五十路男の失敗日記

生涯独身男の青春の挽歌

夢で逢えたら

2006年01月31日 | 雑記
こんにちは。

頭、痛いです。腰、痛いです。悪い病気かも??
なぜ、そんなことを書くのかと言いますと、


ぶっちゃけネタ切れ~(Max Heart)


仕方がないので、懐かしいCDをアップします。あくまで私物ですので、怒らないでくださいね~(Max Heart)

三十路が高校生のころ、テレビのCMで流れていました。
CDを入手したのは、


21歳年上の女性に片思い

しておりました。別に三十路は「年増好き」というわけではありません、念のため。禁断の恋?!
三十路は、後ろ髪引かれる思いで卒業しました。受験に失敗したことも手伝って、非常に暗い毎日を送っていました。その頃の思い出の曲が、左端のCDです。


しかし、ついに終わりの日がやって来たのです。
1996年3月11日。健て、三十路の片思い終了。恋に敗れた三十路、の春の日の出来事でした。
その頃の思い出のCDが、右端のCDです。当時は百武彗星が地球に接近していて、話題になっていました。

何をしていても、失恋の悲しみが頭から離れない・・・若かったですね。自分が傷ついたと思っていたけど、本当は三十路が彼女を傷つけていたのです。

今でもこれらのCDをプレーヤーにかけるたび、あの頃の彼女と、あの頃の自分を思い出してせつなくなるのです。

・・・風邪が流行っているようですね。三十路も風邪かなあ。頭イタイ・・・。皆様、どうかお大事に。三十路のキモイたわ言を読んでくださって、ありがとうございました。皆様と「夢で逢えたら」幸せです(だからキモイってば!

ありがとう&あいしてる! プリキュアよ永久に・・・

2006年01月29日 | ふたりはプリキュア(無印・MH・SS)

ネタバレ注意!!まだ1月29日のプリキュア最終回観てないぞ、という方は、ご覧になってからお読みください。






とうとう終わってしまったなあ・・・・。
でもまさか、アイツがジャアクキング!!・・・にしては、割合あっさりとやられてしまったような・・・。プリキュアの美しき魂が、打ち砕いたのでしょう。

なぎさと藤Pの関係も、ウヤムヤなままだった・・・。ほのかがパリに行くということもなかったし。卒業式も、もっとゆっくりと見たかったな。。
全体的に駈け足で、若干物足りなかったかな・・・。でも、ひかりも、あの少年も、メポミポも戻って来て、テレビには映らないけど皆にはこれから穏やかな学園生活が待っているのだろう。・・・でも、メポミポは、飼うの??また新たな戦いが始まるのかと、錯覚してもうた。
皆、友達なんだね。ハッピーエンド。いいもの見せてもらったよ・・・。

なぎさ、ほのか・・・本当に今日でお別れなんだね・・・。君たちには本当に、いろんな事を教えてもらったよ。おじさんにとっては、君たちが輝いて見えた。素晴らしい思い出をありがとう。おじさんにとって、お別れはちょっと早すぎたけど・・・君たちが教えてくれた事、ずっと忘れないよ。


なぎさ~!ほのか~!

君たちの笑顔を、ずっと、ずっと、ずっと忘れないよ!!
小さなお友達の心にも、ふたりはずっと生き続けると思う。さようなら!!

びええぇぇ!

この三十路変態男、


布団に顔をうずめて、むせび泣きました(しっかりせいよオッサン

ありがとう&あいしてる!!ナギナギとホノホノはずっと、三十路の心の中に生き続けるのです。




・・・・・・・さてと・・・来週から始まる

「プリキュア Splash Star」はどんなんかなァw  咲ちゃんも舞ちゃんも可愛いからなァw 楽しみだな~♪

↑(鬼)

マジヤバ!捨て身のプリキュアグッズ

2006年01月28日 | ふたりはプリキュア(無印・MH・SS)
こんにちは。
あ~あ、明日でプリキュアMax Heartも終わりかあ・・・。なんだか実感がわかないなァ。

え~、そういうわけで、なぎさ・ほのかが通う「ベローネ学院」の制服です。地元のディスカウントスーパーで、商品入れ替えのためと称して投売りされていました。定価6,000円(!)のものが、ポケットに入っている小銭程度で買える値段で売っていたので思わず・・・。あああ!!


