炉端での話題

折々に反応し揺れる思いを語りたい

エントロピーとは (10)-カルノー・サイクルについて-

2015-05-03 08:23:47 | Weblog

 熱エネルギーを動力エネルギーとして用いるようになったのは、鉱山の地底から湧き水を組み上げるために、ニューコメンが作成した水蒸気圧によるポンプである。正確な年代はわからないが1700年代とされているから、日本では江戸時代の庶民文化が隆盛していた宝暦年間と思われる。この蒸気動力ポンプに改良を加えて、さらに実用化に道を開いたのは、1765年に水蒸気を凝結する装置を外部に設置するワットの発明である。ワットは蒸気機関の発展に引き続き多大な貢献を行った。1782年にはピストンが往復して回転運動ができる動力装置を開発し、蒸気機関の動力の原型をもたらした。その後の産業革命の発端となったのである。
 このような時代背景にあって、多くの自称発明家達は、永久動力機関の発明に関わったと記録されている。
カルノーは永久動力機関が原理的に存在しないことを理論的に明らかにすることを目的として論文としてまとめたと科学の史実に記録されている。
 カルノーが示したいわゆるカルノー・サイクルは現実に存在しない。カルノー・サイクルのような機関が絶対に実現しないとまではいわないが、もし実現したとしても恐ろしくスローにしか動かない機関である。一言にしていえば熱力学で定義されている準静的に動かさなければ理想的なカルノー・サイクルは動作しないからである。正確にはカルノー・サイクルではないが、かなり近い動作をするオモチャとして水飲み鳥があり、これについては末尾に追記しておいたので参考にされたい。

 カルノー・サイクルはいわば仮想モデルである。いまだに200年ほど前のカルノー・サイクルを熱力学の教科書で取り扱うことは、若い学徒に古典的な実用性のない熱機関を教材にしているとしか思えない。
筆者は熱学に傾倒し始めてから、この分野ではいかにも仮想が多いと感じている。いずれ稿を改めるつもりであるが理想気体という用語にも馴染めない。理想気体とは、現実の現象とは少しばかり離れて仮想的に組み上げた理論体系にマッチングする気体のことを指すから、仮想気体と呼んだ方が適当である。
このことは山本義隆氏も著書の中の脚注でもつぶやいておられる。
カルノーが発表した論文の時代にはエントロピーの概念はなかったから、当時の時代背景を基にして、カルノー・サイクルを詳細に検討してみよう。

