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徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

三番目の夢(第十四話 きみを選んだ)

2005-09-11 23:47:18 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 家に戻った途端、三人ははるの怒りの声に迎えられた。

 「なんということをなさったのです! 宗主のお留守中に! 」

 三人はそのまま奥の座敷へ連れて行かれた。多分藤宮本家から連絡があったのだろう。晃が父親の輝郷に白状させられたに違いない。

 座敷では祖父一左が待っていた。さすがに笑っていない。

 「ただいま帰りました。 」

三人は正座して祖父に挨拶をした。
 
 「少し…悪戯の度が過ぎたな。 」

三人を見据えながら一左は落ち着いた声でそう言った。
三人は畳に視線を落とした。
 
 「御大…申しわけございません。 はるの不行き届きでございます。 」
はるは手を突いて詫びた。はるは一左が三人に雷を落とすだろうと思っていた。 

 「隠居の身に何も言うことはない。 宗主に任せておけばよい。 」

 予想に反して一左は穏やかに言った。
座敷の襖のところで西野が修の帰館をを告げた。

 修の姿が襖の前に現れると、一左は宗主である修に上座を譲るべく座を移ろうとしたが、修はそれを断るように手で制した。
修は三人には一瞥もくれず先ず祖父に向かって帰館の挨拶をした。

 修はゆっくり三人の方へ振り返った。
雅人の前で片膝つくような姿勢をとると手を上げた。
殴られる…と雅人は思った。 

 だが修の手はそっと雅人の頬に触れた。

 「怪我は…ないか?  」

修は心配そうな声で訊いた。

 「ありません…。 」

消え入りそうな声で雅人は答えた。修は安心したように頷いた。

 「そうか…他の二人も大事無いか? 」

ふたりとも顔を上げることができず、はいとだけ答えた。

 「透! 」

 修は厳しい口調で透を呼んだ。
いつもの優しい修さんではなく完全に宗主の顔になっている。

 「はい。 」

怯えた声で透が返事をした。

 「おまえは次期宗主だぞ! 暴走する雅人を止めるのがおまえの務めだろう!
同調して愚かな振る舞いに及ぶとは何ごとだ!  」

 はるも西野も自分の耳と目を疑った。修が透を厳しく叱咤している。
いつもなら透を穏やかに諭す修が…。

 「紫峰に起きる事はすべて宗主の責任だ! たとえおまえ自身が何の関与もしていなかったとしても、起きてしまった事に対する責めを逃れることはできない。

それなのに、その宗主がことを起こした本人になってどうするのだ! 」

 「申しわけありません! 宗主の自覚が足りませんでした! 
すべて僕の責任です。 藤宮へもお詫びに伺います。 」

透は手を突いて謝った。

 「透を叱らないで下さい。 僕がやりました。 僕が計画してみんなにやらせました。 透のせいではありません。 」

雅人が訴えるように言った。

 「いいえ…僕があの霊たちのことを黙っていればよかったんです。
ついしゃべってしまったからこんなことに…。」

隆平が涙声になっていた。

 「雅人…勿論おまえが悪い。 後見は常に宗主の立場を考えて行動しなければならない。 宗主が危うい立場に陥らないように配慮してこその後見だ。

 宗主を謝りに行かせるようなことをしでかしては、とても後見の務めを果たしているとは言えん。 」

 「ご免なさい。 本当にご免なさい。 」

雅人も畳に顔をこすり付けるようにして謝った。

 「隆平…鬼面川の祭祀を学んだおまえがこの世に未練を残した霊の恐ろしさを知らぬはずはあるまい。

 これまでのおまえなら絶対に勇み足などしなかっただろうに。

 たとえ紫峰の家の子となっても鬼面川の教えを忘れてはいけない。
このふたりが誤った行動を取ろうとする時には身を呈してでも止めよ。 」

 「はい。 そう致します。 」

修は再び祖父の方へ向き直ると平伏して宗主として長老への詫びを述べた。

 「宗主…藤宮への対処はどうなっているのかね? 」

祖父はそれが一番気になるとでも言うように訊ねた。

 「はい…先ほど藤宮本家当主にお詫びを申し上げて参りました。
快くお許し頂きましたが…それなりのことを手配致します。 」

安心したというように一左は微笑んで頷いた。
 
 「唐島の…先生のことは…。 」

 雅人が一番気になっていることを訊いた。紫峰の力と鬼面川の力を見られてしまった。もしこのことが世間に知れたら…。

 「その点は大丈夫だ。 目撃者が唐島だけだったことに感謝するんだな。
唐島なら立場上、確かでないことを不用意にしゃべったりはしない。 

 すべてが終わったら記憶を消しておく…。 」

あなたに関する記憶は…とはさすがに訊けなかった。



 ひとり早めの夕食を済ませると修はまた何処かへ出かけていった。
海外出張から帰国したばかりだというのに休む間もなく。

 雅人は騒ぎを起こして修を怒らせてしまったことを悔やんでいた。
事を起こした張本人の雅人のことならともかく、修が透をあんなに激しく叱責するとは思わなかった。

 透はいま宗主の責任の重さを改めて考えさせられて自責の念にかられ、部屋に閉じこもってしまっている。

 隆平は隆平で自分が余計なことをしたせいだと思い込んでしょげてしまった。
それもこれもすべて雅人が招いたことだと思うと申し訳けなかった。

 きっと晃も父親に厳しく叱られたんだろうな…。悪いことをしてしまった。
雅人はそう思って晃の携帯にメールを送った。

 すぐに返信があった。
いつもの調子で『だいじょ~うぶす! 気にすんな!(^^)! 』と書かれてあった。
雅人の口元が思わず緩んだ。



 ひとりきりの部屋で雨の音を聞きながら史朗はぼんやり考えていた。
あの幽霊たちを一先ずその場から追い払ったものの、河原先生に憑いている者たちだとすれば、河原先生とともにまた舞い戻ってくるだろう。

 きちんと対処するには祭祀の場を設けなければならないが、学園にも河原先生の入院している病院にも人目につかない場所なんてありえない。
 彰久なら祭祀をしなくても持っている力で何とかなるかもしれないが…。

 突然、インターホンが来客を告げた。  
覗き窓の向こうに修の姿があった。史朗は慌てて玄関のドアを開いた。

 「お帰りなさい。 修さん。 お疲れさまでした。 」

史朗は思わずそう言った。言ってしまってからどこかおかしいとは思った。

 「ただいま。 史朗ちゃん。 」

修は笑いながら史朗に合わせて、本場の紹興酒や茶葉の入った包みを手渡した。

 「子どもたちが世話になったね。 助かったよ。 」

 「そのことなんですけど…。 あ…汚いところですけどお座り下さい。 」

 史朗はさっきまで考えていたことを話した。
あの霊たちはどうも単なる事故死とか病死の人の霊ではないように思えること。
河原先生自身には憑依されているという自覚はないだろうということ。

 河原先生を利用して生きている人を自分たちの世界に引きずり込もうとしているのではないかということ。特に若い男の霊の力が大きいと感じたこと。 

 「正式な祭祀による見解ではないので自信はありませんが…。 」

史朗の話を聞いた修は宇佐から聞いた集団自殺の事件を思い浮かべた。

 「多分 史朗ちゃんの見解が正しいよ。 思い当たることがあるんだ。 」

そうでしたか…と答えながら史朗の表情が曇った。

 「修さん。 彰久さんの方が巧く対処してくださるのでは…?
僕には祭祀の力しかありません。 祭祀ができなくては…どうすることも…。 」

 彰久のように本人に力がある場合には祭祀の力など必要なく、ストレートに戦える。同じ結果を生むとしても便宜性が全く異なる。
悔しいが彰久のように身軽には戦えない。

 修はじっと史朗を見ていたが、やがてこぼれるような笑顔を向けた。

 「心配ないって。 彰久さんにお願いするなら最初からそうしているよ。
僕はきみを選んだの。 自信持っていいよ。 」

 そう言われても史朗は不安だった。
失敗したら…とんでもないことになる。
自分の失敗で自分が命を落とすのは仕方ないとしても、河原先生の命と唐島の命…ひょっとしたら修だって巻き込んでしまうかもしれない。

 そう思うと震えが止まらなくなった。歯の根が合わない。
自分の中の祭祀の力を信じることができなくなってきた。
暗闇の中に落ち込んでいきそうだ。

 あっと思った時、修の腕がしっかりと震える史朗を抱きとめた。

 「史朗ちゃん。 大丈夫だ。 きみは強い力を持っている。
彰久さんにも劣らない素晴らしい祭祀の力を…。

 僕がきみを選んだ。 きみだから選んだ…。  」
 
修はそう囁いた。

史朗の心臓が高鳴った。

史朗が身を強張らせると修はあっさり史朗から離れた。

 修に対しては身を尽くし心を尽くし…という想いがいつも史朗のどこかにある。
それはどれほど愛しく想っていても笙子には感じられないもの。

 笙子を蔑ろにしているわけじゃない。
笙子にだって身も心も尽くして仕えているつもりだ。
けれど…それ以上に…別のなにかが史朗の中にある。

いつか伝わるだろうか…伝えられるだろうか…。

この切ない想い…。




次回へ





三番目の夢(第十三話 迫り来る霊)

2005-09-10 23:22:14 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 肌を重ねた後の脱力感の中で史朗はぼんやり考え事をしていた。
笙子は早々にシャワーを浴びに行ったが、今夜は後を追う気がしなかった。

 こんなことをしている場合じゃない…という焦燥感が史朗の中にあった。
別に今どうこうしなければならない何かがあるわけではないのに、やたら気だけが焦っていた。

 星の数ほどいる遊び相手の中で笙子がなぜ史朗を選んだのかは史朗自身にも分からない。

 史朗が仕事上のパートナーとして認められたのは入社してから間もなくで、史朗の経営と営業の腕を見込まれてのことだった。

 勿論、当時の社員たちが会社を大きくするために力を尽くしたことは確かで、今はみなそれぞれに支店を任されたり、重役職に就いたりして出世はしているが、笙子の片腕となったのは新参の史朗だった。
 
 それをやっかむものがいなかったのは、史朗が入社前にずっとこの会社でアルバイトをしていて、当時の社員たちにその人となりを知られていたということや、史朗が入社とともに実力を発揮する機会に恵まれて実際に業績をあげたからだった。

 愛人という微妙な立場になったのはその後のことで、何時そうなったかというよりは、いつの間にかそうなっていたと言う方が的を得ている。

 「史朗ちゃん。 修から…。 」

 シャワーを終えた笙子が艶かしいバスタオル姿のまま電話の子機を手渡した。 
史朗は今の姿を見られているようで少しどきどきしながら受け取って返事をした。

 『遅くに悪いね…。 史朗ちゃんにちょっと頼みたいことがあって…。
隆平が生霊に重なるようにして別の魂を見たと言うんだ。 
 隆平は属性は紫峰だけれど、鬼面川の血を引いている子だから、死者の魂には敏感なのかもしれない。

