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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第四話 幽霊先生)

2005-08-31 11:59:26 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 広い高等部校舎のあちこちを修と笙子は連れ立って歩いていた。
懐かしい校舎だけれども今は感慨にふけっている場合ではない。
輝郷に頼まれた件で全身のアンテナを張り巡らせて異能力の調査中なのだ。

 唐島の出現で修のことを心配した雅人が、修をひとりで学校に来させないよう笙子に頼んだので、こうして夫婦で母校を訪問することになった。

 「今のところ…異常はないように思うけれど…君は? 」

修は確認するように笙子に訊いた。

 「そうねえ…。 病気を招くほどの力は私にも感じられないわね…。 」

 ここは藤宮が創った学園だから、創るときにはそれなりに土地や建物に付随する異能力への対処はしてあるはずである。
 たとえその後に何か起こっていたとしても、その都度手は打たれてあるはずだ。

 笙子はふと教室の窓を見た。今は授業中だから先生も生徒もだいたい教室にいるはずだ。 うわさでは幽霊先生は新任の先生がひとりでいる時に現れるという。
 だとすれば放課後、先生たちが部活指導や他の仕事で構内のばらばらな場所にいる時の可能性が強いような気がする。

 「ねえ…時間的な問題もあるかもしれないわ。 少し間をおいて放課後に、もう一度探ってみない? 」

 笙子はそう提案した。修はそうだね…と言って頷いた。

午前の授業の終了ベルが鳴って生徒たちが休憩のために外へ出てきた。

 「修さん! 笙子さん! 」

 子どもたち三人が修と笙子を目ざとく見つけて駆け寄った。修は笑顔で彼らを迎えた。子どもたちは口々に調査結果を訊ねたが、まだ、何にもキャッチできていないことを知ると残念そうだった。

 子どもたちから視線をはなした途端、修の表情が固くなった。
近付いてくる唐島の姿が視角に入ったからだった。
唐島も修を見ると身体を強張らせた。
 修の中の鬼が目覚めようとするのを、笙子が腕をぎゅっと掴んで抑えた。
唐島は何か言いたげに唇を動かしたが言葉にはならなかった。
 
 「修さん。 国語の唐島先生だよ。 」

何も知らない隆平が唐島を紹介した。

 「ああ…そうだね。 この間、雅人の件でお会いしたよ。 」

修は引きつったような笑みを浮かべた。唐島は意を決したように口を開いた。

 「修くん。 少し時間をもらえませんか。 今とは言わない…。
君の都合のいい時に…。 」

 「殺されたいの? 」

雅人が言った。唐島はとても悲しそうな目をして雅人を一瞥したがすぐに俯いた。

 「それでも…構わない。 修くんがそうしたければ…。 」

唐島がそう答えると雅人は何をかっこつけてんだか…というように横を向いた。
 
 「雅人。 よしなさい。 先生に対してそういう態度をとるのは。

 唐島先生。 申し訳ないことです。 」

修は頭を下げた。唐島はいいえというように首を横に振った。

 「これは僕の連絡先です。 

 ひとことでも話を聞いてもらえるならどこへでも出向きます。 」

 唐島は小さなカードを差し出した。修はそれを受け取ってポケットにしまった。
受け取る時に唐島の手が震えているのを修は感じた。 
軽く一礼すると唐島はその場を後にした。 

 唐島の姿が消えてしまうと、修は深く息を吸い込んで吐き出した。

 「大丈夫…修…? 」

笙子はそっと手を握った。修は笑って見せた。

 「わりと…平気。 もう自分ひとりで何とかなるよ。 

心配ないから…。さあ。おまえたち昼ご飯食べに行きな。 時間なくなるよ。 」

 心配そうに見ている三人に向かっていつもの優しい微笑を見せた。
三人は手を振りながら学食の方へ駆けて行った。



 校舎の裏の人気のない陽だまりに唐島は腰を下ろした。
何を見るとはなしにぼんやり遠くを見つめた。 

 とうとう修に声をかけた…。
12歳の修とあんな酷い別れ方をしてからずっと今日こそは今日こそは…と思いながら修の家の門の前で、何度謝罪のベルを押そうとしたことか…。

