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海へ(その2)

2011-11-04 23:00:15 | じ・でんしゃでGO~♪

 
 大変です! ブログ上では多摩川のサイクリングロードを走り出してまだ30分も経っていないのに、実際はあれからもう一週間が経ってしまいました。今日は午前中に光回線の工事があり、午後1時過ぎからタイレルFXで多摩湖を一周、帰りがけに田無の「ハマーズ」に寄って、置き忘れた簡易輪行袋を受け取ってきました。本日の走行距離は55kmと先週の半分程度でした。乗り方が少し良くなったのか、それほどお尻も痛くなく、疲れも軽い運動程度で(仕事で2万歩歩くより楽)少し物足りない感じでしたが、話を戻してここらで加速しないと、いつまで経っても海にたどり着けません・・・。
 さて、是政の堰から40分ほど走って、お尻の痛みが尋常ではなくなった頃(お尻が痛いのはバイクで馴れているけど半端じゃない!)、丸子橋に着きました。親戚が近くに住んでいたことから、このあたりでも遊んだことがあります。昔の方が河原っぽかったけれど、水質は酷く異臭が漂っていました。当時よりも、ずいぶん綺麗になったと思います。ゴルフの打ちっぱなし練習場はいらない気もしますが、広々とした河川敷に降りてトイレ休憩を取りました。後ろの橋が丸子橋です。

 
  下流側には横須賀線と東海道新幹線の橋梁が並んで架かっている。N700が橋を通過中。クリックすると、新幹線が見えるよ~!


 ガス橋(バイクではここまでしか来たことがない)を過ぎると、多摩川はS字を描いてゆく。第二京浜(国道1号)を横切り、川崎競馬場の練習馬場を左手に見おろしながら大きく右に曲がっていく。道が悪路になったり(ゴツゴツをもろに拾いお尻が悲鳴!)、ときどき向かい風が吹いたりして速度が落ちたけれど、おおむね時速25キロ以上をキープしながら走れた。S字の途中から土手の上を走れなくなり一般道へ・・・。東海道線と京急本線をくぐり、京急大師線に沿って走ると、第一京浜(国道15号)の大きな橋にぶつかった(写真の位置。渡し舟が出ていた)。ここから先は右側に遊歩道がなく、橋を渡って川の左側を下っていった。このあたりから、羽田空港を離着陸する飛行機が見えてくる。


 

 対岸に渡って少し下ったところに、いい感じの水門があった(六郷水門)。時刻は12時15分・・・河口まで残り約4km。いいペースだ。自転車を降りて15分ほど休憩した。 実は水門の裏側(水路側)は公園になっていて、公園側から水門を見ると、煉瓦部分の形がはっきりわかり、水門の右手にある煉瓦小屋も確認できたのだった・・・また行くしかない?


海へ ~タイレルFX初乗り 

2011-10-30 10:18:10 | じ・でんしゃでGO~♪


 タイレルを受け取った翌28日(金)、ニワトリさんは多摩川を下って海を目指しました。フランソワ・トリュフォーの『大人は判ってくれない』(59)で、感化院から逃げ出したアントワーヌ・ドワネル少年が走ったように・・・。あるいは、ジャン・ヴィゴの『アタラント号』(34)が最後に海という名の無限の光(リュミエール)に包まれたように・・・。
 なんていうと、格好よく聞こえるかもしれませんが、15分経つと全て忘れてしまうニワトリ体質が(嬉しさのあまり)遺憾なく発揮され、田無の自転車店「ハマーズ」に折畳んだFXをすっぽり包む簡易輪行袋を忘れてきてしまったために、まずはそれを取りに行かねばならないな~と思案していたのです。東八道路から甲州街道に出て神田&上野(古本祭り開催中)界隈をブラブラしてこようと思いました。
「つい最近、出田奈々アナが神保町をレポートしてたことだし、例のカレーでも食べて、帰りに「ハマーズ」に寄って忘れ物を取ってこよう・・・」

