Enoの音楽日記

オペラ、コンサートを中心に、日々の感想を記します。

小川典子 ドビュッシーの日

2009年08月25日 | 音楽
 ドビュッシーのピアノ作品全集の録音を進めている小川典子さんが、「ドビュッシーの日」と題するマラソン・コンサートをひらいた。午後1時から約1時間のコンサートを3回開催。あいだに2時間ずつの休憩をとったので、終演は午後8時。

 第1ステージはドビュッシーの名曲選。「アラベスク第1番」、「月の光」、「前奏曲」第1集と第2集から5曲、「子供の領分」から2曲、「喜びの島」というプログラム。
 とりわけ「前奏曲」からの5曲の選曲が面白かった。「沈める寺」を3曲目にすえて、その前後に「亜麻色の髪の乙女」と「エジプトの壷(カノープ)」、1曲目は「西風の見たもの」、5曲目は「花火」。このように並べると、急―緩―中心―緩―急というアーチ状の組曲になる。なるほど、と感心した。
 余談になるが、「花火」はストラヴィンスキーの同名曲(管弦楽曲)を参考にしていると感じるが、どうだろうか。

 第2ステージは「版画」全曲と「映像」第1集および第2集の全曲。とくに「映像」第2集では、各声部のラインがどこまでも続いていくさまが明瞭にきこえてきて、私はこの曲のなにかがつかめたような気がした。

 第3ステージは「12の練習曲」全曲。意欲にみちた演奏で、間然するところがなく、圧倒的だった。この曲の演奏に使命感をもつ演奏家があらわれたことを感じた。
 この曲は、詩的なイメージに頼らず、自立した音の構造を探求した音楽。私はとくに「6度のために」と「和音のために」で、針の穴のようなものかもしれないが、後のメシアンにつながる道が開けているように感じた。

 各ステージではアンコールが演奏されたので、第3ステージでは多分(「12の練習曲」の先駆となる)「交替する3度」ではないかと思っていたら、ちがう曲だった。
 そして最後にもう1曲、第1ステージで演奏された「月の光」が演奏された。第1ステージではガラス繊維のような音だったが、今度は太い明瞭な音。この変化は、演奏者の疲れのためか、それとも「12の練習曲」の演奏の余韻が残っているためか。

 思い出話になるが、私は小川典子さんのデビュー当時の演奏会をきいたことがある。帰宅後調べてみたら、1987年12月23日だった。場所は(私の記憶がまちがっていなければ)昨日と同じ東京文化会館小ホール。コチコチに緊張した小川さんが、それでも精一杯に笑顔をふりまいていたことを、鮮明におぼえている。
 その小川さんが、今では日本とイギリスの両国に根を下ろし、押しも押されもせぬ知性派ピアニストとして活動している。――演奏家の成長した姿をみるのはよいものだと思った。
(2009.08.24.東京文化会館小ホール)
コメント (2)
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