goo blog サービス終了のお知らせ 

【映画がはねたら、都バスに乗って】

映画が終わったら都バスにゆられ、2人で交わすたわいのないお喋り。それがささやかな贅沢ってもんです。(文責:ジョー)

「トウキョウソナタ」:葛西中学校前バス停付近の会話

2008-10-01 | ★錦25系統(葛西駅~錦糸町駅)

「トウキョウソナタ」の次男は、結局こういうふつうの中学校には行かないんだろうな。
黒沢清監督の新作の話ね。父親は会社をリストラされ、長男はアメリカの軍隊に入り、小6の次男は親に内緒でピアノ教室に通う、崩壊寸前の家族の物語。
母親だけが、なにもない平凡な主婦。
ところが、この母親がいちばん不気味なのよねえ。
みんながそれぞれに悩みを抱えて行動している中、母親だけが表面上は泰然自若としている。
でも、心の中にはふつふつといろいろな思いを抱えているんじゃないかというオーラが出まくっている。ふとしたときに漏らす表情といったらもう背筋がぞっとする。
演じているのは、小泉今日子。「踊る大捜査線」のころから、こういう何考えているんだかわからない役をやらせるとピカイチなんだよなあ。
アイドルのころから、単に明るいだけの歌手じゃなかったもんね。
なんてったって、アイドルとか歌いながら、逆にふつうのアイドルとは違うのよ、っていう異質な雰囲気を漂わせていた。
案外、黒沢清の映画に似合っているかも。
グーグーだって猫である」より断然こっちだろう。
不気味・・・。
そうそう。黒沢清の映画をひとことで表現すると「不気味」なんだよな。目に見える不気味さじゃなくて、そこはかとなく漂ってくる不気味さ。
だから、「LOFT」とか「」とか、勢いホラー映画が多くなっちゃうんだけど、「トウキョウソナタ」のような、いわゆるホームドラマでも、不気味さはそこかしこに顔を出す。
カーテンが揺れるだけで、胸がドキドキするもんな。
日本人がアメリカ軍に入隊するなんて、ふつうのホームドラマじゃ出てこない相当不気味な設定よ。
ぬるっとこういう設定を持ち込んじゃうところが、黒沢清のあなどれないところだ。
途中からいきなり登場する役所広司の泥棒なんて、わけわからない、ある意味、やたら不気味なキャラクターだったし。
黒沢清ならではの、不可思議なキャラクター。海辺の小屋で小泉今日子と一晩過ごす、あの奇妙な道行きこそ、黒沢清の本領発揮だな。
映画の途中までは、一見ふつうにみえる家庭もいろいろな問題を抱えてて大変なんだ、っていうストレートな話だったのに、役所広司が出てくるあたりから、急におかしな展開になってくる。
世界がゆがんでくる感覚。いかにも黒沢清らしいひねくれた展開だ。
って、あなた、さっきから、黒沢清、黒沢清って、ちょっとしつこくない?
だって、話はありふれているのに、映画は見るからに黒沢清の映画なんだもん。何でも自分の映画にしちゃうなんて、たいしたもんだよ、黒沢清。
でも、最後はふつうのホームドラマに戻ってたわよ。
強引に戻したっていう印象もするけど、あれはあれで後味の悪い終わり方じゃなかった。
タイトルの意味がうっすらとわかったような、やっぱりわからないような・・・。
さて、それで、次男はふつうの中学校へ行ったのかどうか。
それは見てのお楽しみ。
残ったのは、いすを片づける音だけだったけどな。


この記事、まあまあかなと思ったら、クリックをお願いします。



ふたりが乗ったのは、都バス<錦25系統>
葛西駅前⇒長島町交差点⇒葛西中学校前⇒新川橋⇒三角⇒船堀七丁目⇒陣屋橋⇒船堀中組⇒船堀小学校前⇒船堀駅前⇒船堀一丁目⇒松江第一中学校前⇒東小松川小学校前⇒東小松川二丁目⇒東小松川一丁目⇒京葉交差点⇒小松川警察署前⇒小松川三丁目⇒中川新橋⇒浅間神社⇒亀戸九丁目⇒亀戸七丁目⇒亀戸六丁目⇒水神森⇒亀戸駅通り⇒亀戸一丁目⇒江東車庫前⇒錦糸町駅前