 ネコのクルミさんと記念写真を撮って、家を出たのが10時。でも、そう決めながらも、多摩蘭坂経由で東八道路に向かわず、通勤コースになっている大学通りからGHへタイレルFXを走らせました。「やっぱりファースト・ランは、馴染みの多摩川を下って羽田だよな・・・」
 赤のフロントフォークがアクセントになっている白いタイレルFXは、大学通りの直線をぐんぐん加速して時速30キロ前後のスピードで快走しています。気持ちいい~♪
 GHまでの距離は4.35kmでした。ここから多摩川までは目と鼻の先になります。河川敷に出ると、すぐに四谷大橋をくぐります。橋をバックに写真を撮りました。
 多摩川のサイクリングロードは、休日だったらまず走る気にならない道ですが(死亡事故まで起きている)、平日なのでガラガラに近い状況でした。のんびり歩いている人、ランニングしている人と、ときどきすれ違います。ロード&クロスバイク、ランドナーも走っていましたが、凄い勢いで走る人は皆上流へ向かっていて(帰りが楽だからかな?)、下りの方はがむしゃらに走っていない自分が一度も抜かれなかったことを考えると、非常に平和な交通状況だったと言えるでしょう。ところどころに設けてあるコブ(スピード防止の段差)が不快でしたが。
 是政の堰が見えてきました。自転車を停めてひと休み!(また?)


   

 さらに割高になってしまいましたが、フロントをダブル化してSTIを奢り、ハンドルをストレートからブルホーンに変更して正解だったと思います。黒から赤へのフロントフォークの変更は無料でした。HONDAの昔のF1マシンをイメージして赤フォークにしたのですが、JALの旅客機(白地に尾翼だけ赤)にも似ていたことを、その日の午後に知りました・・・。


多摩川に出ると、まず四谷大橋を背景に一枚!


 小さい頃から泳いだり釣りをした堰の前でさらに一枚。高圧線はヒッチコックの『鳥』状態ですが、のどかです。散歩中の人が「いい自転車だね!」と、声をかけてくれました。この調子で休んでいて海まで辿りつけるの?


タイレルFX、初乗り!

2011-10-29 00:43:00 | じ・でんしゃでGO~♪


 
 二か月待ちと言われた「タイレルFX」が約二週間早く納車されました。仕事が忙しくて、土日月火水と引き取りに行けなかったけれど、木曜日にJRと西武線を乗り継いで田無で下車、新青梅街道をてくてく歩いて「ハマーズ」に向かいました。その日は夜勤明けでしたが、13時には帰宅できたので、お昼を食べたらすぐに取りに行くつもりだったのですが、前日の朝から続いた勤務の疲れが出たのか床でネコと一緒に寝てしまい(なぜかその日は超甘ったれだった)、15時に目が覚めたものの、「もう動きたくない人」になっていました・・・。
「明日取りに行けばいいや」と何度思ったことでしょう。でもそうしたら、来週の休日まで実質走ることができなくなってしまいます。今日取りに行けば、帰宅が遅くなるに違いないけれど、その代わり明日思い切り走れる! 
 老骨に鞭打って立ちあがり、靴を履きました。

 初めて実物を見て、思った以上にタイヤが小さいことに驚きました。これでちゃんと走れるのだろうか?
 ・・・心配は杞憂に終わりました。金曜日は河川敷を走って(平日だったのでサイクリングロードが空いていた)海(羽田)を目指しましたが、タイレルFXはお茶の子サイサイでこなしてしまいました。
 むしろ、エンジンの方がブローしてしまうのではないか心配されたけれど、お尻が痛くなったのと、太ももが少しだるい程度で済んでます(走行時間=4時間59分、走行距離100.2km。平均速度20.0km/h)。タイレルFX、大変気に入りました~♪


 店に着いたのが17時近く。ポジションを決めて試走。調整と折り畳みの練習(猛練習すればスムーズに折り畳めるかも?)をして店を出たのが20時近く。寒さが結構身に沁みたけれど、家まで15km、HAPPYな時間を過ごせました。外には置けないので、二階の自室(倉庫と化していてお恥ずかしい限り)に折り畳まずに運びました。軽いので楽チン? 階段の取り回しに気を使います。
 部屋に置いたら、早速ネコが興味を持ったようです。「何だこの怪しい物体は?」といった感じでしょうか・・・似たような色合いで、自転車と相性が良さそう? 


