シネマ見どころ

映画のおもしろさを広くみなさんに知って頂き、少しでも多くの方々に映画館へ足を運んで頂こうという趣旨で立ち上げました。

静かなる情熱 エミリ・ディキンスン(2016年イギリス・ベルギー映画)

2017年12月13日 | 映画の感想・批評


 アメリカを代表する女性詩人エミリ・ディキンスン(1830―1886)の半生を描いた作品であるが、残念ながら彼女の詩を読んだことはない。生前にはたった10篇だけ、それも無署名で発表されて、ほとんど評価されていなかった。しかし死後に妹のラヴィニア・ディキンスンにより1800篇近くの詩が発見され、詩集が刊行されたのちは、多くの芸術家に影響を与えている。
 エミリは、清教徒主義の影響を受けるアメリカ東部のマサチューセッツ州のアマストという田舎町の上流階級に生まれ育ち、その生涯のほとんどをアマストで過ごしている。彼女は敬虔なクリスチャンだったと思うが、神との向き合い方が他の人たちと違っていた。神は信じるが信仰を強要されることを嫌い、ひざまずくことを拒み、敬うけれど従属しない、そんな彼女の信仰の描かれ方が私は好きだ。「私の魂は私のもの」と、教会には行かず自室にこもって詩を書き続けた。
 彼女のそういう信仰への姿勢は、女性であることへの苦悩と共通するのではないだろうか。生前に発表された詩が無署名だったことや、編集者の「有名な文学はすべて男の作品だ。女には不朽の名作は書けない。」という言葉にも表れているように、当時の女性が社会の中で置かれて立場の困難さは、今の私たちには想像できないだろう。実際、エミリより少し年上だったイギリスのブロンテ姉妹が最初に詩集を出した時には男性名を使っている。兄と口論する時の「一日でも女になってみれば女が奴隷であることがわかる」というセリフに思わず“うん、そうよ”とうなずいてしまった。
 19世紀半ば、家父長制が支配する社会で、家族が寝静まったあとで詩を書くことさえ、父に許可を貰わなければいけなかったエミリ。なんて窮屈で息苦しい日常だったろう。それでも研ぎ澄まされた感性を磨きながら詩を書くことで、彼女は自由に魂を羽ばたかせていたのだろう。自然や信仰、愛や死をテーマにした彼女の詩の中から、映画には20篇の詩が登場するが、自身もエミリ・ディキンスンの熱心な愛読者だという主演のシンシア・ニクソンの朗読が素晴らしい。エミリの心情がモノローグされているのかと思っていたら、それは詩の朗読だったということが何度かあった。
 冷静で峻厳なふるまいの中に秘められたエミリの詩作意欲や家族・友人などに向けた熱い思いが伝わって、内容とタイトルがぴったりくる映画に久しぶりに出会えた。(久)

原題:A QUIET PASSION
監督:テレンス・デイヴィス
脚本:テレンス・デイヴィス
撮影:フロリアン・ホーフマイスター
出演:シンシア・ニクソン、ジェニファー・イーリー、ジョディ・メイ、キャサリン・ベイリー、ダンカン・ダフ、キース・キャラダイン


最新の画像もっと見る

コメントを投稿