雲仙普賢岳の火砕流は怖かったですが、山腹の土砂や岩石が大雨で一気に水無川下流へ押し流される土石流でも大きな被害が出ました。
平成4年8月9日の水無川流域の土石流によって、多くの家屋や田畑が埋没してしまいました。
土石流被災家屋保存公園では埋没した家屋11棟が展示されています。
屋根まで土砂が堆積してしまっています。
この家屋の人たちは平成3年5月15日の避難勧告によって避難していましたので、人的被害はなかったそうです。
テントの中の家は、雨で洗い流されることもないので、当時の火山灰が屋根に積もったままです。
保存家屋公園に行く途中に、ヘリコプターの展示がありました。
自衛隊の輸送用ヘリコプターで、噴火の時出動したものです。
そして同じ場所には「島原市消防団 消防殉職者慰霊碑」が普賢岳に向かって建っています。
ふるさとの復興を見つめているでしょうか。
大火砕流から22年がたち、町は平穏を取り戻しています。
でも溶岩ドームには大きな溶岩が不安定な形で残っていて地震が起きたら心配ですし、普賢岳山麓には大量の土砂があり、土石流の不安もあります。
私が見学した場所の他にも、噴火を知る展示や風景はたくさんあります。
全部はとても見られませんが、その一部を見学しただけでも、あの時のニュースの映像がよみがえり、自然の脅威を感じました。
この記事を書くにあたって、調べてわかったことも色々ありました。
島原半島は世界ジオパークに認定されています。
ジオパークってこの旅行で初めて知りましたが、大地の営みと人々とのかかわりを体験できる場所です。
平成噴火の災害の爪痕などもその中に入っています。
さて普賢岳の見学を終え、島原半島の南端にある口之津港へ、そこからフェリーで熊本県天草へ向かいます。30分の船旅です。
熊本県に到着しました。天草西海岸は海に沈む夕日の名所でもあります。
夕日を見るために、フェリーの時間を調整しましたが、残念ながらどんよりと曇り、わずかにこんな太陽を見ただけで、すぐに雲に隠れてしまいました。
ようやく旅行1日目が終了です。
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