 実は出張中なんで家のほうにはいないのだけれど、どうも子どもたちが余計なことをやりそうな気がしてね。
 できれば史朗ちゃんにそれとなく監視してもらいたいんだよ。 
勿論、仕事の合間でいいからさ。 』

 「いいですよ…。 でも修さん…何処から電話かけてるんですか?
随分…遠いような…。」

 『大連…。 叔父が来るはずだったんだけど…急遽代理で飛んできたんだ。 
三日ほどで帰るから…その間だけお願い。 』
 
 「分かりました。 お気をつけて…。 」

 『有難う…。 お楽しみのところ…お邪魔さまで・し・た!』 

 「お…。」

 史朗は真っ赤になった。冗談だとは分かっていても全身から汗が噴出しそうだ。
笑っている笙子を尻目に慌ててバスルームに飛び込んだ。



 黒田のオフィスでは四人組が情報交換の真っ最中だった。
学校と受験塾が終わると8時を過ぎてしまうのだが、藤宮の塾は学校と連携しているので他の塾に比べれば帰宅時間も早い方だ。10時過ぎなんてところもざらである…。
まあ…ここで油を売っていれば同じことなのだが…。
 
 月曜日からずっと唐島を見張っていたがなかなか河原先生が現れず、従って先生に重なって見える男女の影の正体も分からずじまいだった。

 「あれは死んだ人のものだよ。  」

隆平が絶対の自信のもとにそう言った。

 「隆平がそう言うのなら間違いないだろう。 だけどどうして僕等にはわからないのかな。 僕等もそうしたものを感覚で捉えられるはずなのに。 」

雅人は首を傾げた。相伝の修練の時に魂を感じることは嫌ほど訓練したはずだ。

 「河原先生がまだ生きているからだよ。 生きている魂のパワーに気配を消されているんだ。 鬼面川の血は死者の魂に敏感だから隆平には見えた。 」

透が思うところを述べた。

 「おお…透。 冴えてる~。 そういうことはあるかもね。 」

晃が拍手で応えた。

 「とにかく他の先生や生徒が傍にいたんでは手出しできないよ。
どうする? 」

 「困ったね。 河原先生は学校にしか出ないし…。 」

ギィ~ッとドアが開く音が響いて四人は一瞬ドキッとした。
黒田が顔を覗かせた。

 「おいおい。 いつまで遊んでるんだ。 もう11時近いぞ。 」

げげっ!とみんな慌てて時計を見た。

 「今日は俺も自宅の方へ帰るからついでに送ってやるよ。 急げ。 」

 黒田に急かされてみんな急いで部屋を出た。
部屋を出たところで黒田がオフィスに鍵をかけるのを見ていた雅人の脳裏にある考えが閃いた。

 教師なら休みの日でも教室の鍵を開けられる。
休みの日なら部活の生徒以外学校にはいないし、他の先生や生徒が来ないようなところへ呼び出せば…。

 修の名前を使えば唐島は必ず来るだろう。
唐島がひとりで待っていれば河原先生が現れる。
隆平がいれば河原先生と重なっている男女の霊の正体を知ることができるかもしれない。

 土曜日…なら午前の受験塾が終われば午後からは静かなもんだ。
特に他の教室から離れたところにある視聴覚室には誰も来ない…。

 そんな考えを黒田に読まれないように、雅人はできる限り他の事を考えるように努めた。



 昨日郵便受けに無造作に放り込んであった手紙を唐島は何度も見直して確認した。修からの呼び出し状だが、修は唐島のアドレスを知っているはずで、携帯を使えばわざわざ手紙を放り込んでいく必要などない。

 これは紫峰の子どもたちの悪戯だな…と唐島は思った。
悪戯にせよ何にせよ唐島を呼び出す以上は何か理由があってのことなんだろう。
唐島は乗ってやることにした。

 土曜日の午後…相変わらずのひどい天気で、昼食がようよう終わった時刻だというのに辺りは夕方のようだった。

 指定されたのは視聴覚室。2時少し前に唐島は鍵を持って職員室を出た。
視聴覚室の前で辺りを見回したがまだそれらしい影はない。
仕方がないので中に入って待つことにした。
 
 視聴覚教室の椅子に腰掛けて、ぼんやりしているといつの間にか河原先生が戸口のところに立っていた。

 「だいぶん元気になったようだね。 よかった。 」

にこにこと笑いながら河原先生は唐島に話かけた。

 「ええ先生。 お蔭さまで。 」

唐島も笑って答えた。

 「去年は学校に帰って来られなかった先生もいてね。みんな心配していたよ。」

河原先生は唐島の前の席に腰掛けながら言った。

 視聴覚室の扉の小窓から雅人たちはそっと中を窺っていた。
特に隆平は河原先生の生霊を観察していた。

 隆平にはいま、亡くなった人の気配が確かに感じられる。
しかし、どれほど目を凝らしても河原先生の身体の中にあの何人かの男女の姿はなかった。

 「おかしいな。 気配はあるのに…。 」

 隆平がそう思った時、雅人が背後に何かを感じて振り返った。
青い顔をした若い男女がすぐ近くまで迫って来ていた。

 「いけない! すでに河原先生の身体から離れて動き始めたんだ! 
みんな中へ! 」

 四人は視聴覚室へ飛び込んだ。
唐島の方を見ると唐島の背後にも若い男がいた。男は唐島のほうへ手を伸ばして唐島を襲おうとしていた。

 「先生! そこから離れて! 」

 隆平が叫んだ。反射的に唐島は場所を移動した。僅かに男の手が逸れた。
雅人は唐島を庇うようにしてさらに離れたところへと移動させた。

 「なに? 何なんだ? 」

唐島は訳が分からず訊いた。

 「先生が狙われてんの! ぐずぐずしていると憑依されるよ! 」

 悟がもどかしげに答えた。唐島は何かの悪戯かと思った。
しかし次の瞬間背筋が凍りつくのを覚えた。確かにいま目の前を青白い人間の手がよぎった。

 雅人が視聴覚室の一隅に結界を張った。唐島を囲んで四人が壁になった。

 「先生。 ここから絶対でないでね。 出たら最後命がないよ! 」

 透が言うと唐島は戸惑いながらも素直に頷いた。
死人のように暗い顔や手や足が部分的に現れては消え現れては消えた。
夢か…と我が目を疑ったがこれは紛れもなく現実のようだ。

 「河原先生は…? 」

視聴覚室の中を見回したが姿がなかった。

 「河原先生は今入院中なんだよ。 さっきのは生霊って奴。 」

雅人が言った。唐島の全身に鳥肌が立った。

 何人もの姿が今や四人にははっきりと見えた。
彼らは唐島の身体を求めてうろうろと彷徨っている。

 物凄い霊気を感じる。
鬼面川事件で戦った化け物とは勝手が違って幽霊との戦い方が分からない。

 隆平が何やら文言を唱え始めた。
幽霊たちがうろたえだした。

 確かに効果はあるのだが、隆平の力はまだ未完成で追い払うまでには行かない。
このままここに何時までも閉じ込められているわけにもいかないし、かといって動きが取れない。

 「このままじゃ拉致があかない。 
僕が囮になるからおまえたち先生を連れて逃げろ。 学校の外へ出れば安全だ。」

 そう言って雅人が結界をまさに出ようとした時、俄かに幽霊たちの動きが慌しくなった。

 激しい勢いで文言を唱えながら史朗が姿を現した。

 「現し身に仇なす者よ…天地にしろしめす御大親の御名において…この場を去れ! 」

 史朗が幽霊たちを指で示しながら命ずると、幽霊たちは我先に逃げまどい何処かへ姿を消した。
霊気が消えるとみんなほっと息をついた。

 「みんな無事かい? 」

史朗は心配そうに訊いた。

 「助かったよ。 史朗さん。 だけどどうしてここへ? 」

透が訊いた。

 「出張中の修さんから電話が入ったのさ。 
君たちが何かやらかしそうだから見張っててくれって…。
霊を相手にするのはプロでも命懸けなんだから安易に近付いてはだめだ。 」

 史朗は四人を叱った。
唐島に気付くと一瞬こいつか…というような顔をしたが、そこは大人、穏やかな態度を示した。
 
 「大丈夫ですか? 先生…。 」

 「ええ…有難うございました。 でも今の現象は…? 」

唐島が困惑したように問いかけると史朗はにっこり笑って言った。

 「夢…とお考え下さい。 誰かにお話になっても笑われるだけです。

 ただこの夢はまだ当分続きそうですから、学校内では決してひとりになってはいけません。 

 河原先生とは当分会話をなさいますな。 危険ですから。
今の段階では夢を少し遠ざけたに過ぎないのです。 」

 唐島は半信半疑ながらも頷いた。
史朗は指で唐島に護りの印を描いた。

 史朗に促されて学校を出た後もみんな興奮が収まらなかった。
唐島もみんなに礼を言うと早々に引き上げていった。
今夜はまた別の悪夢に魘されることだろう。

 史朗がみんなを送ってくれた。
雅人は車の中でも帰ってからもずっと無言のままだった。

 自分の考えた計画でみんなを危険な目に遭わせてしまった。
未熟さも省みず、浅はかなことをした。
そのことで雅人は自分をずっと責めていたのだ。

 史朗が来てくれなかったらどうなっていたか…。

 それだけじゃない…。 
宗主の許しもなく、紫峰の裏の力を一族の者ではない唐島に見せてしまった。
紫峰の後見としてあってはならないことだ。

一族のことがもし世間に知れたら大変なことになる。

雅人は自分の浅慮から一族全体を危険に晒してしまったことへの責任の重さを痛感していた。




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三番目の夢(第十二話 生霊に潜む影)

2005-09-09 22:09:16 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 唐島が復帰したのは翌週の月曜日だった。
病院での点滴のお蔭か、修の持ってきてくれたお手軽食のお蔭かは分からないが、取り敢えず食欲もでてきて身体がふらつくこともなくなった。

 職員室ではみんなが心配してくれていた。何しろ、この二年間に体調を崩して辞めた新任の先生が何人もいる。

 唐島が救急車で運ばれた時はまたかと誰もが考えたという。
無事復活ということで今回は理事長以下全員ほっと胸をなでおろした。

 唐島が職員室で授業の準備をしていると透がみんなの自習ノートを集めて持ってきた。唐島の休んだ3時間分のワークだった。

 「紫峰。 有難うな…。 きみが保健室まで運んでくれたんだってな。 」

唐島が礼を言うと透は少し照れたような笑みを浮かべた。

 「いいっすよ。 そんなの…。 」

 透は恥ずかしげにボソッと言うと教室へと戻っていった。
入れ替わりに隆平がワークを持って現れた。透も雅人も修に似たのか背が高いが、この少年だけは背丈も普通サイズで苗字も違う。