 表記の図は、筆者がEXCELで数値計算を入れながら作図したカルノー・サイクルである。一般の教科書等を見ると誠にお粗末なカルノー図が多く、中には雲形定規(現在はこのような定規はあまり使われない。昔は製図にあたり曲線を描くのに雲のような形をした定規を用いた)を適当にずらしながら描いたとしか思われないものもある。
 筆者の図は、圧力T、体積V、温度T、定数kとしたときのボイル・シャールの式
 P・V=kT
を基にした。成書の中では、山本義隆氏の著書の中にあるクライペイロン論文のカルノー・サイクル図が最も近い。
P・Vのディメンジョンは、エネルギー、すなわち仕事であり、熱量に等しい。
 作図上の想定は、仮想気体として低熱温浴を100℃(373°K)、高熱温浴を200℃(473°K)としている。このブログを書き始める段階で、気体としては熱学の歴史的な発展に敬意を表して水蒸気を想定したが、水蒸気は100℃付近で覆水することで急激に圧力が低下する可能性、さらには飽和蒸気圧が温度差によって水滴に戻るなどのことから、先駆者に習って、気体としては空気に近い仮想気体を想定する。
 前回のエントロピー(8)では気体の断熱膨張について述べた。気体の断熱状態では、P・Vγ=一定値であることがポアソンによって示されている。ここでγは定圧比熱Cp、定容量比熱Cvにより γ=Cp/Cvで与えられる。空気のγの値は1.402であるが、ここでの仮想気体は1.5と仮定する。
 曲線A-Bは等温膨張を表し、この間は膨張に従って仮想気体は温度が低下するが外部から200℃の温浴によって熱エネルギーが供給される。つまり気体そのものは仕事をしないともみなすことができる。一般の成書ではここでq+の熱エネルギーが供給されると説明される。供給された熱エネルギーは、気体の膨張に伴う力学的な仕事に変化する。このことをエントロピーとして説明して成書がある。気体の温度は変化しないから、ボイル・シャールの法則により、温度は一定であり、気体の内部エネルギーは変化しない。等温の圧力Pと体積Vの双曲線で表わされる。
 曲線B-Cは200℃からの断熱膨張を示す。このとき気体膨張のための仕事エネルギーは仮想気体自身が負担するから、仮想気体は冷却して100℃に低下する。外部からの熱エネルギーの供給はないから、気体の内部エネルギーは低下する。気体の断熱膨張に伴う温度の低下については、この話題のシリーズであるエントロピーのこと(8)に述べているので、ここでは深くは説明しない。
カルノー・サイクルでは、曲線A-Bは等温膨張で高い熱の温浴によりエネルギーを供給されながら、外部に仕事をする。
仮想気体は状態を保持するために100℃等温の温浴の中で圧縮する様子が曲線C-Dに示されている。ここでは区間A-Bで与えられた熱エネルギーを捨て去ると説明された成書が多い。しかしながらこの説明は不正確であり、曲線B-Cの断熱膨張で高温の温浴で保持されていた熱エネルギーを放出している。
カルノーは、ワットの水蒸気凝縮器が念頭にあったためか、曲線C-Dの低温浴では運動エネルギーを加える必要がないと考えていたと推量される。仮想気体を想定しているとしても、一旦断熱膨張により冷却した気体が低温浴によって自然に圧力が高くなり、かつ容積も減少することは考え難いから、運動エネルギーを与える必要がある。
疑問に思いつつ山本義隆氏の成書を読み返すとクラペイロンの説明を引用している。カルノー・サイクルの説明には、垂直に立てたシリンダーの中に重量のあるピストンが上下する仕組みをモデルとしている。ピストンの底に気体の熱浴として高温材をおいて熱エネルギーを供給し、断熱膨張では、高温材を断熱材に交換する。曲線C-D間は低温材をシリンダーの底に入れ換える。これにより気体を冷却させるという説明である。
ピストンは重量があるから、重力により圧縮しているのである。つまり曲線C-Dでは力学的エネルギーを加えている。
一旦断熱膨張によって冷却した気体は、圧縮に従って気体の温度は上昇するが、冷熱温浴によって温度は上昇させないと解釈できる。そのように考えるといずれ気体温度をA点まで上昇させなければならないのであるから、低温浴で冷却しなければならない理由には疑問が残る。
曲線D-Aは100℃等温浴からの断熱圧縮を示している。ここでは断熱圧縮のために運動エネルギーを必要とする。熱力学の成書の説明では、B-C間の膨張で得られる運動エネルギーとD-A間の圧縮のために必要な運動エネルギーは同量であるから相殺されると説明している。
カルノー・サイクルは実際には存在しない仮想モデルであるから、断熱膨張と断熱圧縮が同じ動エネルギーとして相殺されるのであれば、外部に対する仕事は、高熱温浴での曲線A-Bは等温膨張である。サイクルとしての外からの仕事は、前述のように低温温浴に加えられている動エネルギーが必要であるから、この動エネルギーに要した仕事を差し引くことになる。
カルノーの時代には、後にクラジュウスが提示したエントロピーの概念はない。ここで後付としてカルノー・サイクルでのエントロピーに関する説明をつけ加えておこう。曲線A-B間の高温浴での気体膨張では熱エネルギーの供給があるのでエントロピーは増大し、曲線C-D間の低温浴では熱エネルギーの除去があるので、同量のエントロピーの減少がある。断熱状態での膨張と圧縮では、エントロピーの増減はない、と熱力学の教科書等では説明されている。
ここでは、カルノー・サイクルに関するエントロピーについては、単なる引用にとどめ、エントロピーのディメンジョンは、熱容量であることを注釈としてつけ加えておくことにする。ここでのエントロピーは影武者のような働きをしていると考えると解り易いかも知れない。

 以上、ほぼ200年前にカルノーが発表し、永久機関が存在しないことを理論的に説明した熱機関の動作サイクルの概要である。多くの科学者を啓発し、熱力学の発展に大きく寄与したことは確かである。しかしながら、いまだに現実には存在しない準静的動作のもとでのカルノー・サイクルが熱力学の教科書等に呈示されている。
熱力学では、熱力学の第0法則として平衡状態を最初に定義する。そのために準静的といって熱が平衡状態となるように状態を変化させると仮定する。
ヤカンに水を入れてガスで急速に湧かすようなことは考えないのであって、思考実験のためのモデルを扱う古典科学の分野である。
ここでは、筆者がこのようなコメントをはさみながら記述した。コンピュータを駆使しながら学問に立ち向かい、後世を担う学徒に残しうる科学的知識として適切であるだろうかと思うがいかがなものであろう。

追記
 水飲み鳥というオモチャがある。
少しばかり動作原理が異なるが、この水飲み鳥の動作原理をカルノー・サイクルと対応させる。
①鳥が水を飲む状態: 高熱温浴で気体が膨張している状態
②鳥が立ち上がる状態: 断熱膨張
③鳥が立って頭を蒸発で冷やしている状態: 冷熱温浴で気体が圧縮されている状態
④鳥が水を飲むために頭を下げる状態: 断熱圧縮
水飲み鳥は永久機関のように見える動作をするが、この動作の熱エネルギー源として温浴は水であり、冷浴は蒸発熱である。さらに詳しい動作原理は上記のウィキペディアを参照されたい。
(応)



最新の画像もっと見る

コメントを投稿