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「カセットテープ・ダイアリーズ」(2019年 イギリス)

2020年07月08日 | 映画の感想・批評
 かつては世界中に殖民地をつくり「太陽が沈まない国」と言われたイギリス。第二次世界大戦後は植民地から独立した国や地域から、イギリスに渡れば稼げるし家族も養えると、故国を離れてきた移民たちがコミュニティを作っていった。映画の舞台となったルートンは、原作者で脚本にも参加しているサルフラズ・マンズールが育った町で、パキスタン移民が多く住む町だった。本作が描く1987年は、1979年から90年まで続いたサッチャー政権の新自由主義政策のもと、工場閉鎖や失業者も多かった。その原因を移民の責任にしたがる連中は、移民への人種差別を煽った。ナショナリズムが台頭していた時代だった。
 親とは子どもには成功した人生を掴んでほしいと願うものだが、過剰な干渉と指図をする特に父親ほど、息子にとって鬱陶しいものはない。作家になりたいと願い音楽と詩を書くのが好きなパキスタン移民の少年ジャベドは、父親への反発や、近所の住民の嫌がらせや、政治や経済問題への不満などを題材に詩を書いているが、まだ自分の言葉を見つけられずに呻吟していた。
 そんな時、クラスメイトのループスが貸してくれた米国のロックシンガー、ブルース・スプリングスティーンのカセットテープを聴いたジャベドは衝撃を受けた。まるで自分の気持ちを代弁してくれているような歌詞と力強い音楽の虜になってしまった。ブルースの父親も自動車工場の労働者だったが解雇され、母親が働いて家庭を支えていたことなど、似たような境遇の中から生まれたブルースの音楽に打ちのめされた。
 『ベッカムに恋して』で最初はデヴィッド・ベッカムに憧れていただけだったが、やがて女性のフットボールチームでプレーすることに夢中になっていくインド系の少女を描いたグリンダ・チャーダ監督。本作ではブルース・スプリングスティーンの音楽に出会い夢中になるが、やがてジャーナリストになるため大学に進学していくパキスタン系の少年を描いた。きっかけを与えてくれたそれぞれのヒーローを眺めているだけでなく、その向こうに自分自身のやりたいことを見つけて一歩を踏み出そうとする若者たちを応援する青春映画だ。
 実はこの映画で初めてブルース・スプリングスティーンを聴いた。1987年、ジャベドは彼の歌に衝撃を受けたが、社会の矛盾をパワフルに歌い続ける彼の歌は、閉塞感が漂う2020年を生きる現代の若者の心をもガッチリと掴むことだろう。(久)

原題:Blinded by the Light
原作:サルフラズ・マンズール『ベリー・パークからの挨拶』
監督:グリンダ・チャーダ
脚本:サルフラズ・マンズール、グリンダ・チャーダ、ポール・マエダ・バージェス
撮影:ベン・スミサード
出演:ヴィヴェイク・カルラ、クルヴィンダー・ギール、ミーラ・ガナトラ、ネル・ウィリアムズ、アーロン・ファグラ、ディーン=チャールズ・チャップマン、ロブ・ブライトン、ヘイリー・アトウェル、デヴィッド・ヘイマン



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