はい、チーズ! 本当は下の一室に置きたいけど、今のところ無理そうです・・・


国鉄下河原線(跡) ~下河原遊歩道

2011-10-14 23:31:23 | じ・でんしゃでGO~♪


 下河原遊歩道は、下河原線の軌道をそのまま遊歩道化したものです。甲州街道の北側に面している下河原線広場公園を起点に下河原駅(跡)と東京競馬場駅(跡)までかつてのレールの上を辿って歩くことができます。自分の場合、(下河原遊歩道が廃線跡だとは知らずに)府中市郷土の森博物館に行く際に何度か利用していましたが、まわりに畑が広がっていて空が広く、大変気持ちの良い道だと思っていました。生活道路としても頻繁に使われているようですが、犬の散歩をしている人や、ウォーキング&ジョギング姿の人を多数見かけました。自転車もかなり走っていましたが、ロードバイクで疾走する人はおらず、子供用の自転車を従えてゆっくり自転車を走らせているお父さんお母さんが多かったです。
 枕木を使った案内板がありました。それによると、下河原線が正式に廃線となったのは1976年で、武蔵野線開通直後に廃線になったわけではないようです。調べてみると、武蔵野線開業後もときどき貨物輸送を行っていたことがわかりました。三年の間に廃線後の計画を練っていたのかな?


(左)甲州街道から内側に入るとすぐに京王線の高架をくぐる。その昔、京王線は高架化されていなかったから、この2線はどうやって交差していたのだろう? その先で今度は南部線と交差するが、そこでは下河原線(遊歩道)が陸橋となって南武線をまたいでいた。
(右)蛇のようにうねっているが、線路もこのように曲がっていたのだろうか?


道路を渡るときレールが出現する! 写真のような親子連れが多い。


(左)23区内の遊歩道を歩いていると、これと同じようなレール跡に遭遇することがある。都電の軌道跡だ。いつか全部辿ってみたい。
(右)次に車道を横切る際に供養塔を見つけた。かつて踏切事故があったらしい。


 

畑の上に「考える人」が浮かんでいた。夕暮れが近い。


(左)郷土の森を右に巻く感じで線路跡を歩いて行くと下河原の貨物ヤードを思わせる草っぱらが現れる。ここで砂利を積みこんでいたのかもしれない。その先はマンションや福祉センターが建っていた。
(右)終点の?下河原神社。鉄道関係の記述や痕跡を探したけれど、見つからなかった。


 

(左)帰りは、自転車に乗って新設された東京競馬場駅のへ分岐点まで戻る。このようにはっきり線路の形がわかる! というわけで、電車に乗っている気持ちでペダルを漕ぎながら、東京競馬場駅跡へ向かう。
(右)道なりに走ると広場に出た。武蔵野線とその待機線の下の通路をくぐれば東京競馬場だ。写真では確認しにくいが、ここから観客席の屋根が見えた。


 照明が灯った。満足したニワトリさんは、団地内を横切る元線路をゆっくり走って、先の分岐点から下河原線広場公園に戻った。そこから先はひたすらペダルを漕いで帰宅した。


国鉄下河原線(跡)~下河原線広場公園

2011-10-12 22:28:00 | じ・でんしゃでGO~♪


 国鉄下河原線の国分寺~北府中間については、一昨年まで残っていたレールの全てが撤去されてしまったようですが、その先は下河原遊歩道になっていて、その意味では現在も実に多くの人が利用しています。便利だから利用していると言うより、憩いの道として親しまれると言った方が適切でしょう。大勢とすれ違いました。
 上の写真は下河原遊歩道の出発点になる小さな公園で、「下河原線広場公園」の駅標が枕木を重ねてホームに似せたステージの上に立っていました。公園内にはレールも残されていて、線路の枕木が植え込みや踏み込みなどに再利用されていました。レールの先の道路(青い車が写っている)は国道20号線です。ルート20に踏切があったとは・・・記憶にないのが残念です。


(左)北府中駅南。右側に写っている武蔵野線のレールは、ここから地下に潜って府中本町に至る。雑草が茂っているところには、下河原線のレールと車止めが残っていたらしいが・・・どうやら撤去されてしまったようだ。
(右)下河原線広場公園内の植え込みと踏み込みに使用された枕木。枕木はかなり再利用されたみたいで、遊歩道内でたくさん見つかる。


 公園の北側。下河原線のレールは、左側の通路ではなく、農作物が植えてある福祉施設の敷地内を通っていて、この先で道路を渡り二番目の写真へ繋がる。この建物は自分も一度訪ねたことのある共同作業所だが、元線路の上に建っていたことには全く気づかなかった。事情がわかると、建物が駅舎のようにも見えてくるから不思議だ。うなぎの寝床のような縦長の敷地(線路)を駐車場、建物、菜園という具合にうまく使っている。跡地利用と言えば、終点となる下河原駅の広大なヤード跡付近にも、大規模な総合福祉施設が建てられていた。こうした福祉施設や憩いの場所にもなっている遊歩道に生まれ変わった下河原線・・・第二の人生もなかなか素敵だ!


