重々しい沈黙の中…ノエルが急にクスクス笑いを始めた…。
何が可笑しかったわけでもなく…擽ったそうに身をよじっている…。
「やめてよ…。 もう…くすぐったいよ…。
ねぇ…この子…動くんだよ…。
御腹の中でグニュグニュッてさ…。 」
それまでの暗い気持ちは何処へやら…西沢も滝川も…亮までも身を乗り出してノエルの御腹に注目する…。
「何か…妙な気分だよね…。
輝さんとノエルの赤ちゃんがノエルの御腹に居るなんて…。
ノエルが紫苑の子供を産んだ時よりも…もっと不思議な気がするよ…。 」
何ていうか…父親の御腹ん中で…育ってるんだよね…この子は…。
感慨深そうに亮が言った。
「う~ん…どぉっかなぁ…?
この子さぁ…僕の子じゃないかもしれないし~…。 」
えぇっ…?
三人の目が一斉にノエルの顔に向けられた。
「確かにさぁ…僕と輝さんはそういう関係だけど…。
それは紫苑さんも同じだし…。
この子はさぁ…太極の光に包まれてたんだよね…。
紫苑さんの生命エナジーの基盤になったあのエナジーの赤ちゃんも…そうだった…。
輝さんがケント産んだ時には…そんなもの全然なかったし…。
もしかすると…紫苑さんの子なんじゃないかなぁ…って…。 」
何故か嬉しげにノエルは笑った…。
そうだったら…いいね…紫苑さん…。
紫苑さん…輝さんの赤ちゃん…欲しかったんだよね…。
ノエルはそう思っているようだ…。
西沢の胸中は複雑だった…。
僕の子…だとしても…輝はもう…居ないんだよ…ノエル…。
気持ちは有り難いけど…僕が望んでいたこととは…違うんだ…。
口には出せなかった…。
ノエルは…西沢のために必死に頑張っている…。
「そうか…僕は輝がケントを産んだ時には立ち会ってないから…気付かなかったが…。
確かに生命エナジーの基盤の時にはそんなことがあったな…。
だけど…アランやクルトには…なかったぞ…。 」
怪訝そうに眉を顰めて滝川が言った。
滝川は吾蘭や来人が生まれた時には、有とともに治療師として出産に立ち会っている…。
実際にふたりを取り上げたのはノエルの父親智哉だが…間近に居てすべてを見ていた…。
「僕の中でできて僕から生まれたんだもん…。
アランやクルトには難産だったこと以外…何の問題もないじゃん…。
この子の場合…輝さんはすでに亡くなってたんだし…。
紫苑さんの赤ちゃんだとすれば…他人の御腹で育つんだからさぁ…何だか分かんないけど…危険から保護されてるんだよ…きっと…。 」
そっと御腹を擦った…。
何だかひどく硬くなっている気がした…。
太極の護りがなかったら…こんなに御腹が張りまくっちゃ…とっくに駄目になってるかもなぁ…。
なんということもなしに溜息が出た…。
これから先だって…どうなることか…。
ノエルにも輝の御腹から預かった子供を絶対に護りきれるという自信はない…。
むしろ…不安でいっぱい…はちきれそうだ…。
「あのさぁ…誤報のせいで紫苑の奥さんは死んだことになってんだけど…。
ノエルの御腹が大きいと…やばくない…? 」
不意に…亮がそんなことを言い出した…。
壁の向こうで誰かが聞き耳を立てているのではないか…とでも言いたげに声を潜めて…。
亮に問われるまでもなく…それは…西沢自身もおおいに気になっているところ…。
取材に来た報道関係者と直に話をしたわけではないから、現時点で自分の立場がどういう状況になっているのかは想像の域を越えない…。
相庭と玲人が誤報について何をどう説明したかは分からないが、成り行きからすれば、誤解が解けていないことは容易に察せられる…。
身内・仲間内だけの葬儀で、全員が事情通とはいえ、一応は夫として喪主席に居たのだから…。
そのことについて世間からどう言われようと見られようと…西沢自身にとってはかまったことではない…。
ノエルと結婚したからといって、輝と切れたわけではなかったし、輝が同じマンションの滝川の部屋に間借した頃には、住いが近くなった分、それまでよりも頻繁に会っていた…。