コレに手を出したら、人生終わりだぁ!

もちろん、三十路にはサイズ的に着られません(着られたら着るのか?)。幼稚園児か、小学校低学年女児向けなのでしょう、サイズからいって。
最高に恥ずかしいコレクターズ・アイテムですなァ・・・。
「プリキュア終了記念」ということで、仕方がない・・・(ため息

当然の事ながら、スーパーのレジのお姉ちゃんの視線は


氷のように冷たかった

です。三十路は童顔らしいから、娘がいるようにも見えないだろうし、

ただの変態

だと思っただろうなあ・・・。
ってか、家族に見つかったらどうすんだよ!!

かしまし ~ガール・ミーツ・ガール~

2006年01月25日 | 漫画・アニメ
毎週楽しみに観ているアニメ「かしまし ガール・ミーツ・ガール」のオープニング主題歌とエンディング主題歌のCDを買いに、地元のアニ○イトに行ってきました。


なぜ、同じ番組なのにOPとEDのCDが別々なのか


という疑問はあるのですが、事情がよくわからないので、これ以上はやめておきます(怖!

「かしまし」に関しては、「電撃大王」誌上である程度注目していた作品です。もともと女の子っぽい高校生男子が、ある事件のために性転換して可愛い女の子になってしまい、友人であった女の子ふたりと不思議な関係になる・・・というラブコメディー・・・。「変わってるなァ・・・」と思いつつ、原作を読んでいました。アニメもやっぱり不思議(笑

それはさておきア○メイト。
夕方に行ったものだから、高校生のお客さんがいっぱいでした。「おまえら、この近くの予備校に行って勉強しろ!」などと思いつつ、お客さんウォッチング開始。

女子高生・女子高生・女子高生!

これほどまでにアニメや漫画にハマッている子が多いとは!それから、三十路くらいの年頃の女性も発見。あ~、いわゆる○女子の方々が多いわけですな。
もちろん男子高校生や、20代半ばと思しき男性で、

一人でなにかブツブツ言っている

方もいました。三十路は皆さんからはどう見えるんだろう??やっぱりヲタさんに見えるのかなァ。まあ、実際間違っていないので、よしとしましょう。

とにかくあそこは、行くたびに思うのですが、異次元空間みたいです。店員さんも、どう見てもヲタさんだし。違和感を覚える三十路は、ヲタさんではないのでしょうか?

いえ、立派なヲタさんです(いいのかオッサン

スイスに嫁いだあなたへ

2006年01月24日 | 雑記
三十路の大学時代の親友に、スイスにお嫁に行った女性がいます。
彼女の名前は、Oさん(仮名)。
年齢は、三十路より3つほど上です。大学在学中から、都内の日本語学校で日本語教師をしていました。

Oさんの性格は、三十路にもよくわかりません(笑)。でも、とても優しくて思いやりのある、神様のような人です。「みそちゃんなら、どこででも通用するよ」と、三十路の事を買ってくれていた数少ない友人です。ちょっと、かいかぶりすぎですけどね・・・。

ご存知のように、大学生の頃も三十路はいろいろと悩みをかかえていました。
病気のこと、将来のこと、女性のこと(ぇ
Oさんはいつも親身になって、三十路の話を聞いてくれていました。駅前の喫茶店であれこれ話し合ったものです。
Oさんは大学の講義をサボってまで、三十路の話を聞いてくれたという事もありました。もちろん、三十路も講義をサボったのですが。喫煙所で話し合ったあの日が、まるで昨日の事のように思い出されます(喫煙していたのは三十路だけです、念のため)。

Oさんは、決して厳しい言い方をする事はありませんでした。分からず屋の三十路にも怒ることなく、穏やかに、いつも笑顔で接してくれる人でした。

Oさんに限らず、どうも三十路は年上の女性と仲良くなる事が多かったように思います。女系学部だったので、女性の友達ばかりで男友達には恵まれませんでした。年下の女性とも仲良くなりましたが、数で言うと年上が多かったのです。

そうした友達と別れて(卒業)、もう何年にもなりますが、Oさんとは今でも連絡を取り続けています。
最後に会ったのは、たしか2002年の秋でした。彼女は卒業と同時にスイス人と結婚し、スイスに住むようになっていました(里帰りのときに再会したと記憶しています)。
5~6年前だったと思いますが、彼女が体調を崩したとき、真っ先に彼女の「おめでた」を言い当てたのも三十路でした(ヤな友達やな)。