 「鬼面川…。きみは紫峰家の人じゃないのかい? 修くんと一緒にいたよね。」

隆平はにこっと笑った。

 「紫峰家ですけど…僕は遠い親戚なんです。 」

 「ああ…そうなんだ…。 」

 唐島にワークを渡した隆平は軽く一礼して職員室を出て行こうとしたが、何か引っかかるものを感じて振り返った。

 唐島自身に何かがあると言うわけではなかったが、唐島の背後に居る初老の男に目がいった。

 多分…河原先生なんだろう。他の先生には見えてないようだから…。
隆平には河原先生の姿に重なって何人かの男女が見えたような気がした。 

 やがて河原先生もそれらの人々も煙のように消えてしまった。
隆平は職員室から飛び出すと慌てて修にメールを送った。

『修さんの直感大当り。 河原先生はひとりじゃない。 』

 すぐに返信があって絶対にひとりでコンタクトしてはいけない…と注意書きが入力されてあった。
隆平はこの発見を雅人や透に伝えるために急ぎふたりのいる教室へと走った。




 梅雨の中休みか珍しく晴れてあちらこちらの庭やベランダに気持ちよさげに洗濯物がはためく中を、史朗は従兄の彰久の新居へ向かっていた。

 彰久は修の前世からの親友で、史朗にとっては霊的に親子の繋がりのある人だ。
笙子の妹、玲子と所帯を持ったばかりで、史朗は新居を訪ねるのは初めてだった。
藤宮の大学院で笙子と玲子の父陽郷の助手をしながら大学で講師をしている。

 「お聞き及びとは思いますが…。 」

史朗は話を切り出した。

 「例の高等部の怪談話ですか…?  理事長から少し…。 」

お茶を勧めながら彰久は言った。

 「はい…。 『醒』を使うやも知れません。」

 「おや…『醒』とは珍しい…。 では亡くなった人が相手ではないのですね?」

彰久はそう言って真顔になった。史朗は頷いた。

 「そうなのです。 所謂、生霊と呼ばれるもののようです。 
それで…彰久さんにご意見を伺いに…『醒』でいいものかと…。」

 「では史朗くん…。 できるだけ慎重に行動しなければいけませんよ。
場合によっては死に至らしめることもあります。 
先ずは相手の身体が魂の常駐に耐えられるかどうかを確認すべきです。
 
 身体的に問題がなければ良し。 問題があればそちらの治療を先に…。
それが無理なら…より弱い『覚』にとどめておきなさい。
一時的に現象を抑えることができます。

僕が教えてあげられるのはそのくらいです。 」

史朗は彰久の話を真剣に聞いていた。

 「分かりました。 ご指導有難うございました。 」

 史朗は丁寧に頭を下げた。
彰久はどう致しましてと言うように穏やかに微笑んだ。

 

 修の会社の近くにあるアンティークな珈琲専門店で宇佐はじりじりしながら修が現れるのを待っていた。

 受付嬢に修の所在を訊ねたところ会議中だという。
しかも、修に会うためにはわざわざアポイントメントとやらを取らなくてはならないらしい。うそだろ…と宇佐は思った。

 『重役職以上の場合ですと時間の調整上やむをえないことでございまして…。』
なんてことを言われ体よく追い返された。

 仕方なくメールをいれるとこの店を指定してきたのだが、会議が長引いているのか一向に現れなかった。
 『これでコーヒーが美味くなかったら全額払わせてやるぞ…。』
目の前の洒落たコーヒーカップ手に取りながら宇佐は思った。

 コーヒーは結構美味かった。それで一先ずほっとした。
落ち着いて考えてみれば修は、あの馬鹿でかい会社を支配している大きな財閥の総帥の後継者で、政界の要人とさえ面識があるくらいだから、仕事中に友達だからといって簡単に面会できるわけもなかったのだ。
『肩が凝るぜ…ったく…。』

 宇佐が首を鳴らしているとようやく修が姿を現した。
美しいお姉さまとかっこいいお兄さまつきで。

 「すまん宇佐。 待たせたな…。 」

 修が宇佐の向かいに座るとアルバイトのお姉さんが飛んできた。
修のところへは直接寄らず、修についてきたお兄さまたちの席へ向かった。
お姉さまの携帯は引っ切り無しに鳴り、お兄さまも休むことなくどこかと連絡を取り続けている。

 「で…どうしたんだ? 」

修に訊かれて、向こうの席のお兄さまたちに気を取られていた宇佐ははっと我に返った。

 「ああ…。 実はさっきとんでもないことを聞いたので急ぎ飛んで来たんだ。
河原先生の病気のきっかけになった事件があってな。 」

 宇佐は今日先生の見舞いに行っていたのだが、そこでやはり見舞いに来ていた親戚の人から話を聞いたという。

 河原先生は昔、他所の学校で教師をしていた。
その教え子の中の何人かが先生の影響で教師になったことを、先生はとても嬉しく誇らしく思っていたらしい。 

 河原先生がそうであったように教え子たちも生徒に評判のよい先生ばかりで、それも先生の自慢だった。

 ところがその中のひとりが突然服毒自殺してしまった。
しかも単独でではなくネットで集まった自殺願望の若者たちと一緒に。
理想と現実のギャップにひどく悩んでいたという。

 河原先生にとってはショッキングな出来事だった。
若者を諭して自殺を止めるべき立場の者が一緒に自殺してしまったということで、その先生は世間から随分非難されたらしい。

 その事件がきっかけで体調を崩した河原先生は自宅で急に倒れてそれ以来ずっと入院生活を送っている。

 「とまあ…そんなことがあったわけだ…。 」

宇佐は聞いてきたばかりの情報をそのまま修に伝えた。
  
 修は自分で注文することもなく運ばれてきたコーヒーを一口飲むとふ~っと溜息をついた。

 「責任を感じていたんだろうな…。 河原先生のせいではないのに…。 」

 「だからな…。俺は先生の症状は身体からきてるもんじゃないと思うわけよ。
素人だからよく分からないけれども、ひょっとしたら何かのきっかけで復帰できるかもしれないってな…。 」

宇佐は希望的観測を述べた。

 「修さん…そろそろ。」

向こうの席から声がかかった。

 「ごめん…また店のほうへ行かせてもらうよ。 寄ってくれて有難うな。」

修は立ち上がった。あまりに忙しそうなので、宇佐は呼び出して悪いことしたな…と思った。

 「いいや…かえって邪魔したな。 」

 修がじゃあな…と言う間もなくふたりは次々と何かを報告をしている。
修は真剣な顔でいちいち頷いている。
宇佐と話している間に入った連絡の内容なんだろう。

 出入り口のところで修はちょっと振り返り手を振った。
ほんとにせわしない奴だ…と宇佐は思った。

 勘定を済ませようとアルバイトのお姉さんを呼ぶと支払いはいつの間にか終わっていた。聞けば、修がここを利用する時には相手に払わせることがないように前もって手配がなされていると言う。
やれやれ…手回しの良いこと…宇佐は肩をすくめた。



 とにかくその週は忙し過ぎて修も河原先生どころじゃなかった。
総帥である叔父の貴彦が風邪で寝込んだために、ありとあらゆる仕事がまわってきて、そのすべてをこなさなければならなかった。

 取り敢えずは絶対に手を出さない約束で、透、雅人、隆平、晃の四人に唐島の監視を任せ、異常があればすぐ知らせるように指示した。
勿論、四人には本分である勉強の方もしっかりやるように申し渡したが…。

好奇心旺盛な四人組…。

若気のいたりでつい…ということも考えられる。

修の胸に一抹の不安がないでもなかった…。





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三番目の夢(第十一話 奇妙な三角)

2005-09-08 16:06:16 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 黒田の事務所の長椅子の上に仰向けになって修はぼんやり天井を見ていた。
会社帰りとはいっても時計はすでに0時を廻っていて、残業を終えた身体は鉛のように重かった。

黒田は修の傍に腰掛けると修の額に手をあてて目を閉じた。

 「修…これ以上無理をすると内臓にくるぞ。 若いからといって油断するな。」

黒田の大きな手が胸に腹に腰にと順番に触れた。

 以前、息子同然に育てた冬樹を失って憔悴しきった身体で、透の相伝のために断食の潔斎を行い、さらに透の修練の犠牲になってぼろぼろ状態だった修の身体を黒田が治療してくれたことがある。

 それまでずっと自分の治癒能力に頼ってきた修だったが、それ以来、時々黒田に治療を任せるようになった。

 修の身体は不思議と黒田には大きな拒絶反応を示さないようで、何処に触れられても黒田にパンチを食らわしたことはない。
 我慢できない時には黒田のほうで気が付いてくれて対処してくれるので余計なことを話さずに済む。

 河原先生の件を頼むためにメールを送ったあと、遅くなってもかまわないから寄ってくれという返信があり、立ち寄った途端、強制的に治療を受けさせられた。

 「透と隆平が藤宮へ遊びに行った帰りに頼んでいったんだ。 
おまえが相当参っているから何とかしてやって欲しいってね…。 」

修は相手が黒田だという安心も手伝ってうとうとしかかっていた。
 
 「さあ…もういいぞ。 身体が少しは軽くなったろ? 」

修は夢見心地で頷いた。治療の終わるこの瞬間のまどろみがなんとも心地よい。

 「坊や…。 ほらしゃんとして…。 はい…抱っこ。 よっこらせ! 」

 黒田は居眠りする子どもを抱き起こすように修を抱いて起き上がらせた。
特に嫌がる様子もなく修はされるがままだ。

 「あ~肩がすごく楽になった。 助かったよ黒田…。 
この頃スポーツジムにも行けなくてさ。 調子悪かったんだ。 」

 修は肩に手をやりながら言った。

 黒田は世間的には実業家だが紫峰一族の間では治療師として名が売れていた。
勿論一族の間だけの内緒の仕事である。

 「そうか…。 そいじゃご褒美にキッスでもしておくれ。 」

 黒田はからからと笑いながら言った。
透の実父である黒田は自分の代わりに透を育ててくれた修に恩義を感じていて、できる限り修のためにいろいろ便宜を図ってくれる。
15歳ほども齢は離れているが結構友達としていい関係にある。

 「きれいなお姉さんからじゃなくていいの? 僕はお兄さんだけど…。 」

 「ま…できりゃあな…。 だけど俺は差別しない主義! はい…ここに。 」

 黒田はほっぺたを指差した。修は笑いながらキスをした。
黒田が相手だと修は抵抗を感じることなく触れられる。

 修は唐島のことがなくてもとても幸せとはいえない幼少期を過ごしてきた。
黒田はできるだけ修の失われた幼年期から少年期を取り戻させようと考えている。 幼少年期の通常の親子に見られるような自然な行動を心がけてするように努めていた。