この土地に新しく家を構えて、みんなで同居を始めてからは、どちらかと言えば、ノエルよりも輝の方がこの家の女主人らしい存在だったのも事実だ…。
けれど…ノエルは…どうなる…。
輝の子供がノエルの御腹に居る以上…男には戻れない…。
しばらくは…嫌でも女で居るしかない…。
しかも…だ…このまま誤解が解けなければ…世間からは西沢の愛人呼ばわりされることになる…。
なんてこった…ノエルの方が本物の奥さんだってのに…。
それもこれも…僕が思いきれなくて…ずるずると別れを引き延ばしていたせいだ…。
仕方がない…添田に記事を書いて貰うか…。
独占インタビューとかで…畑違いだけど…そこは…何とかなるだろう…。
体調の優れないノエルに…これ以上負担をかけることだけは…避けなければ…。
「平気さぁ…。
御近所さんたちの間では、ケントがまだ小さいから、代わりに紫苑さんが一家を代表して喪主に立ったってことになってるんだ…。
そんなだから御近所では…あの人~西沢さんから滝川さんに乗り換えたみたいだったけど~ケントくんは滝川さんの子じゃなくて~本当は西沢さんの子だったんじゃないの~…なんてうわさ話が出てるくらい…。
さすがに僕の子…とは言わないけどね~…。
さっき…花蓮さんが来てくれて…ちゃんと話を通しておいたからね~…って…。
花蓮さんのことだからぁ…巧く辻褄合わせしてるよ…きっと…。
多分…レポーターさんたちのインタビューに対しても…みんなで口裏合わせてくれてると思う…。 」
要は…御近所さんの口…でしょ…とノエルは可笑しそうに笑った…。
おば友・ママ友のパワーは侮れないよぉ~…普段からみんなと仲良くしてて超ラッキー…って感じぃ~…。
「そっかぁ…なら…御近所ではノエルはまだ紫苑の奥さんってことだね…。
突然赤ちゃんが生まれちゃっても問題なしってわけだ…。 」
一応納得…亮はほっとしたように頷いた…。
「さすが…花蓮おばさん…。
御近所の口封じ…根回しとなりゃぁ…相庭や玲人より上手かも知れんな…。
今度ばかりは花蓮おばさんの舌に救われたな…紫苑…。 」
これで面倒は免れたってことだ…と…滝川が言った…。
救われた…?
西沢は眉を顰めた…。
「ノエルがまた自由を失った…。
素直に喜べないよ…そんな状況…。 」
そのままでもよかったんだ…。
西沢の妻は亡くなった…世間がそう思えば…ノエルは自然に男に戻れるじゃないか…。
御腹に…輝の子供さえ居なければ…。
そんな想いが西沢の胸の内にはあった…。
西沢はノエルの普段より少しだけ丸みを帯びた下腹を見つめた…。
それでも…子供が生きている限りは…ノエルの立場を擁護してやらなきゃ…。
いくら花蓮さんがいいように辻褄合わせてくれたとしても…僕がこのまま黙っているわけにもいくまいし…。
ノエルの御腹の子供は…僕自身…。
要らない子の…僕の姿…そのもの…。
太極…あなたは何故今頃…その現実を僕に突きつけるのか…?
「この子の存在は…確かに…喜ばしいことかもしれない…。
僕にとっては…だ…。
けど…そのためにノエルを…犠牲にしたいとは思わない…。 」
大きな溜息とともに西沢は立ち上がった…。
なんとも言えない遣る瀬無い眼差しをノエルの方に向けて…そのまま…無言で部屋を出て行った…。
「紫苑さん…もう…輝さんの赤ちゃん…欲しくないのかなぁ…?
アランたちの時はあんなに喜んでくれたのに…。 」
西沢の後姿を不安げに見ていたノエルが…ぽつり…そう呟いた…。
「なぁに…紫苑はノエルの身体が心配なだけだよ…。
もともと子供好きなやつだから…産まれてくれば飛び上がって喜ぶさ…。
それより…ノエルも亮くんも…ちょっとの間…紫苑の行動に注意しててくれるかな…? 」
気持ち表情を硬くして…滝川がふたりにそう頼んだ…。
「何か…気になることでもあるの…先生…?