ドイツ語の勉強をし、一児の母になって、充実した生活を送っている・・・三十路にはそう見えますし、そう思いたいのです。
現在では、たまにメールのやり取りをするくらいですが、遠くに住んでいたとしても、私たちの心はずっとつながっています。
お互いに40代、50代になっても、きっと仲良しでいられるでしょう。

でも、思い出してみると、三十路が頼りっきりだったなぁ(汗
もっとしっかりして、三十路がOさんを支えてあげられるようになりたいものです。もしこんな事を彼女が読んだら、「みそちゃんはみそちゃんのままでいいんだよ、みそちゃんが幸せになることが、私の願いなんだよ」と言うに違いないとは思いますが。

いつか、恩返しがしたい・・・三十路が幸せに暮らしているところを見せてあげたい・・・。三十路が、いつも笑顔で暮らせる事こそ、Oさんへの一番の恩返しになるはずだと思っています。

これからもヨロシク!(って、読んでないって

三十路先生の日本語教室(笑)

2006年01月23日 | その他・趣味
部屋を掃除していたら、大学時代のテキストやファイルが出てきた。
そこで、ちょっと気になる日本語について書いてみたい。
ネタ切れだろ、と思われそうですが


ぶっちゃけネタ切れです(ぇ


@たにんごと(他人事)
当然のことながら、「ひとごと」と読むのが正しい。しかし、テレビ・ラジオ等では「たにんごと」がよく使われている。なぜかは三十路にもよくわからない。字面そのままに読んでいるだけなのかもしれない。

@ひと段落(一段落)
「いちだんらく」以外に正しい読み方はない。これも非常によく使われているので、いずれは正しいということになってしまうかもしれない。

@他山の石
「つまらぬ人の言動でも、自分を磨くためには役立つものだ」という意味であるが、「先生を他山の石として頑張ります」というように「お手本」の意味で使う人がいる。これは非常に失礼である。ある漫画でこの言葉が出てきてから、よく使われるようになったように記憶している。

@かんぱつをいれず(間髪を入れず)
「カンパツ」と読む人がほとんど。無論、テレビ・ラジオでもそうである。「かん はつを入れず」が正しいのだが、このような発音は聞いたことがない。似た例で、「綺羅星のごとく」がある。「きら ほしのごとく」が正しいが、大抵「きらぼし」と読まれる。

@かせんじき(河川敷)
「かせんしき」が正しいのだが、某国営放送以外でこの発音はほとんど聞いたことがない。

@耳ざわりが良い
「肌ざわりが良い」などとの混同であろう。耳ざわりとは「耳障り」ということで、聞いていて不快なことという意味である。「目障り」も同じ例。

@出る釘は打たれる(出る杭は打たれる)
「釘」と「杭」の発音が似ているため、間違える人が出てきたと思われる。

@一番最初
「最初」とは、「一番」はじめに決まっている。にもかかわらず、各メディアで多用されている言葉。この種の誤りを「重言」という。「馬から落馬する」が有名。「犯罪を犯す」「被害を被る」などもこの種の重言である。

@流れに棹をさす
これは、反対の意味で捉えられることが多い。「棹」とは舟をこぐサオであり、物事がうまく行くように(流れにうまく乗るように)棹をさすわけだ。しかし「うまく行っていることを遮るような(流れをせき止めるような)言動」に対して使われることが圧倒的に多い。

@生き様
生き様という日本語はない。「死に様」という日本語はある。どうして「生き様」が生まれたのかは、三十路の勉強不足のため、よくわからない。とにかく辞書に載っていても不思議はないくらいに普及(?)している。

いろいろ書いたが、最後にもうひとつ。
「とんでもございません」について・・・。これは挨拶言葉として普通に使われているが、おかしな言葉である。「とんでもない」を丁寧に言うつもりだと思うが、「とんでもない」はあくまで「とんでもない」というひとつの言葉である。「とんでも」を「ない」で否定した言葉ではない。「とんでもある」とは絶対に言わない。「とんでもある」がないのであるから「とんでもありません」もない。よって、「とんでもございません」という日本語はないのである。あえて言えば、「とんでもない事でございます」が正しいと言えるが、あまり馴染めない言葉である。それで世間では、挨拶言葉として、間違いと知りながら使われているのが現状のようである。なお、同じ系列の言葉として「みっともない」「やるせない」などがある。「みっともございません」「やるせございません」がおかしい事は、誰にでもわかるだろう。

