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「家へ帰ろう」 (2017年 アルゼンチン・スペイン映画)

2019年02月06日 | 映画の感想・批評


 アルゼンチンのブエノスアイレスに住む88歳の仕立屋アブラハムは、年をとってきた自分を施設に入れようとする娘たちから逃れ、故郷ポーランドへ向かうための旅に出る。その目的は70年以上会っていない親友に自分が仕立てた最後のスーツを届けに行くこと。実はアブラハムはユダヤ人で、第二次世界大戦中、ナチスドイツによるホロコーストから逃れようとした時にその親友に助けられ、かくまってもらったという忘れられない思い出があったのだ。あれからもう70年がたとうとしている今、果たしてアブラハムは命の恩人と再会することができるのであろうか。
 最近ナチスを題材にした作品が年に何本か公開されているが、これは少し趣が変わった感動作だ。監督のパブロ・ソラルスがポーランド人でもある祖父から聞いたエピソードがヒントとなっているそうだが、その祖父自身も主人公と同じ仕立屋で、6歳だったときにポーランドからアルゼンチンに移住してきたのだが、子や孫たちに「ポーランド」と「ドイツ」という言葉を決して口にしなかったそうだ。当時を生き抜いたユダヤ人にとって、その言葉からは悲しみと苦痛しかよみがえってこないからだろうか。それはアブラハムの言動からも読み取れる。いきなりの決行でワルシャワ行きの直行便はなく、まずスペインのマドリードまで飛び、それから列車でフランスのパリに入り、さらに列車でポーランドのワルシャワへ。その行程で「どうにかしてドイツを通らないでポーランドへ行きたい」と駅の案内係を手こずらせたり、列車の中で乗客がドイツ語で話しているのを聞くと、言いようのない切迫感におそわれたり・・・。
 そんな中、彼に温かい手をさしのべる人々が出現する。マドリードの安宿の女主人ゴンザレス、かつて東欧のユダヤ人が使っていたイディッシュ語で話すドイツ人の文化人類学者イングリッド、彼を故郷のウッチまで送っていくワルシャワの看護師ゴーシャたちだ。仕事を持ち自立している頼もしい女性たちの力を借りながら、少しずつ目的に近づき、強面だった顔つきが徐々に柔和になっていくアブラハムを見ていると、今の世の中、捨てたもんじゃないなと思えてくる。
 彼と一緒に旅を続けた観客が最後にたどり着くウッチの街の一角は、実際に監督の祖父が生まれ育った場所だそうだ。ポーランドを代表する巨匠アンジェイ・ワイダ監督の「約束の土地」の舞台でもある。そこまで自らのアイデンティティーにこだわったソラルス監督、"故郷”に対する熱い思いがスクリーンを通してしみじみと伝わってくる。
 (HIRO)

原題:EL ULTIMO TRAJE
英題:The Last Suit
監督:パブロ・ソラルス
脚本:パブロ・ソラルス
撮影:ファン・カルロス・ゴメス
出演:ミゲル・アンヘラ・ソラ、アンヘラ・モリーナ、オルガ・ポラズ、ユリア・ベアホルト、マルティン・ピロヤンスキー 


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