さすがに今度ばかりは…紫苑も相当へこんでいるようだけど…。 」
亮が身を乗り出して訊いた…。
その不安げな様子に…滝川は一瞬…返答を躊躇った…。
心配なのは…そこじゃない…。
「そりゃぁ…薔薇のお姉さんに続いて…恋人亡くすのふたりめだもん…。
落ち込まない方がおかしいよ…。
輝さんのことは…僕もかなりショック…。
ケントのためにそろそろ籍入れようか…なんて話をしたばかりだったのに…。 」
輝さん…考えとく…って言ってくれたのになぁ…。
そう思うと急に切なくなって…ノエルは目を潤ませた…。
泣かないように小さく鼻を啜った…。
「まぁ…精神的なショックもあるんだが…それ以上に心配なことが…な…。
紫苑…大好きな輝が死んだというのに…涙ひと粒も見せてないんだ…。
あの泣き虫な紫苑が…だ…。
輝の子供のことで気を取られているせいならいいんだが…。
ひょっとして…涙も出ないほど…紫苑の心の中で怒りと憎しみが渦巻いているとしたら…少々厄介だ…。
紫苑には…その気になれば…思うだけでも相手を殺せる力がある…。
感情が落ち着くまでは…絶対に…まともに犯人の顔や素性を知らせちゃいけない…。 」
亮とノエルは思わず顔を見合わせた…。
「紫苑自身がそうしたいと思うかどうかは別として…無意識にでも力の暴走は起こり得る…。
紫苑に絶対的な信頼を置いている君たちに…こんな話をするのは酷だけど…。
最も重要な時期にケアされなかった紫苑の心は未だに問題を抱えている…。
ここ数年で飛躍的に安定してきたとはいえ…まだまだ油断はできないんだ…。 」
母親の残した忌まわしい言葉…。
どうしたら…紫苑は…その呪縛から完全に解放されるのだろう…。
表面上は吹っ切れたように見えていても…何か起こるたびにパックリと開く西沢の心の傷…。
そのケアを始めてから…もう何年にもなるが…悪い兆候こそないにしても…万事良好とも言い難い…。
「まぁ…それでも以前に比べりゃ天と地の差…それほど神経尖らすこともないのかも知れないが…。
場合が場合だけに…慎重にいかないと…な…。 」
半ば呟くように滝川はそう語った…。
聞いているふたりに…というよりは…まるで…自分自身に言い聞かせるような口振りで…。
次回へ
何が可笑しかったわけでもなく…擽ったそうに身をよじっている…。
「やめてよ…。 もう…くすぐったいよ…。
ねぇ…この子…動くんだよ…。
御腹の中でグニュグニュッてさ…。 」
それまでの暗い気持ちは何処へやら…西沢も滝川も…亮までも身を乗り出してノエルの御腹に注目する…。
「何か…妙な気分だよね…。
輝さんとノエルの赤ちゃんがノエルの御腹に居るなんて…。
ノエルが紫苑の子供を産んだ時よりも…もっと不思議な気がするよ…。 」
何ていうか…父親の御腹ん中で…育ってるんだよね…この子は…。
感慨深そうに亮が言った。
「う~ん…どぉっかなぁ…?
この子さぁ…僕の子じゃないかもしれないし~…。 」
えぇっ…?
三人の目が一斉にノエルの顔に向けられた。
「確かにさぁ…僕と輝さんはそういう関係だけど…。
それは紫苑さんも同じだし…。
この子はさぁ…太極の光に包まれてたんだよね…。
紫苑さんの生命エナジーの基盤になったあのエナジーの赤ちゃんも…そうだった…。
輝さんがケント産んだ時には…そんなもの全然なかったし…。
もしかすると…紫苑さんの子なんじゃないかなぁ…って…。 」
何故か嬉しげにノエルは笑った…。
そうだったら…いいね…紫苑さん…。
紫苑さん…輝さんの赤ちゃん…欲しかったんだよね…。
ノエルはそう思っているようだ…。
西沢の胸中は複雑だった…。
僕の子…だとしても…輝はもう…居ないんだよ…ノエル…。
気持ちは有り難いけど…僕が望んでいたこととは…違うんだ…。
口には出せなかった…。
ノエルは…西沢のために必死に頑張っている…。
「そうか…僕は輝がケントを産んだ時には立ち会ってないから…気付かなかったが…。
確かに生命エナジーの基盤の時にはそんなことがあったな…。
だけど…アランやクルトには…なかったぞ…。 」
怪訝そうに眉を顰めて滝川が言った。
滝川は吾蘭や来人が生まれた時には、有とともに治療師として出産に立ち会っている…。
