徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第百四十四話  遺言  )

2010-03-07 18:13:44 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 究極の回答を迫られて即答できるわけもなく、鼓動の音だけが耳の奥で激しく響いていた…。
そうだ…とも…違う…とも…答えようがない…。
それでも、とりあえず、この場は滝川を思い止まらせなければならない。
その選択が正しいにせよ…正しくないにせよ…。

 「紫苑を見張っていろ…というのは…そういうことだったんだ…?
てっきり…僕等の目を先生から逸らさせるための方便だとばかり思ってた…。 」

それもないわけではなかったろう。
現に滝川は今、誰にも内緒でとんでもない行動に出ようとしている。

 細胞の塊…と滝川は言った。
たとえどんな状態であっても、生後間もない赤ん坊をただの細胞などという感覚で捉えることは亮にはできない。
月足らずで生まれて、まだ顔立ちもそれほどはっきりとはしていないが、歴とした人間の子であることには違いない…。

 それに…紫苑にとって如何に酷な選択であろうと…その答えは…やはり父親である紫苑が出すべきではないのだろうか…。
滝川の不安も分かるが、紫苑はそれができないほど弱い男ではない。

「紫苑のためだとしても…紫苑に無断で先生が手を下すのは…どうかと思う…。
この子は紫苑の子だし…脳死といっても…心臓とか…まだ動いているんでしょう…? 」

弱腰ながら…否定してみる…。

「脳死…? それも…少し違うな…。 言ったろう…細胞の塊だって…。
たくさんの細胞が集まって赤ん坊の形をしているだけで…細胞のひとつひとつがエナジーを吸収しながら独立して生きている…そういうこと…。

普通の赤ん坊のように脳が指令を出して細胞全てが相互に連携しながら生命維持活動しているのとは違うんだ…。
まぁ…脳幹部分が僅かにでも働いていれば…その可能性がないわけじゃないが…まずないね…。
細胞ひとつひとつが生き残るのに必死だろうさ…。

こういう形をしていると…分かりづらいよな…。
はっきり言えば人間型の細胞の集合体だけれど…人間として成り立っていない…。
もともとは人間の赤ん坊だったけれど…変質してしまったと言うべきかな…。 」

如何にしてそうなったのか…は…分からないが…と滝川は締め括った…。

そんな馬鹿な…それなら呼吸器も点滴も意味ないじゃないか…。

今一度小さな身体に眼を向ける。
急に…訳の分からない恐怖に襲われて背筋に冷たいものを覚えた…。

「だとしたら…北殿は何故…気付かなかったんだろう…?
輝さんの御腹からこの子を取り上げてノエルの御腹に移した時も…早産しかかったノエルの御腹から取り上げた時も…北殿はこの子に直接触れているんだし…。 
宗主も一目置くくらいの能力者なのに…。 」

手の中の赤ん坊の気を読むくらいのことは朝飯前のはず…そう思うと余計にぞっとした…。

「思い込み…ってやつかもしれん…。 或いは…不審に思いながらも周りの雰囲気に呑まれ勢いに流されたか…。
赤ん坊が生きている…って…あの時は誰もが興奮状態だったからな…。
助ける方法ばかりに頭が行ってしまって、僕自身、この子がどういう状態にあるかは調べてもみなかった…。

僕が気付いたのはこの子がノエルの御腹から出てきてからだ…。
それも最初から確信があったわけじゃなくて…だんだん疑いを抱くようになった…。

それまでは…この子と輝を殺した犯人…紫苑の心がどちらに囚われているか判断つきかねてた…。
知ってのとおり端は…犯人か…とも思って気を向けていたんだが…それどころじゃなくなったさ…。

飯島院長は多分…ノエルの御腹の中に居る時すでに何らかの異常は感じていただろう…。
あまりに不可解なので院長もどう判断していいか困惑したんじゃないか…。

紫苑がわざとこんな奇怪なことをしたとは考えられない…。
あの時…輝の御腹で太極の気配がする…と言い出したのは紫苑だが…当の紫苑でさえ…それが自分自身であることに気付いてたかどうか…。

何処かの過程で予想もつかないとんでもない手違いが起こったんだろう…。 
どう対処すべきか…今はまだ…迷っているんだと思う…。

最初は…紫苑の答えを待とうと考えていた…。
紫苑の判断を確認したその上で…動けばいいと…。

けれど…間の悪いことに天爵さまに気付かれてしまったんだ…。 
口の堅い天爵さまのことだから誰にも話しはしないだろうが…このままいけば遠からず他の能力者にも分かってしまう…。 」

我娘可愛さにこんな馬鹿げたことをしでかした…と思われちゃ…紫苑の立場がなくなるだろう…?