国鉄下河原線(跡)

2011-10-10 00:00:00 | じ・でんしゃでGO~♪

下河原遊歩道(下河原線跡)はここから始まる


 三連休の中日の今日(9日)だけお休みでした。自転車はまだ届かない、観たい映画も今週はない(先週、『スーパー!』と『監督失格』を観た。ドニー・イェンの『レジェンド・オブ・フィスト』も観た)、給料日まであと4日でお金もない・・・というわけで、ないないづくしの休日は家でごろごろしているしかない?
 と思いきや、ご近所に格好の散歩道があったんですね~、下河原遊歩道です。この遊歩道、実は廃線跡だったんです。仕事絡みで何度かその一部を歩いていたのですが、元線路だったとは全く気づきませんでした。正しく「灯台もと暗し」ですが、旧国鉄中央線支線「下河原線」が走っていました。
 下河原線の存在を知ったのは今から約二年前でしたが、目から鼻の距離にあっていつでも行けるとなると、逆になかなか行かないものです。タイレルFXの慣らし用に予定していたけれど、我慢できず?今日の午後行ってきました。

 「下河原線」のことは全く覚えていません。国分寺と東京競馬場を結んでいたので、土日はかなりの乗客が利用していた筈です。途中駅の北府中は東芝府中工場の正門前だから、平日は通勤ラッシュにも見舞われたでしょう。武蔵野線が開業すると、その機能を全て譲る形で廃線になりました。ネットで検索すると、在りし日の写真も沢山出てきます。武蔵野線の開業が1973年だから、万博の翌年ですね(大阪万博は1970年で書き間違い)。その頃の国分寺&国立って、こんなに田舎だったんだっけ? 確かに近所にスイカ畑があったけれど・・・信じられません。

 「下河原線」の歴史は古く、1910(明治43)年まで遡ります。多摩川の砂利を運搬する目的で国分寺~下河原間3.8kmに敷かれた「東京砂利鉄道」が「下河原線」の根幹です。1920(大正10)年に鉄道省が買い上げ、中央本線貨物支線として国分寺~下河原間が開業したものの翌年に廃止されてしまいます。1933(昭和8)年に東京競馬場が開設されたことから「東京競馬場前」駅を新設、翌年にから国分寺~東京競馬場前間が開業し、「下河原線」は旅客線として復活を遂げます。第二次大戦中に休止となってしまいますが、1947(昭和22)年に営業再開され、東芝工場用に設置された北府中信号場が駅に昇格しました。普段はクモハ40というチョコレート色の電車が一両編成で走っていたようですが、ラッシュ時にはオレンジ色の101系が5両編成で旅客を運んでいました。一度乗って見たかったなあ~♪

 14時半に家を出て3時間の時間旅行でした。起点となる国分寺駅から下河原まで跡を辿っていったのですが、移動手段に自転車と徒歩を併用する方法は、ニワトリさんの求める旅に最も威力を発揮しそうです。時間を稼ぎたいときはペダルを漕ぎ、必要とあらば自転車を置いて歩く。歩きたい気分なら自転車を押し、走りたくなったらサドルに跨る・・・今後の旅はこのスタイルになりそうです。
 あまりに放っておいたせいか、車体がキシキシと悲鳴を上げたりするのですが、ブレーキがちゃんと効き、変速ができる自転車の走行は実に気持ちが良いものです。スピードも出せるし・・・。寄り道した「お鷹の道」と甲州街道付近から始まる「遊歩道」の片道は徒歩で、残りの時間は気持ち良くペダルを漕ぎました。
 ただ一つ残念だったのは、国分寺~西国分寺駅間のレールと、北府中駅南側(ちょうど武蔵野線が地下に潜るところ)のレールが撤去されていたことです。30年以上残っていたのに・・・非常に悔いが残りました。「いつまでもあると思うな」で、どんどん訪ねていかないと駄目かなあ?