偉そうなことを随分と書いたが、三十路もよく日本語を間違って使っているので、これを読んだ皆さんもあまり気にする事はない。気にしたところで、日本語の変化に逆らう事はできないに決まっている。
いったいどれだけの人が、「正しい日本語」を使いこなせているだろうか・・・。
そもそも「正しい日本語」など、存在しなくなってきているのかもしれない。
ただ、新聞・テレビ・ラジオをはじめとする公的なメディアにかかわる人達には、日本語をもっと慎重に使ってほしいと願うのである。

以上、頭の固いオッサンの戯言でした。

「よつばと!」の同人誌

2006年01月22日 | 漫画・アニメ
「よつばと!」の同人誌関係って、まだあまり出ていないようですね。
「あずまんが大王」と違って、まだメジャーではないということでしょうか?
三十路個人的には、面白さは互角なんですけどね・・・。
アニメ化されれば、一気に人気爆発しそうなのですが、諸事情で実現はずっと先のことになりそうです。

というわけで、三十路が所持している同人誌です。写し忘れたものもあります。が、問題は


全部、成年向けということです(いいのかヲイ


違うんです!三十路はあくまでこれらの本やCDを


資料として所持しているだけ


なんです!
ま、まあ、これらの同人誌類は、「作品に対する愛情が感じられるもの」ばかりなので、良しとしましょう(え?良くない?
同人誌に関しては、あまり良く事情を知らないのですが(本当です!)、内容が見ていてツライものもあると聞いているので、三十路はまだ幸せかもしれません。

註:いろいろ写っていますが、あくまで私物で、批判ではありませんので怒らないでください(汗

事故と骨折と激ヤセ

2006年01月21日 | 雑記
1月21日・・・毎年この日が来ると思い出す、痛~い思い出。

1993年1月21日。成人式からたった6日後のことである。
数日前、当時好きだった女性と喧嘩してしまい、気分は最悪であった。
21日は、友人にノートを貸す約束をしていたので、仕方なく学校に行った。定時制高校だったから、夕方である。帰り道、三十路はバイクで飛ばしていた。夕闇がせまる道を飛ばすなど、危険であることも分からないくらい自分を見失っていた。

直線の道路で、見通しもいい。いっちょ飛ばしたれ、とアクセルを開けた。そのとき・・・対向の乗用車がいきなり右折してきた。三十路がそこを通り過ぎるときには、その右折車は曲がりきっているだろうという考えが、ブレーキを少しだけ遅らせた。
右折車は、止まった。三十路は完全に進路をふさがれた。慌ててシフトダウンしながら急ブレーキをかけたが間に合わず、乗用車の後輪に激突した、らしい。らしいというのは、その瞬間の記憶がないからである。

激突後、数メートル吹っ飛んだ記憶はある。三十路は「とうとうやってしまった」と思った。跳ね起きてバイクのところへ行こうとしたが、無理だった。
右腕と右足に激痛が・・・。
立つことも出来ない。しばらく座り込んで痛みに耐えていたが、通りがかったトラックにクラクションを鳴らされ、身体を引きずるように道路の端に移動した。

右手がおかしい・・・指がおかしな格好になったまま動かない・・・骨折か・・。通りがかりの人に救急車を呼んでもらった。
乗用車の運転手が出てきた。若い女性だ。「大丈夫ですか!?」って、大丈夫なわけがない。

救急車で病院に担ぎ込まれた。午後6時30分ころだったと記憶している。
診察台の上で服を脱がされた。三十路は自分の右腕を見て、気絶しそうになった。腕は無残に変形していた。誰が見てもひどく骨折している事は明らかだった。「北斗の拳」で、ケンシロウに腕相撲で負ける木人形(デク)狩り隊のギュウキみたいだ・・・と思った。

エックス線像は、尺骨、橈骨ともに真っ二つに折れていることを写し出していた。
医師によると、手術は1月29日とのこと。
病室に運ばれ、右手の甲にドリルで穴をあけられた。そこに針金のようなものを通し、腕を吊るのだった。その方が出血しないし、痛くないので良い、との事だった。体勢は、仰向けのままである。そのまま手術日まで、8日間待たされた。地獄のような8日間が過ぎた・・・。

