Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

METライブビューイング「Fire Shut Up in My Bones」

2022年02月03日 | 音楽
 METライブビューイングでテレンス・ブランチャードTerence Blanchard(1962‐)というジャズ・トランペット奏者で映画音楽の作曲家でもある人のオペラ「Fire Shut Up in My Bones」を観た。ブランチャードは黒人だ。メトロポリタン歌劇場が黒人作曲家のオペラを上演するのはこれが初めてだという。

 アメリカ最南部の貧しい地域で生まれたチャールズは、子どものころ従兄から性的虐待を受けた。それがトラウマになっている。成長して大学に入り、恋をする。恋人にその体験を打ち明けると、恋人もじつは他に彼氏がいることを打ち明ける。絶望したチャールズは故郷の母に会いたくなり、母に電話すると、母は「今ちょうど従兄も来ている」と告げる。チャールズは電話口に出た従兄の声を聞いて、長年の怒りを爆発させる。銃をとり、従兄に復讐するために故郷に向かう……。

 METライブビューイング恒例の幕間のインタビューで、だれかが(だれだったか忘れたが)「これはヴェリズモ・オペラだ」といっていた。たしかに現代アメリカのヴェリズモ・オペラという感がある。わたしは何度か涙した。

 ブランチャードの音楽は、甘い抒情と鋭角的なリズムがあり、それにくわえてゴスペルの要素とジャズの要素がある。一言でいうと多様式だが、多様式というとシュニトケ(1934‐98)の音楽を連想させるので、誤解を避けるためには、(肯定的な意味での)「なんでもあり」の音楽といったほうがいいかもしれない。

 たとえば第2幕から第3幕への間奏曲は、ギター、ピアノ、ベース、ドラムのジャズ・コンボの演奏だった。それが精彩を放っていた。第3幕冒頭の男子学生社交クラブ(ジェンダー的な視点からは問題がありそうだ)の場面では、床を踏み鳴らすド迫力のダンスが繰り広げられた。また、どこだったか、トランペット・ソロの優しい旋律が聴こえた。それはジャズ・トランペット奏者でもあるブランチャードのトレード・マークのように聴こえた。5人の息子(チャールズはその末っ子だ)を女手一つで育てる母が、5人の息子の座る食卓で唱える食前の祈りはゴスペル風だった。

 そのような多様な音楽は、ブランチャードの個人様式というよりも、長い間分かれていたクラシック音楽と大衆音楽が、融合の過程に入ったことを示す一例のように思われた。

 チャールズを歌うウィル・リバーマンが渾身の歌唱だった。母のラトニア・ムーアが存在感豊かに舞台を支えた。運命/孤独/グレタの3役をこなすエンジェル・ブルーの歌唱も美しかった。指揮のヤニク・ネゼ=セガンも乗っていたようだ。
(2022.2.2.109シネマズ二子玉川)
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