 国分寺駅西に架かる花沢橋から。廃線から30年以上放置されている線路が、橋をくぐって西国分寺へ向かう中央線の左側に見える筈だったが・・・最初は草に覆われてレールが見えないのかも?と思ったが、実は2009年に行われた架線柱工事の際に撤去されてしまったのだ。なるほど、確かに電柱が新しい(橋から300mm望遠で撮影)。20年以上も通勤していたわけだから必ず線路を目撃している筈だが、「そう言えばあったかな?」程度の記憶しかない。


 国分寺~西国分寺間は、下河原線の痕跡を探しながら出来る限り線路脇を辿った。一昨年まで残っていたレールは、国鉄の施設だった中央鉄道学園への引込線だったらしい。下河原線が大きく左にカーブするところは現在マンション群が建っていて、何の痕跡も残っていないが、外周道路から何となく線路跡を想像できる。ここでニワトリさんは線路跡を離れ、お鷹の道&国分寺跡に寄り道した。

 22時ころから書き出したら、月曜日になってしまいました。朝から火曜日の昼過ぎまで長~い勤務に入ります。続きは火曜日に?


待ちぼうけ・・・?

2011-10-07 23:39:23 | じ・でんしゃでGO~♪

 仮に名づけたニワトリさんの新しいオモチャ=「スズメ号」(タイレルFX)だけれど、9月初旬の段階だと2ヶ月待ちのことでした。ところが先週、「10月6日に納車できるかもしれない」との連絡があり、「それなら9日は初乗りに出かけよう。荒川を勧められたけれど、ここはやはり、地元の多摩川を下って羽田まで行ってこよう~♪」と勝手に盛り上がっていたのですが、昨日改めて「納車は早くて10月22日。今月中には引き渡せそう」との連絡が入りました。
 在庫を持っている有名専門店に行けばすぐに乗れましたが、少々待たされることになってもこの店で購入しようと自分が決めたわけだし、10月中に乗れるなら当初の予定よりも早まっているわけだから、何の問題もない筈。でも、ニンゲンとは不思議なもので、ちょっとがっかりしてしまいました・・・。

 その反動でしょうか、前後ブレーキが全く効かなくなってピストバイク以上に危険な乗り物になっていたMTB(下り坂!では押していた)のブレーキを直し、前後の変速機を調整(前=変速するとチェーンが外れる。後=7速に入らない。6速は壊れそうな音がする。5速に入れると勝手に4速になる。3速は4速に近すぎて元々使っていない。1速にするとチェーンが外れる・・・というわけで、アウター4速固定で走ってた)、ついでにタイヤに空気を入れ、チェーンに油を差しました。
 六角レンチとプラスドライバーがあればできる調整なのに(でも、取り説に調整の仕方を記載していないのは???)、今まで一度もしたことがありません。そもそも、自転車を漕いでいる時間よりも押し歩いている時間の方が圧倒的に長いせいか、ペダルを漕いでいるわりにあまりにも前進しなくなるまでタイヤに空気を補充しないほどでした。なのに、このような「代償」行動に出てしまうのですから、次の休みはタイレルFXによほど乗りたかったのでしょうね・・・。
 「笹湯」も入れなくなってしまったし、納車までの休日は何をして過ごそうかな?


タイレル FX

2011-10-02 06:06:00 | じ・でんしゃでGO~♪


  じ・て・ん・しゃ話の続きです。まず写真をよ~くご覧ください。軽量&高剛性なおかつ折畳み機構まで組み込まれているタイレルFXのフレームです。相反する要求をとことん突き詰めていった結果生まれた「必然の形」とも言えるのですが、それ以前に何とも美しいシルエットに魅せられました。製造元は「Xスラントデザイン」と呼んでいますが、トラス好きなニワトリさんはこの幾何学的模様にひと目惚れしちゃいました。
 真横から見ると、アレックス・モールトンTSRのフレームにも似ていますが、TSRのトラスフレームはやり過ぎと言うか、生産性やコストを無視してトラスの美しさを追及した感があって(だからお値段の方もそれなりに張るのでしょうが)、自転車と言うより工芸品と言った方がいいかもしれません。眺めているだけでため息が出そうな美しさだけに、「乗らないで飾っておくのもあり」かな?
 タイレルFXはTSRのような(メカフェチの心をくすぐる)サスペンションを備えていません。ロードバイクのようにシンプルなのですが、車輪を受けるリアアームや(写真には写っていませんが)フロントフォークは、サスペンションに代わって路面のショックを吸収ししなやかな乗り味を演出するためでしょう、微妙な曲線を描いています。水平に引かれたメインチューブを斜めに横切っている筋交いのようなパイプは実は二本あって、メインチューブを挟みこむ形で溶接されているのですが、この二本のパイプも樽型に曲がっています。
 タイレルFXは、真横から見たときの「Xスラントデザイン」が際立っていますが、斜め後方から見たとき女性のシルエットにも似た美しくセクシーなカーブに目がとまり、いよいよ魅力的に感じてしまう自転車でした。 

