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ロボトミー

2006-04-21 10:07:38 | 日々のこと
すいません。
これ、すごく暗い話です。
しかも長いです。
暗い話、および長い話が嫌いな方はスルーしてください。


先日「セッション9」を見て気になった言葉、「ロボトミー」。

これがどういうものなのかはおぼろげには知っていましたが、具体的にどのような治療がなされるのか、またそれによってどのような効果がえられるのか…詳しくは知らなかったので軽く調べてみました(映画「フロムヘル」でそんなような治療をする場面がありましたよね)。

こちらサイコドクターさんのサイトから抜粋してみました。
サイコドクターさんは実際都内の病院で働いていらっしゃる先生だそうです。


『いわゆるロボトミーは、正式にはprefrontal lobotomyといい、「前部前頭葉切截術」と訳されている。つまり、前頭葉の前の方を切っちゃうぞ、ということだ。
この手術を発明したのは、ポルトガルのエガス・モニス(1875-1955)。
モニスは1935年、60歳のときにロボトミーの基本を考案、治りにくいうつ病や不安神経症の患者にばしばしと実施して(おいおい)、劇的効果が得られたと発表した。
その後、ロボトミーの術式はアメリカで改良され、第2次大戦後の一時期には、精神分裂病の患者に対して盛んに行われ、全世界に大ブームを巻き起こした。当時はまだ精神分裂病に対して効果を示す薬が開発されていなかったこともあり、ロボトミーは画期的な治療法として迎えられたのである。
なお、1949年には偉大な業績の創始者として、モニスにノーベル医学賞が与えられている。

さて、標準的なロボトミーのやり方について、ちょっと説明しておこう。まずは、こめかみのあたりにきりきりと小さい穴をあける。穴があいたら、その中に細い刃を突き刺し、手探りでぐりぐりと動かして前頭葉の白質を切断する。おしまい。

おおざっぱである。むちゃくちゃおおざっぱである。

そもそも前頭葉は、脳の中でももっとも人間らしい知的活動をつかさどっているといわれている部分である。正確にどのような機能を持った場所かということについては、いまだによくわかっていない。
当然ながら、そのうちロボトミーを受けた人は性格・感情の上での顕著な変化を示すことがわかってきた。つまり、手術を受けた人は、楽天的で空虚な爽快感をいだくようになり(だからうつ病に効くとされたわけだ)、多弁で下らないことをいう。また、生活態度に節度がなくなり、反社会的犯罪行為を示す者もいたという。さらに意欲が乏しくなり、外界のできごとに対して無関心、無頓着になる。
こういうことが問題にされるようになり(当初はこういう性格変化が逆に病状にいい影響を与えるとされていて、まったく問題にならなかったのだ)、さらに抗精神病薬が開発されるようになったこともあり、1970年代以降はロボトミーはほとんど行われていない。

〈追記〉
と、書いてから2年以上がたった。この追記では、前の文章ではあまり触れなかった日本のロボトミー情報について書いてみたい。
日本で初めてロボトミーが行われたのは1942年(昭和17年)。新潟医大外科の中田瑞穂教授だそうだ。当時はあんまり精神科からの反応はなかったらしいが、戦後になるとアメリカ医学の影響で盛んに行われるようになる。日本のロボトミーの第一人者だった広瀬貞雄が1954年(昭和29年)に書いた論文によれば「著者は昭和22年以来360余例の各種症例にロボトミーを行い、手術前後の精神状態の変化を仔細に観察し」てきたそうだ。7年で360例。広瀬医師だけでも1年で50例以上ということになりますね。また、先生は1947年から72年までの25年間で523例のロボトミー手術を行ったとか。さらに、日本中でロボトミーを受けた患者数は、だいたい3万人~12万人くらいになるとか。

なお、この広瀬先生も、ロボトミーによって患者の性格が変化し、環境への積極的な関心や感受性が減り、内省したり将来を予測して行動する能力が低下することは認めてます。でも、それ以上にプラスの変化の方が大きい、と広瀬先生は言うのですね。
さて、当初から批判の声が多かったロボトミーは、薬物療法の発達と人権意識の高まりに伴い、1960年代後半から徐々に下火になっていく。しかし、一部の病院ではその後も手術は続き、日本精神神経学会で「精神外科を否定する決議」が可決されてロボトミーがようやく完全に過去のものとなったのは、1975年のことである。

そして、誰もがロボトミーを忘れ去った1979年、ある衝撃的な事件が起こっている。都内某病院に勤務する精神科医の妻と母親が刺殺されたのである、やがて逮捕された犯人は、1964年この医師にロボトミー手術を受けた患者である元スポーツライターだった。彼は、手術ですら奪うことのできないほどの憎しみを15年間抱きつづけ、そしてついにその恨みを晴らしたのである。
ロボトミーが大きな話題になったのはおそらくこのときが最後。そしてロボトミーは歴史の闇に消えていった。しかし今も、かつてロボトミー手術を受けた患者たちは精神病院の奥で静かに時をすごしている。以前の文章を書いたときにはそんな患者たちを実際目にしたことはなかったが、その後見る機会があった。そうした患者たちについては、日記をどうぞ。』

実際に日記を読むと、とてもやりきれない重い気持ちになります。
そして「医学とは医療とは何ぞや?」と考えてしまいます(最近親友のお父さんがガンで亡くなっただけに。お父さんの病状を医師が家族にはっきり伝えていなかったために、お父さんは誰にも看取られずに亡くなったのでした)。
どんな問題をかかえていようと、普通に生活できるという、「恵まれた」環境にいることを心から感謝したdimであります。

なおサイコドクターさんのサイト、とっても興味深い記事、目白押しです。
興味がある方はこちらへどうぞ。
コメント (6)
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