 唐島は左手首を見つめた。
そこには無数の切り傷…複雑な家庭事情の中にあって追い詰められていたとはいえまだ子供だった修を苦しめた自分が許せなかった。  

 そんなことをしてどうなるの…姉の声が聞こえた。
死んだって許してもらえないわよ…かえって修くんを苦しめることになるのよ…。

 「古い傷だねえ。 」

背後からあの先生の声が聞こえた。

 「君は死ななくてよかったよ。 また罪を犯すところだった。
君が死んだら修は気持ちのやり場に困るだろう…。恨み言も言えなくてさ…。 」

先生は穏やかに笑いながら唐島の肩を叩いた。

 「…あんな酷いことをした僕は生きていてはいけないんだと思い込んだんです。でも姉に止められました…。

 真面目に生きることで、僕の気持ちがいい加減じゃなかったんだってことを修くんに信じてもらいなさいって。

 だから一生懸命勉強もしたし努力もしました。
この10何年もの間、良い人間であり、良い教師であるように努めて来ました。

 許してもらえなくてもいい。
僕の本当の心さえ知ってもらえれば…そう思ってそのために生きてきました。 」

唐島はなぜかこの先生だけには何でも話してしまう。

 「大丈夫だよ…。 修にはきっと通じるよ。 君が真心を尽くせばね。
修はそういう子だ…。 」

 先生はよほど修のことを気に入っているのだろう。
見た目の年齢から察するに高校時代に担任でも受け持っていたのだろうか。

 「高校時代の彼の話を聞きました。 修くんはまるで何ごとも無かったように明るく過ごしていたようで、僕としては少し安心しました。

 僕のせいで彼の人生に闇の部分を作ってしまったのではないかと心配していたのですが。 」

 唐島が言うと先生は真面目な顔になって忠告するように言った。

 「修には十分闇の部分があったよ。 君のせいばかりではないけれどね。

 切れると歯止めが効かなくなるのもそのひとつ。 基本的には一匹狼で誰にも頼れないのもそのひとつ…。 たったひとりで大勢を相手に喧嘩しようなんてのは自虐行為そのものだね。心のどこかで自分を捨ててかかってるんだよ。

 修を取り巻くいろんなエピソードに誰も気付いていない修の内面が覗いている。
修を知っている人はこの学校には沢山いる。 話を聞いてご覧…。 
きっと見えてくるものがあるよ…。 」

 先生がそう言った時、校舎の方から笙子が駆けてくるのが見えた。
別の場所から修も姿を現した。

 「あの…唐島先生。 今ここに誰か来ませんでした? 」

笙子は息を切らしながら訊いた。
突然の問いに戸惑いながら唐島は答えた。

 「誰かって…。 先生…誰か来ましたかね? 」

唐島は辺りを見回したが、先生の姿はすでになかった。

 「おや…何処かへ行ってしまわれたようだ。 さっきまで年配の先生と話をしていたのですが…。 」 

修がすぐ傍まで来た。

 「ああ…修。 ここで気配がしたんだけど…遅かったみたい…。 」

 「僕もだ…。 急いで戻ってきたんだが…。 」

唐島は何のことか分からず、修と笙子を交互に見ていた。

 「ごめんなさい先生。 お邪魔して…。 ちょっと探し物をしていましたので。
修…行きましょう…。 」
 
笙子は修の腕を引いた。修は何かに気付いたのか唐島の方を見ていた。

 「ちょっと待って…笙子。 唐島先生…ちょっと失礼…。 」

修の手が唐島の肩に触れた。

 「葉っぱ…。 付いてましたよ。 」

 秋でもないのに小さな枯れ葉が修の手の中にあった。
修は他には何も言わず、笙子と連れ立ってその場を立ち去った。
その後姿を唐島はぼんやりと見つめていた。



 唐島の居たところからずっと黙ったままの修に笙子は、修が唐島の肩に触れたその感覚から何かを探っているのだと感じた。

 記憶の糸をたどっているのか、それともいま現在の何かを分析しているのか…。
急に立ち止まると修は目を閉じた。

 「笙子…会ったことがあるような気がするんだ。 
唐島の肩に触れたと思われる人物…。君も多分知っているんじゃないかと思う。」

 笙子は修の唐島に触れた方の手を取った。しかし、痕跡が微弱で確かなことは分からなかった。

 「…そうね。 でも…これだけでは…難しいわ。 」

 「唐島が…心配だ…。 今はまだ大丈夫そうだけど…。
もし…憑依でもされたら…。 」

 笙子は呆れたように修の顔をまじまじと見つめた。

 「相変わらずのお人好しね。 あなたを苦しめた人でしょ。
どうなろうと構わないんじゃないの? 」

 修は首を横に振った。

 「それは違う。 唐島は異能力に対して何の抵抗力も持たない…。
僕はそれを知っているのだから護ってやるべきなんだよ。
ほっておくのはフェアじゃない。 」
 
 この人は生まれながらに宗主なんだわ…と笙子は思った。
修がまるで自分という個人は存在しないものであるかのように突き放しているのを見ると笙子はたまらなく切なくなる。

 たまには素のままの自分を曝け出して泣いたり喚いたりしたっていいのに…。
修のあの笑顔は温かさや優しさで作られたすべてを覆い隠すための仮面なんだから…。

 「今日は…もうだめだろうね。 ずっと待っていても多分現れない…。 
取り敢えず輝郷伯父さんに報告しておこう。 何か対策を考えるよ。」

 修はそう言って理事長室の方へ向かった。

 笙子は後について行きながら考えた。あれが幽霊なら…不思議だわ。
二年前までは全くそんな現象はなかったというし、この学校のどこにもそれらしい気配はないというのに急に現れるなんて…。
 まるでこの学校の何処かにぽっかり穴が開いていてそこから出入りしているみたいに。