それは…そうだ…と…力なく亮は頷いた…。
軽く眩暈を覚えるほど亮の中の心臓が暴れている…。
ふうっと溜息をつくと崩れるようにソファに腰を下ろした…。

それで…か…。
赤ちゃんを見る目がいつもと違う…のは…。
紫苑は気付いているんだ…。

「それでも…先に紫苑と話し合うべきだよ…。
如何してこんなことが起きたのか…この子を如何したいのか…ちゃんと確認するべきなんだ…。

親族として…僕は認めない…。
先生が紫苑に無断で事を運ぶなんて…絶対に認めないよ…。 」

精一杯…語気を強めた…。

認めていいわけがない…。

滝川との間に妙に張りつめた空気が漂った…。



 次の言葉を探し出せないで居る間…重苦しい沈黙が続いた…。
このまま…どれほど話し合ったところでお互いの望むような回答が得られないことは明らかだった…。

不意に…滝川が特別室の扉の方に眼を向けた…。
亮の目もその後を追った。

 ゆっくりと扉が開き…西沢が姿を現した…。
その背後に…青い顔をしたノエルが呆然と立っている…。
ノエルの様子から察するに…気配を消してずっと滝川と亮の会話を聴いていたに違いない…。

「手を汚すな…恭介…。 これは…僕の過ちだ…。 
おまえにどうこうしてもらうようなことじゃない…。
僕自身が方を付ける…。

まさか…こんなことが起こるなんて…考えてもみなかった…。
僕はただ…輝を救いたかっただけなんだ…。 」

そう言いながら…西沢は二人の居る方へと近付いてきた…。
透明な保温ケースに覆われた我子の前で立ち止まり、そっと中を覗きこんで赤ん坊に何の変化もないことを確認すると、救われないほど哀しい溜息をついた…。

「もっと早く…気付くべきだった…。 
あの状態で胎児が生き延びる可能性など…万にひとつもないんだってことに…。
輝の胎内で反応しているエナジーは僕自身のものだと…。

相変わらず…抜けてる…。

少なくとも…ノエルの胎内に移動させる前に気付いて止めるべきだったんだ…。
そうしていれば…ノエルに辛い想いをさせずに済んだし…恭介を悩ませることも亮に不安を抱かせることもなかった…。 」

予想外の結果を目の当りにして、悔恨の色を隠せない西沢の背中が切なげで、見ている方の胸が痛んだ…。

「それは…紫苑さんのせいじゃないよ…。
助けよう…って…僕が勝手に言い張ったんだから…。
あの時…紫苑さんも先生もちゃんと止めたじゃない…危険だからって…。 」

慰めにもならない…と知りながらノエルは何か言わずにいられなかった。
二人が止めるのを押し切った自分にだって責任はある…そう感じていた…。

「誰のせいか…なんて今はどうでもいいことだよ…ノエル…。
偶発的に奇妙な現象が起きただけで…誰も悪いことなんかしていないんだから…。
はっきりさせなきゃいけないのは…原因と結果…そして今後の対処方法…だ…。

何があったのか話して…紫苑…。 」

 このまま…お互いに自分の行為を責め続けるだけでは先へ進めない…。
先ずは其処から抜け出さなきゃ…と…亮はあえてノエルを黙らせた。
西沢を気遣うノエルの気持ちも分からないではなかったが…。

身内のことであるだけに、ともすれば感情に流されそうな心を奮い起こし、できる限り客観的に事実だけを捉えようと努めた。

さすがに西沢は何時までも後悔のカオスに浸っているような愚行はせず、亮に向かって頷くとあっさり口を開いた。

「輝の声が聴こえた時…非常に危険な状態で一刻を争う…と僕は感じた…。
はっきり言えば…だめかもしれない…とも…。

 けれど…そう簡単には諦められなかった…。
僕の場合がそうだったように…ほんの僅かでも輝に息があれば…エナジーを補給することで少しの間持たせることができるかもしれない…。

