『パリ・オペラ座のすべて』 ~舞踊への招待

2009-12-01 12:00:00 | 映画&ドラマ

パリ・オペラ座バレエ恒例のデフィレ(大行進)


 今年79歳になるドキュメンタリー映画の巨匠フレドリック・ワイズマンの新作『パリ・オペラ座のすべて』(09)を観てきました。160分の作品ですが、「えっ、もう終わってしまうの?」といった感じで、唐突にエンドクレジットが流れてきて、本編上映前の予告編は長いと思ったけれど、上映中は長さを全く感じませんでした。
 十年前、渋谷のユーロスペース(だったと思う)で、ワイズマン監督の『コメディ・フランセーズ ~演じられた愛』(96)を観ました。あまりの素晴らしさに、映画の後半は「終わるな終わるな」と、蓮實先生の如く呟いていたニワトリさんでしたが、早いものであれから十年(製作年数だと13年)経ってしまったのですね。世界で最も古い劇団になるコメディ・フランセーズを題材にした『コメディ・フランセーズ ~演じられた愛』の次に、やはり世界で一番古いバレエ団のパリ・オペラ座を取り上げたのは必然と言っても良く、監督自身も大のバレエ好きということで、満を持しての登場となりました。

 ワイズマンのドキュメンタリー作品には、インタビューというものが一切ありません。その代わりに、カメラはどこまでも入りこんでいきます。それは切りこむとか、監視するといったたぐいのものではなくて、被写体になっている人々や事物が、そこにカメラがあることを忘れてしまうというか、空気と同じようにカメラを意識しなくなった時点で本当の撮影が始まると言うべきでしょう。『パリ・オペラ座のすべて』の撮影期間は07~08年にかけての計84日間で、撮影されたフィルムは140時間に達したそうです。その中のわずか2%が映画として公開されたことになります。
 それだけでも、この作品の密度の濃さがわかると思いますが、ワイズマンのカメラは(79年以降殆どの作品を担当しているジョン・デイヴィーが撮影担当)、舞台やリハーサル光景だけでなく、事務方や宣伝活動、衣装や装置といった裏方にも向けられています。絢爛豪華なパレ・ガレニエの内部装飾が映し出されたと思うと、ごく普通の社員食堂にそれ以上の時間が充てられるといった具合に、飾り気のない楽屋口や機械室が頻繁に画面に登場し、ボックス席を清掃する従業員や、ガレニエの屋上で営まれている養蜂!(ひと瓶14.5ユーロで販売されている)や、『オペラ座の怪人』にも出てくる地下水路を泳ぐ魚の映像までが挿入され、年金改革(団員たちは国家公務員で40歳から年金がもらえる)についての団員集会の光景がさりげなく映し出されるなど、パリ・オペラ座という組織を構成する全てがカメラに拾われていました。
 レッスン&リハーサルそして本公演と、映画の中で登場する演目は、『ジュニス』『メディアの夢』『くるみ割り人形』『パキータ』『ロミオとジュリエット』『ベルナルダの家』『オルフェオとエウリディーチェ』・・・ニワトリさんのようにバレエを知らない人も、『パリ・オペラ座のすべて』を見たら、バレエ観劇に行きたくなるでしょう!
(来春、パリ・オペラ座の日本公演が組まれているけれど、チケットまだ残っているのかしら?) 

 パリ・オペラ座についてはそれなりの知識しかなかったので、パンフなどから抜粋すると、1661年の王立舞踊アカデミーの成立まで遡るそうです。自らも美しいバレエを披露した太陽王ルイ14世(映画『王は踊る』になりました)が、このパリ・オペラ座と、コメディ・フランセーズを設立させました。
 以後、バレエの歴史はパリ・オペラ座と共にあったと言えるのですが、このバレエ団の素晴らしさは、「最古」の伝統を誇りそれを守っていくことだけではなく、いつの時代も「最先端」の芸術を発信してきたところにあって、映画の中で初めて知ったのですが、バレエというより前衛的なダンスに近い演目や、斬新で官能的な振り付けに積極的に取り組んでいることに驚かされました。オペラ座のトップに君臨する芸術監督のブリジット・ルフェーヴルも、団員達の最高のテクニックをより引き上げるためにも新しいことへの挑戦を止めてはいけない、と語っていました。
 難関を突破して団員となったダンサーは四つの階級に振り分けられ、それぞれレッスンに励み公演をこなしてゆくのですが、毎年クリスマス頃に昇級試験が行われ、一段上の階級に挑みます。一番上の階級の上に、エトワール(「星」)と呼ばれる最高位のスターたちがいて、映画の撮影時には18名のエトワールが在籍していました。(09年は16名。2名のエトワールが引退?)。ダンサーの定年は42歳で、技術職は一般公務員と同じ60歳。年間160億円(08年度)の総人件費は、全額国の補助金で賄われています。
 撮影期間中に、20世紀を代表する振付家モーリス・ベジャールが死去し、葬儀に参列したブリジットが電話で葬儀の様子を語る場面が収められていました(ベジャールについては、ドキュメンタリー映画が公開される)。
 また、宣伝会議の場面で、大口寄付者の一人として(金融恐慌を引き起こすことになる)リーマン・ブラザーズの名前が出てきたときは、客席から苦笑がもれました。さりげない部分だけれど、カットしなかったところにワイズマンのこだわりを感じたりして・・・バレエシーンの素晴らしさは、往年のハリウッド・ミュージカルにも通じる部分があって、息を呑むばかり! 年末は久しぶりに『ザッツ・エンタテイメント』三部作を観ようかな?


 一度は行きたいパリ・オペラ座・・・ジュエルケースのDVDは、ワイズマンの傑作『コメディ・フランセーズ ~演じられた愛』(再販版からトールケースに)。『パリ・オペラ座のすべて』よりさらに長い223分の大作だが、「短すぎる」と誰もが感じるだろう。圧倒的に素晴らしい。16mmカメラによる撮影だから、最新のハイビジョンカメラとは違って粗い映像になるが、DVDのクオリティは褒められたものではない。『パリ・オペラ座のすべて』とペアでブルーレイ化してほしい。

 『パリ・オペラ座のすべて』公式HPは、 → ここをクリック 
 2010年、パリ・オペラ座が日本にやってきます。日本公演のHPは、 → ここをクリック