 「それで…河原先生の件なんだが…やってみてもらえるかな? 」

修がそう言うと黒田はうんうんと頷いて見せた。

 「藤宮の輝郷さんに依存がなければ…俺としては別に問題ないよ。
巧くいくかどうかは分からんがねえ…。 」

 修はほっとしたような表情を浮かべた。
黒田は時間も遅いので泊まっていくように勧めたが、笙子のマンションに行くからと断って黒田のオフィスを後にした。
 



 玄関の鍵をかけてしまうと修はふらふらとリビングへ行き、クッションのような柔らかい座椅子に身体をもたせ掛けてそのままうつらうつら眠ってしまった。

 修が帰ってきた音に気付いた笙子は寝室から出てきたが、修がすでに寝息を立てているので起こさずにいた。
 
 「史朗ちゃん…そこの毛布取って…修寝ちゃったから。」

寝室から史朗が姿を現した。

 「だめですよ…笙子さん。 ちゃんと寝かさないと…疲れがたまっちゃいます。
修さん…さあ…ベッドまでがんばって…。 」

 史朗は修に呼びかけてから手を引いた。修はうとうとしながら言った。

 「いいよ史朗ちゃん…。もう…眠くて動けない。ベッドは…君が使って…。
僕…もう…寝る…。 」

修は完全に寝てしまった。笙子は笑って毛布を掛けてやった。

史朗は溜息をついた。

 「寝るわよ…史朗ちゃん。 」

 「修さんをここに寝かせて僕がそちらって訳にはいきませんよ。
僕もここでいいです。 笙子さんはどうぞそちらへ…。 」

笙子はやれやれと言うように肩をすくめると寝室へ戻っていった。

 笙子が行ってしまうと史朗は修の傍に横になった。
修の寝顔を見つめながらよほど疲れてるんだろうな…と思った。

 普通なら夫と愛人が寝室で出くわしたなんてことになったら流血ものだろうが、修は史朗がいても別段どうということはないようで、今までに騒ぎになったことは一度もない。それどころかいつも史朗に優しい。
 
 史朗の方も決して修を蔑ろにするようなことはしない。いつも修を立てて控えている。修のことを本心から大切に思っている。

 本当に不思議な関係だ。他じゃちょっとありえないだろうな…。
あれこれ考えているうちに睡魔が襲ってきて史朗もいつの間にか眠ってしまった。

 
 

 ベーコンの香ばしい匂いがキッチンに漂った。
笙子が食卓の用意をしている傍で史朗が手早くベーコンを焼き、スクランブルエッグを添えて皿に盛る。
 
 体調が悪いのかいつもは早起きな修が珍しくまだ眠っている。
笙子がそっと起こしに行った。

 目が覚めた時史朗は、修の毛布の中で修に寄り添うようにして寝ている自分に気付いて赤面した。

 いつの間にか修が布団も掛けずに寝ていた史朗を毛布に入れてくれたのだ。  
あれだけくっついて寝ていたんじゃ修さん相当つらかったんじゃないのかな…?
悪いことしちゃった…そんなことを考えた。
 
 「あら…大丈夫よ。 史朗ちゃん。 この人子育てに慣れているから添い寝は問題ないの。 」

 笙子が笑って言った。 読まれた…と感じて史朗はまた赤面した。
さっきからチラチラと修の様子を窺っていたので、笙子が史朗の心を読んだのだ。

 修がシャワーを浴びている間に笙子は修の着替えを用意してやった。
史朗は笙子が結構まめに修の世話をすることに気が付いて少し意外に思った。

 寝過ごした修は挨拶もそこそこに史朗の作った朝食を掻っ込むと慌てて部屋を飛び出して行こうとしたが、行きしなに史朗に声を掛けた。

 「史朗ちゃん。 ひょっとしたら、鬼面川の力が必要になるかも知れないからよろしく頼むよ。 詳しいこと笙子に聞いといて。 」

 それだけ言うと本当に飛ぶかと思うような勢いで出かけていった。
史朗は呆気に取られてただ頷いただけだった。

 「せわしないわねえ。 ごめんね。 史朗ちゃん。 」

 笙子は今までの藤宮学園での出来事を掻い摘んで話し、取り敢えずは黒田に手助けを頼んだのだが、場合によっては史朗の力が必要になるかもしれないことを伝えた。

 「生きた人の魂ですか…? 鬼面川でも少しは扱いますよ。
亡くなった人の魂の方が専門ですが…全然できないってことではありません。 」

史朗は言った。

 「紫峰でも藤宮でもそれぞれ少しは心得があるのよ。
でも、ほとんど専門外なのよね…。 
とにかく鬼面川にも手を貸してほしいと修は思ってるわけ…。 」

笙子がそう伝えると史朗は快く承諾した。



 縁あって親族となった三つの家はそれぞれ異なる特色を持っている。

 魂だ祖霊だと言ってはいても紫峰と藤宮は基本的には超能力者の集まりで宗教色が薄く、そういった分野にもたまには関わるという程度にとどまっている。
 紫峰と藤宮は戦闘と守護、死と生に関する奥儀を継承している一族である。特に紫峰は戦闘と死に、藤宮は守護と生にその力を発揮する。

 史朗の属する鬼面川は宗教色が割合に濃く、祭祀の所作や文言に宿る霊力を使って亡くなった人たちの魂を鎮めることを主な役割りとしている。
鬼面川の奥儀は魂の救済に関するもので他の二つの家とは大きく異なる。
 
 河原先生が単独の場合は黒田の力だけでもコンタクトが可能だろうが、おそらくそれだけではないというのが修の見解だった。

 未だ相手の存在さえつかめない状態の中で、何が起こるかも予測できないため、できる限り備えだけは万全にしておきたいと考えた。
何しろ場所が学校であるだけに何か起きた場合には犠牲者の数も半端じゃない。

 少なくとも三つの家の力が揃っていれば、大概の不測の事態には対処できるはずである。

とにかく安全第一ということで輝郷には了承を得た。

後は唐島が再び職場に戻るのを待って行動に移す。

仕返しはしないと言ったが囮くらいにはなってもらいましょう。

修はそんなふうに思っていた…。




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三番目の夢(第十話 弱音)

2005-09-06 23:29:35 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 修の暖めてくれた粥を、唐島は何とか胃におさめた。
食欲よりは修への気持ちがそうさせた。
 
 「食べてくれたね…。 良かった…。 」

 修はそう言うと盆を下げた。
誰かが洗い物ををする台所からの水音を唐島は久しぶりに聞いた。
むつみがいるような気がした。

やがて姿を現した修は時計をチラッと見た。

 「さてと…僕はこれで帰るよ…。 
携帯に送信しておくから、何かあったら連絡して…。遠慮しなくていいから。 」

唐島は急いで起き上がった。

 「ありがとう…。 来てくれて…嬉しかった…。」

修は微かに微笑んだ。

 「じゃあね…。 お大事に…。 」

 そう言って修が部屋を出て行こうとするのを唐島の手が縋るように止めた。
殴りつけたい衝動を修はやっとの思いで堪えた。相手は病人なのだと必死で自分に言い聞かせた。
 
 唐島は何か言いたげに唇を動かした。
修はゆっくりと唐島の手を自分の身体からはずし、その瞬間に何本もの筋を描く手首の傷を見てしまった。
 
 「遼くん…。 もう…いいよ。 僕は何も聞きたくないし、知りたくもない。

 心配しなくていいよ。あなたを職場から追い出すような馬鹿な真似はしないし、
あなたの出世や将来の妨げになるようなこともするつもりはない…。 

 仕返しなんて考えてやしないから…。」

唐島は違うというように首を横に振った。

 「好きだったんだよ…。 悪戯なんかじゃないんだよ…。 」

修は耳を塞いで背中を向けた。
今さら弁解など聞きたくもなかった。

 「理由なんかどうでもいいよ…。  」

修は後も見ずに唐島のマンションをを飛び出した。



 マンションの立ち並ぶその辺りは、雨ばかりが勢いを増してほとんど人気もなく、街灯の明かりの下で帰宅途中の何人かとすれ違っただけだった。

 近くの路上に止めておいた車の前で雅人が待っていた。
修のことが心配で後を追ってきたのだろう。
雨の中、修が戻ってくるのをただ待ち続けていた。

 「雅人…。 」

 修の姿を見つけると雅人は嬉しそうな顔をした。
修はそっと雅人の肩に額を寄せた。

 「つらいよ…。 雅人…。 」

修の口からそんな弱音を聞いたのは初めてだった。

 「もっと話して…。 楽になるから…。 誰にも言わないからさ…。
我慢しちゃだめだって笙子さんが言ってたでしょ。 」

 覗いてたな…そう思って修は苦笑いした。

 雅人は透視能力に長けているが、まだ笙子のように十分な抑制力が効かない。
見たいものだけでなく、見るつもりのないものまで透視してしまうことがある。
勿論、故意に覗いていることも多々あるけれど今回はたまたまだろう。

 修は大きくひとつ溜息をつくと雅人に微笑みかけた。

 梅雨時は気温が不安定でひどく肌寒い時がある。
雨に打たれながら外で長時間待つには今日は少し堪える日だった。
雅人の身体が冷え切っていた。

 「寒かったろうに…。 何か飲んで帰ろうか…? 」

雅人はただ笑って見せた。

 車の窓という窓があっという間に曇って外気の冷えを物語っていた。
通りすがりのコーヒースタンドでふたりは暖を取った。

 「取り敢えずはこれで一安心だ…。
唐島が河原先生にも他の連中にも憑依されていないことが分かったよ。 」

 修は煮立ちすぎてやけどしそうなくらい熱いコーヒーに顔を顰めながら言った。
雅人はきょとんとして修を見た。

 「修さん…。 そんなことを調べるためにわざわざ先生のところへ行ったの?」

今度は修の方がえっ?という顔をした。

 「他に何の用事があってあいつのところへ行くんだよ? 
倒れたって言うからてっきり憑依されて体調を崩したのかと思ったのさ。 」

 修は鼻先で笑った。
雅人はほっと息をついた。

 「僕は…病人の世話をしに行ったのかと…。 
だって修さん…人がいいからさ。 先生のことほっとけないかも…って思った。」

修はちょっと首を傾げて言った。

 「う~ん…お粥食べさせてきちゃったし…。 世話と言えば言えるような…。」

雅人は呆れて天を仰いだ。

 「やっぱやってんじゃん…。 ほんとお人好しなんだから…。 」

修は何処でそうなったかなあ…と頭を掻いた。

 この少しばかり頓珍漢なところがあればこそ、修は極限まで落ち込まないで済んでいる。悩んで悩んで悩みぬいても前向きでいられる。
決して何時までも泥沼にはまり込んだまま甘んじていたりはしないのだ。

 「ねえ…河原先生の魂と話はできないの? 
彰久さんとか史朗さんに頼めば魂を呼べるでしょ? 」

 雅人の問いかけに修は首を横に振った。

 「鬼面川の祭祀は亡くなった人の魂に関するものが多いんだ。
紫峰の招霊は祖霊に限られているし、藤宮もほとんどは祖霊を対象にしている。

 生きている魂を呼ぶとなるとどの家の力も少々勝手が違うんだよ。
だけど…これは僕の思いつきに過ぎないけど…もしかすると黒田にはそういう力があるかもしれない。
長いこと眠れる魂と話をしていたのだからね。 」

修は言った。

 「ありえるよ。 黒ちゃんなら…。 」

 雅人は同感と言うように頷いた。透の実父である黒田は雅人と同類で多彩な能力の持ち主だ。

 特に病気や怪我などを治癒させる能力に優れているが、かつて修たちの祖父一左が弟三左の暴挙のせいで自ら魂を封印せざるを得なくなった時に、封印された一左の魂と直接接触した数少ない能力者の一人である。 

 修は黒田ならもしかしたら、巧く河原先生と接触できるかもしれないと直感的には思っていた。
 
 ただこれは藤宮の管轄の事件なので紫峰としては勝手に紫峰側の要員を増やすことは出来ない。折を見て輝郷に持ちかけてみようと考えた。
 
 河原先生が何を望んでいるのかが分かれば解決の糸口になるだろう。
ただし、動いているのが河原先生本人の魂だけであればの話だが…。

 唐島の病気は心因性のものだろうが、以前に辞めていった教師たちは何故体調を崩したのだろう?

