Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

信時潔「海道東征」

2015年11月29日 | 音楽
 信時潔(のぶとき・きよし)(1887‐1965)の交聲曲(カンタータ)「海道東征(かいどうとうせい)」(1940)の演奏会があった。信時潔の没後50周年記念演奏会だが、わたしの中では戦後70年の音楽面での最大の企画のような位置付けだった。

 戦後生まれのわたしには、戦時中の出来事は‘歴史’でしかないが、そんなわたしでも信時潔の名前は「海ゆかば」と切っても切り離せない。

 わたしはローム・ミュージック・ファンデーションから出ている「日本SP名盤復刻選集」を持っているが、そこに収録されている倉田高のチェロ、高木東六のピアノによる「海ゆかば」を聴くと、これは名曲だし、大変な名演だと思う。1942年の録音だ。当時の緊張した状況がないと生まれない演奏だと思う。

 だが、「海ゆかば」は辛すぎて聴けないと言っている人もいる。そういう証言(ないしは発言の断片)はあちこちに残っている。やがては歴史の堆積の中に埋もれていく庶民の心情だ。それを想うと単純に‘名曲’と言って済ますわけにもいかない。「海ゆかば」は一人歩きし過ぎた。

 信時潔の代表作が「海道東征」だ。1940年の「皇紀二千六百年」奉祝曲。信時潔としても渾身の作だろう。北原白秋の詩への作曲。全8章からなり、神武天皇の東征を描いている。フル編成のオーケストラに加えて、ソプラノ2、アルト2、テノール1、バリトン2、混声合唱および児童合唱を要する。演奏時間は約1時間。

 「海道東征」も前述の「日本SP名盤復刻選集」に収められている。初演後の1941年1月にスタジオ録音されたものだ。それを聴くと、やはり当時の状況を映してか、異様な熱気に気圧される。わたしにとってはずっと「海道東征」も当時の状況と切り離せない曲だった。

 だが、今回の演奏を聴いて「あァ、いい曲だな」と思った。自分でも不思議なくらい素直に聴いていた。平明な音楽だ。北原白秋の擬似‘やまとことば’は、聴いているだけでは理解できないが、それは問題にならなかった。

 演奏がよかったことも一因だ。指揮の湯浅卓雄はこの曲を大きく的確に把握していた。SP録音の演奏のぎこちなさがまったくなかった。東京藝大シンフォニーオーケストラはよくその指揮に応えていた。特筆すべきは合唱だ。藝大音楽学部声楽科の学生による合唱は、澄んだハーモニーで、しかも力強かった。独唱陣は、とくに男声3人がよかった。
(2015.11.28.奏楽堂)

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