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デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

日本に於けるジャズ文化の啓蒙と終焉、或いは「ちぐさ」の閉店

2007-02-11 08:00:54 | Weblog
 凡そ40年前、小生がジャズを聴きだした頃は、今のようにCD店やネットで気軽に試聴できる時代ではなく、LPはシングル盤と違いレコード店でも簡単には聴けなかった。ジャズを聞き齧ると一枚でも多くのレコードを聴きたくなる。そんな渇望を満たしてくれるのはジャズ喫茶だった。そこで初めて聴くアルバム、初めて知ったプレイヤー、初めて目にするジャケット、全てが新鮮であり、ここからジャズにのめり込む人が多い。そのジャズ喫茶が70年前後をピークとして年々減少している。

 1月31日を以て日本最古のジャズ喫茶である横浜の「ちぐさ」が閉店した。開店が昭和8年というから実に74年の歴史を持つ。写真は85年に神奈川新聞社から発刊された店主吉田衛さんの「横浜ジャズ物語」という著書で、日本のジャズの歴史をみるようだ。渡辺貞夫、秋吉敏子、日野皓正、今では世界に通ずる各氏も若い頃は「ちぐさ」でレコードを繰り返し聴き、採譜した様子も伝えられている。そこは情報を交換し、勉強をする場所であった。プレイヤーのみならず、多くのリスナーもここで耳を鍛え学んだであろう。ジャズに限らず音楽や芸術、文化を理解するためには知識は不可欠であり、知ることにより世界観も広がり、時には人生観までも変えることになる。

 紫煙が漂う大音量のジャズ喫茶という空間はジャズ文化を啓蒙し、普及させた場所のひとつであり、この場がなければこれほどにジャズが浸透しなかったであろうし、プレイヤーも育たなかったかもしれない。数十年前に録音された名盤、名演を聴くことにより歴史を知り、ジャズ観も広がる。過去の大きなジャズ遺産を耳にする場や機会が減ることはジャズの衰退に繋がり、「ちぐさ」の閉店はひとつのジャズ文化の終焉を意味するのではなかろうか。現存するジャズ喫茶の繁栄と、そこに足を運ぶリスナーが増えることを期待して已まない。ジャズを知った一人でも多くの方に木ではなく森を見て頂きたいものだ。ジャズの森は深く、またその景色は美しい。

 伝え聞くところによると「ちぐさ」最後の曲は、店主がこよなく愛したビル・エヴァンスの「マイ・フーリッシュ・ハート」だったという。三十数年前、吉田衛さんとお話する機会があった。100枚のSP盤で店を始めたものの、SP盤は片面3分で終わってしまうし、針も3曲で取替えなければレコードを傷めてしまうのでとにかく忙しい。それでターンテーブルを2台にして二機連続演奏にしたのだと当時を懐かしんでおられた。昭和8年、これから日本のジャズの歴史を刻み、ジャズ文化を発信する場の最初に流れた曲は何であったろうかと思いを馳せたくなる。
コメント (32)
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