 河原先生が憑依しなかったとするならば河原先生を見た恐怖だとでもいうのか?
しかし、唐島は今でも河原先生が生霊だとは気付いていない。

 恐怖は気付いてこその恐怖ではないか?
教師たちが気付かぬままだったとすれば、いったい何が彼等に影響したのだろう。

 修の頭の中でいろいろな疑問が行ったり来たりしている。
簡単そうに見えて案外複雑なのかもしれないな…。

先ずはやはり黒田の件を急ぐことにしよう…と修は思った




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三番目の夢(第九話 見舞い)

2005-09-05 23:58:39 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 「おまえほど家と外の違う人間はいなかったよ。 」

宇佐は修のためにコーヒーを淹れながら言った。

 「天衣無縫とか豪放磊落とか言われながら、思わぬことをやらかしては学校中を沸かせているというのに、家に帰ると穏やかで静かでまるで100歳の祖父ちゃんかと思うような落ち着きはらった態度…俺はたまげたね。 」

修は微笑んで、宇佐の差し出したコーヒーカップを受け取った。

 「おまえには随分助けてもらったよな。 透たちの面倒もみてもらったし…。
おまえがいてくれたから僕は留学できたようなものさ…。 」

 「なあに…俺だっていろいろ助けてもらっている。 お互いさまだ。 
ところで…その後先生の様子を聞いているか? 」

 宇佐は河原先生のことが気になっていた。
開店して間もないこの店は宇佐がひとりで切り盛りしているため、なかなか見舞いにもいけずじまいだった。

 「息子さんに訊いた所では、わりとお元気なようなんだが…。
僕も何やかやで直接には伺ってはいないものだからね。 」

 そう答えながらも修には少し気になることがあった。
宇佐には言えないが、学校に河原先生が出現するということはその時には河原先生の魂がぬけて来ているということになる。

 魂のぬけた体の方は意識がないに決まっている。
はっきりしている時とぼんやりしている時があるというのはそのためだろう。

 先生は故意に離脱して学校へ来ているのだろうか?
学校へ帰りたいという思いがそうさせているのだろうか?
 何故…生徒ではなく教師に語りかけるのだろうか?
これは本当に先生の意思なのだろうか…?

 疑問が湧いては消え、湧いては消えするけれど、直接河原先生の魂と対面できなければ聞くことさえできない。
 
 「どうした? 黙りこんで…。 」

宇佐が声をかけたので修ははっと我に返った。

 「ちょっと考え事さ。 相変わらずいろいろあってね…。 ]

 「全くせわしない奴だぜ…。 」

宇佐は笑って言った。



 唐島が入院したことを修は2日ほど経ってから透に聞いた。
雅人や隆平もそのことは知っていたのだが、修には言わなかった。

 「ただの疲れだって他の先生から聞いたよ。 何度か点滴したらしいけどね。
今日あたりから自宅へ戻っているだろうって。 

 でも先生さ。 帰ってもひとり暮らしなんだよね。 
ちょっと前にお姉さんが亡くなったって言ってたらしいから…。 」

 繊細なわりには鈍なところのある透は、雅人なら絶対口にしないような唐島の話を修に聞かせた。
 隆平がまずい…というように顔を顰め、雅人の口がへの字に曲がった。
おいおい…話すか普通…。そんな話…誰が聞きたいかよ…。

 「そう…気の毒に…。 」

修は穏やかにそう言った。

 「復帰は来週になりそうだってさ…。 」

含むところなくそう話す透に修は笑顔で頷いた。

 唐島の姉のことを修は思った。むつみというその少女は清楚な美しい人だった。
身体が弱くて、ちょっとしたことで重い病気に罹ってしまうのだと聞いていた。
 
 「そうか…むつみさん…亡くなったんだ…。 」

修は小さく呟いた。

 「遼くん…とうとう…本当にひとりになってしまったんだね…。 」

 感慨深げにそう言うと修はしばらく黙って物思いにふけっていたが、仕事があるからと言って先に自分の部屋へ戻っていった。
その後姿を雅人は誰よりも不安げに見つめていた。



 点滴のおかげで楽にはなったものの、家へ帰ってもただ寝ているだけの唐島だった。病院の帰りに少しは食料を仕入れてきたものの、作る気にも食べる気にもならずただ寝ていたいだけだった。

 玄関のベルが鳴った時にはいっそ出るのを止めようかとも思ったが、学校関係者だと申し訳ないので、ふらつく身体に鞭打って玄関までたどり着いた。

 覗き穴から外を見た唐島は、そこに見えている懐かしい顔に心臓が飛び出るかと思うほど胸が高鳴った。

急いで扉を開けた。花やら何やら荷物を抱えた修が立っていた。

 「修くん…。 」

 「入ってもいいかな…? 」

 唐島は頷くと修を中へ招き入れた。
修は真っ直ぐ部屋の小さな文机においてある写真の前に行き花束を捧げた。

 「むつみさんに…。 知らなかったから遅くなったけど…。 」

 「ありがとう…。 喜ぶよ…。 」

 情けないことに唐島は自分の身体を支えていることが辛くなっていた。
修に椅子を勧めようとしたが、足元が覚束なくて倒れかかった。

 修の身体がそれを支えた。唐島に触れた時、修は全身に悪寒が走るのを感じたが何とか堪えた。
 
 「寝ていて…遼くん。 本当はかえって迷惑かと思ったんだけど…。
遼くんひとりじゃ買い物もできないだろうから…。 

 僕は料理ができないので…レンジでチンすれば食べられるやつばかりかってきたけど…。 あとスポーツドリンクとか…そんなんでごめんね…。 」

修は唐島をベッドに寝かせてやりながら修は言った。

 「修くん…僕は…僕はね…。 」

 「あんたの話を聞きたいんじゃない! 
そんなことのためにわざわざ来たわけじゃないんだ! 」

 突然激しい口調で修は怒鳴った。怒鳴ってしまった自分に驚いて思わず手で唇を押さえた。唐島は何も言えなかった。

 「ごめん…。 何か…温めてきてあげるよ…。 食べてないんだろう? 」

修は買い物袋の中からレトルトのかゆを取り出した。

 修が唐島のために食事を用意してくれている。
それがどんなものでも唐島は心の底から有り難いと思った。
 今は喉まで出かかった弁解の言葉を飲み込むしかない。 
修が聞く気になってくれるまでは…。

 「こんなものでごめんね…。おかゆと梅干…。定番過ぎて馬鹿みたいだろ。」

 修は笑顔を見せながらそう言った。唐島は首を横に振った。
修が暖めてくれたおかゆを口にしながら修の視線を痛いほど感じていた。

 修の真意がどこにあるのかは分からない。

けれども、ほんの少しだけ歩み寄ってくれたようで嬉しかった。

自分の知っている小さな修がそこにいるような気がした。

ほんの一瞬だったけれども…。





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三番目の夢(第八話 成り行き任せで)

2005-09-04 23:29:20 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 毎日雨が降り続いて鬱陶しい季節になった。
これまでに何人もの先生たちから修の思い出を聞かされた。

 紫峰家の子どもたちが三人まだこの学校にいるとはいえ、先生たちの記憶がこれほど鮮明なのは、やはり修がそれほど印象深い少年だったからだろう。

 あの華奢な修がまるで別人になってしまったかのように人々の口から語られる。
豪快で恐れを知らないとか、入学早々に三学年すべての覇権を握ったとか、そんな豪傑像がほとんどだが、時には後遺症かもしれないと思われるような行動もある。

 河原先生の言っていた闇の部分が語られるたびに唐島の胸は痛む。

 それを察してでもいるかのように、河原先生は唐島の話をよく聞いてくれる。
今は一線を退いて学校の手伝いのようなことをしていると先生は言っておられたが、現役でないというのは残念なことだ。
 こんな先生に教えてもらえたら生徒は幸せだろうなといつも唐島は思う。



 雨脚があまりに強くなったので、久しぶりにオフィス街の近くにある大通りを歩いていた唐島は少々後悔していた。 

 研修の帰りに買い物を思い出して寄り道したのだが、急ぎじゃないので何もこんな天気の悪い日にわざわざ来なくてもよかったのだ。

 横を行く車が通りしなに水しぶきを引っ掛けていった時には大きな溜息が思わずこぼれた。

 ふと目をあげると、通りの向こうから傘を差した男女がこちらへ向かってくるのが見えた。女性の方に見覚えがあった。

 「紫峰…さん? 」

思わず声をかけてしまった。女性は驚いたように振り向いた。

 「あら…先生。 今お帰りですか? 」

女性は嫣然とした笑みを浮かべて唐島を見つめた。
傍にいた男が何事かと言うようにふたりを見比べた。

 「透くんたちの学校の先生よ。 史朗ちゃん。 修の古い知り合いなの。 」

そんなふうに唐島のことを紹介した。

 「紫峰さん…少しお伺いしたいことがあるのですが…。 」

唐島は少し迷いながらも笙子にそう言った。笙子は頷いた。
ああそれじゃ先に行っていますと男が言うのを引き止めて笙子は言った。

 「史朗ちゃん。 修のことなの。 あなたも聞いておいた方がいいわ。 」

唐島は一瞬えっ?と思ったが断る理由もなかった。
 
 通り沿いの小さな喫茶店に三人は移動した。
注文を取りにきたウェイトレスが行ってしまうと、唐島はおずおずと話し始めた。

 「藤宮へ来て以来…いろいろな先生から修くんのことを聞きました。
楽しいうわさばかりで嬉しかったのですが…時折、心配なことを耳にしたので…。 僕のしたことが…修くんに…特にご夫婦に災いするようなことを引き起こしているのではないかとそう…思い悩んでいました。 」
 