手術は無事に成功した。
骨にドリルで穴を開け、金属のプレートとネジで折れた骨を固定した。写真のモノが、三十路の腕に入っていたモノである。肘は直角に固定され(石膏で固められた)た。ギプスが取れたのは、手術から4箇月後の5月下旬だった。学校を休むわけにはいかなかったから、苦手な電車で通っていたが、次第に身体がおかしくなるのを感じていた。
8月20日、この金属プレートとネジを取り出す手術を受けた。

この事故と怪我と療養の日々が、三十路の精神状態に悪影響を及ぼした。この年の夏は、91年以来2年ぶりの大不調に見舞われた。食事を受け付けなくなり、激痩せした。入院寸前まで行ってしまった。
まさに、三十路の黒い歴史の1ページとなったのである。

今でも事故現場を通ると、あの頃の苦しい思い出と、喧嘩していた女性の事を切なく思い出す。あの頃は幼かった・・・と今にして思う。冷静さを欠いて事故を起こすなど、運転免許を所持している資格がない、と言ってもいい。あの頃の事を思い出し、ムカデのような手術跡を右腕に見るたびに、「いかなる時でも冷静に運転しなければならない」と心に誓うのである。
今でも、右手の人差し指と中指と薬指に、麻痺が残っている。勉強の代償にしては、高すぎた・・・。

全くの偶然であるが、昨夜はその女性の夢をみた。懐かしいというか、せつなくてやりきれない気持ちがよみがえった。優しかったあの人・・・。幼かった三十路を、受け止めてくれる大きな人だった。そして・・・(以下略

ながいトンネル

2006年01月20日 | 雑記
こんにちは。
風邪がなかなか抜けてくれません。ちょっと無理をするとすぐに症状が再発するので、迂闊に動けません。最近、ちょっとした詐欺に遭いまして、凹んでいます。そんな事も体調に関係しているのかなぁ。

毎日、寒いですねえ・・・。
昨日は寒い中、いつもの神経科クリニックに行ってきました。辛い状況を医師に説明しても、的外れなアドバイスをしたり(上手く説明出来なかった自分が悪い)して、逆にクリニックから帰ってから暗く落ち込んでしまいました。
誰にも相談出来ない・・・もう自分の中に溜め込んでおくしかないじゃん。。

最近、ふさぎ込みがちです。
生きるって、こんなにも苦しいものだったか?と、今さらながら思います。
三十路が未熟者なんだと言われればそれまでですけど。

もうしばらく、トンネルは続きそうです。
早く春が来ないかなあ・・・。

風邪とJanuary

2006年01月17日 | 雑記
また風邪をひいてしまいました。
気分が沈没していると、ウィルスにもやられやすいらしいです・・・。
午前中はなんとか仕事のお使いに出ていたのですが、昼から身体が痛く、だるく、熱っぽくなって寝込みました。
顔が火照って死にそう。

夕方から、病院へ行って来ました。インフルエンザではいつも高熱が出てから行くのですが、今夜は高熱が出そうな嫌な予感がしたのです。

鼻の穴に綿棒を突っ込まれ、インフルエンザの検査をしてもらいました。
結局インフルエンザではなく、普通の風邪との診断でした。
これを書いている今も、ヘロヘロです。
かえって余計な事を考えずに済むから、たまには風邪もいいかも?

写真は、2003年3月から乗っている愛車の軽ワゴンです。660ccです。三菱車です。
それ以前は、3ナンバーの日産ローレルに乗っていたのですが、やっぱり中古車は良くないですね。3ナンバーは維持費がかかり過ぎるからということで今の軽に乗り換えたのですが、軽を買う直前にブッ壊れました。買ってから5万キロしか走っていなかったのに・・・。

軽は、パワーがないです。夏、坂道を登るときにはエアコンを止めなければいけません。ブレーキの効きも悪く、乗り換えた当時は何度も追突しそうになりました。まあ、バイクで言えば、今までナナハンに乗っていたのを原付に乗り換えたようなものですから、軽がオモチャっぽく見えても仕方がありません。

