ついに最期の日が! ~中央線201系ラストラン

2010-10-16 22:27:00 | 鉄道紀行&乗り物


 いよいよ、明日になっていました。今読んだ夕刊によれば、201系の定期運転は14日で終了していたので、昨日&今日と仕事が終わった後にα700を持って駆けつけたところで、その姿を見ることはできなかったことがわかりました。
 思い返せば14日の夕方、仕事で国立~立川間の踏切待ちをしていたら(来月初旬に上り線が高架に切り替わると、この踏切も消滅する)、下り線の高架を橙色(オレンジバーミリオン)の車両が立川に向かって駆け抜けていきました。
「ここで会えるなんて! 残り3日なのに、まだ頑張って走っているんだ~♪
 思いがけないすれ違いに胸が熱くなったのですが、この十秒にも満たない時間が結果的に最後の逢瀬になるとは・・・。でも、このとき会えてよかった。
 最後の一ヶ月だというのに、忙しさを理由に(偶然乗れた以外は)乗りに行かなかったニワトリさんに、走っている姿を見せてくれて本当にありがとう。そのときの映像は網膜に焼き付いています。この先、何度再生することになるでしょうか?

 17日の最終日も通常ダイヤで走ってくれたなら、それこそ車庫から出てきて車庫に入るまで乗り続けたと思いますが、明日は豊田から松本までの「さよなら運転」だけなので、見送りにも行かないかもしれません。
 さては、くじ運の悪いニワトリさんはまたしても抽選に外れてしまい、悔しさがつのるあまり「見送り」にも行かないのだと考えた方もいるかもしれませんが、そうではありません。
 「H4編成」の「さよなら運転」のときも、釈然としない思いを感じたのですが、「H7編成」にとって松本行きは文字どおり最期の旅です。松本で400人の乗客を降ろしてお役ご免となった「H7編成」は、その後篠ノ井線に乗り入れ、スイッチバックの姨捨を通って長野へ向かい、人間で言えば「焼き場」に相当する長野総合車両センターで解体される運命にあります。
 三大車窓の姨捨のスイッチバックを走る201系・・・それが死化粧みたいなものでも絵になると思うし、この眼で見たいとも思いますが、通常だったら営業運転しない筈の「死出の旅路」で金稼ぎをすることについては(H4編成の場合、420人乗せて420万円の売上を計上)、憤りに近い疑問を感じます。そんなわけで今回は、「申し込み」をしませんでした。

 定期運転最後の日に姿を見せてくれたのはもちろん偶然なのですが、ニワトリさんには偶然とは思えず、このとき別れを告げに来てくれたのなら、だから明日豊田駅に来なくていいよ、と言ってくれたような気がしてならないのです。このまま終わりにしようか・・・。
 まあ、近いうちに橙色や黄緑色が今も走る関西に引っ越すからいいけどさ~♪(嘘)