わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

85歳の名女優ジャンヌ・モロー主演「クロワッサンで朝食を」

2013-08-01 01:37:34 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img016 ジャンヌ・モローは、フランスの大女優です。1948年に映画デビュー、1950年代末「死刑台のエレベーター」「恋人たち」などフランス・ヌーベルバーグ作品で頭角を現す。以後、巨匠たちの作品に出演、監督業にも進出した。その彼女が85歳で主演したのが、フランス・エストニア・ベルギー合作「クロワッサンで朝食を」(7月20日公開)です。彼女が演じるのは、かつてエストニアから女優をめざしてパリにやってきた女性フリーダ。いまは年を取り、豪華なアパルトマンで裕福だが孤独な生活をしている。モローが演じる、この頑なな老女が、ある出来事から心を開いていくまでの過程が、緻密に描かれていきます。
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 ドラマは、雪深いエストニアの田舎町から始まる。アンヌ(ライネ・マギ)は、夫とも離婚し、子供たちも巣立ったあと、介護し続けた母親を喪う。そんな時、パリでの家政婦の仕事が舞い込む。そして、悲しみを振り切るように、憧れのパリに旅立つ。だが、彼女を待ち受けていたのは、高級アパルトマンでひとり暮らしの、毒舌で気難しい老婦人フリーダ(ジャンヌ・モロー)だった。フリーダは、おいしいクロワッサンの買い方も知らないアンヌを冷たく追い返そうとする。アンヌを雇ったのは、近くでカフェを経営する男性ステファン(パトリック・ピノー)だったのだ。だが、遠い昔にエストニアから出てきたフリーダは、アンヌにかつての自分を重ねて、少しずつ心を開いていく…。
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 エストニアはヨーロッパ北東部の共和制国家で、かつてはナチス・ドイツやソビエトに支配され、そのために他国に流出する移民が多かった。ドラマには、そんな背景がある。夜、こっそりとフリーダのアパルトマンを脱け出て、心をときめかせながら凱旋門やショーウィンドウを眺めて歩くアンヌの姿がいじらしい。また、フリーダの朝食はクロワッサンと紅茶に決まっているのだが、アンヌがスーパーで買ったクロワッサンにフリーダは口をつけない。「本物はパン屋で買うもの」というフリーダに対して、再度買いなおすアンヌ。映画の原題は「パリのエストニア人女性」だが、このあたりを考慮した邦題が素晴らしい。
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 監督・脚本(共同)を手がけたのは、エストニア出身のイルマル・ラーグで、初の劇場用長編映画となる。モデルとなったのは、同監督の母親が体験した人生だという。そして、主人公たちに「老いるということ、死というものとどう向き合うか」という主題を重ね合わせたそうだ。結果、パリの異邦人同士の心の触れ合い、その変化を通して、人間の絆とは何かが静かなタッチでつづられる。また、エストニア出身の女優ライネ・マギが演じる孤独な中年女性アンヌの心理が、パリの街を背景に映し出されるシーンが素敵だ。最後にフリーダはアンヌを家族として受け入れるのだが、このあたりの描写も心憎い。(★★★★)

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連載記事「昭和と映画」

今回のテーマは「アメリカン・ニューシネマの台頭」


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