悪意のようなものが感じられないだけ増しね。

笙子はそんなこと呟きながら先を行く修の腕を取った。
笙子のその手に反対側の手を重ねながら修は微笑んだ。




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三番目の夢(第三話 修という少年)

2005-08-29 23:58:11 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 学園が主催した新任の先生の歓迎会の後で、唐島は同僚から二次会に誘われた。

 学園近くの小さな居酒屋には何のことはない、いくつかのグループに分かれてはいるが、他の先生たちもそこに集まっていて、唐島たちが来ると手を振って歓迎してくれた。店はさながら第二職員室といった様相を呈していた。

一番奥の隅の席が空いていて、唐島たちはそこに落ち着いた。

 「唐島さん。聞きましたよ。どしょっぱつから雅人にやられたそうですね。
あいつが無断で出て行くなんて珍しいことだと皆が不思議がっていますよ。」

志水という唐島より少し若く見える教師がお絞りを使いながら無遠慮に言った。

 「そうなんですか…。」

唐島は気のない返事をした。

 「よっぽど虫の居所が悪かったんでしょう。 気にしなくて大丈夫ですよ。 」

唐島がよほど落ち込んでいるように見えたのか、松木という年配の教師が慰めた。

 「雅人ならいつもは言いたいことがあれば、はっきり言いますからね。
唐島さんが新任なんで雅人もどう話していいか分からなかったんでしょう。

 でもまあ紫峰の子どもたちは素直で扱いやすい方です。
ちゃんと話せば理解してくれますし、頼みごとも快くやってくれますよ。 」 

 「そうですか…。 安心しました。」

心にもない相槌を打って唐島はその場をしのいだ。

 「紫峰と言えば修が来てましたね。 」

志水が言った。

 「修って…志水先生。 修くんをご存知で? 」

唐島は訊ねた。志水の目が輝いた。

 「知るも知らんも僕は同期なんですよ。 大山先生もだ。 」

 「僕が何…? 」

隣の席から大山と思しき教師が訊いた。

 「修のことだよ。 紫峰修! 」

 「ああ…修ね! それならここに居るほとんどの先生がご存知だろう。 」

 にこにこと笑いながら大山が言った。
修か…修ね…笑い声とともにそんな声があちらこちらから上がった。

 唐島は意外に思った。唐島の知っている修は小さくておとなしい少年で、とてもこんなふうに人に強烈な印象を与えるような子ではなかった。

 「僕は小さい頃の修くんしか知らないんで…良かったら話して頂けますか。 」

唐島は志水に言った。志水は快く承諾した。

 「通常、藤宮学園では小学部から入学する子がほとんどなんですが、紫峰の子どもたちは大抵、高等部から入学してきます。修もそうでした。 」

志水は修のことを話し始めた。

 「入学してきた時の最初の印象はとにかく背が高い。 皆と同じ制服なのに何処かひとりだけ目立つんですよ。顔立ちが整っているせいもあるのでしょうが…。」

 

 高等部から入学してきたにもかかわらず、目立つ修の容姿はあっという間に学校中に知れ渡り、良くも悪くも他人から目を付けられる存在になった。

 目立つといってもアイドル系ではないし、どちらかといえば秀才タイプで下手をすれば鼻持ちならない男に見られかねないが、いつも穏やかでよく笑う修は先生受けも友達受けも好かった。
 修の包み込むような笑みに出会うとこちらも思わず微笑んでしまいそうになる。
修なら許せると他人に感じさせるような魅力があった。

 最初のひと月くらいは陽気で優しいイメージのまま何事もなく過ぎていったのだが、目立つ修をよく思わない者もいて、時が経つにつれ、何のかんのとちょっかいをかけてくるようになった。

 始めのうちは笑って受け流していた修も相手が腕力にものを言わせてくるようになると、黙っているわけにもいかなくなってきた。

 同級生の中での乱暴な連中が修を取り囲んだ時、危険を感じた志水が女子生徒に先生を呼んでくるように頼んだ。喧嘩に自信がない訳じゃないが、まだそんなに修を知らないこともあって、志水は物陰からそっと覗いていた。

 なんだかんだ言い合っている最中に手の早い奴が修に一発かました。
それを合図に数人が修に向かって行こうとしたのだが、修の表情がガラッと変わったのを見て思わず引いた。

 「一発は受けてやったからな。二発はねえぜ! 」

 その後の修の暴れようったらなかった。先生が飛んできたって止まりゃしない。
先生の声なんて耳に入ってないようだった。すげえとその時志水は思った。
  
 「修! ストップ! それ以上は病院行きよ! 」

笙子が声をかけてやっと止まらせた。先生を呼んできた女子生徒から急を聞いて駆けつけたのだ。

 修が大暴れしたことはすぐに全校に知れ渡った。
ぼこされた相手が相手なので先生たちも全く問題にしていなかったが、クラスの皆は修に恐怖感を抱いた。

 クラスメートが引き気味なのに、当の修はいつもどおり温和で陽気で全く変わらず、びびっていた友達たちも次第にまた打ち解けた。
   
 二年生に宇佐という男がいた。不良という訳ではないがこれがまた荒っぽい奴で、三年生でさえ一目置いているような喧嘩っ早くて腕っ節の強い男だった。
男気が強くて二年の男子生徒には人気があった。
 