どれほどの効果が期待できるか分からなかったが…とりあえず僕等が現場に駆けつけるまでの応急処置として送ってみたんだ…。

それから恭介とノエルに輝の急を告げた…。 」

 滝川とノエルはお互いに顔を見合わせた。
仕事部屋から飛び出してきた西沢の蒼ざめた顔を、ふたりはまだはっきりと覚えている。
すぐにでも飛び出していこうとする西沢を滝川が止めたのだ。
知らせが来るまで待つようにと…。

「病室で輝を見た瞬間…僕のしたことに何の意味もなかったことが分かった…。
いろんな想いが溢れてきて…役立たずのエナジーのことなど頭から吹っ飛んだ…。
吸収されなかったエナジーは残留せずに消えてしまう…何処かでそう思い込んでいたのかも知れない…。
そのすべてが胎児に取り込まれていたなんて…そんな不可解な現象…今でも信じられない…。

 何を血迷ったか…輝の胎内から僕の良く知っているエナジーを感じ取った時…それを太極のものだと錯覚してしまった…。
落ち着いて考えれば…明らかにそれは僕自身のものだったのに…。 」

 深い悔悟と自責の念がその言葉後から伝わってくる…。
西沢の気持ちを思うと、聞いている亮の方が遣る瀬無くなってくる…。

何だって運命はいつも紫苑に過酷なんだろう…?

 亮はそっと周りを窺ってみた…。
滝川もノエルも黙したままだが、西沢の過ちを責めているわけではない…。
あの絶望的な状況の中で、胎児生存の可能性に心躍らせ、真実を見誤ったとしても、誰が西沢を批難できるだろう…?

 確かに、西沢の言葉をきっかけにして、ノエルが自分の身体を使って胎児を助けると言い張り、滝川も手を貸すことになりはしたが、だからと言って、西沢にすべての責めを負わせるのは酷な話だ。
少なくとも治療師である滝川には西沢の言葉を完全否定できるだけの能力が備わっている。
あの場で客観的な判断を欠いたことを滝川は悔やんでいるに違いない…。

 輝の死を受け入れられなかったのは…おそらく西沢だけではない…。
滝川やノエルもまた…儚い希望に目を曇らせて…真実を悟ることができなかったのだ…。

奇跡なんて…そう頻繁に起こるものじゃないことくらい誰もが…分かっていた筈なんだ…。

それでも奇跡に縋りたいのが人間の性なのかもしれない…。
せめて胎児の命だけでも…と…なりふり構わず努めた結果が裏目に出てしまった…。

いや…これも奇跡といえば…言えなくはないか…。

「…あの時は…僕もそう感じた…。 思い込みとは…そういうものかも…な。
紫苑だけじゃなく…僕もノエルも…北殿でさえこの子が生きていると信じて疑わなかったんだ…。 」

滝川がやっと口を開いた…。

「この子のほとんどの細胞が生きていたからだ…。
今思えば…何かに動かされていた…と言った方が正しいのかもしれないが…。
心臓の細胞は勝手に脈打ち、輸液を送り、その他の細胞が其処から栄養成分を吸収した。
それらを制御する脳細胞は崩壊しているのに…。」

 そのようなことが如何して起こりえたのか…?
飯島院長が匙を投げたぐらいだから…誰にも説明がつかない…。
それこそ…奇跡としか言いようがない…。

「輝さん…じゃ…ないかな…?
輝さんが母親として…遺していった力だったのかもしれない…。」

不意にノエルが突拍子もないことを言い出した。

「紫苑さんの赤ちゃんだもの…きっと…どうしても産みたかったんだよ…。
トラブルの種になるから紫苑の子供は産まない…なんて表向きは言っていたけど…紫苑さんのことずっと愛してた人だから…。
多分…この子が生まれたら僕の子ってことにして…輝さんの同族には知れないようにカムフラージュするつもりだったんだ…。