 フレームに刻まれた「Tyrell」(ティレルじゃなくてタイレル)の文字・・・2004年にアイヴエモーション社の広瀬将人さんが設立した日本ブランドです。名前の由来が、唯一無二のF1マシンで斬新&近未来的なフォルムが今もなお多くの人を魅了し続けている「六輪タイレル」かもしれない、と嬉しくなったのですが、70年代「タイレル」と呼ばれていたF1コンストラクターの「ティレル」(1998年にF1から撤退)のスペルは、Rがダブルの「TYRRELL」でした。残念! 実は、映画『ブレードランナー』に登場するレプリカント製造会社「TYRELL」から採られました。「TYRELL」社に代表される現代社会の行き過ぎたテクノロジーと驕りに対する戒めの意味をこめて命名したのでしょうか。あるいは、人間以上に人間らしく行動したレプリカントに共感して製造会社をブランド名にしたのかもしれません。でも、こうして由来が明らかになっても、自分がタイレルFXに抱くイメージは、あの素敵なショーン・ヤングではなくて、シックス・ホイーラーのタイレルP34なのです・・・。
 ご多分にもれず、自転車産業界にも空洞化が起きていて、大手国産メーカーは(憧れの英国メーカーも)人件費の安い国で生産を行っています(GIANTは台湾のメーカーだけれど、コストパフォーマンスはピカいち)。広瀬さんは、都市計画のコンサルタントをしていましたが、地元香川にUターンして自分の乗りたい自転車を作ろうと会社を立ち上げました。最初の製品「SZ」が絶賛され、讃岐を生産拠点に全世界へ製品を送り出しています。フレームの中央で躍っている「メイドイン讃岐」の刻印は、伊達や酔狂ではない本気印なのです。折畳み機構を有する待望の「FX」を経て、最新作はオールクロモリフレームの「CX」。細身のパイプが最高です。
 タイレルFXといえば、ニワトリさんが一度乗ったことのある「琴平電鉄(ことでん)」のIruCAカードの図柄にもなっているそうで、一枚手に入れて、どちらも頑張れと応援したいな~。タイレルFXを抱えて「ことでん」に! 明日にでも現実になりそうな夢ですね~♪


 

 「Tyrell」は小口径車(のことをミニベロと呼ぶらしい)を中心に色々なタイプの自転車を製造&発売していますが、「FX」は写真のような形に工具無しで折り畳むことができます。
 フォールディングバイクと言えば、DAHON(米国)、ブロンプトン(英国)、BD-1(ドイツ)が有名ですが、「タイレル」の登場で日本も彼らと対等に戦うことができるようになった、と考えることができます。その名に恥じないように、エンジン(脚)も鍛えないと!
 ニワトリさんは、自転車を買ったらお気に入りのローカル線まで輪行して今まで以上に「降り鉄」を楽しもうと思っていたのですが、ランドナーを買った場合に一番ネックになるのが実はこの「輪行」なのです。
 ユーラシアに乗っていたときは「自走」オンリーで、一度も「輪行」したことがありません。日帰りならサドルバッグだけで間に合うこともありましたが、サイクリング旅行に出かけるときは、大型のフロントバッグ+小型サドルバッグ+(リアの)バニアバッグを装着した上に寝袋とテントを積んで、ひたすらペダルを漕いでいました。自転車をばらして輪行袋に入れるだけでも面倒なのに、多くの荷物と自転車を運ぶのが億劫で、切符を手配したり置き場所を確保するといった輪行に伴う手間を避けてきました。
 ツバメ号はユーラシアより輪行し易いランドナーです。習うより慣れよの要領で場数を踏めば「輪行」が苦ではなくなると頭ではわかっているのですが、ではツバメ号を輪行して例えば「いすみ鉄道」に乗りに行くかと言えば、答えは否でしょう。
 「輪行」を前提に自転車を購入するならフォールディングバイクを選ぶべきで、(最近増量中の体重を減らすためにも)ストイックにどこまでも走ろうというならロードバイクを選ぶべきではないだろうかと、考えるようになりました。ロードバイクだって、その気になればいくらでも輪行できますもの。ランドナーはオールマイティな自転車ではあるけれど、どっちともつかずの中途半端にもなりそうです。かといって、走りに特化したロードバイクは出戻り初心者の自分には敷居が高いような気がします。最新のロードバイクに跨って懸命にペダルを漕ぐのもいいかもしれませんが、肩のあたりに悲愴感が漂うようだとそのうち乗らなくなってしまうかもしれません。