実際にふたりを取り上げたのはノエルの父親智哉だが…間近に居てすべてを見ていた…。
「僕の中でできて僕から生まれたんだもん…。
アランやクルトには難産だったこと以外…何の問題もないじゃん…。
この子の場合…輝さんはすでに亡くなってたんだし…。
紫苑さんの赤ちゃんだとすれば…他人の御腹で育つんだからさぁ…何だか分かんないけど…危険から保護されてるんだよ…きっと…。 」
そっと御腹を擦った…。
何だかひどく硬くなっている気がした…。
太極の護りがなかったら…こんなに御腹が張りまくっちゃ…とっくに駄目になってるかもなぁ…。
なんということもなしに溜息が出た…。
これから先だって…どうなることか…。
ノエルにも輝の御腹から預かった子供を絶対に護りきれるという自信はない…。
むしろ…不安でいっぱい…はちきれそうだ…。
「あのさぁ…誤報のせいで紫苑の奥さんは死んだことになってんだけど…。
ノエルの御腹が大きいと…やばくない…? 」
不意に…亮がそんなことを言い出した…。
壁の向こうで誰かが聞き耳を立てているのではないか…とでも言いたげに声を潜めて…。
亮に問われるまでもなく…それは…西沢自身もおおいに気になっているところ…。
取材に来た報道関係者と直に話をしたわけではないから、現時点で自分の立場がどういう状況になっているのかは想像の域を越えない…。
相庭と玲人が誤報について何をどう説明したかは分からないが、成り行きからすれば、誤解が解けていないことは容易に察せられる…。
身内・仲間内だけの葬儀で、全員が事情通とはいえ、一応は夫として喪主席に居たのだから…。
そのことについて世間からどう言われようと見られようと…西沢自身にとってはかまったことではない…。
ノエルと結婚したからといって、輝と切れたわけではなかったし、輝が同じマンションの滝川の部屋に間借した頃には、住いが近くなった分、それまでよりも頻繁に会っていた…。
この土地に新しく家を構えて、みんなで同居を始めてからは、どちらかと言えば、ノエルよりも輝の方がこの家の女主人らしい存在だったのも事実だ…。
けれど…ノエルは…どうなる…。
輝の子供がノエルの御腹に居る以上…男には戻れない…。
しばらくは…嫌でも女で居るしかない…。
しかも…だ…このまま誤解が解けなければ…世間からは西沢の愛人呼ばわりされることになる…。
なんてこった…ノエルの方が本物の奥さんだってのに…。
それもこれも…僕が思いきれなくて…ずるずると別れを引き延ばしていたせいだ…。
仕方がない…添田に記事を書いて貰うか…。
独占インタビューとかで…畑違いだけど…そこは…何とかなるだろう…。
体調の優れないノエルに…これ以上負担をかけることだけは…避けなければ…。
「平気さぁ…。
御近所さんたちの間では、ケントがまだ小さいから、代わりに紫苑さんが一家を代表して喪主に立ったってことになってるんだ…。
そんなだから御近所では…あの人~西沢さんから滝川さんに乗り換えたみたいだったけど~ケントくんは滝川さんの子じゃなくて~本当は西沢さんの子だったんじゃないの~…なんてうわさ話が出てるくらい…。
さすがに僕の子…とは言わないけどね~…。
さっき…花蓮さんが来てくれて…ちゃんと話を通しておいたからね~…って…。
花蓮さんのことだからぁ…巧く辻褄合わせしてるよ…きっと…。
多分…レポーターさんたちのインタビューに対しても…みんなで口裏合わせてくれてると思う…。 」
要は…御近所さんの口…でしょ…とノエルは可笑しそうに笑った…。
おば友・ママ友のパワーは侮れないよぉ~…普段からみんなと仲良くしてて超ラッキー…って感じぃ~…。
「そっかぁ…なら…御近所ではノエルはまだ紫苑の奥さんってことだね…。
突然赤ちゃんが生まれちゃっても問題なしってわけだ…。 」
一応納得…亮はほっとしたように頷いた…。
「さすが…花蓮おばさん…。
御近所の口封じ…根回しとなりゃぁ…相庭や玲人より上手かも知れんな…。
今度ばかりは花蓮おばさんの舌に救われたな…紫苑…。 」
これで面倒は免れたってことだ…と…滝川が言った…。
救われた…?
