ヴェルナー・ヘルツォークは1960年代末に登場したドイツの監督で、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー、マルガレーテ・フォン・トロッタ、フォルカー・シュレンドルフらとともにニュー・ジャーマン・シネマの旗手といわれた人です。代表作は、「アギーレ・神の怒り」(72年)、「カスパー・ハウザーの謎」(75年)、「ノスフェラトゥ」(79年)、「フィツカラルド」(82年)など。ファスビンダーらが政治的色彩の濃い作品を手がけたのに対して、ヘルツォークは神話的なイメージで土俗的な風土や、怪奇な人間の営みに焦点を当ててきた。当時は彼の作品に影響されて、ギリシャ神話を読みふけったものです。
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最近のヘルツォークは、活動の舞台をアメリカに移しているが、新作「バッド・ルーテナント」(2月27日公開)も異色作だ。アベル・フェラーラ監督、ハーベイ・カイテル主演の92年作品「バッド・ルーテナント 刑事とドラッグとキリスト」のリメークで、今回の主演はニコラス・ケイジ。物語の舞台は、ハリケーン・カトリーナ襲来直後の米ニューオーリンズ。ケイジが演じるのは、賭博に興じ、恋人である娼婦(エヴァ・メンデス)とともにドラッグに手を染め、あげくの果てに警察が押収したドラッグを盗むという裏の顔を持つバッド・ルーテナント(悪徳警部補)、マクドノー。不法移民一家惨殺事件で捜査の指揮をとることになった彼をめぐって、麻薬組織やギャング一味が入り乱れるという物語。
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ニコラス・ケイジが、背中をまるめたヨレヨレの姿で徹底した悪徳刑事を演じる面白さに加えて、ヘルツォーク独特のイメージ作りにもビックリ。なんと、この刑事に対置させるかのように、イグアナとかワニといった醜怪な動物が脇役としてヨタヨタと登場。そして、すべてに疲れ果てたマクドノーが、過去に命を救ったことのある囚人と並んで、魚が泳ぐ大きな水槽の前に座りこみ、「魚は夢を見るか?」とつぶやくラスト。こうした、なんとも抽象的なシーンが、ときたま飛び出すのだけど、これがまた不思議な効果をもたらす。主人公の堕落ぶりと、悪を悪で斬るという生きかたに、風刺のワサビを効かせていて、それが現代の神話または寓話のような形になっている点が、まさにヘルツォーク的なのです。
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