Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

高関健/東京シティ・フィル

2023年10月05日 | 音楽
 東京シティ・フィルの10月定期は飯守泰次郎の指揮でシューベルトの交響曲第5番と第8番「ザ・グレート」が演奏される予定だったが、飯守泰次郎の急逝にともない、高関健の指揮で飯守泰次郎が得意にしたワーグナーとブルックナーが演奏された。飯守泰次郎が振るシューベルトを楽しみにしていたが、亡くなった以上、仕方がない。もし高関健が飯守泰次郎のプログラムを引き継いだとしても、満たされない思いが残ったかもしれない。プログラムを変更して成功だったと思う。

 1曲目はワーグナーの「さまよえるオランダ人」序曲。金管の張りのある音が印象的だった。2曲目は「トリスタンとイゾルデ」から前奏曲と愛の死。前奏曲冒頭の深い悲しみにみちた情感と中間部の狂おしい情熱の高まりが見事だ。それらを表現するオーケストラのアンサンブルも十分に練り上げられていた。高関健は一般的には理知的なイメージを持たれていると思うが(たしかに近現代の音楽を演奏するときは理知的だが)、そのイメージには収まらない熱い演奏だ。高関健の今後の展開の萌芽だろうか。

 愛の死の独唱は池田香織がつとめた。甘さを排した厳しい歌だ。死者の魂に訴えかけるような歌い方だ。池田香織は前奏曲のときからイゾルデになりきっていた。指揮者の横に座っていたのだが、前奏曲の冒頭ではうつむいて苦悩をたたえ、中間部では顔を上げて恍惚とする。やがて愛の死が始まると、座ったまま呟くように歌い始める。すぐに立ち上がって力の限り歌う。カーテンコールでは右手で虚空を指さした。まるでそこに飯守泰次郎の魂が漂っているかのように。

 3曲目はブルックナーの交響曲第9番。張りのある輝かしい音で鳴る演奏だ。けっして重くならず、たしかな歩みで進む。各部分のプロポーションが崩れない。荒井英治に率いられた第一ヴァイオリンは敏捷に動き、ヴィオラもよく歌う。チェロとコントラバスは深々と鳴る。木管の各パートも印象的なパフォーマンスだ。ホルンとワーグナーチューバ群も健闘した。全体的に飯守泰次郎を偲ぶというよりは、「我われはここまで成長しました」と報告するような演奏だ。天上の飯守泰次郎も安心したにちがいない。なお高関健はスコアを譜面台に置きながらも、一度も開かずに暗譜で指揮した。珍しいことだ。

 演奏終了後は盛大な拍手が起きた。しんみりとした演奏会にならずに良かったかもしれない。わたしはポジティブな気持ちで家路に着いた。

 プログラムには飯守泰次郎が東京シティ・フィルを振った演奏会記録が載った。懐かしかった。わたしは2003年のシーズンから定期会員になったので、もう20年たったのかと感慨深い。
(2023.10.4.東京オペラシティ)
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