 ふたりが出会ったのは、ちょうど修が二年生の暴れ者をぼこしている最中で、笙子がストップをかけた時だった。

 「こら。 てめえ。 先輩に対して何ちゅうことしよんじゃ! 」

宇佐は修にそう言った。

 「そっちが殴りかかってきたんだ。 不可抗力ってもんだぜ! 」

修はそう言って笑った。その時までは笙子が傍にいたが、もう勝手にして頂戴と言わんばかりに何処かへ行ってしまった。

 「てめえ! 生意気こいてんじゃねえぞ! 」

 宇佐が殴りかかると修は簡単に身を翻して避けてしまった。
だが、さすがに喧嘩好きだけのことはあって、すぐに体勢を立て直し、修に一発食らわした。

 「へえ…。 ちょっとは骨があるんだ。 今のは効いたぜ。 」

 お返しとばかりに修も1~2発かました。おお…こいついけるじゃんと宇佐は思った。久々のヒットだぜ!
 途端、修が構えるのをやめた。宇佐は訝しげに修を見た。

 「腹が減った。 飯喰いに行こうぜ。 」

 突然修が言い出した。宇佐は唖然とした。
何考えてんだこいつ…喧嘩の真っ最中に飯はないだろう。飯は…。

 「なあ…学食行こうぜ。 」

 「てめえ…俺を馬鹿にしてんのか?  」

宇佐は不服そうな声で訊いた。

 「馬鹿になんかしてないけど。 おまえ…ぜんぜん敵意ないじゃん。
敵意のない奴、殴る気がしないもん。 」

 宇佐はあっと思った。喧嘩好きなだけで宇佐は修にどうこうという悪感情を持っていたわけではない。修はそれを感じ取ったのだ。

 「そっか…。 そんじゃ飯食いに行くか…。 」

何となくそんな雰囲気になってしまった。
ふたり仲良く学食に向かう姿は、傍から見ると信じられないような光景だった。



 「まったく…こんな時間にあんたたち授業は大丈夫なのかい? 」

食堂のおばちゃんがカレーをよそってくれながら訊いた。

 「だっておばちゃん。 腹が減っては戦ができねえっていうじゃない。 」

修はご機嫌で答えた。
しょうがないねえ…という顔でおばちゃんは首を振った。

 宇佐はマイペースな修にずるずると引きずられている自分を感じた。
すでに午後の始業の鐘は鳴っていて食堂はガラガラだった。

 食堂のドアが開いて先生が顔を覗かせた時、さすがの宇佐もドキッとしたが、修はまるで意に介してないようだった。

 「修! 飯食ったらすぐ教室へ来るんだぞ! 」

数学の河原先生がそう声をかけて出て行った。

 「わっかりましたぁ! 」

 修は美味そうにカレーをほおばりながら手を振って答えた。
こいつの心臓はどういう構造をしとるんだ…?
宇佐はただただ呆れかえって修を見つめていた。

 

 二年生もやられたといううわさが三年生の耳に届いたのはその日のうちだった。しかも、授業をさぼってあの宇佐と仲良くカレーを食っていたというので、三年生だけでなく職員室の教師の間でもその話で持ちきりだった。

 当時の藤宮の教師には、男子校だった昔ながらの蛮カラ気質が残っていて、女子生徒を迎え入れた後でもその気風はそこかしこに漂っていた。

 喧嘩を正当化するわけではないが、命にかかわるようなことや陰湿な虐めでない限りほとんど問題にしなかった。ただの喧嘩は言い分を聞いてやってから両成敗で終わらせることが多かった。
 親が代々藤宮の卒業生だという場合が多いので、あまり問題にする人がいなかったこともある。  



 三年生の猛者たちは意地でも負けられないと息巻いた。うわさでは三年生の男子生徒全員が打倒修に立ち上がったということだった。

その話を修は宇佐から聞いた。修は腹を抱えて笑った。

 「馬鹿げてら! たったひとりに三年生全員? 男じゃないね。 」
 
 「おまえ怖くないのかよ。 すげえ数なんだぜ。 」

 宇佐は呆れ顔で訊いた。宇佐ほどの男でも三年生全員が相手となれば躊躇する。
それを修は笑い飛ばしている。

 「なあ…おまえ…何でいつもひとりで喧嘩買ってんだ…? 
おまえの学年にゃ他に骨のあるやつぁいないのかよ。 喧嘩できる奴は。 」

 前々から訊こうと思っていたことを宇佐は訊いた。
志水はこの時もたまたま物陰に隠れてふたりの話を聞いていた。
大山も志水の妙な行動を見て近寄ってきたところだった。

 「喧嘩強い奴もいるだろうけど…これは僕に売られた喧嘩だ。

 その喧嘩にわざわざ友達を引っ張り込んで痛い目に遭わせるのかわいそうだろ。
大好きな人たちが痛い思いをするところなんて見たくないじゃないさ。

 僕ひとりですむことなんだ…もし負けてどんな目に遭わされても。 」

修はそう言ってまた笑った。

 三年生全員相手にひとりで向かうなんて馬鹿としか思えないけれど、こいつってすげえいい奴なんだ…と宇佐は思った。

 物陰で秘かに志水と大山が感動していた。 男だぜ!

