいできごとを待つ」では平凡すぎます。三島由紀夫は、「椿事」という熟語に、色恋を重ねているのだといまでも確信しています。

 書棚の三島由紀夫関連の資料をあさってみました。「椿事」に関する文献を探すためです。みつかりました。
 
――「椿事」とは、彼(注:三島由紀夫のこと)のエッセイ『魔・現代的状況の象徴的構図』(「新潮」36年7月)の言葉をかりれば、「死が一つの狂ほしい祝福であり祭典であるような事態」にほかならず、「かっては戦争がそれを可能にしたが、今(戦後)の身のまはりにはこのやうな死の可能性は片鱗だに見当たらぬ」という種類の、苦悩にみちた、しかし光栄である、充足した「死」にほかならなかった。(磯田光一『殉教の美学』冬樹社より引用)

大学時代まじめに授業をうけた、磯田光一先生がそういっているのですから、私の「色恋」は珍説なのでしょう。しかしこれは、磯田光一が「椿事」と三島由紀夫のエッセイを、都合よくくっつけただけかもしれません。三島由紀夫自身が、「椿事」とはなにかと書いてある文献は見つかっていません。

三島由紀夫が育った時代は、だれもが「生きる」「死ぬ」のはざまで揺れていました。そんななかで、三島由紀夫は次第に文才を開花させていきます。『花ざかりの森』(新潮文庫)が刊行された1944(昭和19)年は、まさに第2次世界大戦の戦時下でした。『花ざかりの森』は三島由紀夫16歳(1941年)のときの作品で、「文芸文化」に掲載されました。「海」のイメージを展開していますが、ずいぶん背伸びしているなというのが読後の印象でした。
 
 私にはこの時点まで、三島作品から死の匂いは感じとれません。磯田光一とちがい、よほど鼻が悪いのでしょう。1951年(26歳)三島由紀夫は20代の総決算と語り、『禁色』(新潮文庫)の連載を開始します。この作品は、日本で最初のロマネスクな男色小説として話題を集めました。
 
◎『潮騒』は瑞々しい青春ドラマ

『禁色』が20代の総括なら、『潮騒』は30代へのジャンプ台といえます。『潮騒』は、三島由紀夫が29歳のときの作品です。舞台は、人口1400人の小さな歌島。中学を卒業したばかりの新治は、一人前の漁師になるべく修行中です。漁を終えたある日、新治は見かけぬ美しい女の子・初枝に出会います。新治は初枝に一目惚れしてしまいます。

舞台になった歌島は、三重県伊勢湾入口にある神島であるといわれています。三島由紀夫は、神島を2度訪れています。私も大学時代、『潮騒』をカバンに入れて行ったことがあります。作中の神社も灯台もありましたし、潮騒も自分の耳で確認しました。
 
 三島由紀夫が『潮騒』の舞台を訪れたのは、朝日新聞特別通信員の資格でパリ、ロンドン、ギリシャなどを歴訪したのちのことです。リオのカーニバル(ブラジル)やギリシャでの体験を踏まえて、三島由紀夫はボディービル、剣道、ボクシングなどで肉体を鍛えだします。ギリシャ彫刻のような、強い外面を求めてのことです。その後、三島由紀夫は肉体と精神の均衡を意識しながら、『金閣寺』以降の作品をつぎつぎに発表することになります。
 
いっぽう行動者としての本質も、少しずつ顔をのぞかせます。さらに三島由紀夫は、肉体と精神から政治と文学へと、舵を切りはじめるのです。
 
『潮騒』は、三島作品のどのカタマリにも属しません。早熟な才能で書きつらねた『花ざかりの森』に代表される作品。20代の総括として書かれた『禁色』にいたる作品。『金閣寺』など一連の社会事象をとりあげた作品群。そして『憂国』など三島由紀夫の思想に貫かれた作品。『潮騒』は、荒れ狂う怒涛のなかで、凪を思わせるほど静かなのです。

◎『潮騒』からの4つの扉

『潮騒』のストーリー展開について、私は意図的にはしょっています。先入観または予備知識をもって、この作品を読んでもらいたくないからです。三島由紀夫を読むには、『潮騒』から入るのが無難だと思います。その後の扉は、前記の通り4つ存在します。

・『禁色』から若い三島由紀夫へとさかのぼる扉。
・『金閣寺』を筆頭に、社会事象を取り上げた作品への扉。
・『憂国』に代表される政治と文学に関する作品群への扉。
・そして最後は、三島由紀夫に「あなたの文学は嫌いです」といわれた太宰治や松本清張へステップできる比較の扉です。

 三島由紀夫がとりあげた、時事素材はつぎの作品です。
「親切な機械」(昭和24年):女子大生殺しの犯人・京大生。
「青の時代」(昭和25年):東大法学部学生で、闇金融クラブ社長。
「金閣寺」(昭和31年):金閣寺の放火犯人である大学生。
「宴のあと」(昭和35年):都知事選挙における元代議士。
「絹と明察」(昭和39年):近江絹紙争議の当事者である社長。

三島由紀夫は太宰治作品を、意志がないといって嫌いました。現実の事件をなぞる松本清張の作風も首是できなかったようです。三島由紀夫の『金閣寺』は、彼自身が創り上げたものです。三島由紀夫は事件から遠いところにいて、瞬間的に渦中に飛びこんでみせます。事件記者のような松本清張とは、完全にちがう世界で創作活動をしていたわけです。それゆえ自然をそのまま写しとった『潮騒』に、三島作品のなかでの特異性を感じるのです。

私は『潮騒』『鏡子の家』『金閣寺』というコースで読むことをお薦めします。
(山本藤光:2012.11.21初稿、2018.02.04改稿)