 今度は史朗がえっ?と言うような顔をした。
笙子は表情ひとつ変えもせず、唐島の話を聞いていた。

 「高校時代に猥褻な本を見せられてひどく嘔吐したことをお聞きになったのね?
確かに…何もないと言えば嘘になりますわ。 興味本位に描かれたその手のものは今でもだめです。 嘔吐はしませんけど…。 」

 ええっ?と史朗はまた思った。

 「あなたがたった12歳だった修にどんなことをなさったのか知りません。
ただそのために修が今でも苦しんでいるのは事実です。

 あなたにお話しする義理はありませんけれど、私どもの閨房に関してはご心配していただかなくて結構ですわ。 」

 笙子ははっきりと唐島に言い渡した。唐島は何度も非礼を詫びた。
唐島が本心から修のことを心配していることは笙子にも分かった。
だからと言って許せることではないし今更何なのという気持ちもある。
 
笙子は史朗を促して喫茶店を後にした。 唐島はずっと詫び続けていた。

 「笙子さん。 何なんです? 何があったんですか? 」

 訳が分からずに史朗は笙子に訊ねた。笙子はそっと史朗に耳打ちした。
史朗の顔色が変わった。

 「そんな…酷い…。 それで…修さんはあんなことを僕に訊いたんだ。 」 

 この間の夜の修の様子にずっとひっかかるものを感じていた史朗は、ようやくその意味が分かって憤慨した。

 「史朗ちゃん。 今の修なら大丈夫だとは思うのだけれど、もし、修が史朗ちゃんにひどいことをしてしまっても許してやってね。
 不意に襲ったりしなければ過激な反応はしないと思うわ。 」

 「襲いませんてば…もう…。 あれは酒の上での失敗で…。」

笙子はくすっと笑った。

 「ごめんね。 史朗ちゃん。 ほんと言うと…あれは私の悪戯なの。 」

 「え~。 笙子さん…ひどいなあ。 僕…ほんと恥ずかしかったんですよ。 」

史朗はそう言うと頭を掻いた。笙子は本当にごめんねといいながら笑った。

 「我が子同然の透くんのことは修は絶対に恋愛対象にはしないし、隆平くんも問題ないタイプだと思うのだけれど…雅人くんだけは別物だわ。

 口は悪いし態度も大きいけれど、本当は心の優しい子だし、修のことを一途に思うあの健気さは私が見ていても胸に迫るものがあるのよ。

 修の性格として、あの子が男の子だからという理由だけでは拒めない時が来ると思うの。 今でさえ修の中に揺れ動くものがあるのだから。

 だけど今の修では絶対に無理なのよ。
だからね。 史朗ちゃんに先ず免疫を作ってもらいたいの。 」

 史朗は眉を顰めた。笙子の気持ちは分からないでもないが、笙子の計画通りに進めていいことではない。

 「笙子さん…それは自然の成り行きに任せるしかないことですよ。 
僕を利用したことは許しましょう。 悪戯としてね…。

 でも…そっちの問題は理詰めで何とかなるってものじゃありません。
あなたに御膳立てをしてもらう必要はないんです。
 
 修さんはちゃんと考えてますよ。
その上で僕を本当に免疫作りに使いたいと思えば僕に直接言うでしょう。

 でも修さんは絶対僕を道具に使ったりはしない。
僕のプライドが傷つくし同時に雅人くんのプライドにも傷がつく。

 女は…道具に使われても平気なんですか? 」

 そう問われて笙子は返答に窮した。史朗が笙子に向かって、これほどはっきり反論したのは初めてだった。

 「使うのが平気なのよ。 いいわ。 成り行き任せと行きましょう。 
私も修のためにと思って焦りすぎたわ。 」

笙子がそう言うと史朗はにっこり笑って頷いた。



 相変わらず雨が降り続くせいか朝から何となく体の調子が良くなかった。
1時間目、2時間目と授業が続いた後、唐島は息が切れるような感じを覚えた。
3時間目が空き時間だったので保健室で少し休んだ。 

 授業が始まるとそんなことも言っていられないので教室へ向かった。 
少し休んだせいかわりと楽になっていた。

 「じゃあ…次のところ。 紫峰…読んで。 」

 唐島は透に音読させている間に、黒板に必要事項をまとめたものを書き始めた。
書いているうちに音読する声が遠くに聞こえるようになった。
途端、目の前が真っ暗になった。生徒たちの叫び声が遠くに聞こえた。

 透は急いで唐島の傍に駆け寄るとクラスメートに手伝わせて唐島を背負った。
保健室へ行く途中、背中で唐島が呟く声が聞こえた。
『修…くん…ごめん…ね。』
透は驚いたが無言で唐島を背負ったまま保健室まで走った。

 保健室の先生が急いで救急車を呼び唐島を病院に運ぶことになった。
透が帰って来た時教室は大騒ぎになっていたが騒ぐ気にはなれなかった。
窓の外を見ると唐島が救急車で運ばれる所だった。

 何気なく視線を移した時、透は救急車を見送る初老の男の姿を見て愕然とした。
雅人が言っていた図書室の男…河原先生に違いない。
河原先生はしばらくそこに立っていたが、やがて煙のように消えてしまった。

病院にいるはずの河原先生。
その姿を透も確かに見た。

どういうこと…?

透は怖いわけでもないのに肌が粟立つのを感じていた。




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三番目の夢(第七話 切なくて…)

2005-09-03 23:48:20 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 「ねえ…本当に行かないの? せっかく悟たちが呼んでくれたのに? 
藤宮のホームシアターはでかいからいい感じだぜ。 」

 透は留守番していると言う雅人にもう一度訊ねた。
藤宮の悟たちが一緒に映画を見ようと誘ってくれたのだ。

 「珍しいよね。 いつもは率先していきたがる雅人がさ…。 」

隆平も不思議そうに言った。

 「今日はさ…。 朝から頭痛なんだよ。 風邪かもわかんねえから…。
悟たちに謝っといて。 」

雅人がそういうと、透と隆平はそれじゃあ仕方ないなと言って出かけていった。

 ふたりが出て行ってしまうと雅人は修の部屋をノックした。
どうぞと言う返事に部屋に入ると、修は珍しく床に腰をおろしてジグソーパズルに興じていた。

 「透たちと遊びに行かなかったのか? 
今日はお祖父さまも遊びに行かれたからゲームのお付き合いは無しだろ。
楽しんでくればよかったのに…。 」

パズルから目を放すことなく修は言った。

 「修さんこそ…出かけないの? 」

雅人が訊くと修は顔を上げてにっこり笑った。

 「たまには僕も家でゆっくりしたいよ。 僕を見張っとけって笙子に言われたのかい? 可哀想に…遊びに行きたかっただろうに…。 」

 違うというように雅人は首を横に振った。

 「本当は僕の方が笙子さんに修さんの監視を頼んだの。 
でも…笙子さんも仕事があるしね。 毎日って訳にはいかないから。 」

 「おまえは心配性だな。 」

修は肩をすくめて笑った。ジグソーパズルを嵌め込む手が止まった。

 「ひとつないね…。どこへいったか? 」

 「ここに転がっているよ。 」

雅人はパズルの一片を手渡した。

 修がその一片を受け取ろうとした時、雅人の切ない胸の内がその手を伝わって修の心に流れ込んできた。けれども修は気付かぬ振りをした。

 「できた…。 あ~疲れた…。 」

修はうんと背伸びをして床に大の字になった。

 「これ飾るの? 」

雅人は手にとって眺めた。

 「もう…いらない。 嵌め込むのだけが楽しいんだ。 」
 
 修が起き上がった拍子に雅人の手のパズルの板をはじいてしまった。
幾百もの断片が床に散らばった。

 「ごめん…修さん。 せっかく作ったのに。 」

慌てて雅人は拾い集めようとした。

 「いいよ。 そんなの。 僕がはじいちゃったんだから。 」

 修は笑いながら適当にその辺の断片を拾って箱の中に放り込んだ。
さっきまで一枚の美しい絵だったものがばらばらのごみのようなものに変わった。

 「無惨だな…。 まるであの時の僕の心みたいさ…。 」

修が呟くように言った。

 「何があったんだろう…? 何をされたんだろう…? どうして…?
信じていたものが…ぼろぼろと崩れていく…。 

泣いていいのかな…? 怒っていいのかな…? 分からない…。 どうして…?

 誰かに訊きたい…。 誰にも言えない…。 悲しいのか…苦しいのか?
僕の前の幼い子どもたちの前では…泣くこともできない…。 」

雅人はどうしていいか分からず修と並んでへたり込むように座った。

 「雅人…訳も分からずに襲われる瞬間の恐怖はね…消えてくれないんだ。
普段は忘れていても…何かの時にふと甦る。 
誰かが僕を害そうとする…その瞬間に僕の場合は抑えようのない怒りに変わる。」

 修は自嘲するように笑みを浮かべた。 それから気を取り直そうとするかのように大きく1回深呼吸した。

 「ごめん…。 くだらない話をした。 」

 雅人は首を横に振った。

 「何ができる? 僕…修さんのために何がしてあげられる? 
何でもするよ。 修さんがいつものように笑っていてくれるなら…。 」

雅人の言葉に修は微笑んだ。

 「おまえが深刻にならなくてもいいよ。 それほど参ってやしない。 」

 修はまたパズルの断片を拾い出した。
雅人は胸が詰まって涙が溢れてきた。自分のことではめったに泣かない雅人だが修の姿が琴線に触れた。見られたくなくて向こうを向いた。

 雅人の肩が震えているのに気付いた修は、大きいけれど何処となくまだ子どもの面影を残した雅人の肩を抱いてやった。

 「…雅人。 おまえは本当に優しい子だね。 傍にいてくれて嬉しいよ。
ありがとう…。 」

雅人の瞳が何かもの言いたげに修に向けられたが言葉にはならなかった。 

 「もう少し時間をくれないか…? 」

 突然の修の言葉に雅人は驚いて目を見張った。動悸が激しくなって、肩を抱いてくれている修にそのことを知られるのが恥ずかしかった。

 「おまえは多分ずっと僕の傍にいるだろう…。 自由に道を選べばよいのに…。
巣立っていけばよいのに…。 そう決心してしまったのだろうね…。 

 紫峰の財政を預かる僕としてはおまえのような右腕ができることは有難い事だけれど…。 おまえが僕への想いゆえにそれを決めたのだと分かっている…。

 だけど…おまえのその気持ちに今の僕では答えてやれない…。 今の僕の心と体では…多分まだ受け入れられない…。 それが心苦しい…。 」

雅人の肩を抱いている修の手が微かに震えているのが分かった。

 「そんなこといいんだ。 僕が勝手に決めたんだ。 僕だって分かってる。
僕のあなたへの思いは世間的には通用しないんだって…。
修さん優しいから…真剣に考えてくれてたんだね。 それだけで十分だよ…。 」