写真のように、「鼻」が出ていません。ボディもブリキ板のように脆いから、ぶつかったら運転席と助手席はすぐにペシャンコになるでしょう。すなわち、死。
ハンドルは、バスのハンドルみたいに水平に近い角度で付いています。運転台も高い位置にあり、なかなか運転はしやすい車です。三十路は鉄道制服スーツを着て、この車を運転している事が多いです。関東の私鉄各社の制服を着て・・・。鉄道に憧れて敗れた男の哀しさですなぁ・・・。

制服の着こなしには、気をつかいます。
ある社の服を着たら、その線には乗れません。ジャケットだけにして、ズボンは別のをはいたり、ノーネクタイ(ホ○エモンみたい)でラフに、ファッショナブルに・・・。軍服と違って普通っぽいので、変な人扱いされずに済みます。
三十路のお気に入りは、○王、京○急行、旧営○地下鉄etc. 取り扱い注意、です。

話が脱線しましたが、「鬱」とは一時休戦ということになりました。風邪をまずなんとかしなければ。嗚呼、くるしい・・・。でも本当にくるしいのは、心。。あの人を想う心が、焼け火箸で心臓を貫くように。。。

気分のおちこみ

2006年01月16日 | 雑記
注意:私は気分が落ち込んでいます。これを読んで具合が悪くなる恐れのある方は、お読みにならない方が良いかと思います。




なぜか気持ちが落ち込んでしまう。
仕事机に向かっても、なにをしていいやら分からない。もっとも1月は休みが多いので、やる事も少ないのだけど。

夜はよく眠れないし、昼になっても食欲もなく、ただタバコをブカブカ吸っている。身体に良くないと分かっていても、どうしようもない。

いろいろな事が、頭の中を駆け巡っているのだけど、解決策を見出す事が出来ない。そもそも私の考えている事は、解決策などないのかもしれない。それすら分からない。思考力が低下しているのだろうか。

結局、「なんのために生きているんだろう」というところに考えが行ってしまう。これからあと何年生きられるか分からないけど、自分が生きていて何か価値があるのだろうか?自分にまともな人生が待っていないであろう事は想像出来るが、ここまで落ち込む理由がわからないのだ。

こういう症状は、正月三が日や3月~4月の春によく現れるものだったように思う。今日は天気も悪く、生暖かいからそうなのかもしれない。
こういう症状を主治医に訴えても、とくにアドバイスするでもなく、薬を工夫するでもなく、ただ「ふんふん」と聞いているだけの事がほとんどである。
結局は、自力で回復するのを待つしかないのだろう。

「鬱病」のパンフレットを何度か読んだ事があるが、鬱の人は自分を鬱病だと自覚しない、と書いてあったから、私は違うと思う。何事にもやる気が出ない、食欲がない、だるい、気分が落ち込む・・・当てはまるような気がするが、私は自分が「鬱病」とは聞いていない。
「鬱病」あるいは「鬱状態」の人に接するときのタブーとして「気のせいだ、頑張れ」と励ます、というのがあるが、もしかしたら主治医はこの基本にのっとって何も言わないのかもしれない。

こういう症状が現れはじめたのは、30を過ぎたあたりからだったように記憶している。「パニック障害」の闘病の疲れ・・・なのだろうか。イコール人生の疲れ・・・なのであるが。
脳のセロトニンがどーたらこーたらという話を読んだ事があるが、何を考えてみてもどうしようもないだろうし、なんの解決にもなりそうもない。

嵐が過ぎ去るのを、じっと待つ・・・
それしかないのかもしれない。
今週木曜日が通院の日なので、一応医師に伝えるつもりだが、あまり期待は出来ないと思う。
会社員だったら、「少し休養を取ったらどうか」と肩を叩かれるところであろう。

心の中が雨降りなら、止むのを待つしかなさそうである。

それでもふたりはプリッキュア~!

2006年01月15日 | ふたりはプリキュア(無印・MH・SS)
ネタバレ注意!まだ1月15日のプリキュア観てない!という方は、ご覧になってからお読みください。






出ぇたぁ~~!