遠巻きにそれらを見ていた笙子は、まったく…救いようがないわね…と呟いた。

 それから数日後には、運動場の真ん中にぽつんとひとりの修を取り囲むように三年生の男子が大勢集まっていた。

 誰かの号令のもとに藤宮学園創立以来の大喧嘩が始まった。
修が何人かの三年生をぶっ飛ばしたあたりで周りから喚声があがった。
 
 修も三年生も何事かと周りを見ると、志水、大山率いる一年男子と宇佐率いる二年男子が三年生と修を取り囲んでいた。

 「修ひとり相手に三年生全員はないぜ! 俺たち一年男子は修に加勢する! 」

 「おおよ! 卑怯者どもを蹴散らすぞ! 二年男子の心意気を見せろ! 」

修は驚きながらもちょっと嬉しかった。

 三年生は少し臆したかに見えた。各学年入り乱れての大乱闘。
いかに三年生が強くても二つの学年が協力して攻撃してきたのでは敵わない。
修だけでも手を焼いていたというのに。

やがて、三年生は運動場の隅に追い詰められた。

 「くっそ~! 俺らの負けだ~! どうとでもしやがれ~! 」 

指揮を取っていた三年生が観念したように言った。

修は加勢してくれた皆の方に向き直ると深々と礼をした。

 「みんなありがとう…本当に…ありがとう。 」

 日頃偉そうに威張っている三年生をやっつけたことで一年も二年も胸がいっぱいになって修の方を見つめていた。

 「この喧嘩…僕…めちゃ楽しかったぁ~!! 」
 
修の心から楽しそうな叫び声に、おお~っという歓声が上がった。



 喧嘩が終わった頃を見計らって職員室から教師たちが何人も駆けつけてきた。

 「まあ全学年集まって どえらい騒ぎを起こしよって。 誰じゃ首謀者は? 」

生徒指導部の先生が訊いた。誰も答えなかった。

 「僕です。 僕が皆を集めました。 」

修は笑みを浮かべながら言った。

 「修か…おまえじゃなかろう。 三年生の首謀者がおるはずじゃ。 」

 「体育祭に男子全員でど派手なパフォーマンスやるんですけどね。 
人数が多すぎて合戦ものになっちゃっただけで…。 」
  
先生は唖然として修の顔を見た。
三年生たちはもっと唖然とした。

 「じゃ…先輩たちそういうことで…もう一度ど派手なパフォーマンス考えてみていただけますか? 」

 修は背中に回した手で三年生に合図を送った。三年生はお互いに顔を見合わせていたが、指揮を取っていた少年が詰まりながら返事をした。

 「あ…うん…任せてくれ。 いいものを考えておくから…。 」

修は頷いた。一、二年生にも合図をした。

 「他の皆さんもいい案があれば…三年生の方へ。 」

 「おお…そうだな。 皆…わかったな。 」

おお~っと返事が返ってきた。

 嘘だとは分かってはいるものの、狙われた本人の修がそう言うのだから、先生としてもどうしようもなかった。
取り敢えず何か集会を開く時は届け出るようにと念を押して皆を解放した。  

 修は三年生に大きな貸しを作った。それ以後三年生はわりと修に協力的だった。
この喧嘩をきっかけに藤宮学園には修伝説が始まったのだった。 


 
 志水はそこまで話すとお絞りで顔を拭いた。

 「いやあ…いろんなことがありましたよ。 その後もねえ。 ほんといろいろ。
とにかく冷や冷やさせられましたが三年間楽しかったです。
修といると退屈しませんでしたね。」

大山が隣の席で嬉しそうに頷いていた。

 唐島の知らないあれからの修。できれば本人に会って確かめたかった。
傷ついたに違いないその心を本当に癒すことができたのか…。
君は本当にそれほど明るく生きてこられたのかと…。




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三番目の夢(第二話 優しい先生)

2005-08-27 23:44:22 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 輝郷から内密に話があると連絡が入ったのは春先のことだったが、一応返事はしたものの、年度初めの忙しさになかなか手が空かず、修が藤宮家を訪ねたのは新学期が始まってからだった。

 この春休み中に輝郷は、校舎のありとあらゆる所を調査させたが、人によって敏感度が違うとはいえ、一般的に見てシックハウスの原因となるような化学物質は検出されず、校舎が原因で体調不良を起こすとは先ず考えられないことが分かった。 
 そうかといって、藤宮や紫峰の血を引く教師たちが隈なく調べても人に害を及ぼすような霊的なものも存在しない。
藤宮家としては今のところお手上げ状態なのだ。