雅人は笑って見せた。心の中ではで泣いていたけれど…。

 「何か…誤解してないか? 」

修はそう言って目を細め首を傾げた。

 「僕は時間をくれと言ったんだよ。 
いまおまえにアタックされたらアッパーかましそうだから言ってるんだけど…。」

今度は雅人が首を傾げた。

 「だから男はだめなんでしょ? 恋愛対象としては…。 だって修さん…女性は平気だもの。 僕知ってるよ。 結婚前には…笙子さん以外にもいたでしょ。 」

 「確かに…って何処からそういう情報を仕入れてくるかね…いつもながら。

 あのね…白状すると性的に迫ってくる相手が男だとすごい恐怖心があるわけ…。 
僕の場合、その裏返しが暴力になるから下手したら病院送りにしちゃうでしょ。
おまえに怪我させたくないからだよ…。 」

 雅人はきょとんとした。

 「え~? いつも戦ってる時は相手がどんなに手強くても命懸けでも、修さんてば全く怖れたためしがないのに~?  あっちの方はだめなの…? 」

 「悪かったね。 …というわけだからもう少し気持ちが落ち着くまで待ってねと言ってるの。 おまえが成人するまでには何とか慣れとく…。 」

修が妙な請け負い方をしたので雅人は思わず噴出した。

 「慣れとくって…まさか史朗さん相手に? 史朗さんだってぼこされるのは嫌でしょう。それに史朗さんは自分からは求めない人だもの練習台にはならないよ。」

 修は意味ありげににやっと笑った。雅人はあっと思った。
修は雅人の切ない思いにいつか必ず答えると約束してくれたのだ。
信じられなかった。

 それが本当になるかどうかは先のことだから分からないが、少なくともいまは本心なんだ。

だけど何故…今なんだろう…。

これだけ精神的に苦しんでいる最中に何故雅人のことを考えたのだろう…。

雅人の心に少しだけ不安が残った。





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三番目の夢(第六話 戻りたい)

2005-09-02 18:52:42 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 宇佐が選んだ店舗は中古ではあるがカントリー風の洒落た建物で、前のオーナーが大切に管理していた。
 70を越えて身体がしんどくなったために引退したのだが、この店に愛着があってなかなか手放せずにいた。
 たまたま店を探しに来た宇佐の男気に惚れこんだオーナーが是非にと言ってくれた事もあって、話はとんとん拍子に進んだ。

 年はとっても背筋をしゃんと伸ばしている洒落たオーナーをこのまま引退させておく手はないと、宇佐はこのオーナーを看板親爺に採用したのだ。
 仕事はテーブルの案内係だが、体調がよければ他にも仕事をしてもらう条件で、時給で働いてもらうことにした。

 「かっこいい親爺だろ。 何しろうちの看板だからな。 年はとってもなかなかのもんさ。 」

新しい店を訪ねてきてくれた修に宇佐は自慢げに言った。

 「親爺といえば…河原先生はどうなさっておいでかなあ。 」

 宇佐は高校時代に思いを馳せた。
数学の担当だった川原は、修や宇佐のよき理解者のひとりと言える人だった。

 化学の実験の時、手順を間違えると爆発するぞと言われたそばから爆発させて化学の先生に怒られている修にその理由を訊ねた。

 修は爆発させてみないとその威力や現象を理解できないと言った。 
それから藤宮学園では危険を防止するため、準備可能な限り実験前に、ビデオでそうした現象を見せてから実験をするようにした。

 数学の授業中に生物の先生が血相変えて飛び込んできた。
生物室の前の廊下に水槽の中の青大将を放したというので怒った先生が修を連れに来たのだ。この先生は蛇が大の苦手だった。
 修は蛇だってケースの中ばかりじゃ退屈するからちょっと散歩させてやったんだと言う。
 犬じゃないんだからと言って河原先生は修に蛇を捕まえるように指示した。

 「考えてみれば…おまえは相当の問題児だったぞ。 
まあ普段の成績が良かったから先生たちに睨まれずに済んだってとこだ。
修なら許せる…修なら仕方ない…みたいに思われてたからなあ。 」

 宇佐はそう言って声を上げて笑った。修も懐かしそうに目を細めて微笑んだ。

 「この間、高等部に行ってきたが、そう言えば先生はおられなかったな。
もう退職されたのかもしれないね…。 」

 修はこの前職員室の中にいた先生たちを思い出しながら言った。
修たちの同期生が教師をしているくらいだから職員室も世代交代したのだろう。
学校から知った顔が消えていくのは少なからず寂しいものである。

 「今度藤宮へ行ったら、誰かに訊ねてみるよ。 」

そう約束して修は宇佐の店を後にした。 




 正規の授業が終わって帰り支度をしていた雅人は腕時計をどこかに置き忘れたことに気付いた。
 はずしたのは体育の時と昼休みに図書室へ行った時だ。
更衣室のロッカーと図書室のテーブルの上を透視してみた。
時計は図書室…いま誰かが見つけてくれた…。
 
 雅人はその誰かの近くに普通ではない気配を感じ取った。
危険ではないが安全とも言い難い。雅人は急ぎ、図書室へ向かった。

 図書室の扉は二重になっているので見えにくいが、どうやら中に居るのは唐島のようだ。唐島の他にも何かがいて唐島はその何かと話をしているようなのだ。
 
 第一の扉をそっと開け、その何かがまだいるのを確認すると、第二の扉のガラス張りの部分から覗き込んだ。

 年配の男の後姿が見えた。
雅人はその男の正体を探ろうとしたがうまくいかなかった。
 人であることには間違いはない。
しかし、生きているとも死んでいるとも判別がつかないのだ。

 雅人はそっと扉を開けた。

唐島が気付いた。

 「雅人くん…? 何か…? 」

 「時計…腕時計を探しに来ました。 」

雅人は言った。すでに扉を開けた時点で年配の男は消えていた。

 「ああ…それなら…ここにあるよ。 」

唐島は時計を差し出した。雅人はそれを受け取ると訊いた。

 「いまどなたかここにいませんでした? 」

 「え? ああ…河原先生のことだね。 」

河原…? 雅人は変に思った。 河原なんて先生がいたっけか…?
時々中等部の先生たちが利用することもあるから、中等部の先生だろうか…。

 「あの…ありがとうございました。 」

雅人は頭を下げた。

 「どう致しまして…。 急がないと受験塾に遅れるよ。 」

 唐島はそう言って何列かに並んでいる奥の本棚の方へ向かった。
雅人はそっと棚の方を覗いてみたが、あの年配の男は何処にも見当たらなかった。気配さえいつの間にか消えてなくなっていた。




 悪夢に魘される自分の声に驚いて修は飛び起きた。
唐島に再会するまで、ここ何年も悪夢なんて見もしなかったのに。

 少し神経質になり過ぎている…と修は思った。
あれはもう過去のことで…いまさら思い返しても仕方のないこと…。
 
笙子が心配そうに修を見上げていた。 
 
 「ごめん…起こしてしまったね…。 」

修が再び横たわると笙子が優しく頬を撫でた。
 
 「大丈夫よ…修。 たくさん乗り越えてきたんだから…今度も大丈夫…。
あなたに落ち度なんてなかったのよ。悪い所もなかったの。
 
 泣きたければ泣いて…笑いたければ笑って。怒ってもいいの。我慢してはだめ。 
言いたいことがあったら口に出すのよ。 抑えないで。 」

修はそっと笙子に耳打ちした。抑えられません…と。

 「もう…馬鹿ね…真面目に言ってんのに…。 いつも冗談でごまかして…。 」

 修の笑顔と冗談は曲者だということを笙子は知っていた。誰にも心配をかけたくないとか本心を明かしたくない…などという時にわざと馬鹿なことを言ってみたりするのだ。
 
 夫婦にとって幸いだったのは、アブノーマルなエロ本でゲロゲロ状態の修でも、ノーマルな性生活には思ったより支障がなかったということだ。

 笙子が子供の頃から修の精神面を支えてきた結果でもあるが、ガラスの脆さと、それを補修プロテクトする鋼の強さを重ね持つ修の精神的特徴とも言える。

 多分今、再会のショックでぼろぼろと壁が崩れかけているところなのだろうが、しばらくすれば、再び、より強い塗料で壁を塗りなおして復活するだろう。
 笙子は自分の中に修を迎え入れながらそれを確信していた。




 雅人から例の気配の正体は河原という教師らしいと聞いて、修はすぐに輝郷に先生の消息の確認を取った。

 輝郷の話では河原先生は二年ほど前に自宅で倒れて以来、今は入院中だという。
輝郷も時々見舞いに行くが、意識がはっきりしている時と、ぼんやりしている時があって、もしかするとこのまま学校には戻れないかもしれないということだった。

 宇佐にも連絡を取って一緒に見舞いに行くことにした。

 修たちが病院を訪ねたとき、先生は病室のベッドの上にぼんやり座って窓の外を見ていた。

 付き添っていた息子さんが取り次いでくれた。

 「父さん…教え子さんたちが見舞いに来てくださったよ。 」

 そう声をかけると先生は修たちの方を見た。先生は修の顔を見るや否や、にっこり笑っていった。

 「修…飯食ったら授業に出るんだぞ。 宇佐…遅刻すんじゃないぞ。 」

 修も宇佐も思わず返事をした。

 「はい…先生。 」 

先生は満足そうに頷きながらにこにこ笑っていた。

 「もうじき退院するよ…。 そうしたらまた教室で会えるな。
ここは退屈で…かなわん。 早く学校へ戻りたい…。 」

 修は頷いた。宇佐は半べそ状態だった。
先生の中で時が止まってしまった。 修たちを覚えていてくれたのは嬉しいが、先生にとってふたりはまだ高校生のままなのだ。

 修たちはできるだけ先生に話をあわせ、先生が困らないように努力した。

 生徒を愛し、学校を愛し、学校に帰りたがっている。
奇跡が起きてその望みが叶えられることを修も宇佐も願わずにはいられなかった。

帰り際、先生はふたりのにわか高校生に気をつけてお帰りと言ってくれた。

 「早く戻ってきてね。 先生。 待ってるからね。 」

修たちは子どものように先生に手を振った。

心から…。




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三番目の夢(第五話  癒されぬ修の傷)

2005-09-01 19:04:02 | 夢の中のお話 『彷徨える魂』
 朝から降り続いている雨のせいか、まだ5時をまわったばかりだというのに夜のように暗く、居間に集まっていた透たちもだれ気味で、参考書を片手に半分居眠り状態だった。

