わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

美しい少女⇒衝撃のラスト、ロシア新鋭の問題作「草原の実験」

2015-09-23 13:26:31 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

 また衝撃的なロシア映画がやってきました。新鋭アレクサンドル・コット監督「草原の実験」(9月26日公開)です。旧ソ連で起きた出来事にインスパイアされて作り上げた、来るべき未来を予感させる物語。時代と場所を特定せず、セリフは一切なし、登場人物の多彩な表情、光と影の対比、緻密な音響設計で見せる異色作になっている。そして、余りにも衝撃的な結末。昨年の東京国際映画祭で上映され、最優秀芸術貢献賞とWOWOW賞を受賞。「沈黙は、セリフよりも多くのことを語ることができる。セリフを排し、映像や音だけでストーリーを語ることは、私にとっての“実験(Test)”でもあった」とコット監督は言う。
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 少女(エレーナ・アン)は、大草原にポツンと建つ小さな家で父親と暮らしている。家の前には家族を見守る一本の樹。彼女は、毎朝、どこかへと働きに出かける父を見送っては、その帰りを待つ。そして、壁に世界地図が貼られた部屋でスクラップブックを眺め、遠い世界へ思いを馳せながらも、繰り返される穏やかな生活に幸せを感じている。幼なじみの少年が、そんな少女に思いを寄せている。また、どこからかやって来た青い瞳の少年も、美しい彼女に恋をする。ほのかな彼らの三角関係。だが静かな日々に、突如暗い影が差してくる…。
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 カザフスタンの草原に建つ家に住む少女と父親(撮影はウクライナにあるクリミア半島で行われた)。娘は父親の日常の面倒を見て、トラックの運転を習う。無言のうちに父娘の間に通う情愛。近所に住むカザフスタンの少年は、父を見送った少女を馬で家まで送ることを日課にしている。そして、車に必要な水を借りに来たロシア人の情熱的な少年。ふたりの少年は、ひたむきに少女に恋する。彼らが、少女をめぐって格闘するシーンが微笑ましい。カメラは、それら登場人物の表情の変化を巧みにとらえる。また、各ショットのモンタージュもみごとだ。超ロングショット+クローズアップ+俯瞰ショット。これらの映像で、草原や太陽の光が醸し出す美しい光景がとらえられ、登場人物の心理の綾を鮮やかに映し出す。
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 同時に、近くに軍の基地があるらしいことが暗示される。また、少女の父親は病院に行くことになる。どうやら、放射能に汚染されているらしい。父の死後、少女はカザフスタンの少年と婚約したのち、ロシアの少年と結ばれる。人々は太陽とともに起き、陽が沈むとともに休む。そんな平穏な時が刻まれる情景に、異変が生じる。ラスト、突如、核爆発によるキノコ雲が出現し、大草原を覆ってしまうのだ。そして、小屋も少年少女3人も、すべて吹き飛ばされてしまう。1949年、カザフ共和国(現カザフスタン)の北東部で、ソ連初の原子爆弾が爆発した。だが、住民への避難勧告はなされなかったという。その後も、核実験はかなりの回数行われた。そして、核実験場の閉鎖後も、放射能の高汚染地区が残ったそうだ。
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「映画では三角関係が描かれ、人々は愛し、苦しみも経験するが、ラストで起きる出来事に比べると、それらは余りに些細なことだ。あれは、人間によって作られた制御不能の悪そのもの。この映画で起きることは、昨日、今日、明日、いつでも起きうることなのです」と、コット監督は語る。同監督は、オランダのヨス・ステリング監督(「イリュージョニスト」)や、新藤兼人監督の「裸の島」などに影響を受けたという。しかし、この作品の特色は、人間の愛や情感と、すべてを吹き飛ばす悪とを対比させながら、この不条理な世界を詩情豊かに、かつファンタジックなアイロニーとして描き出す姿勢にあります。(★★★★+★半分)
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 ところで、日本もいよいよ戦時体制に突入しましたね。さて、恐怖の徴兵制度は、いつスタートするのでしょうか? それを阻止する手立ては、果たしてあるのでしょうか?



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