 感度のよい笙子に確認させようと思ってもなかなかつかまらず、たまたま連絡のついた修にお鉢が回ってきた。

 「まあ…お前もこの高校の卒業生ではあるし、少しばかり手を貸してもらえたら助かるのだが…。 」

 わざわざ呼び出した割には遠慮しがちに輝郷は言った。
いかに義理の伯父とはいえ他家の宗主に無理強いはできない。

 「分かりました。 僕も仕事があるので始終学校へ出向くというわけにはいきませんが、時々顔を出して調べてみましょう。
何か適当な理由を考えてくださいよ。 」

 「紫峰家は理事のひとりでもあるわけだから、教育施設を拡充させるための視察ってのはどうかね。 
 今ちょうど、受験塾を大きくしようと思っているところなんだよ。 」
 
 少し考えてから輝郷は言った。
修は意味ありげに笑いながら答えた。

 「それは…寄付の催促ですか…? 」

輝郷は笑いながら、そういうわけではないんだが…と頭を掻いた。



 今年採用された教師は5人ほどいたが、職員室の国語担当のエリアにいる新人は唐島だけだった。新人といっても唐島はすでに10年ほども公立高校で教えてきたベテランで、教師としては高い評価を受けていた。

 隣のエリアで背の高い少年が数学の教師と何か話していた。 
用事の終わった少年が出て行こうとすると、別のエリアから声がかかった。

 「お~い紫峰。 次の時間は視聴覚室で授業をするから皆に移動するように伝えといて。」

 「わっかりました!」

少年は元気よく答えて出て行った。

 その名前を耳にした時、突然、唐島の胸が高鳴った。
紫峰…紫峰だって…? 

 唐島は少年のあとを追った。
紫峰と呼ばれた少年は廊下でさらに背の高い少年と合流した。

 「紫峰くん? 紫峰…透くんか…? 」

透は振り返って訝しげに唐島を見た。

 「そうですけど…。 」

 「やっぱりそうか…。 おや…きみも紫峰くんだね。 冬樹くんかい? 」

唐島は雅人の名札を見て冬樹の名を出した。

 「いいえ…冬樹は亡くなりました。 僕は雅人です。 」

 「ああ…ごめんなさい。 悪いことを訊いてしまった。 

修くんは…修くんは元気かい? 」

 唐島がそう訊ねた時、唐島の過去のビジョンが雅人の脳へ流れ込み、雅人は身体が震えてくるほどの怒りを感じた。

 「元気ですよ。 先生は僕等をご存知なんですか?」

 「うん。 ずっと昔にちょっとね。 会ったことがあるんだよ。 

そうか…修くんは元気なんだね…。 」

懐かしそうに唐島は言った。

 「透。 行こうぜ。 」

 雅人はその場にいるのはもうたくさんだと言わんばかりに透の腕を引いた。
その勢いに透は驚いた。

 「呼び止めて済まなかったね。 修くんによろしく。」

 「伝えませんよ…。あなたがここに存在すること自体…僕には伝えられません。
ご自身で電話でもなさればいい…。 できるならですけどね。 」

 雅人は吐き捨てるように言うと透を引っ張ってその場を離れた。
雅人の言葉を聞いて唐島は雷に打たれたようなショックを受けた。

 「…知っているのか…。 」



 下唇を噛みながら雅人は無言で教室へ戻ってきた。休憩時間なのでまだ誰も戻ってきては居なかった。

 「どうしたんだよ。」

透は青くなっている雅人に訊いた。

 「あいつだよ。 修さんに酷いことをした奴。 さんざ他人を傷つけておいて、よくもまあ教師なんかになったもんだぜ。 」

 「修さんに知らせなきゃ。 あいつがここにいるって。 」

透は携帯を取り出した。雅人はそれを止めた。

 「馬鹿だな。黙ってりゃいいんだよ。修さんの古傷刺激してどうするんだよ。」

 「あ…そっか。 」

 クラスメートが戻って来たのでその話はそのままになった。
透は急いで黒板に大きく『次は視聴覚室へ移動』と書いた。



 修が雅人の担任から呼び出しを受けたのはそれから間もなくだった。
雅人が担当教師を無視して教室を出て行ってしまったという内容だった。
 
 担任ともうひとりの教師の前で雅人は悪びれもせず堂々と修を待っていた。

 急ぎ駆けつけた生徒相談室の入り口のドアを開けた瞬間、修の目に飛び込んできたのは唐島の姿だった。修はそれですべてを察した。

 「理事をお呼び立てするほどのことではなかったのですが、何しろ雅人くんがこのような騒ぎを起こすのは初めてでして…。
何かあったのではないかと心配になりましてね。 」

