Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

林光「現代作曲家探訪記」

2013年05月19日 | 音楽
 林光が亡くなってからもう1年――、2012年1月に亡くなった。同年5月には吉田秀和も亡くなった。お二人は同時期に朝日新聞で演奏会評を担当していた。当時は同紙を購読していたので、演奏会評は欠かさず読んだ。吉田秀和はいうまでもなく名文だが、林光も個性的な名文だった。一筆書きでさっと書いたような文章。肝心なことをピンポイントで書く面白さがあった。

 没後一年になって、林光の本が出た。「現代作曲家探訪記~楽譜からのぞく世界~」(ヤマハミュージックメディア刊)。400ページを超える本だが一気に読める。朝日新聞でなじみの文体が懐かしい。

 1988年から2007年まで同社発行の「楽譜音楽書展望」に連載されたエッセイをまとめたもの。作曲家論あり(ヘンツェ、ノーノ、ヤナーチェク、ユン・イサン、アイスラー、ワイルetc.)、一つのテーマで横断的に論じたものあり(海賊版とコピイのある風景、ポーランド派のスコア、手書き譜の美、〈異端〉の作曲家群像etc.)、どれも面白い。

 わたしのような素人の音楽好きには格好のガイドだ。基本的には20世紀音楽のガイドだが、話はモーツァルトやマーラーにも及び、また宮澤賢治や「少年の魔法の角笛」にも及ぶ。広く音楽の世界を見渡すだけではなく、文学も視野に入れた自由な精神の活動にふれる趣がある。

 たとえばヘンツェを論じたエッセイを読むと(ヘンツェでなくてもだれでもいいが)、そこに出てくる曲をかたっぱしから聴きたくなる。今まで聴いたことのある曲もあるが、聴いたことのない曲もある。それらをひっくるめてすべて聴きたくなる。そうすることによって、今まで自己流に聴いてきた音楽(とくに20世紀音楽)が自分のなかで少しは系統だってくるのではないか、という期待が生まれる。

 もう一つ感じたことは、本書がすぐれて林光の自分史になっていることだ。林光がどのように西洋音楽を受容してきたか、それが語られている。ということは、少し遅れて、日本の大衆が、ということでもある。

 それでいいのだ、それ以外にはないのだ、自分を離れて一般的に(あるいは抽象的に)真実があるのではない、自分にこだわったところにしか真実はない――ということを学んだ。そういう文章でなければ面白くないのだ。

 ついでながら、「林光の部屋」というホームページがあって、「光・通信」という連載エッセイが載っている。いつかこれも本にならないだろうか。

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