「イキガミ」:長島町交差点バス停付近の会話

2008-09-27 | ★錦25系統(葛西駅~錦糸町駅)

こういう交差点は気をつけなきゃな。事故に遭いやすいから。
交通事故で両親を失ったうえ、妹が失明したという兄妹もいたしね。
それって「イキガミ」の中の話か。
そう。若者の千人に一人が24時間後に自動的に殺されるという恐ろしいシステムの国になっている日本の仮想話。
対象者には「イキガミ」という死亡予告書が来る。
システムも凄いけど「イキガミ」っていうネーミングも凄いわよね。
明らかに昔の赤紙の暗喩だよな。
昔の若者は赤紙が来たら否応なく戦場へ行くしかなかったけど、いまの若者ならどういう行動を起こすのかってことよね。
で、その対象者に選ばれたのが兄の山田孝之。どうせ死ぬなら妹の成海璃子に角膜をやって彼女の視力を回復させようとする。ああ、うるわしき兄妹愛。涙を誘ういい話だ。
かわいい妹には内緒にしようと奮闘努力しているところを見てると、究極の設定をしておきながら、やってることは「男はつらいよ」かよ、って思っちゃうけどね。
山田孝之が寅さんってことか?言われてみりゃあ、その線を狙った演技だったような気もするな。
なにしろ、成海璃子演じる妹の役名が“さくら”。
成海璃子は若き日の倍賞千恵子?なーるほど、そんな雰囲気もないこともない。
って、妙に納得しないでよ。映画はそんな人情喜劇を狙ったわけじゃなくて、もっとヒリヒリする世界を構築したかったはずなんだから。
でも、妹の入院している病院でのすったもんだは、たしかに松竹映画の世界だ。
つまり、演出がいまいちなのよねえ。
他にもイキガミの届いた若者たちのエピソードがいくつか紹介されるんだけど、どうも陳腐だったし。
エピソードもそうだけど、その演出がまたね。
テレビ局の生放送の描写なんて、どこかで見たような、ありきたりな描写になってしまっている。
事情もわからないのに、いきなりスポットライトを当てちゃったりして・・・。
拳銃を持った若者に群集が逃げ惑うっていう場面の描写もテレビのサスペンスドラマ並みの凡庸さ。
対決する人物同士の見せ場をつくるためだけに、他の群集たちは雲散霧消。不自然にいなくなってしまう。
千人に一人の若者が合法的に殺される世界って、想像するだけで異常な世界なんだけど、それを感じているのは当事者たちだけで、周囲の人々にはそういう世界に住んでいるんだっていう緊張感が感じられないんだよな。
ありえない世界を構築しているわけだから、画面の隅々、エキストラの一人一人にまでその緊張感をみなぎらせるくらいしないと、当事者たちだけが大騒ぎしてても、映画としての説得力が出てこないわよね。
イキガミ配達人の松田翔太だけが始終、世界の悩みを一身に抱えたような苦虫をかみつぶした顔をしているんだけど、そんなに悩むなら最初から配達人になんかなるなよ、と思ってしまう。
最初は国のためだという使命感から高揚していたのが、現実と向き合ううちに考えが徐々に変わっていくというのがふつうの映画の展開だと思うんだけど、松田翔太は、はなっから悩んじゃってるんだもんねえ。これじゃあ、ドラマにならない。
監督の瀧本智行は「犯人に告ぐ」で目をみはるようなシャープな映画を撮り上げたのに、今回は一転、どうしちゃったのかな。
ああいう映画もつくれるんだから、次回はがんばってほしいわよね。
監督にイキガミが来る前にな。
大丈夫。そんなに若くないから。



この記事、まあまあかなと思ったら、クリックをお願いします。



ふたりが乗ったのは、都バス<錦25系統>
葛西駅前⇒長島町交差点⇒葛西中学校前⇒新川橋⇒三角⇒船堀七丁目⇒陣屋橋⇒船堀中組⇒船堀小学校前⇒船堀駅前⇒船堀一丁目⇒松江第一中学校前⇒東小松川小学校前⇒東小松川二丁目⇒東小松川一丁目⇒京葉交差点⇒小松川警察署前⇒小松川三丁目⇒中川新橋⇒浅間神社⇒亀戸九丁目⇒亀戸七丁目⇒亀戸六丁目⇒水神森⇒亀戸駅通り⇒亀戸一丁目⇒江東車庫前⇒錦糸町駅前







