炉端での話題

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エントロピーとは(6) -熱エネルギーの量と伝搬- 

2013-08-31 09:58:21 | Weblog

 この「エントロピーとは」というシリーズは、熱学と情報にかかわるエントロピーとの関連性について疑問を寄せられたことから、その解決を求めて調べ始めたものである。前回は、電気エネルギーとのアナロジーを述べたが、熱学の歴史を辿ると熱エネルギーの伝搬に関しても多くの研究が成されている。

 下記に示す熱学の歴史を述べた成書を入手したので、これらを精読しながら今回は熱エネルギーの伝搬について述べよう。下記の成書は、いずれも熱学の歴史を知るためには良書である。

・高林武彦「熱学史(第2版)」 海鳴社 1999年

・山本義隆「熱学思想の史的展開(1)(2)(3)」 ちくま学芸文庫 2008年

 エントロピーの疑問点は、これまでにも指摘したように熱エネルギーの伝搬とか放散等の時間経過を考慮することなく、「準静的」と大上段にかまえて理論的に展開することにある。従ってエントロピーに着目する限り、熱エネルギーの伝搬とか放散、さらにいえば物質が固体から液体、液体から気体などに変化する相転移とか化学変化に伴う熱エネルギーの転移などについてもエントロピー増大則として包括的に扱うことがある。いかにも正確性と精密性に欠けることになり、現代のエネルギー危機が叫ばれる時代にふさわしくない。

 日本の代表的な大企業で熱機関の開発に携わっている方に、ある会合の宴席の立ち話で「熱機関の設計にエントロピーを利用しますか」と問いかけたところ、即座に「エントロピーは、熱機関の設計には用いません」と明言されたことがある。

 調べた範囲ではあるが、高等学校の物理の教科書には熱のエントロピーのことは書かれていない。大学の物理学の教科書の熱学(熱力学となっている)には、例外なくエントロピーのことが書かれている。学期末試験問題には出題されるであろうから、学徒は猛勉強することになる。定期試験にむけた猛勉強中には疑問を持つことは禁物である。素直に頭脳にたたき込まなければならない。 

さて本筋にもどろう。まずは熱学においては、温度を測る手法として気体温度計を1593年頃にガリレオ・ガリレイが発明している。熱の温度を測る科学的手法がもたらされた。日本では徳川家康勢と豊臣勢の関ヶ原の戦い、大阪城を取り巻く争乱の時期である。

 熱の温度は、熱エネルギーのポテンシァルを示している。熱には量、つまり熱量があることが温度計の出現によって明確になった。熱を量として測定し、熱容量の概念を与えたのは、グラスゴー大学の教授からエディンバラ大学に移籍したブラック(1728-1799)であった。熱容量を明確にした年代は特定できない(理科年表によると1761年と表記)が残された講義録から、ブラックが熱容量を明らかにしたという史実になっている。ブラックの実験結果を基にして熱エネルギーを保持する熱容量Cを下記のように定義したのは、ラボラジェ(1743-1794)、ラプラス(1749-1827)である。

C=dQ/dT             (1)

ここでQは熱量、Tは温度、dは微分演算子である。前回で述べた熱エネルギーは電気エネルギーと同類のように扱いうることは、1700年代後半に明示されていたといえる。ここで、熱容量の定義は、時間要素が含まれていないことは注意したい。また熱容量は、熱伝導度とも異なることがブラックの実験結果による講義録から明らかにされている。

 熱量の概念の発展は温度計の発明から150年以上経過しており、日本では平賀源内が科学的な貢献を行っていた時代である。 クラジュウスが1865年に提唱したエントロピーの下敷きになっていることは明らかであろう。

 エントロピーは時間要素を考慮していないが、熱学の歴史には、熱エネルギーの移動に時間要素を扱っている。その中にニュートン(1642-1727)の冷却法則があり、熱学において時間要素tを考慮した端緒である。ニュートンの原典資料は、手元の書籍にさしあたり見あたらないので、ウィキペディアから引用する。

 Qの熱量を持ち、温度がTのある物体を温度がTmの無限大の熱量を持つ物体に接したときの熱量の移動は

dQ/dt=-αS(T-Tm)       (2)

であるという冷却法則である。ここでdtは微小時間、Sは物体の表面積、αは様々な物理的な状況による常数である。この法則は、冷却に限らず加熱にも適用できることに注意しておきたい。

 上記のC=dQ/dT (1)の方程式に時間要素dtを考慮して

dQ/dt=CdT/dt            (3)

を用いると

CdT/dt=-αS(T-Tm)       (4)

となり、この微分方程式を当初の物体の温度をT0としてTについて解くと、

T=(T0-Tm)e-αSt/C +Tm     (5)

となり、指数関数的に冷却することがわかる。 

 エントロピーの表現による場合、時間的経過は準静的として扱うことから、このような冷却現象は説明できない。またこのニュートンの冷却法則によれば、熱力学の熱平衡に関する第0法則は、厳密に解釈すると無限大時間かけなければ成立しないことを意味している。準静的条件には、ニュートンの冷却法則から、長大な時間を要する場合があることに注意したい。

 ガソリン・エンジンなどの内燃機関の効率を調べると燃焼ガスの冷却と放出によるエネルギー・ロスは50%以上になるという。以上のニュートンの冷却法則の説明から内燃機関の設計にエントロピーを用いない理由が理解できる。 (応)