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デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

アーノルド・ロスがシナモンで過ごした日々

2012-10-21 08:28:25 | Weblog
 50年代に入ってからパリを中心に欧州ツアーが盛んになり、アメリカのミュージシャンはこぞって出かけた。本国では停滞するジャズもヨーロッパでは人気があり、そのうえ待遇もギャラも悪くない。そのツアー中にライオネル・ハンプトン楽団の一員だったクリフォード・ブラウンが有名な例だが、契約の網の目をくぐるように若手のプレイヤーがレコーディングを重ねた。今となっては貴重なセッションを録音したのはフランスの名門レーベル、ヴォーグである。

 同レーベルのジャズ部門の監修にあたったフランスのジャズ評論家シャルル・ドロネイと、プロデューサーとして辣腕を振るったアンリ・ルノーのジャズに向ける熱い視線が、血気盛んな若者に火をつけた形だ。その中にアーノルド・ロスのアルバムがある。リナ・ホーンの伴奏者としてパリを訪れたときにツアーのメンバーであるベースのジョー・ベンジャミンとドラムのビル・クラークを誘って録音したものだ。ツアー中にリーダーの了解なしに録音するのは御法度だったが、本国ではなかなか録音する機会に恵まれなかったため、発覚すれば解雇を覚悟しながら厳重な監視をすり抜けてヴォーグのスタジオに集まったという。

 ロスというとシナノン療養所に入所していたメンバーで録音されたジョー・パスの「サウンド・オブ・シナノン」で有名だが、ハリー・エディソンをはじめバーニー・ケッセル、バディ・チルダーズ等、地味ながら燻し銀の味わいのあるアルバムに参加していた。テディ・ウィルソンのスウィング・スタイルをややモダンにしたピアノで、小気味良いのは勿論だが、歌伴で培った歌心が歌物の生命線である歌詞の深い意味合いをも引き出している。おそらくリナ・ホーンのレパートリーと思われる「ジーパーズ・クリーパーズ」がトップだが、今日の主役は俺だ、という自信にあふれた縦横無尽なピアノが楽しい。

 1921年に生まれたロスは、2000年に79歳で亡くなっている。若い頃から活躍していた割にはレコーディングが少ないが、それは人生の何分の一かを麻薬常用者のリハビリ施設で過ごしたからだ。更に快癒後はその施設で患者の更生にあたっている。退院の許可が下りると街に出て、同じ道を辿る常用者の悪癖を知っているロスが選んだ道は懸命だった。その後、健康を取り戻したロスにとってシナモンで過ごした時間はロスではなかったろう。