あっ…だから…僕との入籍も…考えておくわ…なんて…。」

 その瞬間…西沢の眼から涙がこぼれ落ちたのを…亮は見逃さなかった…。
輝が亡くなって以来…西沢が初めて流した涙…。

西沢の…この奇妙な娘の…存在の意味…。

「この子が…輝の最後の言葉…だ…。
良かった…紫苑…答えが見つかったな…。」

少し言葉を詰まらせながら滝川が言った…。
滝川の眼にも光るものがあった…。

 無論、即死だったはずの輝に、そんな余力があったとは考え難い。
治療師としては、その可能性を否定して然るべきだ。
それでも…お互いに天敵と呼び合いつつも頼り合える仲間であった滝川には…輝ならそうするかもしれない…という想いがあった…。
最後の能力を振り絞って…西沢のために答えを遺した…と…信じたかった…。

有難うな…。

心の中で輝に手を合わせた…。

「紫苑が現場に行こうとするのを止めたのは…手遅れだと感じたからだ…。
その時点ですでに紫苑が送ったエナジーは無駄だったということになる…。

無駄だと分かっていても…力を持つ能力者なら誰でも…なんとか仲間や家族を助けようとしてそんな試みをするだろう…。
ノエルが…仮親になる…と言い出したのも同じことだ…。

紫苑だけが特別なわけじゃない…。 」

そう言って滝川は窘めるような眼で亮を見つめた。
御使者としての詮索はこれ以上無用…そう言い放つかのように…。

やだなぁ…そんなつもりはないのに…。
心配なだけさ…僕は紫苑の実の弟なんだからね…。

亮は心外そうに唇を尖らせ、大きく溜息をついた。

「ねぇ…この子…どうなるの…?」

ノエルが不安げに訊ねた。
戻っては来られない…と…此処へ来る前に西沢が言っていたのを思い出したのだ。

その場の視線が一斉に西沢に向けられた。

「このままだよ…。 それも…もうじき終わる…。
僕の与えたエナジーはそんなに多くはない…。
時間の問題さ…。

あの時限り…追加はしていないんだ…。
自然なままに終わらせてやりたい…そう思っていたから…。

恭介…それで…構わないだろう…? 」

そう訊ねる西沢の瞳があまりにも寂しげで、何も言えず滝川はただ頷いた…。








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6 コメント

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久しぶりの小説ですね (KEN-SAN)
2010-03-08 23:47:42
手書きで書いておられたにしても
これだけ打ち込むのは苦じゃないですか?
まとめて読みますからね。
お子様二人、進学なんですね。
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KEN-SANへ (dove-2)
2010-03-11 16:46:30
手書きはしていないので直接入力です。
PC入力には少しは慣れているので苦にはならないですよ。
多少なり時間がある時に少しずつ入力しています。
片方は進学先決定です。
片方は合格した学部が第一志望ではなかったので再挑戦するそうです。
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ざっと (ごんべ絵)
2010-03-13 15:10:54
ざっと目を通しました!!!(読んだことにはならないですが)。
自分の世界を展開することはナイス!!!ですね。
お二人が進学では散歩どころではありませんね。ささえてあげてください。
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気が遠くなりそうです。 (雪の下)
2010-03-13 22:49:49
あらかじめストリーの構成を決め、順々に肉付けしていくのでしょうか。
出てくる一人ひとりの性格もあらかじめ考えておかなければならないし、気が遠くなりそうです。
私にはよくわかりませんが、小説を書くということはすごいことに思えます。

娘さんの進学、お一人は再挑戦とのこと大変だと思いますが、行きたい所へ行かせたいものですね。dove-2さんもまだまだ大変ですね。
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ごんべ絵さんへ (dove-2)
2010-03-14 22:05:17
あらら…この小説を御覧になってくださったんですか…?
顔見知りだから…なんか恥ずかしいなぁ…。

受験に関しては本人に任せっぱなしです。
本人の問題なので親は見守るだけ…。
(…というか…金を払わされるだけ…といいますか…。
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雪の下さんへ (dove-2)
2010-03-14 22:11:31
書き方はひとそれぞれでしょうね。
doveの場合は行き当たりばったりです。

そうなんです…。
可能な限り行きたい道を目指してもらいたいですからね…。
家は裕福ではないので…doveもまだまだ働かなければなりません…。
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