【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「ALWAYS 続・三丁目の夕日」:通り三丁目バス停付近の会話

2007-11-10 | ★東16系統(東京駅~ビッグサイト)

通り三丁目から東京駅を眺めると、正面に大丸百貨店が見える。昭和の時代から変わらない光景ね。
なに、のんびりしたこと言ってるんだ。この大丸だってもうすぐ解体されるんだぞ。
ええ、そうなの?
東京駅の再開発で北口に移動するんだ。
ああ、ほんとうに昭和は映画の中にしか残らなくなっていくのね。
「ALWAYS 続・三丁目の夕日」のようにな。まったく懐かしい映画だった。
でも、第二作になると、昭和が懐かしいというより、また「ALWAYS」の世界の住人たちに会えたことが懐かしいのよね。
それだけこの映画は、第一作にして、俺たちの心に確固としたした世界を築いてしまったということだな。
寅さんなきあと、ポスト寅さん映画、国民映画の道を着実に歩き始めているわよね。
タイトル前のファースト・シーンなんて明らかに寅さんの見る夢だ。
そうそう。寅さんではまず夢のシーンから始まるのが決まりごとだったもんね。
しかも寅さん映画に比べると数倍にスケールアップしたつくりだった。
次回はあれをモチーフに一本の映画をつくってほしいわよね。
いや、まったくだ。韓国映画の「グエムル」も真っ青の傑作になる予感がするぜ。
それに続く本編のほうは、三丁目の住人たちが織り成す人情喜劇。第一作から引き継いだが世界観がぶれてないから、安心して泣いたり笑ったりできる。
結構重要なのは、小日向文世扮する富豪の存在。
ああ、息子を取り返しにくる嫌なおやじね。胸くそ悪い。
そう言うけど、いまの日本人の感覚は三丁目の住人よりあのおやじの感覚に近い。向こう三軒両隣なんてもう消滅しているし、なによりも地位や学歴を大事にしようとする。実は、彼の感覚のほうが、映画を観ているいまの日本人全体の感覚に近いはずだ。
三丁目の世界なんて、しょせん幻覚にしかすぎないってことね。
だから、あのおやじが最後に車の中でつぶやく一言が重大な意味を持つ。
この映画をフィクションとして楽しむだけでなく、あのおやじのように心を取り戻すきっかけにしてもらえないか、っていう製作者の思いを観客に伝える一言だったってことね。
第三作、第四作とつくられていくのかどうかは、この人情がすべてに優先するような世界に、我々観客が価値を見出しているのかどうかにかかっているってことだ。
なんか話が大きくなっちゃったけど、もっともっと鈴木オートやロクちゃんや茶川さんやヒロミさんのその後を見てみたいのは確かだわ。
茶川さんなんて、芥川賞候補にまでなったんだから、それだけですごいことだよな。
芥川賞候補になったものの賞は逃した大作家なんて、いくらでもいるもんね。
映画の中の三丁目の世界は大きな夕日で終わったけど、さて、現実世界の通り三丁目に大きな夕日は現れるかどうか。
あ、天気予報見ればわかるんじゃない?
そういうこと言ってるんじゃないだろう。


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通り三丁目バス停



ふたりが乗ったのは、都バス<東16系統>
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