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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第九十三話 苛立つな…。)

2006-10-19 20:50:20 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 社外データ管理室特務課に流れる奇妙な音…。
報告書の内容を確認しながら…仲根が無意識に流す鼻歌…。

 「またまた…何かあったんですか…? ご機嫌じゃないですか…? 」

パソコンの向うから亮が訊ねる…。
仲根…にんまり…。

 「ついにねぇ…。 やっちゃったわけよ…。 」

おおっ! 進展したか…! 10ヵ月ぶりの快挙か…!
全員…席から身を乗り出して仲根の方を窺った。

 「あなた…キス…お上手ね…とか言われて…さぁ。 」

あ…なぁんだ…。 まだ…その辺なのぉ…。 なかなか…鍵…開かねぇなぁ…。
ブツブツ言いながら…席についた。

 「紫苑さん直伝…。 めちゃ巧いぜ…感動もん。 」

 ガチャン…と椅子の転がる音が響いた。
あ…室長がこけた…。 大丈夫ですかぁ…? 

大原室長がデスクの後ろから這いずり出て来た。

 「仲根…いいか…それ以上進展するなよ…。 
いや…彼女と進展するのはいいんだ。 彼女とならいくらでも進展してくれ…。
特使にはそれ以上…練習台になって貰うんじゃないぞ…。 」

室長は慌てたように言った。

 「はぁ…? 何の話です…? 」

訝しげな顔をして仲根は大原室長を見た。

 「おまえ…どっか抜けてるとこあるからな。 ちゃんと考えろよ…。
それこそ鍵付けとけ…特大の…絶対開かんやつ…。 」

部屋のあちこちからクスクスと忍び笑いが聞こえた。

 何笑ってんの…? 何か…変なこと言ったかぁ…俺?
仲根はこっそり亮に訊ねた…。

 直伝…って…要するにキスしちゃったんでしょ? 
呆れたように亮は言った。

…おおっ! 言われてみれば…。 ふぎゃぁぁ~…そうじゃん…信じらんねぇ…!
 
 やっと気付いたか…大原室長は天を仰いだ…。
感度悪ぃ~…とんでもねぇ蛍光灯だ…! 



 地域の中心部からは少しばかり外れてはいるが、利便性に富んだオフィス街の一画に本部は設置された。
ほとんど時を同じくして各地域の支部も産声を上げた。

まだ…器が用意されたに過ぎないが…兎にも角にも現実に一歩を踏み出した。

 少し前から地域ごとに選出された常勤組と交代制の非常勤組の組織員が、日常業務の訓練を受けていた。
まだ…試験段階なので設備も人数も知れているが…この計画の発展・永続を賭けて各家門から選ばれた精鋭たちが集まった。

 事務的な業務については御使者が…外勤業務についてはエージェントがそれぞれ講師を務め…ネットワーク関連については滝川一族のスペシャリストが担当した。

そんなこんなで…一応…手足は確保したが…問題は誰が頭を務めるか…。

 族長である必要は無いが…すべての家門の纏め役であるからには…それ相当の実力がなくてはならず…だからと言って力だけでは成り立たず…他の家門にそっぽ向かれないだけの人望も必要だ…。

 家門の実力から行けば…裁きの一族から出すのが一番手っ取り早いに決まってはいるが…宗主は統率役と裁定人は別家でなければならないという意見を変えない。
そうでなければ…統率役に不備があった場合に裁定の公平性を欠く虞があるからだ…。

 勿論…軌道に乗るまでは宗主も滝川家も手を貸すが…組織の性質上…その後は独立性を保って貰わなけれならないし…組織の運営・指針に関する限り…自らの家門とさえ一線を画する覚悟で居て貰わなければならない。

 家門から独立性を保つという役どころは…相当の意志の強さがなければ務まらない…。
すべての家門の上に立つという権勢欲だけで安易に引き受られるような美味しい地位ではなかった。

 

 ふたりというのは…こんなにも静かだったのか…と思うほど音がしない。
しんと静まり返った中に…コポコポとコーヒーを淹れる音だけが響いている。

 食卓で…朝ざっと目を通したはずの新聞を読み返しながら…あたりの空気の穏やかさにほっとしている反面…何かしら物足らなさも感じていた。

 肩を反らせて背筋を伸ばしながら西沢が仕事部屋から出てきた。
ノエルたちが居ないのでほとんど籠もりっきりの状態…。
仕事は捗るが…やっぱり何処か欠けた気分…。

 「あれ…今日は鬚の坊やは来ねぇの? 」

ふと思い出したように滝川が訊ねた。

 「ああ…今日は仕事に戻ってる。 始終近くに居て貰う必要はないしね…。
こちらが頼んだことさえ…やってくれればどこに居ようと構わないんだ。 」

 あの子はアシスタントで護衛じゃないから…。
カップに注いだコーヒーを滝川に手渡しながら西沢は言った。

 「雰囲気良さげだから…何枚か撮っておこうと思ってたんだがな…。 」

少しばかり残念そうに滝川が言った。

 「今度伝えとく…。 あの喉や項は…確かに…おまえ好みだな…。
齢に似合わず純情で可愛いぜ…あの子…。 」

 危ねぇ…また悪い癖が始まった。
滝川は眉を顰めた。
 言い寄られる原因の半分くらいは…おまえ自身にあるんだからな…。
その気もねぇ癖に…優しい顔ばかり見せるから…。