西沢は眉を顰めた…。
「ノエルがまた自由を失った…。
素直に喜べないよ…そんな状況…。 」
そのままでもよかったんだ…。
西沢の妻は亡くなった…世間がそう思えば…ノエルは自然に男に戻れるじゃないか…。
御腹に…輝の子供さえ居なければ…。
そんな想いが西沢の胸の内にはあった…。
西沢はノエルの普段より少しだけ丸みを帯びた下腹を見つめた…。
それでも…子供が生きている限りは…ノエルの立場を擁護してやらなきゃ…。
いくら花蓮さんがいいように辻褄合わせてくれたとしても…僕がこのまま黙っているわけにもいくまいし…。
ノエルの御腹の子供は…僕自身…。
要らない子の…僕の姿…そのもの…。
太極…あなたは何故今頃…その現実を僕に突きつけるのか…?
「この子の存在は…確かに…喜ばしいことかもしれない…。
僕にとっては…だ…。
けど…そのためにノエルを…犠牲にしたいとは思わない…。 」
大きな溜息とともに西沢は立ち上がった…。
なんとも言えない遣る瀬無い眼差しをノエルの方に向けて…そのまま…無言で部屋を出て行った…。
「紫苑さん…もう…輝さんの赤ちゃん…欲しくないのかなぁ…?
アランたちの時はあんなに喜んでくれたのに…。 」
西沢の後姿を不安げに見ていたノエルが…ぽつり…そう呟いた…。
「なぁに…紫苑はノエルの身体が心配なだけだよ…。
もともと子供好きなやつだから…産まれてくれば飛び上がって喜ぶさ…。
それより…ノエルも亮くんも…ちょっとの間…紫苑の行動に注意しててくれるかな…? 」
気持ち表情を硬くして…滝川がふたりにそう頼んだ…。
「何か…気になることでもあるの…先生…?
さすがに今度ばかりは…紫苑も相当へこんでいるようだけど…。 」
亮が身を乗り出して訊いた…。
その不安げな様子に…滝川は一瞬…返答を躊躇った…。
心配なのは…そこじゃない…。
「そりゃぁ…薔薇のお姉さんに続いて…恋人亡くすのふたりめだもん…。
落ち込まない方がおかしいよ…。
輝さんのことは…僕もかなりショック…。
ケントのためにそろそろ籍入れようか…なんて話をしたばかりだったのに…。 」
輝さん…考えとく…って言ってくれたのになぁ…。
そう思うと急に切なくなって…ノエルは目を潤ませた…。
泣かないように小さく鼻を啜った…。
「まぁ…精神的なショックもあるんだが…それ以上に心配なことが…な…。
紫苑…大好きな輝が死んだというのに…涙ひと粒も見せてないんだ…。
あの泣き虫な紫苑が…だ…。
輝の子供のことで気を取られているせいならいいんだが…。
ひょっとして…涙も出ないほど…紫苑の心の中で怒りと憎しみが渦巻いているとしたら…少々厄介だ…。
紫苑には…その気になれば…思うだけでも相手を殺せる力がある…。
感情が落ち着くまでは…絶対に…まともに犯人の顔や素性を知らせちゃいけない…。 」
亮とノエルは思わず顔を見合わせた…。
「紫苑自身がそうしたいと思うかどうかは別として…無意識にでも力の暴走は起こり得る…。
紫苑に絶対的な信頼を置いている君たちに…こんな話をするのは酷だけど…。
最も重要な時期にケアされなかった紫苑の心は未だに問題を抱えている…。
ここ数年で飛躍的に安定してきたとはいえ…まだまだ油断はできないんだ…。 」
母親の残した忌まわしい言葉…。
どうしたら…紫苑は…その呪縛から完全に解放されるのだろう…。
表面上は吹っ切れたように見えていても…何か起こるたびにパックリと開く西沢の心の傷…。
そのケアを始めてから…もう何年にもなるが…悪い兆候こそないにしても…万事良好とも言い難い…。
「まぁ…それでも以前に比べりゃ天と地の差…それほど神経尖らすこともないのかも知れないが…。
場合が場合だけに…慎重にいかないと…な…。 」
半ば呟くように滝川はそう語った…。
聞いているふたりに…というよりは…まるで…自分自身に言い聞かせるような口振りで…。
次回へ
集中して書く時間がなかったんで…ちょっと面白味に欠けるような気もします…。
言葉の推敲もあまりできてなかったんで…。
本当は間があかない方が書き易いのですが…そうも行かなくて…。
また時間のある時に。
川辺、レシピの方も。1から読むと分かりやすいですよ。