わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

役所広司の初監督作「ガマの油」に魅せられる

2009-06-22 00:21:08 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

124415948314816314502_gamanoaburanw 役所広司が初監督・原案・主演を兼ねた「ガマの油」。上映時間2時間13分という長尺なのに、思わず最後まで見入ってしまいました。日常的なリアリズムともいうべき斬新な映像と、リアリティのある軽妙な会話。とりわけ、冒頭の渋谷の雑踏に卓也(瑛太)の恋人・光(二階堂ふみ)が登場するシーンや、卓也の遺骨を抱いて拓郎(役所)と卓也の親友で少年院帰りの秋葉(澤屋敷純一)がキャンピングカーで放浪するくだりの、奥行きのある映像作りが素晴らしい。その映像感覚は、平板な大作群を生み出しているテレビ・ドラマ出身の監督たちに、爪の垢でも飲ませてあげたいくらい新鮮です。
                    ※
 さらに、自身の幼年時代の記憶や、人間の営み、生と死に対する考え方を、ユーモラスかつ幻想的につむぎ出す散文的な語り口に魅せられました。株のデイトレーダーとして巨額の金を動かすハチャメチャおやじの拓郎。つましく、しっかり者の妻・輝美(小林聡美)。茫洋とした心優しい息子・卓也。豪邸をかまえ、一見幸せそうに見える一家。卓也の恋人・光と、その祖母(八千草薫)との間に交わされる細やかな愛情。卓也と光、拓郎と光との携帯電話を通しての愉快なやりとり。拓郎の幻想として挿入される、彼が幼時に遭遇したガマの油売りのエピソード(これは役所広司自身の体験を反映したものらしい)。これらのドラマのモザイクが、卓也の突然の死によって、万華鏡のように回転し始める。
                    ※
 この作品を見ていて、イタリアの巨匠、故フェデリコ・フェリーニ監督の「8  1/2」(63年)を思い出しました。仕事に疲れた映画監督が、幻覚のなかで追想する少年の日々の思い出。フェリーニ自身の人生が、夢と幻想の中で意識下の巨大な宇宙としてよみがえる。役所広司自身は、もちろんフェリーニのことなど意識していないだろうけど、「ガマの油」には創作者としての、そんな内面の多様さを感じました。ハチャメチャで、軽率で、ノリが軽く、息子・卓也の死も、お祭にしてしまう拓郎の型破りの感性。だけど、心の底には、愛と人生への賛歌があふれている。監督として、俳優として、役所広司のキャラクターの奥深さと幅広さを垣間見た思いがします。

P6120106

アジサイが美しい季節になりました


コメントを投稿