ふっ…と西沢は笑みを浮かべた。

それだ…それが魔物…曲者…。

 「さっき…亮に叱られた…。 純真な青年になんてことするんだ…って…。
恋人とキスもできないって言うからさぁ…実践講義をしてやっただけなのに…。」

 西沢は憤慨した。
我が弟ながら実に頭が固い…。

まあ…普通は…怒るわな…。 
おまえや僕の感覚で…勝手気ままに行動すれば…と滝川は肩を竦めた。

 「それはそうと…奴等はこの先…何をしようとしているんだろうな…?
天爵ばばさまのお蔭で、あの若手議員を利用しての奴等の動きは封じられたわけだから、別の手を使う必要が出てきたはずだろう…? 

 この国の政府を丸ごと抱き込んじゃうつもりで将来有望な議員を育てたのに…大失敗。
使える官僚が何人か居ても…それだけじゃこの国は動かせないぜ…。

 別の議員を代わりにしたとしても…この国にはおまえが危惧していたような核爆弾はないし…内戦中でもないからそれに乗じてってわけにもいかんし…特定の宗教も利用できない…。
しかも…能力者たちが対抗組織を立ち上げようとしている中で…いったいどうやって…覇権を握ろうって言うんだろう…? 」

 おまえを狙うことが真の目的ってわけじゃないんだし…と滝川は言った。
西沢が鼻先でふふん…と笑った。

 「混乱させることはできるさ…。 
例えば…こっちに核がなくても…この間核実験を行った国から…核爆弾が飛んできたりすれば…必ず世論は武装強化に傾く…。

 今の国会の中からだって有事となれば、ここぞとばかり、ぐいぐいと周りを引っ張って行こうとする議員だって出るだろう…。
自衛と称してどんなことでもできるようになる…再軍備でも何でも…。
奴等が機に乗じて…そういう議員を動かすかもしれない…。

 命に関わるような大きな不安の中にあれば…人は行動力のある者の後に従ってしまう…。
たとえその人の考え方が間違っていようと…とにかく頼れるものを頼る…。
反対するものを力で抑えることも何とも思わなくなる…。
そうなれば…奴等は簡単に覇権を握れる…。 」

 そのとおりだな…と滝川は相槌を打った。
案外…裏でこっそり…あの国を利用してるかも知れないぞ…。

 「三宅の話では…あちらこちらの紛争国に奴等の影があるということだ…。
可能性がないわけじゃない…。 
この国で…そんな紛争…起こされて堪るか…。 」

 紫苑…そう苛立つな…。 
滝川が気を落ち着かせるように西沢の手をとんとんと軽く叩いた。
それに応えて西沢は軽く何度か頷いた。



 ぐったりと横たわったノエルの頭を吾蘭が撫で撫でしていた。
来人もそっとノエルに身を寄せている…。

 「ノエル…痛いの…?  」

大丈夫…ちょっと疲れただけ…。 心配するふたりにノエルは笑って見せる…。
本当は身体中…泣きたいほど痛い…つらい…だけど…そんな顔は見せられない…。

絢人は…やはりノエルを父親だとは思っていないのか遠巻きに見ているだけ…。

 修練は想像以上に厳しく…夜になるとすぐには起き上がれないほど…しんどい。
それでも親だから…子どもたちを放っておくわけにはいかない…。
輝が子どもたちの面倒を見てくれるお蔭で何とか…倒れずに居られる…。

 「ノエル…アランが治してあげる…。 お父たんが教えてくれた…。 」

 吾蘭がそっとノエルの足を撫でる…。 来人も真似をする…。
小さな手が懸命に動く…。
健気に親を気遣う気持ちが嬉しくて…胸が熱くなる…。 
 不思議なことにふたりの手が触れると少しずつ楽になる…。
気分的なものなんだろうけれど…。

 「有難う…アラン…クルト…楽になったよ…。 」

そう言うとふたりは嬉しそうにノエルに抱きついた…。
時々は…絢人も抱っこされに来る。 それは多分…滝川が傍に居ないからだ…。

 「宗主が部屋を貸してくださったんで…ここでも仕事ができて助かるわ…。
凄いのよ…道具まで揃えてくださったの…。
仕事中は子安さまが子どもたちを看ていてくださるし…。 」

 輝が心底ほっとしたようにノエルにそう話した。
せっせと仕事しなきゃ…取引先をを失くしちゃうもの…。

 子安さま…とは…この前のばばさまの記憶を調べた時に来人の世話をしてくれた女性で…本家の子どもたちはみんなこの人に育てられたのだそうだ。
おっとりとした笑顔の優しい人で…子どもたちはよくなついている…。

 ノエルの場合は実家だから首になるってことはないけれど…他の社員の手前…しばらく智哉の知り合いの店に手伝いに行っていることになっていた。

何とか早く…修練を終わらせなきゃ…とは思うのだが…なかなかに手強い…。

ままにならない力が歯痒くて苛立ちを覚えながらも…紫苑の許に戻りたい一心で…ノエルはひたすら修練を続けていた。


 
 

 

 
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