SARAのブログ

日々のことあれこれ

出品

2023-07-06 10:28:45 | テレビ
久しぶりにメルカリに出品してみた。

このところ気分が落ちこんでいたが、だからと言って気分を変える
為に出品したわけでもなく、単に、ずっと出品しようと思っていた商品
の賞味期限が近づいていて、商品として価値がなくなる前に出品しなく
てはと、追い込まれての出品。
その商品は全部で4つあるのだけど、その中の1つが来月に賞味期限が
切れてしまうので、とりあえずそれだけを出してみた。しかし残りも
10月には切れてしまうので、近いうちに出すことになると思う。

メルカリに出品しようと思っているものは、他にもちらほらあるが
どれも1,000円前後くらいの利益のものばかりで、それ以上になるのは
今回出品したものとあともう1品くらいだ。
やり始めた頃は出品した物のうち、半分以上は売れたが、ここ2年くらい
はあまり売れないという印象だ。
なので、今回は賞味期限の問題があったので、えいや!と出品して
みたが、他のものはイマイチやる気が出ない。
また、メルカリは私が唯一できるお金が稼げるものという認識も
あったが、今はそれにもあまり期待が持てないなという印象。


経済的な不安があり、働かなきゃいけないかなぁ、働いた方がいいんだ
ろうなぁという気持ちはずっとあった。
しかしやはり踏ん切りがつかなかった。
踏ん切りがつかない自分も少し情けなく思っていた。
しかし改めて回避性パーソナリティ障害のことをいろいろ調べていると
「なるほど、これじゃあ社会に出られるわけがない。」と感じる。
今までは「みんなどうやって心を保って働いているのか・・?」と疑問に
近い気持ちでいたが、みんなと私はやはり違かったのだ。
きちんと頑丈な鎧を着て戦場に向かっていっているみんなと、鎧を着られず
生の傷をそのまま晒しながら裸で戦場に出ようとしていた自分、って感じだ
ろうか。
ダメージの受け方、感じる痛さも何倍も違う。既に傷も負っていて、そこ
を狙われたら致命的。私はそんな状態なのかもしれない。


今から5年前に自分がHSPだと初めて知った。
しかしそれを話したことがあるのは、旦那と義姉だけだ。
友達にも言っていない。
実家の姉は去年から働き始めたことで、少し自分に自信を持ったのか、
働いていない私にそれをひけらかすような言い方をしてきたりもする。
友達にも「これはちょっとした嫌味なのではないか」と感じたことも
あった。
みんな自分が頑張って働いているから、家でのんびりしている私に
いろいろな感情を持って言っていたのかもしれないが、それも私は
傷ついてきた。
しかしどうしても外に働きに出られない自分もいて、それは単に自分
が未熟だからとか人より何かが劣っているのだろうと無意識に思って
きた気がする。
なので今は実家の母や姉にも「私は回避性パーソナリティ障害という
ものを持っている」と言いたい気分。そして「それは半分はあなたたち
のせいですよ」と。しかし母はまずそれが自分のせいだとは認めないだろ
うというのは容易に想像できるし、姉もそれで「可愛そうなSARA」とは
絶対思わないどころか、ますますそこを攻撃してくる可能性もある為、
リスクの方が大きい。
なので、実家はやはり最小限のつきあいにするというのが懸命だと
思った。
そして最近では仕事をしていないことで友達から攻撃されるということ
はあまりなくなったが、もしまたそんなことがあったら、その時は
言ってもいいかなと思った。
そういう理由があって、こっちだって苦しいんだよと。
働きたくても働けないんだよ、と。
実際には言わなくても、そうなったら言えばいいよねと思っただけで
少し心が楽になった。

回避性パーソナリティ障害の本には「生きるのが面倒な人」というサブ
タイトルがついていた。確かにそういう面もあるのかもなと納得もする
が、私はやはりうつの傾向もあると思う。
本当は何もやりたくない、が本音だと思う。
最近はもうやりたくないことはやらなくていっかと開き直ったりも
しているが、状態としては、とにかくやらなきゃいけないことを「よい
しょ!」「えいや!」と気力を振り絞って毎日やっとでやっているという
感じだ。
買い物もできれば行きたくない。
でも自発的に「今散歩がどうしてもしたい!」とか「ここにどうしても行き
たい!」と衝動的に思ったことは比較的心の負担が少なく、できる。
それ以外はなるべくだったらやりたくない、というのが本音だ。
ただ、今はちょうど生理直前という時期でもあるので、その影響も多いに
あると思う。
生理が来たら、またいくらかはやる気も元気も出てくると思う。
そういう時期にやはり義実家には行ってはいけなかったと激しく後悔
した。

何かのせいにする、人のせいにする、と考えるとそれもどうかという
気持ちもあるが、私が外に出られないのも社会に出られないのも、ちゃん
と理由があったんだ、そしてそれは恐らく親子の関係も大きく起因してい
る、私が悪かったわけじゃなかったんだ、私はむしろ被害者だ、と思え
たことで、ちょっと楽になれた。
回避性パーソナリティ障害は「病気」ではないのかもしれないけど、本人が
好きでなったわけでも何かが劣っていてなったわけでもないことで、「障害」という言葉がついている通り、生きる上では正に「障害」だと自覚した。
これだけのハンデ、そしてそれに伴うストレスを感じて生きているのだから、
他の人と違くて当然だ。
そしてなかなか一般的には理解してもらえない苦しさだってある。
そんな自分なのだからもう自分に優しくして生きていけばいいんじゃない?
という気持ちにもなれた。
好き勝手とまではいかないが、やりたいことを我慢することもないし、
頑張らなくてもいいんじゃない?とか。
そして何よりそんな自分を卑下する必要もないし、あとはもう自分がちょっ
とでも楽しいとか、楽だなとか思えることをなるべく探して生きていけば
いいんじゃない?と思った。
まぁ、できることなら、克服して、少しでも普通の人と同じように生きて
いければそれが一番いいし、それは目指していくけど、これから追い追いの
ことで何年かかるかわからないので、当面はそんな感じでいいんじゃないの?
という気持ちになれて、今までは自分を駄目な人間だ、情けない人間だと
責めることばかりだったので、そういう意味ではかなり楽になれた。

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