出た、というのにはふたつの意味があります。
まず、とうとうジャアクキング出た~!でもあの少年はそのまま・・・?
ひかりは少年を助ける、と言っていたけど・・・どうなるんでしょう。
闇の戦士たちは4人がかりでプリキュアに襲いかかり、卑怯なり。それにしても今回は「ひかり」が完全にメインで、なぎさ・ほのかは脇役っぽい・・・。
もうひとつの「出た~」は、2月5日からのプリキュアSplash Starの予告。新しいふたりは、設定画で見るよりも


ぶっちゃけかわいい!(ヲイ、おやじ


Max Heartが終わる淋しさと、Splash Starが始まる期待感が複雑に入り混じって、不思議な気持ちです。とりあえず新シリーズを録画するためのビデオテープを(古いなァ)買っておこう・・・。

なぎさ・ほのかがひかりを友達として大切にしている熱い気持ちに、オジサンは感動したよ。クイーンの生命とかそういう事ではなく、ピュアな友情というか・・・ストレートな描写や台詞が、かえって感動を与える。
これを観ている子供たちに、きっと良い影響を与えるものと信じています。新しいプリキュアが始まって、夢中になっても、なぎさ・ほのか・ひかりが教えてくれた事を心の片隅に置いておいてほしいと、切に願うのです。

子供たちといえば、新シリーズの予告を見て、どう思ったのだろう?今日はじめて知った、という子は少ないとは思うけど、ショックを受けた子もいるのではないかと、オジサンは心配しています。
それと、クリスマスプレゼントにMax Heartのグッズを子供にプレゼントした親御さんの「あ~あ・・・」という声が聞こえて来そうです。ナムサン・・・。

草苺蛋白軟糖

2006年01月12日 | 漫画・アニメ
こんにちは。
風邪が抜けません。熱、身体の痛み、倦怠感は健在です(?)
昨日一日おとなしくしていましたが、そう簡単に良くはなりませんね。
若い頃は、37℃台の熱など何ともなかったのに、今はしんどいです。

というわけで、苺ましまろグッズです。
いろいろ写っていますが、あくまで私物ですので怒らないでください。

アニ○イトで買ったものが多いです。「苺ましまろ」はまだそんなにメジャーではないので、普通の店にはモノがない事が多いです。
「苺ましまろ」って、もうすぐ連載が終わるのではないか・・・と心配しているのは三十路だけでしょうか?「電撃大王」でも、最近はいつも巻末に近いところに載っているし・・・。
密かに「アニメ第2弾」を期待していますが、無理かなあ。

ここに写っているものにはとくに珍しいモノはありません。右上に写っているハピネット・ロビン製の「3Dデザインフィギュア苺ましまろ」は、すごい人気らしくてホビーショップでもほとんど見かけません。先日調べたら、「千佳」が僅かに3つ売れ残っていたくらいでした。
あとは、DVDの付録とか、直接売っていないものもあります。

最近はゲームにハマっていましたが、1プレイに少なくとも3時間はかかるため、気軽に出来ない・・・時間があれば思いっきりプレイしたいのですが。三十路は「伸恵」とばかり仲良くなっています。だって、他の登場人物は皆

小学生

ですから。この年で小学生と仲良くなっても・・・。最近は怖い事件が多発していますし、どうなのかなぁ。友達ならアリか?いや、駄目だろう。
30をとっくに過ぎて、このゲームにハマッている事自体、どうかと思うし・・。

この「苺ましまろ」、原作はコマ割りが複雑で読みにくかったり、風景の部分には写真が貼ってあったりして、ある意味珍しい漫画です。クスリと笑った人はハマります。「なんじゃこりゃ?」と思った人は、引きます(笑)
万人受けする作品ではないので、積極的には勧められない、不思議な漫画です。

この作品は、三十路はアニメからファンになったので、原作を読んでいてもキャラクターの台詞を声優さんの声に変換できます。好き嫌いの激しい三十路の中では幸運な作品なのです。

身体が辛いので、今日はこのへんで・・・(尻切れトンボ

脆弱なり

2006年01月11日 | 雑記
こんにちは。
風邪、ひきました。頭痛、喉・腰の痛み、少し発熱・・・インフルエンザではなさそうですが、無理するとマズイかも・・・。

それなら更新休めよ、と言われそうですが、三十路には言いたい事、書き残したい事が山ほどあるのです(はっきり書けず、ピーー!も多いですが)。

先日、千葉ポートタワーに行って来ました。夕方、一人で・・・。
ポートタワーには1988年夏に一度登ったきりです。いつか登りたいと思っていながら、果たせずに今日に至っています。