 寝ぼけ顔で耳を澄ませると玄関の方で、はるが驚いたように何時になく大声を上げるのが聞こえた。
 透が何事かと起き上がると居間の入り口に懐かしい顔があった。

 「宇佐さん! 」

 透は自分のでかさも忘れて、にこにこと笑い顔で立っている体のごつい男に飛びついた。男は嬉しそうに透の背中をぽんぽんと叩いた。

 「透! でかくなったなあ! 元気か? 」

目を覚ました雅人と隆平が誰…?というようにそちらを見た。

 「おい。透。兄弟増えてねえか…? 冬が逝っちまった話は聞いてたが…。 」

男は不思議そうにふたりを見た。

 「冬樹の腹違いの兄貴で雅人。 親戚の隆平。 修さんが引き取ったんだ。 
この人は、修さんの友達でイタリア料理のシェフ。 宇佐さんて言うんだ。」

透が紹介すると雅人と隆平はぺこっと頭を下げた。

 「ねえ。 何時イタリアから帰ってきたの? こっちで店開くの? 」

 「帰ってきたのはちょっと前になるな。しばらく他でシェフをやってたから…。
こっちで自分の店を出すつもりで物件探しをしてるんだ。 」

宇佐はまたにこにこと笑った。
 
 「ねえ。 何か作って。 久しぶりに宇佐さんのパスタ食べたいよ。」
 
透がねだると宇佐は嬉しそうに頷いた。リュックを下ろして中を見せながら言った。

 「そのつもりでな。いろいろ仕込んできたんだ。おい。おまえたちも手伝え。 今夜はパスタパーティしようぜ。 」

 宇佐は雅人や隆平にも声をかけた。そういうことなら…というわけで参考書は床の上でしばらくお休み頂くことになった。

 高校、大学時代、紫峰家に遊びに来ると宇佐は、はるの仕事を手伝ったり、料理を作ったりしてくれた。
 修が留学している間には、貴彦に預けられれていた透と冬樹のために貴彦の家を訪れて、よく子ども料理教室を開いてくれた。

 透や冬樹だけでなく貴彦の娘たちやその友達も一緒に料理を教わったので、当時結構、親たちからも喜ばれたものだった。

 家業が洋食屋だったこともあってその知識は豊富で腕前も確かだった。
修が帰国したのと入れ替わりにイタリアへ修行に出ていたのだ。

紫峰家の厨房から久々に子どもたちの笑い声が響いてきた。  



 いつもより少し早い時間なのに校門をくぐると辺りはもう真っ暗だった。
自宅のマンションまではバスで2区ほどの近い距離なので徒歩で通っている。
いままで1時間ほどもかけて通っていたことを思えば何と楽なことか…。
唐島はゆっくり歩き始めた。

 急いで帰っても誰も待ってはいない部屋である。
幼い時から孤独には慣れてはいたが、明かりがついていない部屋に帰るのは寂しくないわけではない。少し前に同居していた姉を病気で失ったばかりなので…。

 「唐島先生。」

 背後から呼びかける声があった。
振り返ってみると篠田という教師が足早に近付いてきていた。

 「いや~。 先生もこちら方面でしたか。 」

 聞いてみると篠田は唐島の2ブロックぐらい先のマンションにいるらしい。
唐島より少し年上で、修がいた当時は教師になったばかりだったという。

 「この間は盛り上がりましたな。修の話を肴に。いや実際面白い奴でしたよ。」

 篠田は愉快そうに言った。唐島は思わずドキッとした。あの初老の先生が言ったとおり、ここにも修を知っている人がいる。

 「だけど…あいつ妙な癖がありましてね。 」

篠田は唐島と並んで歩きながら話始めた。

 
 ど派手で豪快なパフォーマンスを全学年の男子が本当にやってのけた体育祭の後、三年生の受験が間もなく始まるということもあって、しばらくはみんな静かに過ごしていた。

 年頃が年頃なだけに暇があるとろくなことをしない連中が出てくる。
その日も何人かの男子が教室で誰かが持ち込んだエロ本を回し読みしていた。

 そこへ修がやって来たので修にも見せてやろうということで、みんながそっと手招きした。   

 「なにそれ? 」

 「プレミア付きの袋綴じもの。 超刺激的で超過激。」
 
 みんなは修の目の前に特に過激な写真のページを広げて見せた。
すると修はいきなり真っ青になって踵を返すと、そのままトイレに飛び込んでゲーゲーやり始めた。

 あんまりゲーゲーやっているので、心配したその中のひとりが保健室へ連れて行った。ちょうど校医さんが来ていて胃腸風邪だろうということだった。

 「なんちゅうか…すげえタイミングだよな。 エロ写真見た途端に胃腸風邪でゲロゲロってのはさ。 修らしいといえば修らしいけど…。 」

 ところが修の体調の異変はそれ一度きりではすまなかった。
数日後にまた別の雑誌を持ち込んで眺めていた生徒たちが、篠田が教室に入ってきたのに驚いて思わず雑誌を落とした。  

 たまたま通りかかった修の目の前にとんでもない写真がばらまかれた。
修はまたトイレへ直行。今度は篠田が保健室へ連れて行った。

 不思議なことに単なるヌード写真とか、他愛のない猥談とかには普通にのってくるし、そんな過激な反応はしない。それが同級生たちにとって謎だった。


 「どうもね。 レイプとかオーラルとかそういう行為の記載があいつにとってめちゃめちゃ気持ち悪いらしいんです。
 
 そういう写真もだめなら、ほら写真のわきとかに想像を駆り立てるような見出しとか文章とか載せるでしょう。 あれが目に入っただけでゲロゲロ状態。

 2~3度そんなことがあってから笙子がえらい怒りましてね。
修に変な本を見せるなと男子生徒にくってかかりまして、それ以来、猥談はともかく、そっちの方に関係する本や写真は修の目の届かない所でってことになったようです。 」

 篠田はそう言って唐島を見た。唐島は何気ないその視線にさえ心臓が止まるかと思うほどショックを受けていた。

 「そうですか…。 そんなことが…。」 

 「行動だけを見てるとね。 
豪放磊落とはこのことかと思うようなことをやらかしてくれるんですけど…。
本当はわりと繊細な神経の持ち主なんですねえ。 」

 篠田は自分で頷いた。
修には闇のの部分があった…と初老の先生は言っていたが、まさにこれもそのひとつなのだろう。
唐島は胃の腑がぎゅっと締め付けられるような痛みを覚えた。



 修からメールが入ったのは夕方のことだった。
今夜は笙子のマンションの方にいるから遊びに来ないかという誘いだった。

 史朗の住居は笙子のマンションからさほど離れていない。
仕事の便宜上でもあるが笙子の便宜上でもある。
 仕事上のパートナーであり、愛人でもあり、常に夫の修より近い距離にいる。
修はそれを承知の上で年下の史朗を可愛がっている。

 史朗が呼び鈴を鳴らすと修が迎えてくれた。
珍しくエプロン姿である。

 「修さん。料理できるんですか? 」

史朗は驚いて訊いた。

 「全然…。 友達に教わったこのスパゲッティくらいだ。
僕が先に帰ってきたのでたまにはと思ったんだけど…笙子は外泊だって…。 
ひとりじゃ食べきれないからね。 史朗ちゃんにメールしたんだよ。」

修はそう言って笑った。

 「あ…。じゃあ僕、サラダでも作りますよ。 」

史朗はそう言うと手際よく準備を始めた。

 「へえ。 史朗ちゃん料理できるんだ。 」

 「やだな。料理ってほどじゃないでしょ。野菜洗って切るだけなんだから。」

男ふたりの食卓が何とか整った。
 修は史朗のためにワインを開けた。修自身はそれほどの酒好きではないが、史朗は結構いける口である。

 以前に酒を飲んだ勢いで修に愛の告白をしてしまったので、この頃は少し控え気味にしているらしい。
今更…遅いと修は思うのだが…。

 「手際いいね。 史朗ちゃん。 惚れ惚れするよ。 」

 「親亡くして作ってくれる人なんてなかったから…慣れてるだけです。 
笙子さんに出会うまでは…ほんとひとりだったから…。 」

 史朗は高校を間もなく卒業するという時に両親を事故で亡くして、笙子の会社でアルバイトをしながら大学まで行った。

 その時にはまだ、笙子ともそんな関係ではなく、史朗の将来性を見込んだ笙子が史朗の生活を援助し、修が奨学金を提供したに過ぎない。

 史朗はその恩を決して忘れておらず、卒業してからも笙子の会社で一生懸命働き、会社を拡大するのに貢献したのである。

 修は史朗の誠実な人柄を信用しているし、笙子への忠誠心も疑いなく、修を慕ってくれる心根が本心可愛くもある。

 食事が済むとコーヒーを入れている修の横で、史朗はてきぱきと片づけを済ませていった。
 時々このキッチンで笙子の手伝いをしている史朗は、修より何処に何が入っているかなどを良く心得ている。

 「後は僕がやるからいいよ。 ありがとう。 」

コーヒーを居間のテーブルに運びながら修は声をかけた。

 史朗は大方すべてを片付け終えて修の待つ居間のテーブルの方へやって来た。
他愛のない話をしながら子どものように屈託なく笑って時を過ごした。

 修はふと今の自分を少年だった唐島に重ね合わせた。目の前の史朗はあの頃の修自身なのか…。疑うこともしないで、楽しそうに笑っている…。

 「史朗ちゃん。 君が僕を好きだと言ってくれたから訊くのだけれど…。
もしもいま、僕が腕尽くでレイプしたら君は僕を許せるかい? 」

 史朗は驚いて目を見張った。修は冗談を言っているわけではなく、真面目に問うているのだと分かった。

 「腕尽くで…ですか。 絶対…嫌ですね。 それは許せません。
どんなに好きな相手でも…強制されるのは嫌です。 

 僕の中に相手を受け入れるだけの心の準備ができていなければ…気持ちの高揚がなければ…それは悲しいだけです。
その場の雰囲気もあるとは思うのですが…。 」

 史朗は慎重に答えた。修は納得したように頷いた。

 「そうだよね。 僕がおかしいわけじゃないんだ。 やっぱり嫌だよね。
男だって女だって誰かに強制されるのは…。 」

修は呟くように言った。

 「修さん。 何かあったんですか?  」

史朗は心配そうに訊ねた。修は笑顔で首を横に振った。

 「なんでもないよ。 ごめんね。 史朗ちゃん。 変な事を訊いて。 
史朗ちゃんをレイプしようなんて全然思ってないからご安心を。 」
 
 修はいつものようにおどけていったが、史朗はどこか不自然なものを感じた。
修はそれきりその話はしなかった。史朗も何となくそれには触れない方がいいような気がして何も訊かなかった。

 夜が更けて史朗が帰っていくまで、ふたりはなんと言うこともない話に興じ、意味のないことが可笑しくて仕方がない無邪気な子どものように笑って過ごした。

 



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