 気軽に持ち運べる散歩自転車ならブロンプトンで決まりですが、散歩が目的なら今までどおり歩けばよく、自転車に乗る必要性を感じません。タイレルFXは、ホイールベースが非常に長いこともあって折畳んだときはブロンプトンよりかさばりますが、重量が約9kgと軽量なため持ち運ぶのは比較的楽で、ひとたび走り出せばロードバイクに匹敵する走行性能を備えています。タイレルFXなら、「輪行が簡単でその気になれば自転車らしくしっかり走る」という都合が良すぎる要求にも答えてくれるかもしれません。
 最強ではないが最強になりうる一台。小型軽量でしなやか&タフに走りしかも純国産といえば、まるで今をときめく「なでしこJAPAN」ではありませんか! タイレルFXについては、様々な角度からアプローチをしたのですが、知れば知るほど「なでしこ」と同じひたむきさを感じるようになりました。

 


  タイレルFXの現物を見に行こうと思った9月3日の朝、自転車好きの隣人(メカ大好きの技術者で素晴らしいアナログレコードを沢山持っている)がロードバイクを車に乗せていたので、これを機にアドバイスをもらおうと声をかけたところ、「だったら、これから一緒に行ってみない?」という話になり、その人が通いつめている「ハマース」という自転車店を訪ねました。ここの「店主」は本物の「自転車人」で、自らも走りまくっている上に理論家ときています。自転車について語り出したら徹夜しても終わらないと思いますが、それ以外の話題でも尽きることがなさそうです。この店で、同じタイプの常連さんとも知り合うことができました。その方は、真空管アンプを自作してしまうほどの「熱中人」でした。全くいい人と知り合ったものです。
 さて、上写真は「タイレルFX/シルバーフレーム」のスタンダード仕様です。ニワトリさんは、今はなき中央線(201系)を彷彿とさせるようなオレンジフレームの自転車が欲しかったのですが、FXのオレンジは朱色に近い感じだったので、思い切ってホワイトを選んでみました。白フレームの場合、フロントフォークは黒になるのですが赤に変更してもらいました。「白地に赤」の日の丸模様といえば、HONDAが60年代に挑戦したF1マシン=RA273みたいに格好良い~?
 ホイールは(白・黒・赤)も選べます。光りモノが好きなので標準の銀にしました。フレームを確保するまでの約四週間は、「ああでもないこうでもない」の楽しい待ち時間でもありました。標準仕様のフラットバーをブルホーンに換え(バーテープはとりあえず黒)、フロントをダブル化し105&STIを奢ってしまいました・・・。
 ニワトリさんの「日の丸」タイレルFX・・・最初に乗ろうと思ったランドナー「SWALLOW(ツバメ)」号に敬意を表して、「SPARROW(スズメ)」号と呼ぼうかな? もう少しで手元に届きそうです。


参考までに、こちらがモールトンTSR。ドロップハンドルは似合わない?
お値段の方は貯金を全て吐き出してしまったニワトリFXの1.5倍増し!

 どうでもいいけど、DELLが完全にイカレて起動できなくなってしまいました。一昨日、何とか起動したので初期化すべくバックアップを取り始めましたが、フリーズしまくり亀より遅い歩み・・・エラーが出始めてから動作速度がいよいよ遅くなり、今やっと72%。この記事を書くためにとんでもなく時間をとられ、ストレスたまる一方です。まだ一年半も経っていないのに、なんでこんなに簡単に壊れるの~!