あの頃は若かった・・・(って、3年前だよあんた)
一人で登ってみようかとも思いましたが、なんだか虚しくて登っていません。決して400円が惜しいわけではありません。

あの頃は、病身の自分にもチャンスがあると信じたかった。でもそれは、所詮はかない夢である事を、昨年思い知った。今の自分には、恋する資格はない。
だってそうでしょう。いくら人生に絶望したからって、今までに2度も自分を絞首刑にしているのですから。「鬱」と言ってしまえばそれまでだけど、さすがにそれは弱すぎる。だから私は


二度と告白はしない


と自分の心に誓ったのです。
もっと強く、もっと女性を守っていける自分になるまで、もっとしっかりした自分を作るまで・・・。人を想う事は自由だけど、絶対に言葉にしてはいけない。
そんなに立派な人間になれるのは、いつのことだろう。
40歳かもしれないし、50歳かもしれない。ひょっとすると一生・・・。

昨年からしつこく電話をかけてくる結婚相談所のオペレーターにもはっきりと言ってやりました。

「強がっている」と言われてもいい。
「厭世的すぎる」と言われてもいい。

自分らしく生きていきたい。
生きろ!

青いスタスィオン

2006年01月10日 | 雑記
三十路の、中学生時代の夢は、電車の車掌になることでした。
すでに書きましたが、三十路は不登校で義務教育をほとんど受けていません。

そんな三十路も、電車には乗れたのです。中2になりたての頃だったでしょうか、練習したのです。国電(当時)や京成電車に乗って、いろんなところに出かけて行きました(でも学校には行けなかった

釣りが好きだったから、京成電車に乗って「印旛新川」に釣りに行ったり、印旛沼の最寄駅で降りて沼を探して暑い中、佐倉の街をさまよったりしていました。

京成電車に乗るときには必ず最後尾の車両に乗り

車掌さんの一挙手一投足を観察

していたものです。
それで自分も「将来は車掌になろう」と思ったのです。
同じ乗務員でも運転士にはなりたいと思わなかった。子供心に、責任が重過ぎると自覚していたからです。

車掌になりたいと言っても、国電は好きじゃなかったですね。なぜかはよくわかりませんが、私鉄、それも京成電鉄と新京成電鉄に憧れていました(単に地元の私鉄
初めて新京成電車に乗ったときは、ワクワク・・・。民家の軒下をぬうように走る電車、カーブで悲鳴を上げる車輪と線路、少ない乗客(大きなお世話)・・・どれを取っても、三十路の理想の鉄道でした。

鉄道会社に就職するには、基本的に大卒でなければならないらしいと知り(本当は違ったのですが)、やはり目標は大学に行くことになりました。

あれから20年が経ち・・・三十路は夢の職業に就けませんでした。

高校生の頃に電車に乗って発作を起こして病気が悪化し、電車を恐怖するようになった

からです。
三十路は恐怖で電車に乗ることすら出来なくなってしまいました。
6~7年前まで、電車には全く乗れず。たとえ乗ったとしても、吐き気・発熱・動悸などのパニック症状に襲われ、散々な目に遭って帰るのがオチでした。電車に乗るどころか、駅に行くだけでしゃがみこんでしまう有様。

しかし、29歳のとき悟ったのです。

自分はこういう体なのだから、発作が起きてもクヨクヨしない

こと、ということを。
それからはメキメキ回復し、電車に乗っても具合が悪くなる事が少なくなったのです。具合は悪くなって当たり前、ならなければラッキー、という考え方に変えたおかげです。
発作で苦しみながらも、それに負けずに電車に乗り続けました。発作に対する良い薬が処方されていた事も大きかったのですが。

おかげで現在は、電車に対する苦手意識は随分なくなりました。お守りのように薬を握り締めている事も、少なくなりました(それでも持ってはいますが
まだまだ人並みに乗れているとは言えないけれど、これが三十路の人生なのです。

新京成電車を見るたびに、中学生の頃の夢を思い出し、複雑な気持ちになります。車掌さんは、若い人が多いですね。三十路には叶えられなかった夢を叶えた人たち・・・三十路は羨望の眼差しで彼らを観察し続けています。
写真の電車が、当時三十路が憧れの主力車両(当時)です。なつかしいあの頃・・・。もう一度あの頃に戻れたら・・・きっとこの電車の乗務員室にいるにちがいない・・・。