 担任は緊張した面持ちで言った。
藤宮学園にとって毎年多額な寄付金を寄せている紫峰家の存在は重く、決して失礼があってはならないと上から内々言われている。

 「いえ…うちの方では特には…。受験で気が立っているのでしょう。
申し訳ないことを致しました。 」

 修は丁寧に唐島に頭を下げた。

 「いいえ…僕がまだこの学校に慣れないものですから…きっと何か気に障るようなことがあったのでしょう。 」

 唐島もそう言ってお辞儀した。 
顔を上げた唐島は何か言いたげだったが修はそれを無視した。

 二言三言担任から注意を受けて雅人は相談室から釈放された。



 修は相談室を出てから一言も話さぬまま雅人を連れて帰った。
校門を出ても、車の中でも、何を考えているのかずっと黙っていた。

 紫峰家の駐車場に車を止めて外に出た途端、修は大きく溜息をついて車の方に倒れ掛かった。

 「修さん。 大丈夫? ねえ。 大丈夫? 」

雅人は修の身体を支えるようにして訊ねた。

 「びっくりした。心臓止まるかと思った。なんであいつがあそこにいるの?」 

 雅人に顔を向けて修は言った。
いや…びっくりしたのはこっちだし…と雅人は思った。

 「けど…雅人。 間違えてはいけないよ。
過去のことは僕とあいつの問題で、お前にはいっさい関係ないことだ。

 お前にとってあいつは先生だ。理由もなく授業をエスケープするなんて無礼なことをしてはいけない。お前の人格を下げることになる。

 まあ最も僕も高校時代は相当なもんだったから、偉そうな事は言えないが…。」

 雅人の前では修はあくまでいつもの修だった。
悲しいほど理性を働かせて自分の中の鬼を抑え続ける。
笙子の前ならいま修はどんな姿を見せるのだろう…と、ふとそんなことを思った。

 「どうするの? 仕返しするつもり? 今ならあなたには何でもできるよ。」

 雅人が訊いた。
修は目を細めて首を横に振った。

 「30をとうに超えたおっさんの裸は見たくないなぁ。やる気も起こらない。」

 「あのねえ…。僕はそういう仕返ししろって言ってんじゃないんだけど…。」

 からからと笑いながら修は玄関の方へ向かった。
後に付いて行きながら雅人は修の胸のうちを考えた。唐島に対する怒りが消えたわけじゃない。雅人の前だから馬鹿なジョークで誤魔化しているだけだ。
ここはやっぱり笙子さんに頼るしかないか…と雅人は思った。



 夕暮れの職員室で唐島はぼんやり修のことを思い出していた。
あの頃に比べると別人のようだ。大きく逞しくなった。
よかった…。元気でいてくれて本当に…よかった…。

 「どうかしたのかね? 」

不意に初老の先生が声をかけてきた。穏やかそうな優しい笑顔の先生だった。
 
 「僕がまだ十代の頃にある人にそれは酷いことをしてしまったんです。
多分その人にとっては、今更取り返しがつかないほど酷いことだったと思います。
今日その人にやっと会えたのに…謝ることもできなかった…。 」

自分が何故、初対面のこの先生にそんな話を打ち明けているのか分からなかった。
この先生があまりに暖かな笑みを浮かべていたので、長い間心にしまっておいたことを思わず話してしまったのだ。
 
 「過ちのない人生はないよ。 
その人に会えたのなら君のできる限りの誠意を尽くして償うといい。
 たとえ許してもらえなくとも君の心が救われるまでね…。 
その人に対して何もしてあげられなかったと後悔するよりはいいじゃないかね。」

先生は穏やかにそう言って唐島を元気づけてくれた。
この学校にはこんな素敵な先生がおられるのだ…見習わなくては。
唐島はそう思った。

 「君が言うのは紫峰修のことだろう? 今日学校に来ておったからな。
あれは凄い男だった。 今でも語り草になっておる。

 この学校には修と同級生だった先生や修を教えた先生がおるよ。
いろいろ昔話を聞かせてくれるだろう。

 君の悩みの解決に役に立つかもしれん。 」

先生がそう教えてくれた時クラブを終えた教師たちが職員室に次々と戻ってきた。
先生はにっこり笑うと唐島の気づかぬ間にどこかへ行ってしまった。

 お名前を伺っておけば良かった。
ま…いいか…この学校の先生ならまた明日にでも会えるからな。

胸の中でそう呟くと唐島は帰り支度を始めた。




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三番目の夢(第一話 学校の怪談??)

2005-08-26 23:18:37 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 「合格おめでと~う! 」

