【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」:巣鴨駅前バス停付近の会話

2009-10-17 | ★草63系統(池袋駅~浅草雷門)

ここを走っている山手線って、今年で命名100年なんだってね。
えっ、じゃあ太宰治が生まれたのと同じ年に、山手線って名づけられたっていうこと?
そういえば、太宰治も生誕100年だったな。
その太宰治の生誕100年を記念して撮られた映画が「ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ~」。100年目にふさわしい映画だったなあ。
どういう意味?
この映画、戦後まもなくの東京で放蕩三昧を続ける小説家と、彼に手を焼きながらも健気に支える妻の物語。男と女の腐れ縁を描くのって、太宰治らしくもあり、古くからの日本映画のもっとも得意とする分野でもあったってことよ。
たしかに「浮雲」の昔から、こういう、何が悲しくて別れないのかわからない男女の愛憎半ばする仲を描いた日本映画の傑作は多い。
いまや、その日本映画の伝統を一身に背負っている感のある根岸吉太郎が監督とくれば、いやがおうにも期待が高まる。
それにしても、いまどき、太宰文学にふさわしい俳優なんているのかなあと思ったら、いたねえ。
浅野忠信と松たか子。この二人が、どうしようもなくだらしない夫とそれでも愛想をつかさない子持ちの妻を演じる。
浅野忠信は何をやってもサマになるし、戦後まもなくの混乱の時代だから、あんな亭主でも三行半をつきつけられなかったんだろうと想像できるけど、思った以上にはまり役だったのが、松たか子だ。
梨園のお嬢様があんな庶民的な汚れ役似合うんだろうかと思ったら、生まれつきの品の良さがいいほうに転んで、ほどよい“女房感”をかもし出していた。
ただ単に健気なだけでなく、夫に拮抗するような奇妙な言動もあるし、居酒屋に生きる場所を見つけるような威勢のよさもあるし、古風なところと現代風なところのバランスが絶妙にいい。
夫と心中未遂した愛人の広末涼子と警察の廊下ですれ違うところの一瞬のにらみ合いとか、意を決して昔の恋人の堤真一に会いに行くときの着物のくずれ具合とか、画面から不安定な緊張感が滲み出て、目が吸い込まれる。
吸い込まれるといえば、戦後すぐの街の光景を再現した美術も誉めておかなきゃいけない。
あの風情のある異空間があるからこそ、陰々たるドラマに生気が吹き込まれたのかもしれないわね。
夫婦の住むあばら家はもちろん、人いきれの居酒屋とか、揺れ動く電車とか、この世のような、あの世のような不思議な空気感に満ちていて、映画の世界をこの上なく豊かなものにしている。
雑然として貧しい世界の構築が、映画を豊かにするという逆説。
「女には不幸も幸福もない」とか「男には不幸しかない」とか浅野忠信が吐く歯の浮くようなセリフも、こういう世界の中ではしっぽりとはまるから恐ろしい。
そう、そう。短編小説にここまで映画的なふくらみを与えた脚本家の田中陽造の名前もあげておかなければいけない。
誰も彼もがいい仕事をした。これぞ、映画だ。
若干オーバーにいえば、100年後も残る名作かもしれないわね。
なるほど。100年目にふさわしいとは、そういう意味だったのか。






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ふたりが乗ったのは、都バス<草63系統>
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