「幻影師アイゼンハイム」:葛西駅前バス停付近の会話

2008-09-24 | ★錦25系統(葛西駅~錦糸町駅)

地下鉄博物館って、昔の車両がいろいろ展示されているのよね。
いまや簡単には見れない幻の車両。電車少年にとっては初恋の人と巡りあうような場所だな。
幻の恋人と出会うなんていうと、なんか「幻影師アイゼンハイム」みたいね。
幻影師、つまり魔術師、イリュージョニストになった男アイゼンハイムがかつての初恋の女性と偶然出会う。けれどその人はいまや、ときの皇太子の婚約者になってしまって手の届かない存在。さて、二人の運命やいかに、というロマンチックな物語。
舞台が19世紀末のウィーン、しかも主人公の職業がイリュージョニストときては、お膳立ては完璧。いやがおうにもムードは盛り上がる。
ここはひとつトミー・ベルグレンとピア・デゲルマルクに演じてもらって。
誰、それ?
1967年のスウェーデン映画「みじかくも美しく燃え」の主人公だ。
古っ!そんな役者、誰も知らないって。
いいんだ、俺の中では、永遠の美男美女なんだから。
そういう個人的感慨は別にして、いまは21世紀なんだから、エドワード・ノートンとジェシカ・ビールで我慢しなさい、っていう映画。
どちらも悪くないけど、もうちょっとせつなさというか、はかなさがほしかったなあ。幻の恋なんだからさあ。
なに、繊細気取ってるのよ。いまはちょっと強いくらいのキャラクターのほうが好まれるのよ。
でもエドワード・ノートンなんて「ファイト・クラブ」のマッチョマンだぜ。初恋の人にそんなにこだわるタマか。
そういう見方って古くない?
そうか?主人公が自分の得意なイリュージョンを使って恋人を救い出そうとするのも凝った趣向だけど、この男のイリュージョン、タネがあるのかないのかわからないというのもちょっとひっかかる。
それはそうね。恋人を救い出す方法についてはじっくりタネあかししてくれるから納得できるんだけど、舞台上で行われるイリュージョンのタネがわからない。理屈で通すなら通すし、理屈を超えた世界だっていうならそれで通す。どっちかに統一してくれないと、夜も眠れない。
そしてお前は昼寝する。
グー、グー、グー。
そう、そう。夢まぼろしの中にいるような映画なんだから、難しいこと考えないでうっとりと物語に身をまかせていればいいんだろうな。
でも、教養が邪魔をする。
というか、重箱の隅にこだわる俺たち。
そういうことを別にすれば、いまどき貴重な純愛映画と言えないこともない。
ああ、19世紀、世紀末に狂い咲いた奇跡の愛!
博物館にでも納めておきたいような端正な映画っていうところかな。
ああ。地下鉄博物館とかにな。
地下鉄は関係ないと思うけど。
いや、幻のように地下に消えていくっていう意味でさ。
意味わかんない。煙に巻かれた気分。
ふふふ。それこそイリュージョンだ。
ばか。



この記事、まあまあかなと思ったら、クリックをお願いします。



ふたりが乗ったのは、都バス<錦25系統>
葛西駅前⇒長島町交差点⇒葛西中学校前⇒新川橋⇒三角⇒船堀七丁目⇒陣屋橋⇒船堀中組⇒船堀小学校前⇒船堀駅前⇒船堀一丁目⇒松江第一中学校前⇒東小松川小学校前⇒東小松川二丁目⇒東小松川一丁目⇒京葉交差点⇒小松川警察署前⇒小松川三丁目⇒中川新橋⇒浅間神社⇒亀戸九丁目⇒亀戸七丁目⇒亀戸六丁目⇒水神森⇒亀戸駅通り⇒亀戸一丁目⇒江東車庫前⇒錦糸町駅前