 黒田が子どもたちに解放したオフィスの一室で小さなパーティが始まった。

 悟が国内最高と言われる大学に合格したのを知った雅人が、皆に呼びかけてお祝いすることにしたのだ。強気の悟も今日はちょっと照れ気味だった。

 「やったねえ! 悟! 」

透が感心したように言うと、悟は嬉しそうに気持ち鼻の下を伸ばした。

 「いや。 当然の結果です。 僕はそれだけの努力をしてきましたからね。」

 「お前のその鼻持ちならないところが素敵さ!」

雅人がコーラの入ったカップを掲げながら皮肉っぽく言った。

 「ありがとう! 君の先輩を先輩とも思わないそのでかい態度もね。 」

悟も負けずに言い返した。
会えば厭味と皮肉の言い合いになるくせに、このふたりは結構仲がよかった。

 働くのが身に染み付いている隆平はキッチンとテーブルを行ったり来たりしてみんなの世話を焼いていた。

 「隆平。 いいから座れよ。 」

晃が隆平の腕を引いて座らせた。座ったら座ったで、ジュースを注いだり、テーブルを拭いたりで忙しい隆平だった。
 
 「隆ちゃん。 はいチキン食べて! 」

透が強制的に隆平にチキンを渡したのでやっと落ち着いた。

 「でさ…今年は藤宮高は結構な合格率だったらしくて…来年の生徒募集に期待が持てそうだなんて言ってたよ。 さらに学校付属の受験塾に力を入れようってことで…。 」 

 「ふうん…それで新しい先生を何人か入れたわけね。」

 「だけど心配なのは…あのうわさ。 去年も一昨年も新人の先生が辞めただろ。
あれさ…何年か前に亡くなった先生が新人の指導に現れるってやつ…。」

 「ああ…でもねえ。 そんな霊、僕等キャッチできないもん。 うそでしょ。」

 新学期から、藤宮学園の高等部に新任の先生が配属されるらしいといううわさがあった。さすがに藤宮本家の跡取り、悟は裏話をよく知っている。

 「何? 受験塾って? 」

隆平が訊いた。

 「学校主催の受験生用補講だよ。1~2年でも週三で進学補講やったじゃない。

 藤宮の生徒は藤宮の大学へ進む組と他の大学を受験する組とに分かれるだろ。 ストレート組みはいいけど、受験組は進学補講の他にさらに受験用の勉強が必要だということで分けて補講するわけよ。 」

晃が答えた。

 「しかも、藤宮の補講は民間の大手塾にも引けを取らない実績がある。
隆平も選択するだろ?」

 「それは…そうだけど。 」

また修さんに負担をかけちゃうな…。そんなふうに隆平は思った。

 「あ…ところでさ。 A町のバス停の所に新しくゲームセンターができたわけ。
ここにコインと引き換えのサービスチケットがあるんだけど今度行かない? 」

雅人がチケットの束をぴらぴらさせた。

 「乗った!」

透と晃が同時に答えた。出遅れた隆平はただ頷いた。

 「おまえら受験生じゃないのかよ? 」

悟が呆れて言った。

 「悟。行かないの? 」

透が言うと皆がいっせいに悟を見た。

 「行きますよ。 せっかくですから…ね。 」

笑い声がオフィスの外まで響いた。



 透たちの通っている藤宮学園は、藤宮の本家が理事長を務める私立の学校である。

 有名難関大学への進学率を誇る超エリート進学校として有名だが、小学校から大学まで備えているせいか、受験に関しても長期的視野で対応していくというのが基本方針で、それほどがりがりと勉強ばかりをさせているわけではない。

 スポーツや学園内の行事も盛んで、生徒会の活動もできるだけ生徒の自主性を重んじている。
 自ら考えて行動する力とその行動に責任を持つ心を養おうというのが狙いだ。 

 そのせいか、今の時代にしては中途退学する生徒も問題を起こす生徒も少ないのが自慢である。
 

 少子化の影響でどこでも経営が苦しくなってきているのが現状だが、有難いことに入学数は減少しておらず、むしろ増えていて、このところ理事長輝郷が頭を痛めているのは教師不足の方だった。

 教師同士の仲も悪くはなく、勿論、他の学校に比べて給料が安いわけでもなく、教師にとってはまあまあ仕事のしやすい環境であるにもかかわらず、新人の教師たちが居つかない。

 採用するとすぐに体調を崩してしまい結局は退職してしまう。
ベテラン勢に何とかがんばってもらっているが、間もなく定年の人もいて、早急に新しい世代を育てなければ学校が立ち行かない。
 
 しかも、併設している受験塾の入塾希望者が年々増え続けているために、ベテラン勢たちは休む間もなくフル回転で働いているようなものなのだ。

 何とかしなければと思っていた矢先、妙なうわさが耳に入った。

 新しく採用された教師を指導するために亡くなった先生の魂が現れる…。
新人教師はそれが怖くて辞めていくのだ…と。

 馬鹿な…と輝郷は思った。
そんなことが本当にあるのなら我々藤宮の一族が気付かぬはずがない。
この学校に居る藤宮の一族からも、紫峰の一族からも、別段異常を感じたという
報告は受けていない。

 だが…これまでの採用者がはっきりした原因を言わずに体調不良で辞めていったところを見ると何か原因はあるのだろう。ひょとするとシックハウスのようなものかも知れないが…。

 そっちの線で調査してみて…それでも万一の時には笙子か修に来てもらうかな。
藤宮の血を引く教師たちは何人も居るのだが…残念なことにあのふたりほど感度がよくないから…。

輝郷はふとそんなことを思った…。



 新しい赴任先を目の前にして唐島は少し気後れしていた。
これまでの公立の高校とは何もかもが異なっている。

 この学校の理念に共感して就職したものの、高級マンションの如き校舎もさることながら、設備から何から至れり尽くせり。
さすがに金持ち相手の学校は違うとしみじみ思い知らされた。

 まあ…いいか。 
僕のできるだけのことをすればいいんだから…。

大きくひとつ深呼吸をして唐島は学校の門をくぐった。





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