じ・て・ん・しゃ! ~ユーラシアからツバメ号へ・・・

2011-09-26 23:57:07 | じ・でんしゃでGO~♪


 時計を少々巻き戻して、モデルガンの次に再燃したマイブームは・・・「自転車」でした。
「な~んだ、今が旬じゃない!」と言うなかれ。
 高校時代、ニワトリさんは自転車少年でした。愛車は、メタリックグリーンのユーラシアEA-1(上写真。ブリヂストン製1976年型)。高校合格のお祝いに?買ってもらった通学用!の自転車ですが、その名のとおり大陸を縦断してヨーロッパまで行かれそうな素敵な自転車でした。実際は、一都六県で終わってしまいましたが・・・。

 世代を超えて定着した今の自転車人気とは少々質が異なりますが、当時の男子中&高校生の多くが変速機付きの自転車に乗っていて、その中でもドロップハンドルの本格的サイクリング車は憧れの的でした。
 中学を卒業したばかりの少年が自転車で日本一周する漫画『サイクル野郎』(週刊『少年キング』連載)の影響が多分にあると思いますが、ランドナーやスポルティーフと呼ばれるサイクリング車を手に入れたニワトリさんたちは、パーツをより高性能なものに換装しながら(主に軽量化を図ってゆく)、夏休みなどを利用してサイクリング旅行に出かけました。
 フレーム以外の全ての部品を換装してしまった凝り性の友達もいました。ニワトリさんの場合は、バーナー&クッカーに寝袋&テントといった自炊と野宿のための装備品もひと通り揃えたかったので、そこまで改造しなかったけれど、サドルをブルックスの皮製に換え、バーテープを車体と同じ緑色に自分で巻き直し、ペダルが重くなるのを嫌って使わなかったダイナモ&ライトを取り払ってしまい、代わりに強力な懐中電灯をフロントキャリアに取り付け、スプロケットと変速機を交換しました。

 少しずつ部品を変えながら、ユーラシアで都内、伊豆、湘南、房総、常磐、富士を走りましたが、18禁が終わって二輪に乗れるようになった途端にユーラシアはお役御免と言わんばかりに、庭の片隅で埃と雨を被るようになってしまいました。
 でも今、あの頃の思い出がなせるわざなのか、ランドナーが無性に欲しくなってしまったのです。
 ところで、ニワトリさんが浦島太郎している間に自転車を巡る環境は大いに変わり、ランドナー&スポルティーフという車種は激減してしまったようです。さすがにマウンテンバイクは知っていますが、ロードバイクをロードレーサーと呼んで笑われ、ミニベロ?ピストバイク??ポタリング???
 
 ロードバイクには(ルックスを含めて)全くついていけません。「自分が乗りたいのはユーラシアと同じランドナーなのだから」と、そちら方面を物色していたら幾つか出てきました。ARAYAのランドナー「SWALLOW(スワロー)」が良さそうな感じです。パーツのグレードは分かりませんが、サドルがブルックスで重量が11.9kgと、他社のランドナーよりお洒落で軽い点がイイじゃない! 何といっても、オレンジ色のクロモリ(鉄)フレームと昔ながらのルックスに魅せられ、さらに「SWALLOW」という呼び名も気に入ってしまいました。
「ツバメ号か・・・長く乗るには、いい名前だよな~♪」
(アーサ・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』シリーズに登場する小帆船ツバメ号を思い浮かべている)
 同社のスポルティーフ「EXCELLA(エクセラってマツダの車だけど)」もなかなか美しく、車体が1kg軽く700Cサイズのタイヤを履いていることから、ツバメ号より速く走れそうです。
「でも自分には、やっぱりランドナーだよな~。いや、ここは冒険して、スポルティーフでいくべきか?」
 約二ヶ月前ぐらいから、ニワトリさんは夜な夜な自転車関係のサイトやブログを閲覧して、「あれがいい、これがいい」と心を躍らせていたのですが、一ヶ月後にとうとう一大決心をしました。
「よし。ツバメ号を買って、サイクリングに行こう!」


 フレームサイズが若干大きいユーラシアEA-2。その当時、身長160cmしかなかったニワトリさんにはEA-1しか選択肢がなく、EA-2の色も気に入らなかったが、今はピンクのユーラシアも格好良いと思う。いや、今だったら、無理を承知でこっちかな?


 ロードバイク全盛の時代に(最近注意深く自転車をチェックしてるけど、ランドナー乗りはいない・・・)生産されている貴重なランドナー。ユーラシアでできなかったことをツバメ号でしてみよう、と思った。