明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 



達磨大師は衣に包まれ手足を作らないこともあり制作は早いだろう。法衣用の粘土も届いたので、一気に完成に向かいたい。 〝人間も草木同様自然物。肝心なものはあらかじめ備わっている“と考えて来た。〝考えるな感じろ“もブルース・リーに教わるまでもなく知っていた。ただ目の前の作りたい物を、パン食い競走のパンに齧り付くように、欲望のまま齧り付いて来たつもりでいたが、それにしては誰かがシナリオを書いているかのように、どこか一点に向かっている気がしてならなかった。当ブログにおいても、かつてNHKの3匹の子豚『ブーフーウー』で、連中を鞄から出し、クランクを回してお芝居を始めていたお姉さんのような存在が?などといっていた。 作家シリーズ最後となったふげん社における『三島由紀夫へのオマージュ椿説男の死』のトークショーで「次は何を?」の声に、つい寒山拾得と口が滑ってしまったが、そのふげん社は、拾得が普賢菩薩の化身だ、というところから名付けられたという。そんな縁で2年後の寒山拾得展が決まった。もしやと思って指折り数えたら2年後は、初個展から40年目であった。件のお姉さんが存在しているとしたら、お姉さん、少々やり過ぎの感さえある。そこからさらに変化は続いており、行けば判るさ。と達磨大師を作る私であった。明日には乾燥まで持って行けるだろう。

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